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長篠

 四月、信長は大坂の本願寺と戦い、さらには甲斐の武田との戦いに転戦。

 信玄亡き後の武田家を率いる武田勝頼は、三河へと侵攻、長篠城を包囲した。徳川家康から援軍を要請され、信長は三万で長篠へ向かったのだ。

 蒲生家も出陣したが、設楽原で繰り広げられた光景に、忠三郎は驚愕した。

 この戦では、いつもの半分の兵の動員で良いとされた。それで、蒲生軍も今回は五百で、率いているのも忠三郎のみだった。

 徳川方の援軍が到着する前に、武田軍は長篠城を落とせていなければならなかった。援軍が到着してからでは、武田軍が長篠城を落とすことが不可能になる。織田軍が到着した時点で、城は持ちこたえていたから、武田は失敗したわけである。だから、武田の重臣層のほとんどは、撤退しようと思った。だが、勝頼は諦めなかった。

 信長は長篠城に近い設楽ヶ原に到着すると、本陣を極楽寺山に布いた。武田軍がいる方角に相対するように、連子川という川が流れているが、その後方である。

 折からの五月雨で、織田軍の前面の平地一帯はぬかるんでいた。

 武田方は長篠城のある、高く急峻な丘陵地周辺におり、織田方がいるのはその隣の丘陵地だ。両丘の間の谷底状になっている部分は平地として広がっている。その平地部分がぬかるんでいるのである。

 連子川があるのはその平地の、織田方の丘のすぐ近くである。信長は着陣早々、目の前の連子川の岸に沿って空濠を掘らせた。掘って出た土を使って、さらに土手を築く。

 そして、その土塁の後方に木の柵を築かせる。

 連子川に平行して、延々と長く続く空濠、土手、柵がたった一日で作られた。柵には所々に木戸が設けられ、そこから自在に出撃もできる。

 簡易の砦と言っても良い。

 この柵に城や砦と同等の防御力があるならば、織田軍の方が多い今回の戦闘では、武田は絶対に落とせないだろう。城攻めは、攻める側に守る側の倍の兵数が必要だからだ。

 ここを攻めても武田に勝ち目はない。かといって、長篠城の包囲を続ければ、織田軍が出撃してきて、そちらに攻撃をしかけてくる。

 それで、武田の重臣層は、今回は諦めて撤退し、後日改めて長篠城を攻めようとしたのだが、勝頼は頑として聞かなかった。

 五月二十一日早暁。連日続いていた雨はからりと上がった。

 武田軍は織田軍の前面に広がる設楽ヶ原へ一気に駆け降り、勢いのままに織田の本陣に突撃した。

 武田の赤備えとは、天下にその名を知られ、恐れられる最強の軍団である。その軍団の山県昌景が先陣である。

 武田は横に広がる鶴翼の布陣。中央に武田の一門衆が、左右は豪傑たちが、織田の本陣に迫ってきた。

 しかし、低地の設楽ヶ原は泥濘んでいる。いかに足の強い木曽駒でも、柵目掛けて一気に突進とはいかない。緩慢な動きになっている間に、織田軍から鉄砲が発砲された。それもかなりの数。

 しかも、織田軍は騎馬武者ばかり狙って撃つ。山県昌景があっという間に討たれてしまった。

 大将を失った山県隊は乱れに乱れた。しかも、山県が死んだと聞いて、勝頼が死んだと言われたくらいに武田軍は動転したのだ。

 開戦直後の青天の霹靂に、武田軍は小山田信茂、武田逍遙軒、内藤昌秀(昌豊)、原昌胤など、次々に攻めるが、猛将として高名な原も内藤も集中砲火を浴びて、討ち死にしていく。

 猛将たちの隊は大混乱に陥った。天下に名を轟かせる歴戦の猛将ばかり。これまでに何十回と野戦をしてきたかわからない。数えきれない経験の中で、今回の織田軍のような陣構えには初めて出会った。

 野戦に柵を築くなど、どこにそんな人間がいるか。

 武田は今回初めて信長と正面からぶつかったが、初めての相手の、あまりな勝手の違いに、なす術もない。

 戸惑ううちに、どんどん武将達が討たれて行く。

 こうなると、勝手に退却し始めてしまうもの。一人が退却すると、次々に戦線離脱していった。

 これでは戦にならない。ついに勝頼も退却を決めた。

 柵の内にいた織田軍が、続々と繰り出してきて、武田軍を追い討ちし始める。

 この追い討ちでさらに、望月義勝、馬場信春、甘利信康、真田信綱、昌輝など、天下に名高き猛将が多数討ち死にしてしまった。今後の武田家が立ち行かなくなるほど、あまりにも沢山の重臣を失ってしまったのである。

 どうして、ただの一回の戦で、武田家が消滅するほどの結果になってしまったのか。

 織田軍とて目を丸くした。ただの徳川への援軍のはずが、気づけば驚くべき成果となっていたのだ。巨大な武田を、何故か呆気なく完膚なきまでに叩きのめしていたのだから、織田軍としても信じられない。

 しかし、信長は初めからこうなることを計算していたのだ。忠三郎は驚愕と共に感激で、頭が真っ白だった。


 その後、信長は越前の一向一揆を掃討した。それを済ませると、北ノ庄を越前における織田家の本拠地とし、そこに柴田勝家を配した。勝家は近江から越前へ移ることになった。

 これまで、南近江の東の地域は長光寺城主の勝家の下に置かれており、その辺一帯の領主たちは勝家の寄騎であったが、以降は独立した領主となったのである。

 蒲生家も信長の直臣となった。

 そして、信長は権大納言に任じられ、右近衛大将をも兼ねることになった。

 公家でも右大将家というのはあるが、武家では武門の棟梁にのみ許されるものである。征夷大将軍であった足利義昭でさえ、中将であった。

 信長が武家の頂点に立ったことを意味する。信長は朝廷も認める天下人となったのだ。

 そんな信長がただひたすら誇らしい忠三郎。だが、日野に帰ってきた彼には、快幹軒に対して危惧があった。

 今更、祖父や父が信長に楯突くとは思っていない。それでも、祖父は関、神戸両家のことは面白くないだろう。

 また、信長の比叡山や一向一揆へのやり方に、信長を狂者と見て、憎悪する者も少なくない。仏門に入っている快幹軒もそうなのではないか。

 忠三郎は今ここでしっかりと、自分の思いを伝えなければならないと思って、祖父を訪ねた。

 すると、快幹軒は何故か穏やかに笑って、

「猿真似や」

と言った。

「六角の屋形のな」

 今の六角家は信長に敗れに敗れ、風前の灯火。その六角家の屋形と快幹軒が呼ぶのは、江雲寺殿・六角定頼のことである。今の当主はその孫だが、快幹軒にとっては、今でも屋形は永遠に定頼である。

 定頼は、快幹軒がそれまで会った中で、最も優れた人物であった。彼以上の人間にはもはや出会えまい、そう思っていた。

 昔、蒲生家が内紛していた頃は、蒲生家は幕府寄りの家だった。その当主を殺し、快幹軒が当主となれたのは、六角定頼の援護があったからだ。

 そして、快幹軒は幕府ではなく六角家に、定頼に仕えた。幕府より、将軍より、定頼を尊敬していた。

 近江の守護は当時、北と南に分かれており、南は六角家、北はその分家の京極家が務めていた。しかし、京極家は専横著しい家臣達によって、力を失っていた。

 それを好機と見た定頼は北近江に侵攻、京極に取って代わった浅井を従わせ、版図拡大に成功したのである。

 さらに、その身をおびやかされる将軍を匿い、支援し、幕府内で大きな力を持った。

 六角家の観音寺城は難攻不落の名城であり。その城下に楽市令を布いた。

 日本初の楽市は、商業を大きく発展させ、城下は賑わい、国は大変豊かになったのである。

 商業こそ国の礎、商業なくして国の発展なし。そのような発想の為政者は少なかった。

 何もかもがそれまでと違っていた。定頼の発案、政策、力は快幹軒の憧れであり、その手足となって働けることが、若き日の快幹軒の喜びだった。

 快幹軒が中野城を築いた時、城下を商業都市にするべく楽市令を布いたのも、いち早く鉄砲の重要性に気づき、生産を思いついたのも、定頼の側にいて影響を受けたからなのである。

 だから、未だに定頼が忘れられないし、その頃の六角家の繁栄とその後の凋落を比べると、悲しいばかりだった。それでも、全盛期の六角の名残にしがみつき、定頼の息子や孫を支えたのだ、信長に敗れるまで。

「そなたの舅殿のなさることは六角の屋形の猿真似やと思うておった。だが、違うたわい」

 快幹軒も最近の信長の様子を見て衝撃を受け、いや喜んでいたのだ。

 内心、将軍を馬鹿にしながらも、その凌駕する力で幕府を動かすところ。驚くような商業政策。圧倒的な軍事力と経済力。そして、広大過ぎる領土。

 全てが定頼に似ていて、定頼よりも大きい男。もう二度と出会えまいと思っていた定頼のような、それよりも大きな傑物に出会えたのであるから。

「屋形も将軍を凌駕しておられたが。そなたの舅殿は、ついには将軍を追い出し、自身が武士の頂点に立ってしまわれた」

 快幹軒はにやりと笑った。

「満足しておる。最初は猿真似でも、今は屋形を遥かに越えておいでだからの。この世を変えてしまうほどの男になられた。天下布武、素晴らしいではないか。だから、その婿になれたのは天からの恵み。奇跡のような恵みぞ。どこまでもついて行け、孫よ」

 忠三郎は祖父の心の憧憬と、信長を見つけた喜びとを知って、素直に嬉しく思った。

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