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撤兵

 石田三成と小西行長は朝鮮からの撤兵を望んでいた。文禄の頃は、無理矢理和議に持ち込もうとした程だ。

 秀吉の命を真に受けて戦った加藤清正を、和議の妨げになるからと、秀吉に讒言したのも三成。和議の交渉決裂し、再び侵攻したが、行長は朝鮮の李舜臣と通じ、清正を討たせようと謀った。

 朝鮮からの撤兵は、日本軍全体の悲願。

 蔚山城を築いた日本軍は、明軍と朝鮮軍を壊滅させていた。日本は大敗していたわけではない。

 しかし、秀吉の願いは、秀吉の死によって無視されることになった。さらなる出兵が予定されていたが、家康ら五大老、三成ら五奉行は、出兵どころか朝鮮からの全軍撤退を決定した。

 撤兵は速やかに行われ、秀吉の死から三ヶ月以内には完了した。

「イスパニアなぞ恐るるに足りぬ。今のイスパニアに、そこまでの力はない」

 スペインから独立せんと戦ったオランダ(ネーデルランド)、イギリスなどの台頭が目覚ましい。スペインは艦隊を大幅に失い、フィリピン総督府にも、朝鮮、日本、まして明を攻める能力はない。

 家康はそう判断した。そもそもスペインの日本征服計画からして、秀吉の被害妄想だと三成さえ考えている。

「撤兵か」

 家康が大丈夫だと判断したのならば、スペインの力は大したことないのだろう。娘婿である秀隆はそう思った。

 秀隆は父の朝鮮の地図を見て、その夢を荒唐無稽だと思っていた。しかし、当初、父は朝鮮出兵に反対していたことを思い出し、その父の矛盾点について考察するようになった。

 朝鮮出兵に反対していたのに、開戦後は朝鮮王になる覚悟さえして、朝鮮を固守しようとした忠三郎。

 冬姫や六右衛門によれば、スペイン、ポルトガル、そしてイエズス会が本当に望んでいたのは明だったという。

 秀隆はそれらの事実をつなぎ合わせて、一つの可能性を導き出していた。それは、奇しくもいまわの際の秀吉の答えと同じであった。

「イスパニアには明を手に入れられるほどの力はない。だから、日本に代わりに明を討たせようとしたのだ。だが、ポルトガル人のフロイス殿は、日本なんかに明は討てない、太閤は馬鹿だと悪口していたそうではないか。つまり、日本が途中で投げ出し、撤兵することを、イエズス会は最初から知っていたのだ。明を討ち果たせるだけの実力が日本にもないことを、彼等は知っていた。その上で、明攻撃を打診したのだ」

 町野左近にそのように自分の考えを披露した。

「イエズス会が撤兵を予め読んでいたと?」

「違うよ。どうしてあれほどまでに、小西殿と石田殿が撤兵に拘り続けたのだと思う?」

「つまり、小西殿に撤兵しろとイエズス会が指示を出していたと、仰せられまするか?」

 町野は目を見開いた。秀隆は笑って頷いた。

「先陣だった小西殿は無理攻めして、その戦功は著しいものだった。そのことを、伴天連たちは大喜びした。小西殿が朝鮮で暴れれば暴れるほど、イスパニアには好都合だからね。でも、結局は朝鮮を討ち果たせない」

「で、丁度よい頃合いを見計らって、小西殿に撤兵を要求してきたというのですか、伴天連が」

「そう。──朝鮮をさんざん蹂躙し尽くした日本が、その地を放棄したところを、イスパニアが侵攻する。朝鮮も明も疲弊しきっているから、イスパニアでも容易に侵攻できる。しかし、お舅様はイスパニアの侵攻はないと判断なさった。つまり、今のイスパニアは、蹂躙し尽くされた朝鮮にさえ侵攻できないくらい、衰退しているということだろうね」

「徳川様が左様に判断なさったのなら、問題ない、のでしょう?」

 同意しようとして、言っているうちに疑問になり、語尾は問うような形になった町野。忠三郎は朝鮮を固守しようという発言をしたので、家康の判断はそれとは逆なだけに、不安でもあった。

「父は朝鮮をくれと言った直後に発病した。赤座隼人は石田殿と親しく、今は切支丹仲間で石田殿の友でもある小西殿の所だ。ロルテス殿は襲われ、未だ消息もわからぬまま。イエズス会は日本の撤兵を望むのに、父は切支丹でありながら朝鮮を固守しようと発言した。これらを思い合わせれば──私の考えをどう思う?」

 町野は目を丸くした。

「ご先代様に盛ったは太閤ではないと?」

「太閤は知っていたかもしれぬが──」

 敢えて止めなかったのではないか、母が欲しいから──とは秀隆は口に出せない。言えば口が腐る。

「太閤はどうも、ご先代様を伊達殿に討たせようとした様子。失敗した後は仕掛けてきませなんだが。左様な計画があれば、見て見ぬ振りしたでしょう」

 町野はそう答えて、秀隆の言わんとすることを脳内で考察した。

 キリシタンでありながら、スペインの野望を妨害する忠三郎。親友の小西行長を通じて、イエズス会の建て前を聞かされている石田三成。

 日本兵の苦しみを知る三成は、朝鮮出兵は日本の不利益になると思い、速やかな撤兵を望んでいた。行長(イエズス会)と利害も一致する。

 そして、秀吉に忠実な三成は、豊臣家の安泰のためには、忠三郎は消さなければならないと思っていた。きっと忠三郎は豊臣家に謀反するし、その力もある。

 赤座隼人は三成とも行長とも親しい。彼はキリシタンとして、忠三郎の言動に疑問を持ち。さらに、日本の平穏のために、それを乱そうと謀反を企む忠三郎を諫めようとした。

(奴には私怨も……)

 日々弱り行く忠三郎に微量の毒を盛り続けていたのは、隼人だったのか。町野はぞっとした。

「確証が欲しい。そなた、石田家に仕官した当家の旧臣どもの中には、間者として使える者があると言っていたな?」

「はい。誰ぞかに密命しましょうか?」

 町野は力強く頷いた。かなり自信がありそうだ。

「では、誰が最も適任か?」

「岡半兵衛(半七)が宜しいかと」

「上杉家に仕えているのでは?」

 岡半兵衛は若いが有能だ。

「はい。彼の姉は川副家に嫁いでおりまして」

 川副家は蒲生家臣。娘の孝蔵主は豊臣家に仕えているが。三条殿の乳母もこの家の女である。

 岡半兵衛の姉は孝蔵主の甥に嫁いでいた。

「孝蔵主殿が岡の妻に石田殿の娘御をと、奔走しておられます。岡なれば、上杉家の内情はもとより、石田殿のことも深く探れましょう」

「待て、婿は危険だ。逆にこちらの本意を石田殿に暴露されよう」

 だが、秀隆の不安を町野はからから笑い飛ばした。

「いやいや、ご心配には及びませぬ。岡とはすでに、話がついておりますので。岡はその気でおります。孝蔵主殿にも働きかけ、かの女人も石田殿の娘御を岡にと、動いて下さっているのです」

 秀隆は唖然と町野を見やった。

「そなた、初めから父に盛ったのが石田殿だと疑っていたのだな」

「それはそうです。されど、その背後にイエズス会の存在があるかもしれないなど、夢にも思わぬこと」

「まあ、いい。とにかく、岡は信用できるのだろうな?」

「はい。かの者は初めからそのつもりで、上杉家に仕官したのでございますから。他にも岡のような者、上杉家にも石田家にもおりまする故──」

 しばらくして、本当に岡半兵衛は石田三成の娘婿となった。孝蔵主が間に入って縁を取り持ったためのことである。

 一方の秀隆のもとにも振姫が、小弓公方家の嶋姫(月桂院)を介添えに、輿入れした。三つ年長で、既に大人の女性らしさを備えている振姫には、年下の、まだ子供にしか映らない秀隆は物足りないだろう。

 祝言の席で秀隆は振姫を見上げた。振姫の方が背が高い。

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