鶴千代
十二月。越前は雪に閉ざされている。越前の柴田勝家が身動きとれないことを知った羽柴秀吉は、旧領の長浜へ兵を差し向けた。
長浜城主は勝家の甥・勝豊であるが、家臣は調略されていたし、勝豊としても、勝家の援軍は望めないので、降伏した。
秀吉は次いで、信孝を討つため、美濃へ向かった。美濃は既に氏家、稲葉などが秀吉に内通しており、さらに、金山城主の森長可なども秀吉に従ったため、岐阜城の信孝は孤立した。
美濃衆皆から背かれては、戦いようがない。岐阜城を取り囲まれた信孝は、少ない兵でどうすることもできず、さらに家老にさえ裏切られたので降伏した。
僅か半月で決着がついた。
その頃の忠三郎は領国経営に余念がなく、城下に楽市楽座など、十二ヶ条の条規を布いている。その間、伊勢の関家と婚儀が執り行われ、関盛信の子・一政は忠三郎の姉と結婚した。
盛信は以前から信孝に仕えている。しかし、今の信孝では。関家はこれ以上付き合っていられなかった。家中に二つの意見はあったが、盛信と一政の親子は蒲生家を頼ることにした。
「しからば、羽柴殿に正月の挨拶に向かわれるが宜しいでしょう」
忠三郎は関家と秀吉の仲を取り持つと約束した。既に年の瀬。盛信は三男の勝蔵を居城の亀山城に残し、一政と共に秀吉のもとに向かった。
明けて天正十一年(1583)。
新年早々、関家に問題が発生した。盛信と一政が秀吉に挨拶に出向いた留守中に、居城の亀山城が乗っ取られてしまったのである。乗っ取られたとはいっても、盛信の三男・勝蔵を当主に擁立しようとする一派による企みである。
彼等の言い分は、勝蔵こそが関家当主に相応しい体だからだという。関家は代々副乳を持つ人が出る家で、それが関家当主の証とされていた。勝蔵にはそれがあり、一政にはなかった。ただ、それは表向きの言い分である。真の問題は、勝蔵派は信孝に従うべしという考えだったことである。
彼等は秀吉に対立する滝川一益と手を組んだ。亀山城は反秀吉派の拠点となってしまったのだ。これは、秀吉に攻撃の口実を与えた。
二月、秀吉は伊勢に向けて出陣し、忠三郎、盛信、一政も従った。
忠三郎は亀山城攻めで目覚ましい働きを見せた。秀吉は亀山城が落ちると、
「忠殿、この度の戦功第一は貴殿である。亀山城は忠殿に遣わそう」
と言った。しかし、忠三郎はこれを断った。
「まことに有り難きことなれども、亀山城は関家の居城にござれば、関殿に下されたい」
秀吉は許した。ただ、条件がある。関父子は蒲生家の寄騎(与力)にならなければならないというのだ。つまり、忠三郎を寄親として、仕えなければならないのである。盛信はそれを承諾した。
かくして、亀山城は盛信の手に戻り、また、関家は蒲生家に属することになった。
亀山城の次は、峯城攻撃である。ところが、その最中の三月に入って柴田勝家が行動を開始した。先鋒の佐久間盛政が北近江に侵攻してきたのである。
「峯城は忠殿にお任せした!」
秀吉は突如、北近江に反転した。北近江は一気に緊張状態となる。
秀吉が北近江で敵と対峙し、忠三郎が北伊勢で奮闘する頃、ちょうど両戦闘地域に挟まれている南近江の日野では、冬姫が産気づいていた。
その子を授かった時、父が非業の死を遂げ、俄に敵に囲まれて城内を駆け回り、悲しむ間も疲労する間もなかった。そして、すぐに織田家は分裂し、兄・信孝は皆に背かれ、秀吉に敗れ──。
そして、忠三郎不在の中の出産となったのである。それに、彼女は冬の間、ずっと体調がすぐれず、伏せっていたのだ。難産でない筈がなかった。
冬姫はひたすら堪えた。まるで戦のように。戦場で奮闘する忠三郎の感情の昴ぶりを、共に体感するようである。
そして、明け方、ようやく産声が上がった。
「……なんと、ひ弱な……」
息も絶え絶えの冬姫をそのまま映したような、か弱くか細い声の赤子。しかし、周囲は歓喜の涙に咽んでいた。
「おめでとうございます!男子ご誕生にございます。若君様にございますよ!」
冬姫は瞼を閉じ、息を吐き出しながら、かすかに頷いた。
「鶴千代君にございますね!」
産所に侍っていた忠三郎の乳母がそう言った。
生まれる子には鶴千代と名付けると、忠三郎は言い置いて出陣していた。鶴千代は忠三郎自身の幼名でもある。彼は生まれてくる我が子に、自分と同じ名を付けることにしたのだ。
男子誕生の知らせは、すぐに隠居の賢秀のもとにも伝えられた。
「でかしたぞ!忠三郎に嫡男が生まれた!」
賢秀は無論大喜びであった。さっそく御礼参りとて、氏神の馬見岡綿向神社へ参拝に出掛けた。だが、帰ってくると、冬姫の疲労まで身代わりしたように、どっと疲れて、そのまま寝入ってしまう。
冬姫の回復も遅く、また賢秀も何やら体調不良だったため、産後、二人が対面したのは随分経ってからであった。
生まれたばかりの鶴千代は、意外にも健やかに育っていた。余程母の胎内が息苦しかったと見える。この世に出てからはのびのびしたものだ。
冬姫も愁眉を開いた。新生児の死亡率の高さを思えば、鶴千代などは天に召される類に入ると見えたからだ。
「大事な若君を、お父上に一度もお見せできないまま死なせてしまうかと不安でなりませんでしたが、どうにか育ってくれそうで、ほっと致しました」
冬姫は周囲にそう言って微笑んだ。それでもまだ不安は残る。一刻も早く忠三郎に帰ってきて欲しいと願っていた。だが、産後初めて舅と対面した時、その思いは一言も口にしなかった。
「お義父上様、お加減は宜しいのですか?」
「元々雪のように色白でおわしたのが、益々色が抜けて──産後の御身に、あべこべに心配されるようでは、どうしようもありませんな」
賢秀はやれやれといった表情を向けた。そして、乳母の腕に眠る鶴千代に目を細め、何を思ったか、突拍子もなくぎょっとするようなことを口にした。
「あの女にも、孫の顔を……忠三郎は母知らず。しかし、忠三郎は……母に会おうと思えば会えないこともない。あの女は、あれは、今どうしているかなあ?後藤は惟任(明智光秀)に従った故、今は零落していようか……それがしが死んだら、迎えに遣って構わぬと、忠三郎にお伝え下され。蒲生の家に入れて構わぬと。当主の母なのですからな」
死ぬなどと、何故そんなことを。それに、冬姫が密かにその姑を訪ねていることを、察しているのだろうか。
「お義父上様……」
言いかけて、しかし、冬姫は噤んだ。言って良いものか、余計なことではないか。
賢秀は先を促すような目で冬姫を見ている。しばらく考えた後、意を決して言った。
「ご無礼なことを承知の上で、申し上げます。その、お義父上様がお呼びになることは叶わぬのでございましょうか?」
賢秀が驚いたように、目を開いた。
「まことに出過ぎたことを申しました……申し訳ございませぬ……」
「いや」
賢秀はやんわりと笑った。
「今更、よりを戻すわけにも行きますまいが。民のように自由もききませぬ。それに、後藤の女です。羽柴殿が何と思われるか。はははは、それより……それがしが呼びにやったとて、かの女は腹が立つだけでありましょうぞ」
「そういうものでしょうか。お義母上様も懐かしくお思いなのではないかと──」
家の都合で別れただけで、本人同士は嫌い合ったわけではない。今度は家族として、共に暮らせはしないのだろうか。
「御身は面白いことを考えなさる。そもそも。前の六角の屋形が後藤殿を殺した時、蒲生は後藤に味方しなかったのです。そして、かの女は離縁させられた。かの女が、蒲生を憎んでそれがしを憎まぬという道理がありますまい。後藤を切った蒲生を動かしていたのは、父とそれがし自身だったのですから」
姑が舅の悪口を冬姫に聞かせたことはなかった。忠三郎をとても愛していたし、賢秀へは恨みより、むしろ懐かしいという感情を抱いていたように見受けられた。長い年月が怨みを消し、今ではただの過去の思い出になっているだけなのかもしれないが。
「忠三郎は本心では母に会いたく思っているのです。それがしを思い、その気持ちに堪えているのです。よくわかっています。忠三郎には悪いことをしました。だから、それがしが死んだら、遠慮しないで母を迎えに行くよう言ってやって欲しいのです」
「それは、お義父上様が仰る方が──」
冬姫が賢秀の気持ちを代弁するより、賢秀本人が言った方が伝わる。それに。死ぬ死ぬと、先程から縁起でもない──。
冬姫はしかし、舅の顔色を見て暗澹となった。舅はいつからこんなに弱くなっただろうか。同年の父が不慮の死を遂げた時は、あんなに元気だったのに。
賢秀はその色の悪い皮膚に、薄ら笑いを塗って言った。
「さようなこと、死に損ないのそれがしが病床で言ったものなら、父子揃って泣いてしまいますわ。いい歳をした親子がみっともない」
「まあ……みっともないなど」
「ははは、御身がお泣きにならぬのに、それがしと倅とがいい歳をして泣いていたら、そらみっともないでしょう」
想像したら、相当滑稽だ。
「ははは。蒲生に来た女人には不思議な共通点がありましてな。御身ばかりではありません、忠三郎の母親も泣かぬ女でござった。男ばかりが憚りなく泣く、困った家ですわ」
女人の嫡男出産は戦場での功名にも勝る。とはいえ、戦場で家の存続を賭けて戦う漢たちに比べたら、何と暢気な嫁と舅であろうか。




