三人のイタリア人(下)
ジョヴァンニ・ロルテスという者がいる。彼はカブラルやオルガンティーノと共に来日した。
そして、何の目的があるのか、二人とはすぐに別れ、日本じゅうを歩き回っていた。もしや、日本征服のための下調べか。マルタ騎士団(聖ヨハネ騎士団)に属していたという。軍人の視点で日本を調査しているのかもしれないが、ヴァリニャーノの安土滞在を知り、安土へやってきた。
安土に着いたのは七月の半ば。
安土のセミナリオ(セミナリヨ)が開校し、多忙のヴァリニャーノは安土を去りたいと思っていたのだが、信長からの許しが出ない。信長はどうした理由からか、ヴァリニャーノを引き留めていた。
オルガンティーノも多忙で寝る時間もない。安土という土地柄も手伝って、来客が絶えないのだ。
そんなところへ、ロルテスはやって来た。
ロルテスの姿はとても目立ち、安土の町を歩いていると、たちまち人だかりができる。
「あの伴天連は誰じゃ?」
日本人は好奇心が旺盛過ぎる。特に珍奇な物が大好きだ。そして、すぐにそれを見に来る。
「パードレにあらず!パードレ違う!」
ロルテスが困って周囲の日本人達に大声で主張する。
騒ぎはセミナリオの少年達にも聞こえたらしい。窓から外の様子を窺う少年がちらほら。彼等が伝えてくれたのだろうか、すぐにオルガンティーノ本人が飛び出して来て、ロルテスを迎えた。
「パードレ!」
ロルテスは思わずその肩にしがみついていた。オルガンティーノも嬉し涙を見せている。
オルガンティーノとロルテスは、共にマカオを船出して来日した仲で、同郷でもある。会うのは随分久しぶりだった。
中に入って、修道院部分でしばらくは互いの近況を確認し合ったが、その後、ロルテスはヴァリニャーノが今何をしているかと尋ねた。
「また信長様に呼び出されて出かけました。夜には戻るでしょう、待っていれば会えます」
「では、それまで散歩でもしていましょう」
オルガンティーノはまだ仕事中。セミナリオ内への部外者の立ち入りは禁じられていたので、ロルテスは安土の町を散歩して、時間をつぶすことにした。
オルガンティーノはロルテスの供に同宿(日本人下役)を一人つけた。
安土の町はばたばたと忙しない。実は、これは信長の盂蘭盆の計画だった。町の人々はうきうきとしている。町中で夜の計画のための準備が進められていた。その中を、ロルテスは同宿の案内で行く。
「ロルテス様、今夜はお祭りです。丁度良い時にいらっしゃいましたね」
同宿はまだ若く、町の喧騒にはしゃいでいる。だが、しばらく行くと、急に立ち止まって頓狂な声を上げた。
「日野の姫様です!」
「え?フィノ……?」
「日野の姫様──上様の姫様が。あれ、お忍びで。あれ、あちらに!」
「信長様の?そんなに気安く出歩きますか?」
信長の姫なら、城の奥に鎮座しているはずで、町中を歩いているわけがない。ロルテスは首を傾げながら、同宿の指差す方に視線をやった。
「いいえ、私があのお方を見間違えるわけがありません!確かに姫さまです。何度か上様とセミナリオに来ていらっしゃいますから、ちゃんとお顔はわかっています!」
ロルテスはなお半信半疑だ。
ばたばたしている町。それ幸いと、姫はお忍びで出掛けてきたのだろうか。
武将達の屋敷が建ち並んでいる。その中の一軒の裏門辺り。典雅に歩く女性数人と中間の影があった。皆、美しい絹の小袖を着ている。
同宿と共に、ロルテスはそちらに近付いて行く。
女性達の中の一人の後ろ姿に、同宿は確信して、
「あっ!やっぱり日野の姫様ですよ!」
と叫んだ。
そうと知ると、ロルテスの足も、慌てたように早くなる。本当に信長の姫君ならば、是非会ってみたい。話してみたい。
だが、行く手を人ごみに遮られる。
「何ですか、この人の多さは!」
日本人は数が多すぎる。
おまけに、
「あ!伴天連様じゃ!」
「おお?前に見たのは目が四つもあったのに、この人は二つしかない!」
などと、口々に言って、
「伴天連様!伴天連様!」
と、ロルテスを取り囲んだのだ。
「危ない!押さないで!」
同宿が怒鳴って注意しているが、なかなか手慣れたものだ。ロルテスと人垣との間に程良い距離を築いてしまった。
「申し訳ありません、ロルテス様。日本人は物珍しさに飛びつく習性があるみたいで。珍しい物があると噂になるや、遠方遥かからでも行列をなして見に来るのが常でして」
今夜の祭りのために、数多の見物人が安土に押しかけてきているのだ。そこへ南蛮人が現れたのだから。好奇心のかたまりの日本人が、ロルテスに飛び付かないわけがない。
人々に囲まれて困惑している間に、
「ああ……姫様を見失いました……」
と、人垣を管理しながらロルテスを振り返って、同宿が残念そうな声を出した。
「仕方ない」
ロルテスは諦めた。
「それがし、あまり町の中は歩かない方がいいみたいですね」
修道院に帰ることにした。
帰り道、同宿は言った。
「さっき集まっていた人達に聞いたのですが、先程の場所は、今夜の火祭りで、最も見物に適した所らしいですよ。姫様も、もしかしたら、こっそり良い場所で祭りをご覧になろうと、下見していらしたのかもしれませんね」
修道院に戻ると、遅くなるかと思われたヴァリニャーノがすでに帰っていた。
早速、オルガンティーノに紹介されて、ロルテスはヴァリニャーノとの対面を果たす。
ヴァリニャーノは冷静な大男で、ロルテスがイタリア人だと知っても、大袈裟には喜ばない。ちょっと微笑んだだけである。
ヴァリニャーノは他の修道会員が日本にやってくることを警戒している。現在のロルテスはいずれの修道会にも属していないし、また修道士でもない。
だが、ロルテスが何をしに日本に来たのか気にしているのだろうと、ロルテスはヴァリニャーノの反応をそう理解して、
「ジェノヴァの貿易商の下で働いていました」
と自己紹介した。
「随分日本語に堪能なようですね」
ヴァリニャーノは余り日本語が話せない。ロルテスの流暢さが羨ましいのか、それとも怪しんでいるのか。
「しばらくゴア(インド)にいたのです。船乗りの腕を買われて、カブラル師を日本まで送ることになりまして、マカオ(中国)までご一緒しました。そこで一年過ごして、日本人商人達と知己を得ました。ファラダ(原田)という友人もできました。その時少し日本語が話せるようになりました。後から来たオルガンティーノ師と合流して、日本に来たのですが、私はしばらくシモ(九州)にいました。そこでかなり日本語を覚えまして、それから堺やらあちこち行きました」
ロルテスは本来の目的は話さず、あくまで商人であることを強調した。
彼は枢機卿から密命を受けていたが、それをヴァリニャーノに知らせてよいものか考えた。そして、イエズス会が関わるアジア征服の方針がわかるまで、己の来日の理由も明らかにすべきでないとの結論に至った。
ロルテスがヴァリニャーノと話している間に、辺りはすっかり暗くなった。やがて、ヴァリニャーノは上の階のセミナリオの少年達のもとへ行った。
その夜、安土の町から灯りが消えた。信長が灯りを点けてはならないと命令したからだ。
漆黒の闇に包まれた町。突如、歓声が湧き上がった。
ロルテスが修道院の窓から見てみると、暗闇に城の天主の姿がぱっと浮かび上がっていた。
数千万はあるだろうか、天主は隙間なく灯りに埋め尽くされている。火の明かりに照らされた天主は幻想的で、このような光景は見たことがない。
「わあ!なんてきれい!まるで異世界だ!」
上の階から、セミナリオの子供達の声が聞こえてくる。皆窓から眺めて、息を飲んでいるのだ。
町じゅうが天主に見とれている。
その時、街路に松明を持った無数の人々が集まってきた。彼等は次々に、道の両側に整然と並ぶ。城の麓から修道院の前まで、あっという間に二本の光の筋が出来上がった。
すると、今度はその道を、次から次へと若い侍達が駆け抜けて行く。信長の小姓衆だろうか。
不意に外の群衆が騒がしくなった。ほぼ同時に、上の階から慌ただしい物音が響いてくる。ロルテスが何事かと思っている間に、ヴァリニャーノが修道士らを連れて下りてきた。他にも続々と同宿らも集う。階下は俄に修道院の人々で溢れた。
ロルテスが目を凝らすと、信じられない光景があった。信長本人が、光の道を歩いて来ているのだ。どんどん修道院へ向かってくる。
ヴァリニャーノは外に出て、やって来た信長に挨拶した。信長は上機嫌で立ち話を始める。
ロルテスはすぐ近くで信長本人を見るという、全く想像だにしない出来事に遭遇した。近くで見る信長は、大男のヴァリニャーノに見劣りせぬほど立派で。
その放つ信長の気迫の鋭さに、ロルテスは圧倒されていた。




