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藤袴の縁(上)

 美濃国稲葉山、岐阜(岐陽)──

「主知らぬ香こそ匂へれ秋の野に誰が脱ぎかけし藤袴ぞも……脱ぎかけし主は知らねど紫……っ!」

 吟じかけて、つまる。

 秋風に、ほろりと零れる萩の花のように、今にも涙がこぼれ落ちそうである。それを、歯を食いしばって、きゅっと堪えているようであった。

 山裾の人気なき野辺。一面藤袴が咲き乱れる中に、少女が一人、佇んでいた。

 秋風がそよそよ。髪が顔にかかっている。それを華奢な指で払う。素直にまっすぐ伸びた綺麗な髪。しかし、一筋指先に引っかかった。

 その痛みに堪えたのだろうか。まるで、屈辱に負けじと奮闘しているような顔。その明眸に、さらに涙が滲み出てくるようにも見える。だが、彼女は必死に堪え忍ぶ。

 紫の中に立つ少女の白い姿は日に輝いて映えているのに──。眉を寄せ、何と戦っているのだろう。その小さな体いっぱい力ませていた。

 引っかかった髪の痛さと同じに、心も痛い。

 いや、違う。痛いのは彼の方。

 先程から、そこの木陰から様子を窺っている少年がいた。痛いのはその少年、彼の心だ。

(何故、あの娘はあんな顔をしているのだろう?何があったのだろう?)

 少年らしい感傷で、泣くまいとする少女の姿に引き込まれて──心が痛んだ。

 少年はこの岐阜に来てまだ間もない。

 この秋。彼は人質として、ここへ連れて来られた。

 そう、蒲生鶴千代である。

 彼は人質である。彼の家の出方によっては、いつ殺されても不思議はない。しかも、彼を人質にとったのは他でもない、あの織田信長なのである。

 粗野で乱暴、頗る傲慢で短気──など、およそ普通の様子でないことが容易に伺える。その信長の人質なのだ。虫の居所が悪い日など、ただそれだけで首を刎ねられるかもしれない。

 それだけに、どんなに不自由な生活をさせられるかと思ったが、拍子抜けするほど自由を許されていた。今だって、近くの寺からの帰りだ。一人でこうして、藤袴の中を歩いている。

 そして、思いもかけず、少女を見かけた。

 なんとなく見てはいけないように思えて。反射的に木陰に身を隠してしまったのだが、今さら出て行けない気もする。

 なおも彼が少女の様子を窺っていると、少女は突然首を上げ、藤袴を手折りはじめた。二本、三本と、どんどん摘んでいく。あっという間に花束ができた。

 少女は香りを楽しむように、花束に顔を埋めた。ふんわりと表情がやわらいでいく。先程の意志の強そうな瞳とは一変して、明るく愛らしい表情だ。

(なんて生き生きとした娘だろう……)

 彼が半ば驚いて見ていた時、

「おおい!」

 彼方から人を呼ぶ声がした。まだ甲高い、幼い男子の声。

 その声に、少女はぱっと顔を輝かせ、花束を抱えたまま、そちらへ走って行く。

 彼方に彼女を迎える一人の男児の姿。

(なんだか見覚えがあるような?)

 初めて目にする顔なのに、木陰の少年・鶴千代にはなぜかそう思えた。

 少女は安堵の表情に満ちていた。すぐに二人は連れ立って去って行く。やがて山の中に消えた。

 兄妹だったのだろうか。そういえば、二人はかすかに似ていたような?

 木陰に残された人質の少年は、なお立ち去れずにいた。一点を見つめながら、ぽつり、呟く。

「主知らぬ香こそ匂へれ秋の野に誰が脱ぎかけし藤袴ぞも」

 少女のいた場所。風がそこから鼻孔に芳香を届けている。






******************************

 冬になった。京から岐阜城に帰ってきた信長は、このくそ餓鬼どもめと睨み回していた。

 信長のもとには、百人を越す人質がいる。それらの少年達には予め自由を与え、また、学問や武芸など、武士として身につけなければならないことは、一通り学ばせていた。

 信長は時間ができると、彼らの様子を見に来る。今も人質達の槍稽古を見ていたのだが、彼らのあまりの情けなさに、腹を立てていた。

 信長の目には、誰も彼も努力を怠っているように見える。ただ惰性で槍を振っているだけに見えるのだ。数をこなせばよいというものではない。これでは、師の指導を受ける意味があるのか。

 師の武将が声を大にして注意を繰り返しても、直さず無視し、我流を貫くのだ。

 学問にしてもそうだ。師が必死に説明しているのを、うんうんと頷きながらも、右の耳から入って左に抜けている。顔を見れば一目瞭然だ。

 難しくて理解できないと、やる気がなくて自習しない者に、

「難しくてわからないから、復習しなかったのか?難しいからやるのだろうが!簡単なら、せんでもできるわ!」

と叱れば、すぐ泣く。

「泣くほど悔しいなら、やれ。腹が立つなら、やれ。師を見返してやろうとは思わんのか?もう二度と師の奴にこんな文句は言わせないぞとは思わんのか?腹が立つのに、できなくて悔しいのに、勉強しないとはどういうことだ!」

 信長には到底理解できない子供らだ。

 信長にとっては、世のほとんどの人間が使えない奴である。百戦錬磨の猛将でも、彼から見れば凡将。回りは凡夫だらけ。それでも、奴らでさえ日々鍛錬していた。毎日鍛錬しても、努力しても凡将にしかなれないのに。

「あいつら、全員雑魚だ。どこぞの戦で、一兵卒として人知れず死ぬ。どうせそうなる」

 人質どもに匙を投げ、信長は山を下り、麓の館に向かった。そこには小姓達がいる。山上の城の人質達とは違って勤勉な者達だ。

 信長が館に入ると、小姓達が緊張した様子で出迎えた。その中の一人を一瞥して、

「鶴千代。茶室の支度をせい」

と命じた。

 少年はかしこまって平伏すると、飛ぶように去って行く。

 茶室は館の中に幾つもある。信長に茶室と言われただけで、彼が今使いたいのがどの茶室なのか、察することができなければならない。

 やがて、一つ用事を済ませた信長が庭園の茶室に向かうと、そこには鶴千代がいて、すでに中の支度は整っていた。

 ふふんと信長は鼻で笑う。こいつはやはり使えると──。

 鶴千代は蒲生家の嫡男であり、本来、山の上の人質達と一緒に置いておくべきだが、信長でも感心するほどの努力家なので、特別に小姓の中に加えておいた。

 京にいた時、紹巴がほめていたこともあり、帰国後、注視していたところ、なかなか見所があったのである。

 ある日、夜更けまで武将達に武辺話をさせたところ、人質達も、小姓さえも途中で寝てしまったのに、鶴千代だけが最後まで目をらんらんと輝かせて、聞き入っていたのだ。その輝きは、悪餓鬼のとんだ奴が、とんだ悪戯を思いついた時のようだった。

「紹巴が、幼いお前が夜中まで酌をして謡い、少しも乱れることなく座っていたと言っていたが、なるほど夜に強いんだな」

 岐阜に帰って来てから、信長が声をかけてやったのは、この時が初めてだった。鶴千代はたいそう驚いた。だが、信長は百人以上いる人質を、全員覚えている。

「あの時、おまえを小姓に取り立ててやろうと思ったのだ。やはり小姓にしてよかったわ」

 茶室の様子に満足し、珍しく信長は褒めた。鶴千代は恐縮し、深々と平伏するや、すぐに立ち去ろうとした。

 信長に仕える者は、常に機敏でなければならない。

「待て!」

 だが、信長はその場にとどめて、

「座れ。茶を点ててやる。そのために用意させたのだ」

 機嫌はすっかり直っている。

 鶴千代はとても驚いたが、素直に従って着席した。

 信長はこの少年を気に入っている。何より負けず嫌いなところがよい。いや、自信というべきか。

 最初のうちは、どんなことでも必ず一番にならなければ気が済まない性分なのかと思っていたが、どうもやや違う。彼は他人にできることなら、必ず自分にもできると信じているらしいのだ。

 つまり、他人にできて、自分にできないことがあると、必死に励む。それができる人間が存在する以上、人間なら誰にでもできることなのだと思い、自分も必ずできると信じて疑わないのである。

 だから、できねば己を極力恥じ、できるまであらゆる努力をし、できないはずがないと信じて、結局やり遂げてしまう。

 気がつけば、いつも鶴千代が一番だ。槍でも馬術でも学問でも。歌道、茶道。大人にも勝っているものが多々ある。

 いわゆる自信家というのとは類が違うが、己を努力すれば必ず成し遂げられる人間であると信じているのだから、ある種の自信家ではあるのだろう。

 己を蘭と信じる真っ直ぐさ。そこが信長には清々しい。

 何でも自分でやらなければ気が済まない所は、大将としてはどうかとも思うが、他人に任せることは大人になってから覚えればよい。

 信長は自身で茶を点て始めた。

「お前、南化和尚に宝誌の野馬台の詩について質問したそうだな?」

 手を動かしつつ、徐に尋ねた。南化は沢彦と共に信長が信頼する禅僧で、時々鶴千代を彼らのもとに遣っていた。

「はい。伺いました」

「詩中にある姫氏とは何かと訊いたそうだが。何故そんなことを気にする?」

「……お屋形様がこの地を岐阜と改名なさったと聞きましたので」

 鶴千代はためらいがちにそう答えた。

 土岐氏が代々美濃守護であった時代に、土岐氏の地であるというので、禅僧が岐阜と称することはあったが。彼等が岐陽とも称した稲葉山を、信長が公式に岐阜と改名し、周知させた。信長には土岐氏とは別の思いがある。

「周が岐山より起こって天下をとったことにあやかり、岐阜とした。そこから野馬台の予言に飛躍したか」

 くっくっと喉を鳴らしながら、点てた茶を差し出す。鶴千代は行儀よく綺麗に口をつけた。


 周は太古の唐土にあった国である。

 殷の時代、周の古公は岐山を本拠として、次第に力をつけていった。古公には数人の男子がいた。長子は太伯、次子虞仲、末子を季歴という。

 季歴には昌という子がいた。この昌は殊に優れた人物で、古公は昌が家を継ぐと栄えるだろうと予言した。だが、昌が継ぐためには、まずその父である季歴が継がなければならない。

 季歴は兄達に遠慮して辞退したが、太伯と虞仲は季歴父子のために、遠く呉まで去った。季歴は迎えをやったが、二人は自ら卑しい姿になって呉に留まった。

 その後のこと。季歴の子の昌の代になって、古公の言った通り、周は栄えた。

 殷の王が暴君であったことから、昌は諸侯から王になるよう言われた。だが、昌は殷の臣下という立場を貫いた。

 昌の子・武王の時、ついに殷を滅ぼし、王位を得た。昌は文王と呼ばれる。こうして周の王朝が始まったのだが、王統は姫姓であったという。

「唐土には周以外にも幾つもの王朝がありました。それなのに、何故周の岐山を選ばれたのだろうかと思いまして。周の国姓は姫氏なので、もしやと思いまして。日本は東海姫氏国と申しますから」

 茶を飲み終えると、鶴千代は今度は迷いなく言った。

「東海姫氏国か。日本を姫氏国と申すは、帝が天照大神を祖としているからだ。姫君の国という意味だそうだ。平城京の昔からそう言われている」

「和尚もそうおっしゃっていました。でも……唐土では、日本は周の末裔だと申していたとか。呉の太伯の裔であると。太伯は周の古公の長子であり、周を継ぐ資格があったのですから、姓は当然姫なわけで、日本が呉の裔なら、周の裔ということになり、姫氏ということになります」

 唐土の六朝期の梁に、宝誌という人知を超越した予言者がいた。この宝誌が作ったとされる予言の詩がある。それは東海姫氏国について書かれたものだが、昔からこれは日本のことだと言われてきた。

 東海姫氏の国は百世に渡って国を治めるが、その後、権力は大臣の手に移る。天変地異が起こり、怪獣に襲われ、戦乱の世となり、犬や猿が王位を奪い、最後は国土滅びて無に帰す。

 そのような内容の詩である。

 日本は「やまと」であるから、野馬台の詩と呼ばれている。

 詩中の姫氏国という表現は、古来より姫君の国という意味と解釈されてきた。日本が周の末裔ゆえの、姫姓の国だという解釈はない。唐土の史書には、倭は周の裔とある。だが、日本ではその記述は誤りであるとしてきた。日本は天照大神の皇孫の国なのだ。

「ではお屋形様は、数ある王朝の中から、どうして周を選ばれたのですか?それがしは、お屋形様は日本を周の末裔だと思っておられるから、岐阜と名付けられたのだと──」

 信長は天下布武の印を用いている。その天下とは、もしや唐土の中原を指しているのではないか。周が岐山より中原を手にしたように、周の末裔が日本の岐山たる岐阜から、周の故地たる中原を手に入れるという意味ではないか、鶴千代はそう考える。

「お屋形様の思われる天下とは何処ですか?日本のことですか?」

「当たり前だ」

 信長は目をぱちくりさせたが、それでも薄ら笑いが皮膚の表面に載っているように、鶴千代には見えるのだ。

(お屋形様の天下とは、日本と唐土とを合わせた広大な地ではないのかなあ?)

「お前な」

 信長は少年の考えることなど全てお見通しだと、やや呆れた顔だ。

「帝云々など、不遜極まりないぞ」

 それに、天下天下と、布武の方は考えようともしない。

「武という字はな、戈を止めると書く。つまり、武とは本来、干戈を止めて用いないことを、戦の終焉、静謐を表すのだ。だから、武には、禁暴、戢兵、保大、定功、安民、和衆、豊財という意味がある。この七つの徳があるのが武というものだ」


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