長崎
イエズス会のインド管区は極めて広く、日本もその教区域内に含まれていた。しかし、日本はインドからは遠方にあり、また、近年信者数が増えてきていることから、将来は日本管区として独立することが望ましい。
ヴァリニャーノも日本の布教に希望を見いだしており、彼の判断により、日本は準(副)管区に昇格した。インドから完全に切り離されたわけではないが、将来的には独立する。日本の上長は、インド管区内の日本布教長という立場だったが、日本準管区長に昇格した。
その日本準管区長・ガスパル・コエリョのもとに使いに出ていた、オルガンティーノの同宿・山鹿六右衛門は、畿内に戻ってきていた。
彼は長崎からの帰途、本能寺の変を知った。そして、大坂に来て、その後のもとの主家の動静を知り、教会には戻らないことを決意して、伊勢の亀山城に兄を訪ねていた。
ここは、織田信孝に仕える関氏の居城である。関盛信は、神戸氏の養子だった信孝に仕えていたが、信長の怒りを被り、蒲生家に幽閉されていた。盛信は快幹軒の娘婿であった。
だが、最近同じく相婿の神戸具盛と共に信長の許しが出て、再び信孝に仕えるようになっていたのであった。
盛信の子・一政は、忠三郎の姉を娶ることに決まっていた。新婦はもと布施忠兵衛の妻である。離縁させられ、実家に戻されたと思ったら、すぐに再婚させられるのだ。
ともかく、これにより、関家は親子二代に渡り蒲生家と縁を結ぶことになり、互いに急接近している。
(蒲生様は三七様にお味方するということなのかな?)
六右衛門はそう思っていた。同宿用の青い衣を着たまま教会を抜け出し、兄と再会した彼。彼は関家の郎党に復職した兄に言った。
「パードレのもとにはもう帰りません」
再び兄と暮らしたいのだと、希望を口にした。
幼い頃、一人で親戚達のいる九州に渡った六右衛門は、教会で伴天連達の世話になった。そこには他にも沢山少年がいて、皆読み書きを習い、ラテン語さえ習った。六右衛門は日本の古典が好きだったので、そればかり学んで伴天連達を嘆かせたが、それでも、ラテン語も多少は覚えたのである。
教会の仕事も覚え、また茶道に長けていたので、やがて畿内に派遣され、オルガンティーノに仕えるようになった。
初めは雑用ばかりだったが、そのうち客を茶室でもてなす役目を与えられ、布教の手助けをするようにもなった。
オルガンティーノに従って安土に来た時には、同宿として堂々とやっていたのである。
「ですから、宇留岸様にはとても感謝していますし、ご尊敬申し上げてもいます。ですが──あれは上様が武田征伐から戻られたばかりの頃でした。上様が宇留岸様を訪ねてみえたことがありましたが、長崎がどうのと仰せでした。それ以来、宇留岸様のご様子が変でした。上様は変わらず御慈悲を下さっていたのですが。で、すぐに宇留岸様は私をシモ(肥前)へ使いに出されました」
コエリョのもとに遣わされたのだが、妙に気になり、長崎に寄った。
「上様の仰ったことがよくわかったのです。長崎は天然の要害の地。そこに、さらに周囲を柵で囲い、大筒を設置して、中には鉄砲も多数保管していました。そういえば、上様は本願寺とか仰った気が致しますが、まさしく石山本願寺のような。姿は違えど防御のための城でございました」
そして、コエリョを訪ね、オルガンティーノの書簡を渡した。コエリョはそれを読んでも動じる様子はなく、ただ、周囲のスペイン人やポルトガル人に、何事か話していた。
「何と話していたのだ?」
ずっと話を聞いていた兄が身を乗り出す。
「わかりません。パードレ達は南蛮の言葉を使います。前のカブラル師父もそうでしたが、わざと日本人に聞かせまいとしているような。それで、我等と南蛮人との間には溝が生じていたのです」
「長崎にそんなものをこしらえていたなら、そりゃ日本人に聞かせたくないわな」
「以前からパードレ達には少し反感を抱いていました。宇留岸様には感謝していますが、長崎を目にしたことで、私の心は教会から離れてしまいました。デウスは信じていますが、パードレ達のなさっていることが、本当にデウスの御意通りなのか。疑いを持ったまま、どうしてパードレ達にお仕えできましょう。伊留満になれる見通しもなく、このまま一生このような身分で終わるよりは、商売でも始めた方がましです」
六右衛門は、だから兄と暮らしたいと願った。
「パードレ達は三七様に接近しようとしています。三七様もキリシタンになることを切望しておいででした。長崎のこと、お教えしなくてよいのでしょうか?」
「三七様か……」
「三七様は安土の修道院にもよくおいででしたから、私もお目にかかったことがあります。それに、私は蒲生忠三郎様のご母堂様のこともよく存じ上げております」
「蒲生様?」
「殿様(関盛信)は蒲生様と親戚。また新たに、若様に蒲生家から姫をもらわれるとか。蒲生様と殿様がより親しくなられるというならば、つまり、蒲生様は三七様にお味方されるということでしょう?それに、殿様とご親戚故に、青地様も三七様にお仕えになるとか。青地様は本来、蒲生元珍様と申すべき御方。殿様の奥方様の甥君でいらっしゃる」
「……ううむ。そう単純ではないぞ」
清洲会議で決定したその内容に不満を抱いた三七信孝は、羽柴秀吉に対抗する柴田勝家に接近している。近いうち、織田家は二分されるだろう。織田家の家臣達は、羽柴か柴田、どちらか一方につかなければならなくなる。どちらに従うべきか、皆悩んでいるところだ。
「うちの殿は以前から三七様にお仕えしてきたが、いくら親戚だからとて、蒲生様が殿や青地様に同心なさるとは限らぬ。蒲生様は上様の婿。奥方様は三七様とも於次様ともご兄弟なのだ」
だが、それはそれとして。長崎のことは、関盛信か一政を通して、三七に伝えるべきであるとは思った。




