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守るべきもの(下)

 冬姫は心痛だと言うし、忠三郎が亡くなって間もないことだから、無理もないと思ったか、秀吉はそれについて、特に難癖をつけてくることはなかった。

 しかし、冬姫のつれない態度は、蒲生家中に波紋を呼んだ。

 小姓衆などは、今の冬姫は病気だから仕方ないとの意見だ。キリシタンの家臣たちは、冬姫に同情している。だが、冬姫に怒る者も少なくなかった。

 それら、様々な考えがぶつかり合い、言い争いが生じていた。

「あの御方はこの家を潰すおつもりか。我等が亡き殿と築き上げた会津百万石を、たった一人の女人の我が儘で潰されてなるものか」

「殿下は蒲生家を潰したいと思っておられる。だから、積極的にこちらから忠義をお見せしなければならぬのだ。取り潰される口実を与えてはならぬのに!」

 冬姫に怒る者はそう言い合った。

 小姓衆などは、それとは正反対のことを言って反発する。

「亡き殿の奥方様であり、今の殿の御母上様を、殿下に献上せよとは無礼だ。武士にあるまじき破廉恥さよ」

「殿と御方様の名誉をお守りすることこそ、家臣のつとめなれ。御方さまはまして、信長公の実の姫君様でござる。おん名をこそ惜しまれるべき。城を枕に討ち死にするのと同じことよ」

 こう言えば、冬姫を我が儘だと怒る者は。

「なにを!それで改易になったら何とする。幼君に辛酸を舐めさせよと申すか、それこそ不忠じゃ」

「幼君とな。笑止!まことは自分の所領を失いたくないだけであろう。己の益のために、御方さまを売るのか、それこそ不忠なれ!」

と、こう小姓衆が反発したから、喧嘩に発展してしまう。

「家中に万石領主がどれだけいると思うておる!一族郎党多数抱えておるのだぞ。己一人なれば、お家が滅ぼされて浪人しようが構わぬが、我に仕える者どもを路頭に迷わせ、塗炭に墜とすわけにはいかぬ」

「そら、やはり己の食い扶持のためではないか。おぬしらの郎党の処遇など知ったことか。家中寄せ集めの浪人上がりばかりよ。またもとの暮らしに戻るまでのこと。改易など怖くはないわ!」

 そして、中間派というのも必ずいるもので、こういう時には、まあまあと双方を宥めるのであるが。

「御方さまとて、今は殿を亡くされたばかりでお辛いのや。もうしばらく経って落ち着かれたら、お家のことを考えても下されよう」

「何!一刻の猶予もお許しにならぬ殿下なるぞ!」

 こう反発する者と、逆に、

「落ち着かれたら、御方さまに殿下のものになれと迫る気か!」

と怒る者と。中間派の意見さえ両派全く聞き入れず。

 キリシタンはキリシタンで、己の信ずる教義教理で話をするから、ややこしくなる。

「姦淫は地獄に落とされる大罪だが、イエズスはそれについて、実に厳しいことを仰せだ。妻以外の女を淫らな思いで見たなら、心でその女を犯したのであり、実際に姦通したも同然。そんな目で見てしまうなら、その目はえぐり出して捨てよと。目なぞなくなっても、全身が地獄に投げ込まれるよりましだと。心でだけでそれなのに、まして実際に再婚した女は、また、離縁された女を妻とする者は完全なる姦通の罪を犯している。男色に劣らぬ重い罪、地獄に投げ込まれるのだ」

「はあ?何をわけのわからぬことを」

 中間派さえもキリシタン達には眉を顰める。

「亡き殿はキリシタンじゃ。御方さまを姦通させられようか。地獄に落ちるほどの大罪を、御方さまに犯させるわけにはいかん」

「死別の場合は、再婚しても姦淫にはならぬのではないか」

 キリシタンでもある隼人はそう言ったが、多くのキリシタンはそれを受け入れようとしない。

「おぬしらは話がややこしいから黙っておれ。それに、御方さまはキリシタンではないわ」

 とうとう非キリシタンたちにそう言われてしまった。


 この騒動は会津にも伝えられ、会津でも二分三分して意見が分かれた。

 六右衛門など、忠三郎の野望に理解を示していた者、謀叛させようと思っていた者は困惑した。

(亡き殿の大志を成し遂げるためには、今の蒲生家の財と軍は維持しておかねばならぬ。御方さまが殿下のもとへ参られなければ、蒲生家は改易となり、殿の大志も成し得なくなる……それは、豊臣家の天下を維持することになる。石田殿の思う壺よ。しかし、赤座殿など石田殿と親しい者に限って、御方さまに、殿下のものになれと迫っている──)

 要求すればするほど、冬姫が意固地になると踏んでいるのか、家中の争いが激化すると睨んでいるのか。

 六右衛門には、どうするのが最善の道なのかわからなかった。

(とにかく、亡き殿の大志をお遂げ頂くためには若殿にキリシタンになって頂かなくてはならないが──今はまずいな)

 忠三郎の大志を危ぶんでいたのは坂源次郎だったが、幼い鶴千代を受洗に導けるのは、身分と信仰心の強さから考えても、源次郎や小倉作左衛門が最適である。六右衛門達は忠三郎の野望のために、いつか鶴千代をキリシタンにするべく、源次郎を動かした。

 人手不足で受洗が間に合っていない状態だが、会津は今、毎日必ず礼拝する者、教会に通う者で溢れている。正式にはまだキリシタンになっていないが、キリシタンと同じ生活、生き方をしている者がかなりいる状態だ。会津のキリスト教の未来はひたすら明るい。

 源次郎は、さらにキリシタンを増やすことにもつながるからと、鶴千代の受洗を、そういう意味では望んでいた。再び上洛した彼は、鶴千代にキリスト教の教えを説いている。

 鶴千代は作左衛門と源次郎の言うことは聞くので、必ずキリシタンになると約束した。しかし、鶴千代が今現在すぐにキリシタンになるのは時期尚早である。六右衛門でもそう思う。

 冬姫の一件だけでも、家中ばらばらなのだ。

 他のことでもすぐ対立する。それも、きれいに真っ二つに分かれているなら、まだわかりやすいが、ごちゃごちゃと多数の派閥ができていて、収拾がつかない。

 そして、敢えてそうしようとする意図が秀吉近辺にあるならば、まだ鶴千代に、謀反に繋がるような行動を起こさせるわけにはいかなかった。

 秀吉の中に、蒲生家のキリシタンへの疑いが確かにあった。日本国外に追放ということが、彼の頭にあったのだ。六右衛門の判断は正しい。


 さて、そのような折、隼人が石田三成に呼ばれた。

「会津は奥州の要。徳川殿、伊達殿のような輩に睨みをきかせてもらわぬと困る。未だ前代の生き残りも多く、いつまた一揆謀反起きても不思議はない。家中纏まらぬような家では、心もとない。だから、そなた、頼むな。会津は頼り甲斐のある者に任せねばならぬのよ。だから──」

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