裏切り
信長は諸大名たちへ、上洛するよう触れを出していた。新将軍・足利義昭に参礼する信長に合わせて、上洛せよと。
しかし、上洛しなかった者が複数あり、その中に越前の朝倉義景もいた。足利義栄を支持していた者ならばともかく、ずっと越前で義昭を保護していた義景が、今になって叛くとは。
だが、将軍・義昭本人はまだ義景に希望を持っていた。朝倉義景という人間は己で幕府を牛耳れないから、信長の下風に立たされるのが悔しくて、上洛しないだけなのではないか。義景は信長の立っている位置に立ちたいだけで、信長がいなければ、義昭には従うのではないか。
実は信長はこの正月、義昭へ五ヵ条の条書を送りつけ、それを認めさせていた。
「義昭が諸国へ命令を出す時は、全て信長の了解が要る。
義昭による知行安堵を破棄する。
義昭から下す恩賞には、信長が援助する。
反逆者は誰であれ、義昭の許可なく信長が成敗できる。
天下静謐、禁中への奉仕、油断してはならない。」
信長が将軍から実権を奪った形になる。
この信長の地位を朝倉義景は欲しているだけなのだと、義昭は考える。
(余は今のままではいけない。義栄の背後に三好らがいたように、余の背後に織田がいれば、織田を嫌う者どもが、余をも嫌うて、従わないであろう)
朝倉義景だけでない。他の大名たちも、信長という後見人の存在さえなければ、義昭に従うように思われた。
将軍自身が強くならなければならない。後見人の力に頼らず、傀儡にならず。
(織田を嫌う者どもに、余が織田の傀儡であると誤解されてはなるまじ。それこそ、織田を討とう、余を討とうとて、世は静謐どころか、乱世が続く)
しかし、義昭は信長へ、朝倉の討伐を口にした。信長が義景を討ちたい意向であることを知って──。
「我が甥の武田元明が朝倉義景に拘束されておる。越前に下向し、元明を救出してくれ」
将軍が許可したため、四月、信長は朝倉討伐のため出陣した。
信長は好戦していた。ところが、驚くべきことが起こったのである。突如、浅井長政が裏切ったのだ。
長政は信長の妹・お市を妻としている同盟者。それなのに。
目の前には朝倉がいる。そこへ背後から浅井が襲ってくるという。このままでは、織田軍は挟み撃ちに遭う。
「退却!京へ帰るぞ!」
信長は一気に京へと駆け抜け、事なきを得た。世に言う金ヶ崎の退き口である。
信長が越前で朝倉勢と戦っている間に、将軍・義昭は改元を強行したので、四月二十三日以降は、永禄十三年から元亀元年となる。
義昭はずっと改元したがっていたが、信長は反対していた。だから、信長不在の隙をついての改元であった。
さて、その信長に朝倉討伐を命じたのは将軍であるから、朝倉は御敵である。また、この戦、朝廷も認知しているし、信長のために戦勝祈願していたから、朝倉は朝敵でもあった。
ただ、流浪していた時、一時匿ってもらったという恩もある義昭には複雑だった。
御敵退治とて、越前に出陣し、戦を優位に進めていた官軍の信長は、突然浅井から背後を狙われ、一転、敗走した。
そして、その機に乗じて、甲賀に潜む六角が南近江各地で一揆を起こした。どうやら浅井、朝倉と連携したらしい。
六角と浅井は宿敵だ。浅井と対抗するために、毛嫌いしていた一色(斎藤)と同盟したほど、六角は浅井を徹底的に敵視していたのに。その両者が手を組んだというのである。
今回の浅井の裏切りに六角が呼応して、一揆を煽動しているならば、間もなく六角承禎(義賢)・義治父子自身が甲賀から押し出してくるに違いない。
南近江衆の多くが、今回信長の軍勢の中に加わり、朝倉討伐に出陣している。近江は今手薄だ。この隙を六角父子が狙わないはずがない。
ましてや、南近江衆はつい昨日まで、その六角父子に長年仕えてきた者たちなのだ。また、中には個人的に北近江の浅井と親しくしていた者もいる。
六角父子が、今は信長麾下となった南近江衆を、再び従えてしまったならば──。浅井と親しい南近江衆が、浅井について行ってしまったならば──。六角と浅井が同心した今、近江は一つになってしまう、信長の敵地として。
近江を失えば、信長は美濃国の本拠・岐阜と、都を行き来することができなくなる。
美濃と接しているのは北近江の浅井領だ。こちらの道はもう使えない。東海道は六角が甲賀にいておさえている。
ならば、伊勢経由で岐阜に帰る道──南近江を通る山越え道だけは、何としても死守しなければならない。
しかし、案の定、近江は北だけでなく、南近江もにわかに乱れて騒がしくなった。浅井の動きに呼応して六角家が起こした一揆には、なかなか侮れない勢いがある。蒲生家の周辺も一揆勢が意気軒昂と占拠していた。
湖側は南下してきた浅井方に制圧され、鯰江城に浅井の軍が入ってしまった。それにより、その辺りの一揆は特に盛んになっていて、伊勢へと通じる八風越えの道は通れなくなっていた。
金ヶ崎から敗走してきて京にいる信長は、完全に岐阜への帰り道を失ってしまったのである。しかし、この状況に甘んじてはいられない。
信長は朝倉・浅井を討伐する必要がある。そのためには、まず岐阜で態勢を整えなければならない。帰り道など厭わず、岐阜に帰るべく、信長は五月九日に都を出た。
大津・宇佐山城、山岡景隆の勢多城、そして、十三日には野洲・永原城に入った。
信長は志賀と宇佐山に森可成、永原に佐久間信盛、長光寺に柴田勝家、安土に中川重政等、織田家の重臣たちを配置し、近江衆に改めて本領を安堵したり加増して、離反しないように努めた。
蒲生家は信長の帰路を確保するため、賢秀と忠三郎が動いた。日野からは八風越えの手前の位置に、千草越えがある。それを確保するのである。そのためには、市原一揆を鎮めなければならない。そこで、大森城の布施忠兵衛に忠三郎の姉を嫁がせて同心させた。
十五日。安土に移動した信長のもとに、賢秀・忠三郎父子が馳せ参じた。
「これより先に進むには、市原周辺の一揆を制圧するが必定。蹴散らして参ります」
すでに布施家と同盟して下準備は整っている。あとは軍勢を動かせば、一揆は鎮まる。蒲生家のこの働きを、信長は大いに喜んで激賞した。
「では、市原四郷一職任せる故、一揆を鎮めよ」
賢秀・忠三郎父子は市原へと取って返した。そして、蒲生軍は一気呵成に一揆勢を蹴散らした。
市原周辺の一揆が鎮圧されると、安全に千草越えできる。これで信長は岐阜へ帰れる。
信長は喜んで、先に進んで来た。忠三郎が途中でそれを迎える。
「さすがは我が婿殿とその親父様よ。よくぞ我が帰路を確保してくれた。赤佐、横山に加え小倉右近大夫、越前守の所領二千石を含めた五千五百石強を加増しよう」
蒲生家は信長から加増を認められた。
忠三郎は途中の甲津畑まで、信長を送ることにした。甲津畑は千草越えの入り口にあたる。
その途中、忠三郎と馬を並べて進みながら、信長はふと遠くを指差した。
「向こうが日野か」
忠三郎が頷くと、信長はそちらに向かって強く首肯した。
(冬姫さまにご挨拶なさっておられるのだ)
忠三郎はそう思った。
今、俄に不安定な情勢となってしまったこの蒲生野のただ中に、愛娘を置いて行かなければならない父の心情はいかばかりだろう。
(日野は決して!冬姫さまを危険な目にお遭わせすることは決してありませぬ!必ず姫さまを、日野を、近江を守ります!)
忠三郎はそう誓った。
その後、甲津畑の速水勘六左衛門の館で休憩し、信長は千草越えへと入って行った。忠三郎はそれを甲津畑で見送り、なお南近江を不穏にしている六角方の一揆や鯰江城の浅井方に備えた。
こうして、二十一日、信長は千草越えから伊勢経由で岐阜へ帰り着くことができた。
そして、出迎えた濃姫を前にし、
「公方め」
と、浅井長政ではなく、将軍・義昭を罵った。
信長のいないところで、勝手に改元した義昭に腹を立てていた信長は、そのような義昭のことだから、今回のことは、義昭による離間策なのであろうと思ったのである。
武田元明を救出してくれと義昭は言った。だが、信長が元明を救出に行けば、浅井は信長が勝手に朝倉を攻めたと怒るだろう。義昭はわざと、浅井が怒って織田と手を切るように仕向けたのではなかろうか。
長政は信長と手を組んだが、その父・久政は朝倉との縁を大切にしている。朝倉の不可侵によって、背後を脅かされる心配なく、新興の浅井家が内政に専念できたという過去がある。
長政は父を押し切り、織田と同盟したが、父はその後も反対していた。だから、長政も信長へ、勝手に朝倉を攻撃しないよう要請していたのだ。
「浅井は俺の朝倉攻撃をこそ約束が違うと言い張るだろう」
信長には自信があった。お市の黒髪なら、長政を心底惚れさせ、その情により、織田を裏切らせることはないだろうと。だが、どうやら長政は、妻の縁も親戚の縁も関係なく、利害によってしか動かない人間のようだ。確かに、前妻との関係を見ても、長政には情や絆は関係ないことがわかる。
昔、浅井は六角と争っていたが、敗れ、浅井久政は六角に臣従した。その子・長政は、六角の人質として、幼少期を過ごした。
元服した時には、六角義賢(承禎)から偏諱をつけられ、賢政と名乗らされ、臣従させられた。そして、六角家の重臣・平井定武の娘と結婚させられた。しかし、賢政はすぐに長政と改名。六角から独立し、北近江で急速に成長を遂げたのである。
それは、家中に、六角に従って北近江の内政に専念するという久政の政策に、我慢ならない者達がいたからでもある。
だが、確かにこの時すでに浅井家には、六角に対抗し得る実力があった。六角方との戦には連勝しており、困った六角家は美濃の斎藤(一色)家と同盟したほどである。また、ついには将軍を目指した足利義昭にも認められ、その仲介で織田との同盟は成った。
つまり、将軍候補者の勧める縁組で織田家のお市を妻とするために、前妻を離縁したのである。
もっともこの時の義昭は、最初に頼った六角家に見捨てられたばかりで、その義昭が取り持つ相手を選ぶことは、忠心ともいえる。前妻は義昭を見捨てた六角方の女だ。
「長政殿なりに理由はあるのでしょう」
濃姫はそう言うしかなかった。
浅井の裏切り。そして、信長が岐阜に帰りついた直後のことだった。再び南近江の異変が伝えられたのは。
一揆を煽動していた甲賀山中の六角氏が、挙兵したのである。
蒲生家にとって、六角氏は長年の旧主である。
信長がそれについて蒲生家に口出しすることはなかった。また、冬姫にも特に指示を出してはいない。ただ、帰路を確保してくれたことに感謝し、蒲生家に五千石ほど加増するとした安堵状を発給したのみだ。蒲生家は六万石となった。
一方、六角方はしきりに蒲生家を誘ってきた。織田と手を切り、六角に戻ってこいというのだ。
しかし、賢秀と忠三郎は鼻で笑ってその誘いには応じなかった。とはいえ、次兵衛は正直安心できない。
蒲生家に六角に従う様子がないのは、単純に織田と六角とを天秤にかけ、今は六角に勝ち目はないと判断しているからだろう。長年仕えてきた六角をあっさり捨て、織田に従った蒲生家なのだ。信長が危機に瀕すれば、勝ち馬に乗ろうと、織田家を裏切る筈である。
次兵衛は信長に蒲生家は安心であると報告する一方で、警戒した。
「先の浅井長政の裏切り、他人事ではございませぬ。蒲生も同じような家。姫様とて、いつお市御寮人様のようなお立場になるか……忠三郎様のお母上のこと、姫様はご存知ですか?」
次兵衛は織田の姫として、冬姫が蒲生家でどう生きるべきかを説くため、ある日このような話を始めた。
忠三郎の母には悲しい話がある。忠三郎も蒲生家もそれを冬姫に話したりはしない。だが、その母の実家が、今は織田家に仕えていることから、冬姫も織田から従ってきた侍女達を通じて知っていた。
忠三郎の母は六角家の筆頭重臣・後藤家の娘。その兄の賢豊は家中の信望厚く──だが、そのことを六角承禎の子・義治(義弼)に妬まれ、賢豊はある日突然、子息三郎左衛門らと父子三人、殺害されてしまった。家臣達は皆そのことに怒り、承禎・義治父子を居城の観音寺城から追い出した。北近江の浅井まで介入してきて、大事になった。
ところが、この時、蒲生家の取った行動は──忠三郎の母を離縁し、義治を居城の日野中野城に匿ったのである。
実は岐阜にいた時、忠三郎宛てに届いた井口殿の文の中で、近衛殿の書云々とあった一条殿の壺は、この時見せられたものだったのである。小倉殿の侍女の川副家の娘が気まずそうにしたのは、この時の出来事だったからである。
間もなく中野城は浅井方に包囲された。すると蒲生家は今度は和議を持ちかけた。
蒲生家は実に巧みに動き回った。承禎父子と家臣達との仲裁を成功させ、承禎父子を観音寺城に戻してしまったのである。
忠三郎の母は後藤賢豊の妹。蒲生家は真っ先に後藤家に味方し、誰よりも強く承禎父子を糾弾するべき立場であったろう。だが、そうしなかった。他の家臣達は皆、後藤家に味方したのにもかかわらず。
後藤家は浅井家の力を頼りに、若い高治が辛うじて継いだが、急速に力を失った。
「後藤家の一件を利用し、どさくさに六角家中随一の実力者に躍り出ることに成功し、その後は主君さえ傀儡にした──利害得失だけで動くのです、婚姻も親族の情愛も関係なく。蒲生家はそういう家です」
次兵衛の話に、冬姫は身を研ぎすます。だが、この時、冬姫の思うことは忠三郎の母のことだった。
「母上様は、今どちらに?」
「忠三郎様のご母堂様は、若輩の甥・高治殿に厄介になることや、姉上の嫁ぎ先の小倉右近大夫殿──此度、蒲生家が加増された分ですが、これが蒲生家と遺恨あることを気兼ねされて、今は浅井家に仕える上坂家の世話になっておられるとのことにございまする。上坂兵庫助という方は、後藤家から上坂家に養子に入ったのだとか。三蔵様によれば、賢豊殿のご舎弟だということにございまする」
三蔵とは、お市の方に従って浅井家に入った者で、冬姫の幼なじみのことである。織田永継の子であり、冬姫は勿論、信長やお市の親族だ。
三蔵の話が出ると、次兵衛はしみじみと言った。
「まこと浅井長政という男は、蒲生家にそっくりでございますな」
傍らで冬姫は思った。忠三郎の母が浅井家臣のもとに身を寄せているなら、浅井家の裏切りで敵対することになった今、忠三郎が母と会うことは叶わなくなったと。
人を、家を、女の情で動かすことの如何に難しいことか。信長の冬姫にかける期待の大きさを、姫は実感した。
信長は忠三郎を息子に欲しいと言っていた。
父のためにも、冬姫は忠三郎と蒲生家の心をつなぎ止めておかなければと、決意を新たにしていた。
だが、次兵衛は蒲生家を信用しないどころか、むしろ隙あらば乗っ取って、信長に献上しようと考えていた。
しかし、不思議なことに、蒲生家は信長がどんなに危機に陥っても、裏切ることはなかったのである。




