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存亡の危機(上)

 藤三郎秀隆は父は毒殺されたと信じていた。南禅寺に育った彼は、犯人を誰と疑っていたのか。

 彼は父の死の翌月には帝へ太刀を献上するなど、朝廷との関係を大事にしようとした。坂源次郎が朝廷を重んじるようにと、三七のようにならないためにと、進言したのもある。

 家臣達とは親しまなかった。

 家臣達は七万石を筆頭に、それぞれが独立した領地と城を持ち、忠三郎を頂点に戴きはするが、家臣というより、協力者に近い感覚で仕えてきた。幼い秀隆が、この高慢で鼻持ちならない大人達を、親しく支配できるはずもなかった。

 国入り前、すでに秀吉により、会津若松、白河、田村、二本松、白石、津川、米沢以外の城を破却させられている。国入りには浅野長政(長吉)が同行していた。

 この長政、秀隆には一切手を出させなかった。長政の介入により、蒲生家は秀吉の支配下に置かれたのである。とはいえ、長政は会津の重要性を思い、蒲生家の崩壊を防ごうとしていた。今、会津が空中分解しては、東北の地が乱れる。

 だが、長政が手を出しているのに、なかなか家臣団はまとまらない。かえってばらばらになり、争いが日常的になってきた。まとめようとするのに、反対に、ばらばらにしようとする作為的な力が働いているように見える。

「お父上はとてつもなく天性の才知に恵まれた方だったのですなあ。それがしには到底できませぬ。よくこのような家中を統率できたものです」

 長政は幼少の秀隆を不憫に思い、また忠三郎の実力を実感していた。

 家臣どもは領民達からの搾取も好きにやっているようで、家中で誰が一番かと競い合い、権力闘争に明け暮れている。いかに幼君を操るか、いかにその後見として力を奮うか、そればかりだ。

 会津入りから程なくして、秀隆は朝廷より従四位下を賜り、侍従に補任された。


 秀隆は徳川家康の娘・振姫と婚約したので、家康は舅という立場である。そのため、正式に秀隆の後見とになっていたが、なお蒲生家臣団の派閥闘争は収まらなかった。いや、かえって激化した。そこにキリシタン達が布教をためらいなく進めて行ったから、非キリシタンとの軋轢も生じて、より複雑化している。

 秀隆はそれでも、どこか冷めて家臣達を見ていた。

(父上の生前、些細なことで合戦になりかかったこともあったな。あれから数年経つが、今日までまだ合戦がないのが奇跡だ)

 といって、実際合戦など起こされては改易に処せられるが。

(ほんの五、六年前までは十二万石だったし、母上も今の大領にはまだ馴染みきっておられぬだろうが……)

 秀隆、蒲生家の未来を予測して、それでもうつむかないではいられなかった。


 この時期、蒲生家はさらに財政難になっていた。

 忠三郎は惜しみなく城や町を築き、上方に屋敷を幾つも作った。度重なる戦による出費。加えて、秀吉が城を新築する度に、その普請を割り振られ、ますます出費が重なった。

 そうした中、完成したばかりの伏見城が大地震で壊滅的な被害に遭った。蒲生家も伏見に屋敷があったが、それは無惨な有り様。修繕しなくてはならないが、伏見城の修繕も割り振られよう。

 また、秀吉は関白秀次に謀反の疑いありとして、これを切腹させ、秀次に与えた聚楽第を破壊し尽くしていた。そのため、洛中に新たに聚楽第に代わる邸宅を築くという。着工したら、蒲生家にも割り当てがくる。






****************************

 秀吉は地震が苦手だ。以前の天正の大地震の恐怖も蘇った。

 あの時は近江坂本にいた秀吉。大坂に逃げ帰り、数日、中を恐れて外で暮らした。

 あれから十年余。再び地震が秀吉を襲った。伏見にいた秀吉は地震の直撃に遭った。

 伏見城は壊滅。蓮華王院(三十三間堂)の傍に突貫で作らせた巨大な大仏も大破した。

 この大地震によって、秀吉は不意に養子の於次秀勝のことを思い出した。以前の天正大地震の時、その余震活動活発な最中、丹波亀山で於次は亡くなっていた。

 於次を懐かしく思うと、自然に足は瑞林院に向いていた。

 洛中各地に甚大な被害をもたらした今回の大地震。しかし、秀吉が於次の死後、近年移転させた今の百萬遍知恩寺やその周辺の地域に、被害は少なかった。

「この辺りはよいのう」

 秀吉は吉野朝(南朝)後醍醐天皇所縁の知恩寺のある土御門、三本木界隈を眺めて呟いた。供には側近の孝蔵主を連れていた。

 秀吉は彼女と知恩寺内の瑞林院に入ると、於次の霊前に進んだ。於次の木像が鎮座していた。

「おお、可愛いらしい」

 秀吉は生前の於次を懐かしく思い出し、その木像に微笑んだ。そして、それに合掌する。

 太閤来訪に、現住持奉誉聖伝自身が出迎え、全僧侶、粗相ないよう緊張してかしこまっている。

 秀吉は彼等に尋ねた。

「於次殿の姉上はどうしておられる?是非会いたい故、連れて来てくれ」

 冬姫に会いたがる秀吉に、孝蔵主はあっと思った。彼女は蒲生家の家臣の娘。そして、昔、岐阜城に仕えていた時に、幼い冬姫と出会って、感銘を受けた。冬姫には格別の思いがある。

 彼女は以前から秀吉の恋に気付いていた。冬姫がここに住まわされているのは、彼女に懸想する秀吉の命による。藤掛三蔵に命じてのことで、その親戚で、先々代の住持岌州の弟子が監視役だ。

 やがて墨染姿の冬姫が現れた。

「困ったお人だ」

 秀吉は墨染の衣がかえって冬姫を引き立て、艶やかに見せていることに嘆息した。

 冬姫は秀吉の言葉を無視して両手をついた。

「於次殿をお訪ね下さり、ありがとうございます」

「うむ。地震の中、失ったことは悲しいことでありました……そういえば、於次殿が亡くなった後、有馬へお連れしたなあ」

 有馬の湯山へ湯治に行った。

 その地は孝蔵主が領している。冬姫が三条殿(とら姫)とその乳母と一緒に訪れた時、孝蔵主もそこにいた。三条殿の乳母と孝蔵主は、ともに川副家の人間である。

「随分手厳しく拒絶して下されたものじゃが、あの有馬での折も、忠殿に邪魔された。夫婦揃ってけしからん。こんな姿になってしまわれて、あの時、奪えていれば!」

「え?」

 冬姫は目を見開いた。彼女には長年抱いてきた疑惑がある。

 あの時、有馬で具合が悪く、横になっていた冬姫は、突然忠三郎に押し入られて攫われた。一晩薬師堂で過ごしたが、翌朝、とら姫が秀吉の寵愛を受けたと知って驚いたのだ。

 あの時、何故忠三郎は盗賊みたいな真似をしたのか。冬姫には恐ろしい予感があった。秀吉から思いを告げられてからは、より一層疑惑が深まっていた。

「冬姫さまを忠殿が下さらぬからじゃ。わしゃ姫さまを寄越せと言うたのに、三条を寄越したから、ただ人質として置いておいたが、有馬では忠殿に邪魔されたから、ついに三条が犠牲になったのじゃぞ。今だってそうじゃ。姫さまが頑なな限り、また別の人間が犠牲にならねばならぬのう」

 そう、とら姫──三条殿は冬姫の身代わりになったのだ。やはりそうだったかと、冬姫は罪悪感に苛まれた。その後は忠三郎の養女・三の丸殿(冬姫の妹)まで秀吉のもとに差し出されて──。

 忠三郎の邪な策謀を、事実として今知った。

 冬姫は孝蔵主を見やった。

 有馬でのあの夜。忠三郎は初めからとら姫を秀吉に差し出すつもりでいたのだ。ならば、その乳母もその計画を知っていた筈だ。もしや、その場に居合わせた孝蔵主とも、相談の上でのことだったのではあるまいか。

 冬姫が孝蔵主を見つめていると、秀吉が熱っぽく告げた。

「わしはまだ諦めてはおらぬ!」

「何を仰せです!」

 冬姫は周囲に群れ居る僧侶達を気にした。

「なに尼僧とて衣を脱げば、ただの女体。女体は女体じゃ。尼僧が密かに子を産み捨てたり、堕胎したりするのは、よくあることよ。姫さまの夫が信じ込んでいた耶蘇の伴天連たちも、汚らわしき悪魔の所業と、尼僧たちを嫌悪しておったわな」

「殿下」

 孝蔵主も注意した。周囲の僧侶たちが、白目をむいていた。だが、秀吉は構わず続けた。冬姫の花顔から全く目を逸らさずに。

「還俗なされ、姫さま。どうせ見せかけであろう、ただ墨染姿なだけ。そんなに好いている夫なら、本心は夫の神を信じているはず。息子もキリシタンになると公言して、会津でその邪教を広めているというしの、姫さまとて──。還俗なされ。それに、前にも申した通り、わしは奴のせいで、もう男ではない。姫さまのお口を吸うくらいしかできぬのよ」

「何ということ。於次さまのご霊前で侮辱なさるとは」

 はらはらしながら、孝蔵主がたしなめた。

「むう」

 秀吉も於次の霊前では、これ以上は言えなかったとみえる。

「まあ、いいわさ。今日は於次殿に手を合わせるのが目的だった故の。このまま帰る。だが、わしは必ず姫さまを手に入れる。決して諦めぬ」

 そして、立ち去りかけた。だが、急に思い立ったように、目を輝かせ、冬姫を顧みた。

「わしは、すぐ隣に新しい邸を築くことにする。で、毎日使いを遣る。姫さまがわしのものになるまで、毎日隣で待っててやる。聚楽第で郭内の最も近い所に姫さまの蒲生邸を建てさせたように、今後もここから最も近い場所で姫さまを見ていてやる」

 嗄れた声でひいひい笑い、去って行った。

 事実、秀吉は程なくして、知恩寺のすぐ前に、京都新城(三本木屋敷)を築き始めるのである。すでに別な場所に邸を作らせ始めていたのにもかかわらず、急にここへ変更になった。昔、藤原道長の邸があった場所である。

 冬姫はそれに困惑し、恐怖心さえ抱いた。だが、ただ怯えて生きていたわけではない。蒲生家の菩提寺など、秀隆では気が回らないであろうことに手を尽くしていた。

 綿利八右衛門ならば、今の冬姫の話も聞いてくれる。南近江出身の赤座隼人に、日野の信楽院を保護するよう依頼して欲しいと、頼んだ。綿利と隼人は対立しているが、これで少しは歩み寄れるであろうか。

 既に賢秀の戒名に因む恵倫寺を会津に創建していたが、日野に残した菩提寺の信楽院は、蒲生家が松ヶ島に移封後、すっかり衰退して存続も危うくなっていた。それを救済しようと思ったのだが、それで実際に動くのは家臣である。

 さらに、継続的な支援のために、冬姫はこの知恩寺の末寺とすることを考えた。

 知恩寺の先々代・円誉岌州は陸奥出身で、もとは会津の高巌寺にいた人である。それも蒲生家と知恩寺との縁のようにも思えるし、今でも知恩寺には高巌寺系列の流れを汲む僧侶も存在するので、同じ浄土宗の信楽院を知恩寺の末寺として保護しようとしたのである。

 知恩寺は蒲生家との縁だけでなく、その創始と織田家の祖とも縁がある。蒲生と織田の人間である冬姫が、両家のためにここで尽くすべきなのであると、彼女は思った。


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