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良きサマリア人

 最近、待庵という茶室が完成した。信長の茶頭であった千宗易(利休)に命じて、秀吉が作らせたものである。宗易は信長の死後、真っ先に秀吉に従っていた。

 忠三郎は宗易から茶を学んでおり、高弟として可愛がられている。

 十一月に入り、領国経営に勤しんでいた忠三郎は、宗易から稽古に招かれた。

 京の山崎にあるその新しい茶室は、それまでの茶室とはまるで違うものだった。従来の茶室は、建物の中に一室として設けてあるのが普通である。ところが、この待庵は庭の中に独立して建つ、まるで小屋なのである。

 飛び石伝いに歩いて行った先にある、藁土壁の素朴で小さな建物。忠三郎が眺めていると、宗易が庭にやってきた。

「今日は後から高山様もおいでなさる」

 宗易は茶室を満足げに眺めた。

「材木は高山殿が用意したと伺いました」

「そうなのですよ。よい木を選んで下された。とても喜んでいるところです」

 高山右近は熱心なキリシタンである。秀吉に従い、山崎の合戦で活躍した。右近の働きぶりは信孝にも激賞されている。

 右近ほど熱心なキリシタンはいない。共に戦った信孝が、キリシタン宗門から大いに期待されていたことや、信孝自身に信仰心が並々ならずあったところを見ても、右近は信孝に従うものと思われた。

 ところが、右近は秀吉に従っている。右近の背後にはオルガンティーノがいるに違いなかった。オルガンティーノが信孝ではなく、秀吉に従うことを許したからだろう。

(これも羽柴殿の作戦なのか?)

 右近が選んで切り出した材木でできているという茶室を見て、忠三郎は思った。

(高山殿は宗匠の高弟。宗匠を従えた羽柴殿が、いち早く高山殿と耶蘇宗門(キリスト教)を味方に引き入れるため、材木を高山殿に用意させて近づいたのだろうか)

 だとすれば、宗易は耶蘇獲得のために一役買わされたことになる。尊敬する師匠からの要請に応えてしまった右近は、知らぬうちに、宗易の背後にいる秀吉に従うことになってしまったのだろうか。

(それとも、これが高山殿の、耶蘇宗門の意思なのか?)

 信孝がイエズス会からも背かれたのだとしたら、もう敗戦は必至だと思った。イエズス会の思惑と関係あるのか、最近の信孝もキリスト教から心が離れているようで、それには関家の山鹿兄弟が関っているのかもしれない。

 それにしても、イエズス会は信長亡き後の拠を秀吉に決めたのであろうか。或いは、信孝を諦めたが、代わりはまだ見つかっていないのだろうか。

 忠三郎が足元の灯籠に目を向けていると、宗易はふと思い出したように笑った。

「そういえば、先日町野殿が自慢しておられましたよ。何でも、忠三郎様から風呂をご馳走されたのだとか?」

 茶室の完成祝いを届けさせるため、先月、忠三郎は乳母夫の町野左近を宗易のもとに遣わしていた。その時、町野が話したことのようである。

「いや、これはお恥ずかしい。奴め、さようなことを申しましたか」

 余計なことをと顔を赤らめると、宗易は穏やかな眼差しを向ける。

「どうして?町野殿は話している途中にも、感極まって涙ぐんでおいででしたわ」

「それはその、この身に甲斐性がないために……」

 本能寺の変の折、蒲生家の家臣達は皆、城に立てこもって敵に備えてくれた。実際には戦闘に及ばなかったものの、周囲の城が全て敵に寝返った中、敵との最前線にあって、皆よく辛抱してくれた。だから。しかし、六万石しかなく、十分な労いができなかった。で、家督を相続したばかりということもあり、感謝の心を与えることにしたのだ。

 一人一人招いて、冬姫と二人で調理した料理でもてなす。その前に、風呂に入れと言った。

 風呂は忠三郎自らが一生懸命炊いた。外から、熱くないか、ぬるくないかと尋ねると、忠三郎の声に家臣はいずれも驚愕し、泣き出した。町野のことも風呂に入れてやったのだが、どうやらその折の感動を、宗易に自慢してしまったらしい。

「与えるものがそれくらいしかなかっただけです。それを町野め、恥さらしな……」

 愚痴めく忠三郎の横で、宗易は愉快そうに笑っている。

「それそれ、そこがあなた様の良いところ。茶にも活きてますわな」

 宗易はしばしば忠三郎の茶を褒めた。それに、弟子達の中でも殊に目をかけ、可愛がっている。忠三郎にはそこがよくわからない。

 作法は宗易をよく模倣し、茶の味は鋭い味覚のおかげか、宗易のと同じに作れる。しかし、茶の道とはそういうものではない。道である以上は、神髄を感覚、いや、血で理解できなければならない。彼はまだ、その道の入り口に立ったに過ぎない。そう自覚している。

 宗易の弟子の中には、その道を極めかけている人もいる。また、はっとするような斬新な技法、作法を生み出し、周囲を感心、羨望させ、独自の世界を作り上げている人もいる。

 茶碗にしても、凝りに凝った物を作り上げ、その才能を見せつけている。そんな芸術を産み出す、忠三郎より遥かに優秀な人は多いのに、どうして平凡な彼を宗易は可愛がってくれるのか。

「真似るというのは大事なこと。真似て、その形を完璧にできるようになってからでなければ、自分の流儀を産み出してもでたらめ。忠三郎様はお若い。まだ真似で宜しいのです」

 とは言っても、模倣、習作の段階でも才能がある人ならば、何か閃くことがあるのではないか。

「忠三郎様は道具を買い集めることもない。奇抜な道具を作ることもない。自然の野花を愛で、地味な茶碗に一生懸命茶を点てなさる」

「古田殿のような発想がないので」

 発想がないという理由だけではないが、あまりそういうことに考えが至らない。茶碗は魂を込め、釜から離れず焼き上げ、常に張り詰めた気の中で作った物が良い。姿に拘るよりも。

「だから忠三郎様には天下の逸品をあげたくなるんや」

 それでいいそれでいいと宗易は頷き。

「まず、私の茶をわかって頂くことが大切。あなた様は誰よりもよくわかっておいでですから」

 宗易の茶は到底理解できそうにはない。忠三郎はとんでもないと返事した。

「大事なのは器でない。心や。勿論、逸品の茶碗は最高のもてなしの心だが──家臣を招いて風呂に入れる。おん自ら煤をかぶり、噎せ返りながら、一生懸命風呂を沸かす。茶の道はまさにこれ。茶室の中では、主従も身分の上下も貧富もありません。亭主と客というだけです。亭主は客のために、全身全霊心を込めて奉仕します。客とはこれ一度きりかもしれません。二度と会えんかもしれんと思って、命かけて茶を点てます。その心。身分関係なく相手に奉仕する心。一対一で客に向き合う。それが私の茶ですわ。貴方様は既に実行しておいでです」

 どんなに斬新な技法を生み出しても、どんなに才能があっても、忠三郎ほど宗易の茶を理解している人はいないのだと、彼を褒める理由を述べた。

「ここをご覧下され」

 太刀を挿したままでは通れない、身を屈ませなければ潜れない、狭いにじり口を指した。

「中に入れば、高貴なお方もただの一人の客です」

 そんなことを話しているうちに、高山右近が来ていた。右近は感心しきりな様子。

「ご自身で風呂を炊いて、家臣に奉仕なさったのですか」

「いやこれはお耳に入りましたか……」

 忠三郎は益々恥入った。いったい右近はいつから立ち聞きしていたのだろう。

「なるほど、主イエズスの御教えのようですな」

 右近はにこにこしていた。

(主イエズスは御手ずから弟子の足を洗った上、拭いてやった。弟子達にも互いにそうしあいなさいと仰有った。忠三郎殿は家臣を自ら焚いた風呂に入れた。主が目下の者である弟子の足を洗うのと同じこと。忠三郎殿は主の御教えの中の最も重要なことを、既にしている、既にわかっている)

「主?」

 忠三郎はつい聞き返した。

「そうです。主は仰有いました。最も大事なことはデウスを愛すること、そして、互いの足を洗い合うこと──己を愛するように隣人を愛することだと。御身は主君だとか家臣だとかに拘らず、家臣に真を尽くした」

 右近は嬉々として、饒舌になりかける。しかし、ここで一度噤んで、忠三郎の様子を見た。

 忠三郎と右近は不思議なほど気が合い、仲が良い。しかし、右近が神の話ばかりするのには、忠三郎もさすがにうんざりして、右近を見かけると、避ける時さえあったくらいだ。

 ただ、神の話が嫌なわけではなく、興味深く思える部分もあるので、その話が過ぎなければ、聞く耳は持っていた。

 今も、宗易を前にしていることもあってか、忠三郎は嫌そうな顔はしていない。

「忠三郎殿なら、例えば惟任の兵が、追い剥ぎに襲われて道端に倒れていたら、どうなされる?」

 明智光秀の兵が、追い剥ぎに身ぐるみ剥がされて、怪我をさせられ、瀕死の状態で倒れているというのだ。

「忠三郎殿なら、その人を不憫に思い、介抱するのではありませんか?」

「ああ、いかにもそうなさりそうや」

 宗易が横で同意している。

「ある人が主に尋ねたのです。最も大事な掟は、心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くしてデウスを愛すること、また、己を愛するように隣人を愛することであるが、その隣人とは誰かと。その時、主が話されたことです」

 ある人が追い剥ぎに襲われた。通りかかった人は道の反対側を通って行ったが、サマリア人は傷の手当てをした上、宿に運んで介抱した。宿を出る時、宿屋に銭を渡し、怪我人の介抱を頼んだ。足りないようなら、帰りがけにさらに支払うと言って──。

「つまり、追い剥ぎに襲われた人のポロシモ・隣人は、このサマリア人。主は行ってあなたも同じようにしなさいと仰有ったのです」

 忠三郎は想像してみた。家臣のためなら、風呂も焚くし、足くらい洗ってやれそうだ。しかし、見ず知らずの人を愛することなどできるだろうか。

 隣人とは、見ず知らずの人をも含めた全ての人間のことである。博愛だ。

 敵を愛せという教えもあるとか。敵は異教も意味するだろうが。

(無理だ。明智光秀を許すどころか大切に思えるか?武門がこのような教えを、いかにしたら信じることができるのだ!武門の生き方に反する)

 右近はもっと色々話したかったが、しつこくなるのでやめた。ただ一言だけ口にした。

「忠三郎殿が家臣に風呂を馳走なさることは、宗匠の茶の心であると宗匠は仰有いました。ですが、これは同時に、大事な主の教えでもあるのです。茶の湯の神髄と耶蘇の神髄と。忠三郎殿は自ずとご存知だったということです」

 教えられたわけでもないのに。忠三郎には茶とキリスト教の最も大切な事が、どちらも生まれつき身に備わっていたのだ。

 さらに、右近はここで改めて気付いた。忠三郎がキリスト教の掟にかなう部分を多数持っていることに。

 忠三郎には側室が無い上、離縁や再婚の経験もない。忠三郎のような清潔さは日本では特異なことだが、姦淫を禁じる神の掟には適うものだ。

 日本に、キリシタンになりたい者は多くいる。だが、日本の姦淫の風習のために、信仰をくじかせることがとても多い。キリシタンが増えない最大の要因がこの風習である。

 既に再婚している人については、イエズス会側が妥協している場合があるが、側室については、処分してからでなければ、受洗は許されていない。

 その点、忠三郎の場合、そこでつまずくことがない。もっとも、神を信じること、信仰こそが義なのであって、忠三郎にそれがない以上、いかような生活をしていようと救われはしないが。

(どうやったら、忠三郎殿は信仰を持ってくれるのだろう?)

 それはデウスのなされることではあるがと、右近はもどかしくも感じた。

 しかし、もう一つ右近は重要なことを思い出した。忠三郎は信長の婿である。これはもしや、日本にとって大変重要なことではないのか。

(日本を救うためには、その頂点に立つ王者が、デウスに仕える者でなければならぬ。民が信仰に入るためには、デウスより力を与えられた、キリシタン者が天下の座にいなくては──)

 その座に相応しい者は、信長に身近な者。だが、信孝に勝てる見込みはない。信孝が天下を手にできないのに、肩入れしても仕方ない。秀吉が有力なら、イエズス会も秀吉についていかねばならないが。

(いや、忠三郎殿こそ)

 全国一統は秀吉にでもやらせ、その後は忠三郎に天下を──。

(亡き上様がこの御教えにご寛大であったのは、デウスが上様をそうさせておいでだったからで──)

 信長の後、その天下の座を与えられるのは、デウスに選ばれた人であるはずで。

 右近のただ仲の良い友に過ぎないと思われた男が、思えば神に選ばれた王者の婿であるのだから。それが、はじめから信仰に入ることのできる器であったのだから。もしや、神から何らかの使命を与えられているのでは。神から権威を授かっているのかもしれぬ。

 急にそう思い至って、右近は心昴ぶった。

 忠三郎が戦の折、常に被る鯰尾の銀兜。その鯰の魚尾が、網にかかって溌剌とする様が瞼に浮かぶ。

──人間をとる漁師に──

 イエスがペトロ(シモン)を弟子にした時の言葉を思い出した。

(日本のためデウスの御ため、この友を私がとらねば)

 右近は俄に忠三郎を信仰に導くことを思い立った。これが右近に課せられている使命の一つなのに違いない。

 それにはオルガンティーノは勿論、教会の協力が要る。

(三七様ではない、忠三郎殿だったのだ。面倒事は羽柴殿に片付けさせ、忠三郎殿を王に。それがデウスの御意なのでは?)

 今日の忠三郎は聞く耳を持っていそうなので、宗易も混ぜて、右近はイエスのこと等を色々話した。

 神の説く愛と茶の湯のことと、すでに実行していると言われたためか、今の忠三郎には、説教が不思議とすとんと腹に落ちてきた。


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