ロルテスと外つ国(上)
翌朝、言われた通り、六右衛門は日野にやって来て、忠三郎に目通りを願った。忠三郎はすぐに居間で会った。そこには冬姫から借りた地球儀がある。
忠三郎は最初に六右衛門の身の上から聞いた。六右衛門は先祖のことから親戚のこと、自分の生い立ちと、教会で学んだ少年期、その思い出からロルテスと知己を得たことまで話した。
忠三郎は次に教会のありようを、そして、教会に茶室があることについて質問した。
「それは、宇留岸様が、そうすることが日本人に理解されることであるからと仰せられて──」
もともとは、畿内の布教の初期の、堺の町に理由があるとか聞くが、詳しいことは六右衛門も知らない。
「同宿の中には、茶を点てるためだけに雇われた者もおります。宇留岸様にとって、それほど茶は布教に重要なことのようにございます」
「ふむ。宇留岸様か。随分日本が好きなお方だったな」
宇留岸ことオルガンティーノには何度も安土で会っている。信長も特に目をかけ、愛情を示していた伴天連だった。
「ところで、ロルテスと言ったか、そなたに我が母の世話を命じた者は。何者か。伴天連か、伊留満か?聞いたことのない名だが」
「羅馬のお方と伺っておりますが、伴天連ではございません、商人とか。宇留岸様と一緒に日本へ来られたそうです」
イエズス会がポルトガルの保護下にあること。だが、イエズス会の司祭(伴天連)、修道士(伊留満)はポルトガル人だけでなく、スペイン人やイタリア人もいることなどを説明した。
そして、オルガンティーノと巡察師・ヴァリニャーノは共にイタリア人であること。ロルテスもそこの土地の人であると言った。
「して、そのロルテスやらいう商人は、今どこに?」
「羅馬へお帰りになりました。おそらく、途中でヴィジタドール(巡察師。ヴァリニャーノのこと)と合流なさったと思います」
ロルテスは商人だと称していたが、きっと違う。何をしていたのか、日本じゅうを歩き回り、時には貴人を訪ね、知己を得ていた。ただの商人とは到底思えない。
「ところで、伴天連に仕えるそなたが、どうして何用で後藤家を訪ねたのだ?」
「たまたまそれがしが安土の町中で、その、冬姫さまをお見かけしまして──そのお姿を追いましたところ、たまたま後藤家に行き着きまして……」
忠三郎はちょっと変な顔をした。
「そなたは妻とも知り合いなのか?」
「いえ、そうではなく──亡き上様が何度か姫様をお連れになって、宇留岸様をお訪ねになりました故、ご尊顔を存じ上げているだけでございます」
「そうか」
頷きはしたが、怪訝そうな表情は変わらない。冬姫を見かけたから後を追ったら、どうして後藤家に行き着くというのだ。
昨日、母と会った時のことを考える。当然、妻の話もしたのだ。その時の母の様子。冬姫がいかに美人かということを話しても、さほど驚きもしなかったが。
(ははあ?まさか?)
忠三郎はかすかににやっとした。
「ところで」
忠三郎は地球儀に目をやった。
「そのロルテスとやらは今どの辺りか?」
六右衛門は地球儀に寄ってマカオを指した。日本から西欧へ行くには、まずマカオ(明)へ渡る。
「まずこちらへ渡り、おそらく昨年中には船出して、今は──」
地球儀を回してインドに向けた。ゴア辺りを指す。
「この辺りでしょうか。まだこちらには至っていないと思いますが」
と、次に指差したのはアフリカのモザンビーク島だった。
「ここがあの上様の黒坊主・弥助様の故郷にございます」
「かような所か?あのように黒き人がいるのは?」
巡察師・ヴァリニャーノが連れていた色の黒い青年を信長は気に入り、ヴァリニャーノから貰い受けて召し使っていた。モザンビークはその人の故郷だという。
「途方もなく遠い……羅馬までどの位かかるのだ?」
「潮の流れは季節によって変わりますれば、春に行かねばならぬ所もあり、また半年待って、秋に行かねばならぬ所もありまする。故に、三年かかるそうにございますが、遭難覚悟で潮流を無視すれば、もっと早いでしょう。イスパニア(スペイン)人はルソン(フィリピン)からヌエバ・エスパーニャ(メキシコ)へと航海し、陸路を使い、その後、ヌエバ・エスパーニャの反対側の港より本国へと航海するそうで、ポルトガルの航路より早いとか」
「さように遠い道のりを帰って行ったなら、もうそのロルテスは戻るまいな」
忠三郎は六右衛門の友の南蛮人を見てみたかったが、同時にロルテスは二度と日本には来るまいとも思った。
「何故ロルテスは帰ってしまったのだろうな?」
「は……あくまでそれがしの想像ではありますが、伴天連様方のご意向と関係あるのだと思います」
忠三郎は興味深そうに身を乗り出す。
「上様は宇留岸様をご寵愛ではございましたが、ある時、ふと態度を変えられまして。それがし、その場におりましたが、どうやら上様は長崎のことをお知りになったようです」
「長崎。そなた、同宿をやめたのは伴天連がわからなくなったからだと言っていたな。もしや、そのことと関係あるのか?」
「はい」
そこで六右衛門は詳細に語った。
信長との対面後、オルガンティーノがコエリョに書簡を送るために、六右衛門を派遣したこと。六右衛門はその折、要塞化された長崎の様を目にしたこと。
信長はおそらく、長崎のこの要塞化を知ったのだろうこと。
六右衛門はキリスト教の教えと伴天連達の目的との乖離に、教会を去ったこと。
「長崎の有り様については、耶蘇への迫害が凄まじい故、迫害された宗徒達を守り入れるために、要塞を作ったのだろうとも考えました。しかし、もしも野望のためならばと思い至ると、もう伴天連様方を信じられなくなってしまいまして」
「野望とな?」
「すなわち、耶蘇宗門の目的は日本征服。それは日本を耶蘇の教えの国にするということではのうて、日本をポルトガルの属国にするということにございます」
忠三郎はのけぞった。
以前からそのような噂がないわけではなかった。信長が初めてフロイスに会った永禄の頃からすでに、そのような噂もあり、当時の信長は一笑に付していた。
それでも、信長は可能性は低いとしながらも、万が一に備えて、巡察師や伴天連たちに対応はしていたが──。
しかし、イエズス会に具体的な動きが見られるとなると──。
もしも本当にイエズス会が、ポルトガルの日本征服のために働いているのだとしたら、日本は、日本人達の知らないところで、今まさに国難に直面しているということになる。
さらに、ほとんどの日本人は知らないのだ。1580年、ポルトガルはスペインに併合されたという事実を。ポルトガルの対日政策とスペインのそれとは違う可能性がある。しかし、それを知る術を、この時、日本人の誰一人として持ち得ていなかったのである。




