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上杉家

 織田家の三法師の後見をしたかつての秀吉と同じように、家康の専横が目立ってきた。秀吉の嗣子・秀頼(拾丸)は、かつての三法師同様、幼児だ。

 五大老らは家康に詰問。家康は前田利家に誓紙を出して誤魔化したが、雲行きは怪しい。

 蒲生家に嫁いできた振姫は家康の実の娘である。一方、蒲生家は忠三郎の実の娘を前田家に嫁がせている。

 利家の嫡男・利長は忠三郎の友人にして相婿。ずっと親しい関係を築いてきた。冬姫は利長の妻である妹の永姫、利長の弟・利政に嫁いだ娘の籍姫を思い、憂えた。

「蒲生家に以前のような力があれば──」

 九十二万石の奥州の王者ならば、徳川・前田両家と縁続きという立場を活かし、両者を仲裁することもできた。しかし、今の蒲生家では。

 近い将来、小牧の戦と同じようなことになるのではないか。

 あの頃、諸将は秀吉か家康か選ばなければならなかった。織田家の家臣として親しんだ友人同士で、敵味方に分かれて戦うという、よくわからぬ事になった。

 今回も同じようになるだろう。身内同士、友人同士、憎み合ったわけでもないのに、敵味方に分かれることになる。

「蒲生家に力があったなら──それもこれも私がいけないのね……」

「いいや!ご先代様が殺されてしまったせいです!ご先代様が生きておいでだったら、徳川様にも前田様にもでしゃばらせませんでした。専横し、天下を盗んだはご先代様!」

 加藤次兵衛の言葉に、冬姫は苦笑しつつも肯いてしまった。忠三郎ならば絶対に、絶好の機会だと専横しただろう。今の家康の姿が忠三郎にそのまま重なる。

「徳川様とも前田様とも姻戚なのですから、恐いものなしです。ご先代様が生きておられたら、お二人を従え、戦も起こさず、蒲生家が天下を手にしていたでしょう。改めて、殺した奴が許せませぬ!」

 次兵衛の言う通りだと冬姫は思った。


 家康は五大老と和解したが、しばらくして前田利家が死去した。秀吉の死から七ヶ月目のことだ。

 ところで、豊臣家はこの頃、武断派と文治派とで派閥争いが激化していた。武断派は合戦で武勇を誇り、文治派は政務を担当していた。武断派の代表は加藤清正であろう。文治派は石田三成である。

 清正と三成は朝鮮での戦の折にすでに対立していたが、秀吉の死去により、いよいよそれが激化した。

 蔚山城の戦闘で明軍を壊滅させた面々は、何故か秀吉に処罰され、逆に三成一派は褒美を与えられていた。武断派は三成の讒言のためだと恨んだ。

 前田利家が両者の間に立って、抑えてきたが、亡くなると、武断派は突如として三成を襲撃する。三成は事前に察知して家康に匿われ、家康は三成を政務から退かせ、佐和山城に蟄居させるという条件で、武断派を納得させた。

 三成は武断派によって五奉行の地位を失い、失脚した。

 そして、さらに雲行き怪しくなって行く。

 家康の動きはとにかく速い。かつての秀吉同様、様々な手を使って、諸大名を短期間のうちに自分の配下に入れていく。

 五大老・前田利家の後を継いだ嫡男の利長は重要である。家康は前田家を得るために、手段は選ばない。

 利長が家康を暗殺しようとしているとして、家康は金沢討伐を口にした。利長は何度も弁解しなければならなくなり、さらに母を人質として江戸に差し出すことになった。家康はそれで納得し、利長を自分側に引き込むことに成功した。

 ところで、五大老の一人の上杉景勝は、会津に新しく城を作ろうとしていた。

 景勝は故郷の越後からの国替で会津に移ってきた。

 景勝の出て行った後の越後に入封した堀秀治は、秀吉の死後、上杉家が巨大な城郭を築いていると知ると、

「会津若松には鶴ヶ城という、みちのくでは未だかつてない名城があるのに、上杉家は程遠からぬ場所に新しい城を築いている。それも、鶴ヶ城の二倍の広さ。これは怪しい。戦の準備であろう。上杉家に謀反の気配あり」

と、家康に報告した。他にも上杉家築城の報告があるので、家康も上杉に謀反の疑いがあるなどと言い出した。

 蒲生家としては複雑である。町野は上杉家臣となった蒲生旧臣達に探りを入れた。

「神指に築いている新城が、鶴ヶ城より広い理由は……」

 岡半兵衛のような、間者になると豪語していた者でも口を濁した。

 家老の直江は、鶴ヶ城ではこれ以上の拡張、発展は望めないと言っているという。新城が広大なのは、軍事目的ではなく、あくまで上杉家百二十万石に相応しい名城と城下町を作るためだというのだ。

「鶴ヶ城がまずい、発展しないという証拠に、流行歌がある。──黒かはを袴にたちてきてみれば襠のつまるは襞の狭さに──だから別に新城を築く。そういえば昔、伊勢の松坂木綿の流行歌もあったとか?」

──伊勢の松坂いつ着てみても

襞の取りよで襠悪し──

 かつて松坂の城下でこのような歌が流行った。今、会津でも似たような歌が流行っているというのだ。

──黒かはを袴にたちてきてみれば襠のつまるは襞の狭さに──

 会津若松は以前は黒川と言った。襠は町。つまり、この歌は袴に例えて、実は黒川の町の道が狭くつまっていると言っているのである。襞とは松坂木綿の歌の襞と同じ、飛騨。つまり、飛騨守である忠三郎のことである。

 忠三郎の町割りが最悪だという意味なのである。それは、軍事目的の町割りだからだ。まるで迷路、ぎざぎざで、庶民が生活するには不便だった。

 この話を伝え聞いて、秀隆は不機嫌になった。

「何故、上杉家は言い逃れに当家を引き合いに出して、当家を侮辱するのか?──けっこう!巨大な新城を築くまでもない。今すぐ戦になれば、新城築城に間に合わないから、鶴ヶ城を使うしかないだろうが、それで父の城の真価がわかるであろう。すぐに父の城で、戦してみられるがよい」

 父の七層の金瓦の天守は日本一だと、秀隆は思っている。安土城や大坂城のような最新式だし、七層はどこにもない。その鶴ヶ城が役に立たない、これ以上の城下の発展は望めないなどと、随分ふざけた話だ。

 もっとも、鶴ヶ城はまだ完成していないが。濠も全て掘り終えていないし、戦に使うなら、急いで普請しなければならないだろう。

 秀隆が引き継いだ当初、秀吉の命で、浅野長政が多くの支城を廃してしまってもいた。未完成の鶴ヶ城を完成させるより、二倍の巨大な城を新たに築いた方が良いと判断したのであろう。

 だが、近江商人や伊勢商人を招致した商業都市・若松を、発展できない町だと言われてしまうのは秀隆には悲しかった。漆器や蝋燭、酒、刀、茶碗、他にも様々な産業が次々に興っているのに。

 町野も不愉快げに。

「謀反の準備のため、より巨大な城郭を築いているのを見破られ、鶴ヶ城が宜しくないのだなぞと、苦し紛れな言い訳。まこと、戦になれば、鶴ヶ城がいかに素晴らしいかはっきり致しましょう」

 家康は景勝に上洛を促していたが、景勝は移封間もないこと、会津が長期間雪に埋もれていることを理由に、上洛しようとしなかった。

「ご先代様は、移封間もない時でも、雪深くとも、何度もご上洛なさいました。上杉家は新城を築き、ぐずぐずと上洛を引き延ばしている。謀叛を起こそうとしているは明らか」


 その頃、冬姫は初めて宇都宮に入った。

 それまで、尾張の国より北方へは行ったことがなく、宇都宮とは随分遠方の地であると感じた。会津はさらに北にあるというのだから、気が遠くなりそうである。さらに南部氏の領地は会津から数日かけなければ行き着かないというのだから、いったいどこまで遠いのだろう。

 ただ、宇都宮の雰囲気は悪くはない。町もなかなかだし、秀隆も充実した日々を過ごしてきたことがわかる。だが、これからしばらくは、領国のことは後回しになりそうだ。

 家康は上杉家を詰問していたのであるが、それに対して直江から返事が届いた。家康はそれを一読すると、上杉家の謀反間違いなしとして、討伐を決定したのである。戦だ。

 家康は帝と豊臣秀頼から賜物を受けると、一度伏見城へ入り、そこを鳥居元忠らに託して、会津へ向けて出発した。

 秀隆も宇都宮で出陣の支度をしなくてはならない。初陣である。

 喜ばしいことである反面、母として、冬姫には不安もある。

 忠三郎はいつも雑兵に混じって、先陣切って、真っ先に敵陣に突っ込んでいた。先頭の百人の中に必ず彼がいた。

 軍の先頭は敵の矢玉の標的である。軍の統率、士気のためにも、大将は最後まで死ぬわけにはいかないから、大将は後方にいなければならない。しかし、忠三郎は常に先頭に立って矢玉の嵐をかいくぐってきた。

 それでも、何十回という彼の出陣に、冬姫は不安を抱いたことはなかった。忠三郎は計算ができる男だから。

 忠三郎は家臣を大事にし、家臣からも慕われていた。その大将が真っ先に突撃して行くのである。家臣達は何が何でも大将を討たれまいと、必死に彼に追いつき、夢中で彼を守り、猛然と敵に挑みかかることになる。忠三郎は己が討ち死にしないことを知っていて、信長の心配も振り切り、突撃し続けていたのだ。

「亡き殿が先頭をかけるべきと判断なさったなら、かすり傷一つ負わず、必ず成功し、一番乗りの誉を手にすることを私は知っていました」

 だから、冬姫は彼を戦場に送り出すことに不安を感じたことはなかった。

 だが、秀隆は初陣。海の物とも山の物ともつかない。

 戦場ではあがるから、血や火薬の臭いも感じないし、負傷しても痛くないものだという。敵の血しぶきを舐めてしまっても、味も臭いも感じず、何てことはない。

 もし、血の臭いに酔うならば、それは平生の域から超越できていないのであり。血生臭さを感じる者は、必ず戦死するであろう。

 忠三郎はそう言っていた。彼は初陣の時からけろりと戦場を駆け回っていた。だが、秀隆も同じような脳の開放ができるであろうか。

 冬姫の心を察して、町野が胸を張った。

「会津は我らが最近まで住んでいた所。鶴ヶ城は我らが作ったのです。勝手知ったる城、いくらご先代様の御知恵が結集された城とはいえ、その構造知り尽くしている我らなれば、容易に落とせます。戦上手の諸大名をしり目に、我が殿が一番の手柄を立てられること、疑いございませぬ!」

 それはそうだ。城は支城も含めて、皆知り尽くしている。蒲生家の働きはめざましいものになること間違いない。

 とはいえ、鶴ヶ城が落ちたら、忠三郎の城がぼろぼろに傷つけられた末、攻略されたことになってしまう。

 鶴ヶ城はまさに子を翼に包む親鶴。秀隆を守ってくれる親鳥──忠三郎なのだから。鶴ヶ城が美しい姿を留めている限り、秀隆は、蒲生家は守られている。そのように思われて。

 冬姫は一度も目にしたことのない、忠三郎の遺したその城を愛していた。


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