ローマへの使者
領内周辺の敵との戦いに明け暮れる日々の忠三郎。だが、海を前にして、殊更西欧への夢が膨らみ、六右衛門のローマ派遣を実行した。
忠三郎は豊後に行っている六右衛門のもとへ、他の家臣十一人を送った。彼等十二人は、イエズス会の仲介によってナウ船(南蛮船、ポルトガル定航船)に乗り、マカオへ向かう。
六右衛門らは途中で、ポルトガルがスペインに併合され、ポルトガル国王はスペイン国王のフェリペ2世が兼ねていることや、東南アジアの支配権も変わってきていることを知る。マカオから、その世界の情勢を伝える六右衛門の書簡が忠三郎の手元に届くのは、翌年のこと。六右衛門らがインドに到達した頃のことである。
因みに、六右衛門はここで、ローマから戻ってきたジョヴァンニ・ロルテスと奇跡的な再会を果たした。
ロルテスは、六右衛門が蒲生忠三郎の家臣になったこと、その忠三郎がローマ法王へ使節を派遣したということに驚きつつ、何事か確信したように頷いた。
「何事も父なる神のお示しになること」
ロルテスはジェノヴァ商人だと名乗っていたが、それに相応しく、武器をはじめ、様々な物品を船に積んでいた。
「今でも信長様の姫様は日野でお暮らしですか?」
「いいえ、それが、殿は伊勢に移封になりまして、姫様も松ヶ島に」
松ヶ島と言っても、ロルテスにはわからないだろうと、六右衛門は、伊勢神宮の近くだと言った。
すると、ロルテスは鋭い眼差しになった。
「伊勢神宮?そのような地の領主が、何故ローマに用があるというのです?」
六右衛門はふと黙り込んでしまった。長崎のこと。これをロルテスに告げてよいものか。ロルテスはイエズス会やフェリペ国王とどういう関係なのか。それがわからないのに、迂闊に長崎の要塞化に疑惑を持っているからだとは、口にできない。
「ロルテス様は本当は何者ですか?何故急に帰国なさったのですか?それにお答え下さらなければ、お教えできません。イエズス会とどういう関係ですか?」
「イエズス会とは関係ない」
「フェリペ国王とは?」
「彼とも関係ない。私はローマの人間です。日本を救うため、これから日本へ行きます。伊勢神宮に関わる人とは話がしたい」
「日本を救うとは?……もしや征服計画があるのですか?長崎のは!」
はっとそこで口を噤んだ。ロルテスは頷いた。
「蒲生様は気付いたのですね、イエズス会のもう一つの顔に。大丈夫、ローマは日本を踏みつけはしません。イエズス会の総長も同じ思いです」
「ロルテス様はいったい……」
「私がお仕えする猊下──枢機卿に紹介状を書いてあげましょう。これがあればパーパ(法王)に会えるはずですよ」
ロルテスは自分の身分を明かした。
「私は騎士の家に生まれ、以前は修道者として聖ヨハネ騎士団に属していた者。日本へは、イスラエルの民がいないか調べにきました。伊勢神宮は興味深い」
日本の神社にはイスラエルの影響が見られる。また、日本の仏教には、景教の影響を受けていると思われるものもある。景教は初期のキリスト教で、東方に伝わり、ローマ・カトリックがネストゥリウス派と呼ぶものである。唐土にも伝わり、唐朝には都にも大秦寺という教会があった。
日本には景教や古代イスラエルの調査に来たのだ。
イエス・キリストの十二人の使徒の中に、ペトロ(ペテロ・シモン)とトマスがいる。ペトロの建てた教会の流れが、ローマ・カトリックである。
使徒達はイエスの復活から時を経ずして、世界中にその福音を伝えたが、彼等が向かったのは西方ばかりではなかった。東方遥かインドにまで達した人もいる。それが聖トマスであった。
インドにはトマスの建てた教会や様々な事績の跡がある。
イエズス会は決起以来、世界中にその教えを伝えることを目指してきた。その中で、聖トマス伝説の残るインドには、大きな夢を持っていた。
フランシスコ・ザビエルはインドで聖トマスの痕跡を調べるうちに、トマスは中国にも行っていたようだと思い至った。さらに、日本にも興味を持ち、西洋の宣教師として初めて、日本の土を踏んだのであった。
ザビエルは来日して、不思議に感じることがあった。日本人のキリスト教の吸収力、理解力は世界一であり、ヨーロッパ人にも優る。ザビエルが来る前からすでに、日本人はいつでも受洗できる器になってた。
既にこの地には、キリストの福音が伝わっているのか──ザビエルはそんな印象を受けた。勿論、西洋とはまるで正反対な風習や、仏教による悪習も多かったが。
中国の唐代に伝わった景教は、ローマ・カトリックからネストゥリウスと呼ばれていたが、これはプロテスタント同様、異端的なものとされていた。とはいえ、同じキリスト教であって、仏教のような異教ではない。
だから、イエズス会は景教の伝わった中国にも入り込みたいという希望があった。だが、明はそれを許さなかった。
日本は古くから中国の影響を多大に受けている。中国に景教が伝わっているならば、それが日本に伝わっている可能性は否定できない。
「ザビエル師父が抱いた日本の印象、その報告書はローマに届きましたが、枢機卿の中には密かにネストゥリウス(景教)に寛大な人もいましてね。イエズス会には秘密で、私に日本の調査をお命じになったのです」
明に立ち入れないならば、まずは日本からだというので、ロルテスが派遣された。
ロルテスが来日してみると、日本の仏教にはキリスト教に影響されているような雰囲気のものがある。そればかりか、神社までもが、キリスト教どころか旧約聖書のイスラエルの神殿──神が預言者モーセに命じて作らせた形状──のありように似ている。過越の祭を想起させるものもあるが、それらの社はだいたい渡来人の秦氏が建てたものだという。
ロルテスは日本の神仏が唯一絶対神とどう関わっているのか調べていたのだ。
「で、結論が出たのですか?だから、ローマに帰られたのですか?」
「いいえ、まださっぱりわかりません。調べを途中にして帰ったのは、イスパニア(スペイン)の王フェリペがポルトガル国王をも兼ねるようになったと聞いたからです。イエズス会の方針も変わるかもしれませんし、ちょうどヴァリニャーノ師父が日本の子供達をローマに派遣した時でしたので、確認に行ったのです。イスラエルの祭壇が築かれているのかもしれない日本は、イスパニアに征服されるべきではありません」
「それで、日本はどうなるのですか?」
「イエズス会の本部は、パードレ達が殿達へ武器の提供をすることにさえ、難色を示しています。パーパには征服はならぬと訴えました。しかし、フェリペ王の考え一つで、どう転ぶか。私は再び日本に戻ることになりました。日本にイスラエルの部族が至ったのかという調査と、日本の天下様を動かして、日本を守らなければなりませんので」
ロルテスの使命に六右衛門は感激した。
「なれば、日本に行ったら、我が主・蒲生飛騨守様を訪ね、助けて下さい。あの方は日本を守ろうと、私をローマへお遣りになったのです」
「是非蒲生様を訪ねましょう」
「蒲生様は長崎のことを危惧し、もし南蛮人達に日本攻撃の計画があるならば、それを未然に防がなければならないと仰せでした。ポルトガルにせよイスパニアにせよ、日本を討つつもりなら、王に発言できる立場にあるローマのパパに、仲裁を願い出ようと」
ロルテスは頷いて、きっとうまく行くと言った。
さらに、長崎はあくまでキリシタン達を守るために築いたものであり、日本征服のための砦、付城などではないとも説明した。
「ヴァリニャーノ師父に確認しました」
ヴァリニャーノが築かせたものだから心配ないと。ただ、フェリペ王はいささか過激かもしれず、それを緩和させようと、子供による使節を派遣した。又、イエズス会の中にも、日本とは友好的に付き合うべきという考えと、征服すべきという考えがある。
「日本にいるパードレ達の考えも様々です」
「イスパニアと友好的に付き合うためには、どうすればよいのですか?」
「……明、ですかね。私の想像ですが。日本に行ったら、蒲生様とその辺りのことも話しましょう」
ロルテスは六右衛門のために枢機卿や法王に紹介状を書き。六右衛門の方は忠三郎への書簡をロルテスの手に委ねた。
かのアブラハムの子・イサクに、ヤコブという息子がいた。ヤコブはペヌエルでイスラエルの名を与えられ、神に祝福された。
イスラエル(ヤコブ)には12人の息子がいた。
ルベン
シメオン
レビ
ユダ
イサカル
ゼブルン
ヨセフ
ベニヤミン
ダン
ナフタリ
ガド
アシェル
ヨセフがエジプトに移った後、イスラエルと残りの子等もエジプトに移った。ヨセフには、マナセとエフライムという子がいた。
エジプトに来て数百年。イスラエルの子孫は夥しい数になっていたが、奴隷にされていた。
レビの子孫からモーセが生まれ、モーセは神の導きにより、イスラエルの人々を連れて、約束の地・カナンへ行く。
カナンは12の部族に分配された。
12の部族とは、イスラエルの子等のうち、レビを除いた11人の子孫。そのうち、ヨセフの子孫はヨセフ族とはせず、マナセ族とエフライム族の2族に分かれた。これで12部族となる。
レビ族は司祭を務めるものに定められたため、土地は分配されず、それぞれの部族の土地の中に住まいを与えられ、全部族の間に分かれて住んだ。
そのうちに、イスラエルの人々は王を望むようになった。こうして、神によってサウルが選ばれ、さらにダビデ王が選ばれた。ダビデ王の子にはソロモン王がいる。
イエス・キリストの聖母・マリアの夫は、ダビデ王の子孫・ヨセフである。
イスラエルは王国となっていたが、やがて内紛によって分裂した。南王国ユダ(ユダ族とベニヤミン族の地)、北王国イスラエル(ユダ族、ベニヤミン族以外の部族の地)である。
北イスラエルはやがてアッシリアに征服され、民は捕囚された。ユダ族、ベニヤミン族と、彼等の中にいたレビ族の一部以外の民である。
彼等は失われた10部族と呼ばれる。
彼等はアッシリアに住んで、そこにとけ込んだであろうし、世界中に散らばったであろう。
日本に、神がモーセに命じて築かせた祭壇と同じものがあり、過越祭の名残があるならば、彼等か彼等の文化に影響された者が、日本に到達していたことになる。
ロルテスは日本の神社に興味を持っていた。特に、日本の根幹である天照大神、伊勢神宮の謎に。その神話に。




