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移封(上)

 忠三郎が松ヶ島城を取り囲んでいる間、秀吉方の美濃大垣の池田勝入が、突然犬山城を奪い、小牧付近にまで進出した。家康はいち早く対応して、小牧山に陣を布いた。

 秀吉はさらに、松ヶ島の忠三郎や堀秀政、長谷川秀一らにも、尾張へ転戦させ、秀吉も楽田に本陣を置いた。忠三郎は敵と最も近い田中に配置された。

 家康、秀吉の両軍は対峙し、なかなか互いに攻撃する様子はない。家康の構えは盤石。一方、秀吉は四万を超す大軍。両者、迂闊に手は出せなかった。

 それでも、先に動いたのは秀吉側だった。徳川の軍はそのほとんどが小牧山に集結しており、本拠の三河は手薄なはず。ひそかに三河へ入り、敵の本拠地を奪ってしまおうというのである。

 秀吉は忠三郎らに小牧山を攻撃させた。敵の目が忠三郎に釘付けになっている隙に、池田勝入、森長可、堀秀政、秀吉の甥・三好秀次を三河へひそかに向かわせる。

 家康は伊賀者などの報告から、軍勢一万六千余りが三河へ向かったと知り、青ざめた。家康は小牧山の陣はあくまで守らせておいて、夜陰に紛れ、小牧山を出て行った。家康の動きは迅速である。

 一方の池田勝入の動きは鈍く、長久手を通って岩崎城にいた。

 家康は敵との距離僅か一里程と知ると、三好勢を急襲。不意を突かれ、三好勢は総崩れ。

 この間に、家康と信雄の本隊は迂回路をとって、長久手へ。敵中に割り込む形で陣取った。そこに、三好勢急襲の急報を受けた池田・森勢が、岩崎から引き返してきた。池田勝入と森長可は、目の前に突然、家康と信雄が現れたため混乱して大敗北を喫し、両名とも討ち死にしてしまう。

 味方の敗北を受けて、秀吉本人もこちらへ急行した。ところが、すでに家康は長久手の池田・森勢を片付けた後で、小幡城に引き揚げていた。秀吉、それならばと小幡城を取り囲んで総攻撃をしかけようと決めるが、家康はその夜のうちにそっと小牧山へ戻ってしまった。

 秀吉は仕方なく楽田に戻り、再び両陣営は対峙したまま動かなくなった。そのまま二十日ばかり。

 秀吉は一端兵を引き揚げることに決めた。全軍撤退。

「忠三郎は負け知らずの戦上手ゆえ、殿軍を任せる」

 敵の攻撃を一手に引き受け、その間に味方を無事退却させなければならない。最も重要で、かつ、全滅の可能性さえある極めて危険な役目だ。

 しかし、この時、蒲生の陣中には悲報が届けられていた。このような時であるのに、忠三郎は天を仰いで呟く。

「父上が亡くなられた……」

 四月十七日、日野で賢秀が亡くなった。享年五十一。

「大殿!」

 家臣達は憚りなく泣く。

 父の死に、忠三郎は動揺するだろうし、何より家臣達の士気に障る。忠三郎には家のことで余計な心配はさせられない、戦にのみ集中できるようにと、賢秀は忠三郎が無事帰還するまで、己の死は伏せておくよう遺言した。

 冬姫はそれを守ったが、関家に嫁いだ姉の菊が、悩んだ末に寄越した連絡であった。

 帰還するまで父の死を知らないのは不憫過ぎる。帰ったら、父が何と言って褒めてくれるかと、父の健在を疑わずに、父との再会に胸躍らせているであろう忠三郎を思うと──。

 菊は敢えて文を寄越したのである。

 空に向いている忠三郎の目は虚ろだ。周囲で家臣達の嗚咽が響く。

 父が死んだという実感がない一方で、帰ってももう父の顔は見られないのだと理解する彼もいる。それがこの虚脱感を招いているのだろう。

 だが、父が死のうが目の前には戦がある。忠三郎の役目は失敗を許されないもの。

「私が惑ったら、そなたらが私の頬を打て!父上のことは伏せ、味方に心配をかけぬよう、しかと殿を果たすのだ!我らがしくじれば、味方の損害甚大になる。父上のことは忘れて働け!」

 忠三郎は己に言い聞かせるように吼えた。家臣達も涙を拭って従う。

 獅子奮迅戦って敵を返り討ちにすれば、味方を救え、だが、己は死ぬかもしれない。しかし、それで大殿のお供もできるというもの──死を恐れる者はなかった。

 退却が始まった。蒲生勢は最後尾で味方を守護する。

 忠三郎は十代の若武者だった頃、信長の婿でありながら、わざわざ志願して柴田勝家の寄騎になっていた。勝家のもとで戦の仕方を学んだが、その頃、殿を経験している。

 小牧山の敵は、早くもこちらの退却に気付き、追撃に出てきた。待ち構えていた蒲生勢が、距離を測って鉄砲を放つと、敵が次々と倒れていく。

 撃たれた敵勢は、対い鶴の旗印を目にし、

「や、殿は蒲生か!」

と、後込みした。

「秀吉の軍勢を追撃するのは難しい。危険ゆえ深追いすな。それに殿は蒲生勢だ。下手に追っては、こちらに損害が出る」

 家康からも追撃をやめるよう命が下されたため、ある程度の所からは敵は追ってこなくなった。味方は無事退却することができ、蒲生勢の負傷者もほとんどなかった。


 ところで、尾張の諸城には、伊勢から逃れてきた敵兵があちこちに籠もっていた。退却が完了すると、秀吉はそれらの攻撃を開始する。その一つ、加賀野井城。

「見事な殿、さすがの家康も蒲生の対い鶴を見た途端、恐れおののいて去って行ったの。そなたのこと故、かような城、朝飯前であろう」

 秀吉は忠三郎に城攻めを命じた。ほんの一瞬、秀吉の瞳に祝言の夜に見せたような翳がよぎったように感じたが、気のせいだろう。

(父上を亡くしたからとて、心が荒んで、他人の言動をいちいち悪意あるものと思い込んではならぬ!)

 先陣は誉だ。殿軍に続けて先陣を許されたのだ。忠三郎、城内一番乗りを目指して戦い抜いた。

 夜中の攻防。あまりに凶暴な蒲生軍に、敵は味方だと偽って逃れようとしたが、忠三郎も家臣達も容赦なく突き刺し、斬り捨てる。実際、忠三郎の知人や千種一族などの縁者もいたが、忠三郎自ら槍で突き、あどけなさの残る少年でさえ、次々に仕留めていった。

 一夜で城は落ちた。忠三郎や最近家臣となった坂源次郎、上坂左文らの槍は、いずれも刃こぼれして折れ曲がり、使いものにならなくなっていた。尾張出身の坂源次郎も、もと浅井家臣の上坂左文も、共に柴田勝家に仕えた百戦錬磨の剛の者だ。

 秀吉はさらに進軍して、竹ヶ鼻城を攻撃する。ここも伊勢から逃れてきた信雄の兵達が籠もっている。秀吉は尾張の信雄領を悉く打ちのめしていく。

 伊勢は信雄が領していたが、先の忠三郎達の攻撃で皆逃げ失せ、城は空になっている。秀吉は、その信雄の伊勢領を自軍で占領しようと、論功行賞と称して、各武将をそれぞれの城主に定め始めた。

 北伊勢の神戸、峯、国府、加太、千草、楠などを生駒親正に。安濃津の織田信包には木造、小森、小倭が加えられ。

「さて、南伊勢だが。まだ戦乱も収束しきったわけではない故、そこはこの度の戦で最も功績のあった者に平定を頼もうと思う」

 秀吉はそう言って諸将を見回し、

「蒲生飛騨守だの」

と、頷くように首を動かしながら言った。

「忠三郎、十二万石で松ヶ島城に入れ」

 忠三郎はいきなり十二万石もの加増に震えた。混乱地とはいえ、倍の領地を与えられたのだ。平定を任されたということは、それだけ忠三郎の能力が高く評価されたという証でもあろう。

「このまま行け」

 秀吉がさらに言った。忠三郎、かしこまって礼を述べる。

「はっ、忝なく存じます」

 秀吉は寄って、ぽんと忠三郎の肩に手を置いた。

「今回の一連の戦いぶり、実に見事であった。その武勇なら、これからいくらでも敵地を切り取っていけるであろう」

 秀吉は肩に手をやったまま座り込み、忠三郎と同じ高さの所に顔をやって、つとそれを寄せ、やわらかな声でこう付け加えた。

「それ故、もう日野は要らぬな?」

 忠三郎、耳を疑い、思わず顔を上げると、秀吉は肩の手を離して立ち上がった。

「蒲生飛騨守に伊勢半国十二万石を与える。その代わり、日野六万石は召し上げる。すぐにも伊勢平定に向かえ」


 竹ヶ鼻城が落ちると、忠三郎は陣を出て、六月の真夏の日差しの中、松ヶ島へ向かった。

 忠三郎の伊勢入りは、途中で馬具甲冑を整えた後、臨戦態勢で果たされた。敵は伊勢の国じゅうに潜んでいる。いつ襲われるかわからない。そのために、武装したまま進駐したのである。合戦時と同じ緊張感が漂う。

 領民は伊勢国司北畠氏の時代から、この地にいる。北畠氏の分家の木造氏は、なお激しい抵抗を続け、隙あらば奇襲急襲仕掛けてくる。領民もほとんどが、彼等の味方だろう。

 松ヶ島城の城下の民とて、受け入れてくれるかどうか。つい最近、ここを攻めた軍勢が、今度は主として入ってくるのである。民は征服制圧される気分だ。

 忠三郎はそこかしこに潜む敵を威嚇するように、厳粛に進む。さらに、松ヶ島の民を安堵させ、彼等からの信頼を得るため、軍の規律を正した。

 兵は略奪を常とするもの。制圧した地では、乱暴狼藉は当たり前で、制圧された地の民は、震えて恐れ、逃げ惑うものだった。松ヶ島の民もきっと、残酷な目に遭わされると思い込み、怯えているはずである。

 かつて信長は京入りした折、行列からやや外れて見物の女の顔を覗いた兵を、即座に斬り殺した。これを見て兵達は恐れ、少しも規律が乱れることはなかったので、織田軍は京の人々から歓迎された。忠三郎も、

「決して列を乱したり、立ち止まってはならぬ!破った者は斬る!」

と厳命した。

 略奪する者も、見目麗しい男女に目をやる者もなく、全軍整然と前のみを見つめて進んでいたが、一人、列から外れて馬沓を履きかえた者がいた。忠三郎は目敏く見つけると、即座にその者を斬り捨てさせた。

 これには蒲生軍ばかりか領民も仰天した。だが、領民はその厳しい軍規を目の当たりにして蒲生軍の狼藉はないと安堵し、忠三郎という新しい領主を畏れ、受け入れたのである。こうして、忠三郎は無事、松ヶ島城入りを果たしたのであった。

 さっそく城内を見て回り、天守に上がると、眼前に大海原が広がっている。風が濃い潮の香りを運んでくるが、どうにも後味が悪く、ローマへ思いを馳せることはできなかった。先程殺させた男の顔がちらつく。

 その男は福満次郎兵衛といった。数々の戦で功績をあげ、忠三郎も気に入っていた。

 忠三郎は戦場で緊張すると、かえって頭が冴える。後頭部からぱっと立体的に広い世界が拡がるような感じで、物事が見えるのだ。福満もそうらしく、危機的状況に陥った時ほど頭が回り、冷静になって妙案が浮かぶと言っていた。

 その福満を殺してしまった。軍律に違反したからとて、忠三郎の行いは行き過ぎだろう。波間にずっと福満の面影がゆらめいている。

 いつぞや、緊張が過ぎると眠くなると言った冬姫を、二人で理解できないと言い合ったことがあった。福満とは色々な思い出があるのに。

(すまぬ!……何故そなたはあそこで馬沓を打ち替えてしまったのだ!)

 貴重な臣下を失った痛手に、忠三郎は泣いた。


 安濃郡との境界付近に、木造氏と小倭衆がいる。彼等は信雄に属しており、なお抵抗を続けていた。信包にも忠三郎にも、あくまで戦いを挑むつもりだ。

 松ヶ島に入っても、腰を落ち着ける暇はなく、忠三郎はすぐにもこれを潰さなければならない。

 忠三郎は信包と協力して木造氏を討つことにし、木造氏を包囲するような形で付城を築き、それぞれに信包方、蒲生方両家の重臣達を配して備えた。


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