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K-K'  作者: pinkmint
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後編

 手術後、凛は矯正施設に入れられ、薬物治療をはじめとして各種の矯正教育を受けた。ほぼ正常に近い情緒に戻ろうとしているという傾向と情緒の落ち着きが認められて、通常より早く、約三か月で解放された。


 実家は空っぽだった。近所の白い眼とメディアの毎日の突撃取材に疲れ果て、凛の両親は夜逃げのようにどこかに越してしまっていた。

 

 凛はどこを目指すでもなく、愛車のバイクでただ北へ、北へと向かった。

 ひげを伸ばし、サングラスをかけ、北海道の怪しげな運送業社で、ドライバーとしての仕事を得た。

 同僚は外国人が多かった。一晩かけての運送の仕事はきつかったが、とにかくうるさく身の上調査をしてこないことがありがたかった。バイトの時大型免許を取得していたのが役に立った。


 どこにいようと、ひと月に一度、精神科医にかかる決まりだった。

 田舎の精神科医であっても、マイナカードを出さねばならない。すると医者は一瞬ぎょっとしてパソコンに向かい、あの事件の犯人の、とのどまで出て来そうな顔をして、それでもそれに類する言葉は口に出さず、定番通りの質問をしてきた。

 凛はそつなく答えるのだったが、病院の扉を出るとき、ああ一生これを続けるのかと、そのたびK'という逃れられない自分の宿命を呪った。


 麻耶とはLINEで連絡を取り合っていた。

 無事友人の家について助産院での出産を決めた、居候もさせてもらえてひと安心、みんないい人ばかりよ、という連絡を見て躍り上がるほどうれしかった。麻耶は毎日の仕事と、周囲の森や川や夜空の美しさばかり書いてきた。

 凛は、大型トラックの運転手をしながら通る街々の印象を送った。

 いつ会えるかも、二人で、いや三人で過ごす将来があるのかないのかもわからない、そんな核心に触れないやりとりばかりだった。

 最後の麻耶からのLINEは、こんな風だった。


 いま宮沢賢治の本ばかり読んでいます。いろんなことから離れて、心が清浄になっていくのを感じるの。あなたもそうだったらいいのに。あなたに、今読んでいる個所を送ります。


 ……色のついた硝酸がご用ですか……

  ……いゝえ わたくしの精神がいま索ねて居ますのは

    水に落ちた木の陰影の濃度を測定する

    青い試薬がほしいんであります……


 それきり返事が来なくなり、しまいにLINEをブロックされてしまった。


 凛は途方に暮れた。


 メディアにかぎつけられてまた追いまわされてるのか。それなら、仕方がない。

 

 それとも、誰か新しい男と知り合ったということか。


 それでも、彼女の子供を受け入れてくれる奴だったらいい。自分では、彼女を幸せにすることはできない。一生、後ろ指をさされる身だから。そう自分に言い聞かせた。

 それでも、妊娠を告げられた日から十か月もたつと、凛は心の泡立ちを抑えようもなくなっていた。

 子どもは、子どもは無事生まれただろうか。麻耶は無事だろうか。

 会いたい、彼女に、ぼくと麻耶の愛の結晶に……


 ある夜、元ボクサーだという相棒と飲み屋から出ると、空は満天の星だった。


「あんなに小さく見えるけど、一つ一つはデカいんですよね」痺れる十一月の寒さの中、酔い心地で凛は言った。

「どうした相棒、やけにロマンチックなこと言うじゃないか」彼は強面で髭面の、刺青の入った大男だった。

「いや、何か信じられなくって。

 あっちから見ても、こっちにはこれだけ数えきれないぐらいの命がうごめいてるのに、砂粒ぐらいにしか見えないんだろうなあ」

「誰かどこかの星に知的生物が住んでれば、まあ、夜空を見上げて似たようなことも考えるだろうな」煙草の煙を吐き出しながら、彼は言った。

「でも永遠に出会えないですよね。同じこと考えてたら、そいつに会いたいな」

「なんかいつになく感傷的じゃねえか。いつもむっつり無口な癖に。どうだ、今まで黙ってた過去の経歴とか恋話とか、ついでに話したくならねえか」

「そういう話をしたくないから、遠くに来て偽名で今ハンドル握ってんですよ」

「ちげえねえな。俺だって塀の中に入ってたことのある身だ、だが今こうやってとにもかくにも話し相手がいて酒が飲める。今が全てだと思えば、希望もないけど絶望もないさ」

 あっさりと手を振り合って、星の下で別れた。

 

 希望もないけど絶望もない。希望は、少しだけある。少しだけ…… あの砂粒のように小さいけれど……


 空き地に止めてあったバイクにまたがると、凛は酔い心地もそのままに、寒風の中をアパート目指して走った。


 粗末なアパートにつくと、何故か二階の自分の部屋の灯りがついていた。

 

 おや? 出てくるとき灯りは消したぞ? 泥棒か?

 何か武器になるものはないかとカバンを探り、実際に熊用に使うつもりだった熊よけ唐辛子スプレーを手に握って、そろりそろりとアパートに近づく。

 と、窓に人影がうつった。 ……セミロングの髪の、女性?

 まさか、まさか!


 凛は一気に階段を駆け上がった。

 吐き気がするほどの鼓動とともにそっとドアを開けると、そこに立っていたのは、まぎれもなく、ああ、懐かしい彼女― 麻耶だった!


「麻耶!」


「来ちゃった」


 ドアを閉めて、言葉もなく抱き合い、涙にぬれた頬に口づけをして、柔らかな髪に指を埋めた。忘れもしない、スイカズラの花に似た体臭が立ち上ってくる。


「麻耶、会いたかった、会いたかった」

「わたしもよ、ずっとそればかり思ってた。あなたが送ってくれた合鍵、ずっとわたしの宝物だったの」


 幾度か口付けを交わすと、二人は涙にぬれた目でお互いを見た。


「おひげが伸びて、別人みたいだわ」

「麻耶、今どうやって暮らしてるの」

「助産院で手伝いしてるわ。部屋の掃除とか、入院患者の食事作りとか。

 でも最近は、何もしないでいいから休んでなさいってばかりいわれるの」

「そういえば痩せたね麻耶。それで……」


 凛はダウンを脱いだ麻耶の細い腹部を見た。

 そして、恐る恐る聞いた。


「あの、子どもは? 赤ちゃんは、無事生まれた? 今誰かに預かってもらってる?」


 麻耶は後ろを向くと、何やらキャリーケースから出してきた風呂敷包みのようなものを開け始めた。


 凛はぎょっとした。


 風呂敷から現れたのは、いわゆるしゃべるママー人形、一歳児ぐらいの大きさの、茶色い髪の男の子の人形だった。


「麻耶。それって……」


 麻耶は大事そうにその人形を抱きながら言った。


「ほら、パパでちゅよ。名前はあきらなの。やっと会えたわねえ」


 しばらく絶句した後、凛は言った。


「……麻耶。大丈夫? それともふざけてるの? それは、人形だよ?」

「いいえ、生きてるのよ。わたしが愛したから、愛と命を与えたから。

 この子がいたから、わたしはひとりぼっちならずに済んだの。この子を愛することで、生きてきた」


「もしかして…… 流産した? そうなんだね?」


 麻耶は人形の頬をなでながら、言った。


「あのね。

 助産院に居候して定期点検してもらってた頃、体調がどんどん悪くなって何も食べられなくなって、ある日ひどく出血したの。

 助産院にはいざという時のために提携しているちゃんとした産婦人科があって、そこに車で運ばれた。

 診断では切迫流産だって。絶対安静って。

 で、マイナカードで身元はすぐばれて、お医者さんが赤ちゃんの父親の名前は? って聞くのよ。

 言わなければ産ませてもらえないんですかって聞いたら、今殆どの大規模な病院は警察や政府と繋がってる、個人情報も共有してるっていうの。

 あなたが相手の名前を言いたくなければ言わなくてもいいが、あなたは危険遺伝子を持つ人間の子供を産もうとしている可能性がある。何を言おうとしているかわかりますねって」


「……」


「もし産んでも、あなたを診た自分が通報すれば子供のDNA検査を受けさせられることになるだろう、万が一K’の子となれば産んでも引き離されるだろう、その子は幸せにはなれませんよって。

 けれど、早めに堕胎すれば、もう問題はない。

 その子は諦めて新しい人を見つけなさい、若いから、まだまだチャンスはある。どこの病院でも同じことを言われますよって。

 本来なら赤ちゃんのために今日から入院して絶対安静だが、こういった経緯から、わたしはあなたにそれを勧めませんって」


「そんな…… 」凛は怒りで声を震わせた。


 やはりどこでも歓迎されない命なのか。ぼくらの子が生まれないよう、機関が監視し続けているのか。先を聞くのは怖かったが、黙り込んで人形に頬を擦り付ける麻耶を見ている方がもっと怖かった。


「そのあと、どうしたの」


「友人が運転する車で助産院に帰って、気が済むまで泣いたわ。

 そうして、お腹の子と水風呂に入って、冷えた体でこっそり夜中のお散歩をしたのよ。わたしにとっては、生まれる前の産湯ね。

 

 群青の空に、真っ黒な針葉樹の森。その上に、しんしんと蒼白い月が出ていてね。

 星もキラキラ、たくさん瞬いてた。

 ああこの空を飛びたい、飛び上がりたいって思って見上げていたら、

 ある情景が浮かんだの。

 情景じゃなくて、わたしの大好きな、宮沢賢治のものがたりの一説が。


 ”もうよだかは落ちているのか、のぼっているのか、さかさになっているのか、上を向いているのかも、わかりませんでした。ただこころもちはやすらかに、その血のついた大きなくちばしは、横にまがっては居ましたが、たしかに少しわらっておりました。

 それからしばらくたってよだかははっきりまなこをひらきました。そして自分のからだがいまりんの火のような青い美しい光になって、しずかに燃えているのを見ました。

 すぐとなりは、カシオピア座でした。天の川の青じろいひかりが、すぐうしろになっていました”」


 よだかの星、か。醜い姿で鳥の仲間皆に嫌われて、死に場所もないやさしい鳥の話。麻耶にも僕は同じ思いをさせている。凛はなんだか胸を絞られるような気持ちになって、唇をかみしめた。


「それでね、上ばかり見上げていたら、固い草を踏んで、転んじゃったの。

 それでも起きて、また転んで、今度は膝を怪我して、立って転んで……

 そのとき、この子に出会ったの。

 目の前で、まつ毛の長い目を開けて、夜空を見てたわ。

 そのとたん、急にお腹が痛くなって、ざあって股間から凄い量の血が出て、止まらなかったの。

 こんなに血が流れたらわたしは死ぬかもしれない、いえ、それはわかっていたこと。赤ちゃん、赤ちゃん、ごめんなさいって泣いていたら、この子は言ったのよ。


 ママ、ソダテテ、って。


 ああわたし生んだんだ、たくさんたくさん血を流してこの子は産まれた、って思って、手を伸ばして、それからすうっと気が遠くなって。


 気が付いたら助産院の一部屋に寝かされてた。

 隣にはこの子がいたわ。助産婦の友達が、置いてくれたの。

 なにも考えないで、眠りなさい。心の支えになるなら、そのお人形を大事にしなさいねって、そう言って手を握ってくれた。


 わたしはこの子を手にした、もういい、と思って、あきらと名付けたわ。

 凛。わたし、あなたに会いたかった。

 産まなければ、あなたに会えない。だから、この子を見せたかった」


 ママ―、と小さな声がした。はいなんでちゅか、と麻耶は顔を「晃」に近づけた。


 凛は、今聞いたことを整理しながら、凍り付いたような瞳を麻耶に向けた。


「お腹の子を流すつもりで、体を冷やして、山道を転びながら歩いたの。そうなんだね」


 聞いたことのない子守唄のようなものを、麻耶は赤ん坊に歌って聞かせていた。


「生きたかったはずだ。生かしてほしかったはずだ。僕たちの子は……」


 異様な声音に、麻耶は人形を抱きしめた。


「この子がここにいるわ」

「殺したんだ。言われるままに。弟と同じに。僕と同じに」

「凛、晃を抱いて」


 赤ちゃん人形が、アー、と声を出した。

 震えながら凛は聞いた。


「猫は、ルナはどうしてる」

「あの子は、助産院に移ってから、交通事故で死んだわ」

「そうか。じゃあ、みんなでいっしょになろう。そうすればルナも寂しくない。天に昇った僕らの子も抱いてやれる。みんな、あおい星になれる。よだかのように」

「凛、どうしたの。言ってることがおかしいわ、落ち着いて。この子はここにいるじゃない」

「おかしいのはきみの頭の方だ。それは人形なんだよ。わからないのか。わからないんだな」

 

 自覚のないままに、涙が凛の頬を滑りおちていた。


「そうさ、何できみを責められるんだ、この僕が。

 命なんて砂粒みたいなものさ、宇宙から見れば。でも、生まれてくるのと、生まれてこないのとでは違う。光ある世界を与えるべきだったのに、きみは無の世界に落とした。でもなぜ責められる、僕が。命を平気で水に沈めた僕が。そうさ、同じだ。でも、でも、」


 麻耶はハンカチを取り出して燐の頬の涙をやさしくぬぐった。


「生かそうと思えば生かせた命だったじゃないか。きみは、きみだけは、僕らと同じでいてはならなかったのに。

 いや、おかしいのはこの世界だ。

 まともな精神を持っているものでなくては生まれてはいけない、産んではいけない、不幸な命を増やしてはならない。誰がその線引きをするって言うんだ。真面な精神を持ったものが国を率いて無辜の人々の上に爆撃を繰り返すこの世界で。

 でも線引きのない世界に移住すれば、そこにはもう差別も別れもない。僕らは永遠になれる、なれるんだ」


 麻耶の目の前で凛は立ち上がり、テーブルに飾ってあったブルーの花瓶から一輪挿しのバラを引き抜いた。ひとりぼっちの部屋に帰るのが嫌で、麻耶の代わりに自分を出迎えてくれる何かが欲しくて、いつも一輪だけ飾っていたバラ。

 凛は躊躇なく花瓶をテーブルでたたき割った。恐怖のあまり、麻耶は体をこわばらせた。


「生かせなかった。殺して、殺させてしまった。これは僕の罪でもある。

 ごめんよ。ひとりぼっちで闘わせてごめんよ。一緒に逝こう、その子も一緒にだ、麻耶」

 そしてギザギザに割れた陶器の花瓶の切っ先を麻耶に向けた。

 

「晃を殺さないで!」

「晃なんていない、ただの人形だ! 僕らの子はきみが殺した!」


 麻耶は人形を抱いたまま、裸足で部屋を飛び出した。血走った眼で麻耶を追う凛は、狂っているのは麻耶じゃない、自分だ、もはや自分だ、いない命にしがみつく自分だ、と心の中で叫んでいた。恋人を追う体とやめろと叫ぶ心が、引き裂かれたように乖離していく。その目の前で、二階から一階へと降りる錆びた階段で足を滑らせ、麻耶は人形を抱いたままがんがんと階段を転げ落ちた。


 ……兄さん、無駄だよ。どうあがいても、僕たちは一緒だよ。僕がこれからやることは、兄さんがたどる道だよ。

 僕らは、矯正することのできないK-K’だ。普通の人間になるのは無理だ。この運命からは逃れられないんだよ。


 蓮の言葉が頭に響く。

 麻耶は落下したところに置いてあった凛の大型のバイクで頭を強打し、バイクは倒れた。麻耶の首はありえない方向に曲がっていた。目は、あいたままだった。


 その手元から二メートルほど離れた場所に、「晃」は転がっていた。


 蓮は手から割れた花瓶を滑り落とし、階段の手すりにすがるようにしてよろよろと階段を下りた。そして、横たわる麻耶のそばに座り込んだ。


「麻耶……」


 愛しい恋人のまつ毛の長い瞳は、ただ天空の月を見つめていた。

 頬に触れるとほんのりとあたたかかったが、呼吸は完全に止まっていた。


「……棒は、僕は、きみに死んでほしかったわけじゃない。そうじゃないんだ。ずっとずっと、一緒に生きたかった。生かしたかった、きみの中の命も、きみも。どうしても。

 なぜ、なぜ、こんなことに……」

 両手でまだ温かい頬を覆うと、その上に首を落として、凛は咆哮した。


「うおああああああ!」


 そのとき、ギ―、ギーというネジ巻きが戻るような音が響いてきた。  


 ふと見ると、「晃」が、むくりと顔をあげ、ハイハイの姿勢になってこちらに向かってくる。横にすると閉じる目を、ぱっちりと開けて。


「ママ―、ママ―」

 

 か細い声で呼びながら、薄闇の中、懸命に麻耶の方にはい寄ってくる。


「マー、マー、ママ―」

 

 アパートの二階の窓がそっと開いた。隣室の痩せた男性がこちらを覗いている。

「あのう、大丈夫ですか?」

 倒れた女性にはい寄る赤ん坊の影を見たらしく、ひっ、という声をあげて沈黙した。


 麻耶にほおずりするような動作を繰り返していた人形は、首をこちらにギギギと回して、今度は凛に向かってきた。


「パパ、ママ…… オッパイ……」


「大丈夫、です」


 人形を見つめたまま凛がそう言うと、二階の窓はぴしゃりと絞められた。


「大丈夫。おいで、あきら」凛は手を差し伸べた。

「パパ―……」

「さあ、おいで」

「ママ、……オッパイ」

「よし、飲ませてやるよ」

「パパ、ママ、コロ、シタ……」

 

 青く光る人形の眼を見ながら、凛は憐れむように微笑んだ。

 そして、見開いていた麻耶の目を、そっと瞼をなでて綴じさせてやった。

 それから「晃」を抱き上げると、麻耶の胸をはだけ、その桜色の乳首に人形の唇を押し付けた。

 

 すると、乳首からは奇跡の泉のように、母乳と見える白い液体がこぼれ出てくるではないか。


 その様子に凛は一瞬目を見開き、思わず後ずさる。

 人形の茶色の髪が風に揺れる。人形の唇は麻耶の乳首にごく自然に吸い付いている。

 凛は震えながら麻耶の両腕をつかみ、人形の体を抱くように置いて、襟元をなおしてやった。

 ちゅぱちゅぱと乳を吸う音が聞こえ続けている。


 凛はくるりと「二人」に背を向けると、バイクに歩み寄って、立て直した。そうして席にまたがり、うなりを上げて国道に走り出た。


 ”もうよだかは落ちているのか、のぼっているのか、さかさになっているのか、上を向いているのかも、わかりませんでした。ただこころもちはやすらかに、その血のついた大きなくちばしは、横にまがっては居ましたが、たしかに少しわらって居おりました。

 それからしばらくたってよだかははっきりまなこをひらきました。そして自分のからだがいま燐りんの火のような青い美しい光になって、しずかに燃えているのを見ました。

 すぐとなりは、カシオピア座でした。天の川の青じろいひかりが、すぐうしろになっていました”


 ああ、ああ。

 そうなんだ、僕はこの世にいてはいけない存在だ。出なければ、ここから出なければ。

 天に向かって、堕ちなければ。

 月よ、星よ、この世の奇跡のみなもとをつかさどるものよ、僕を僕の罪とふさわしい世界に連れていけ!


「あ、警察ですか。事件か事故か? えっと、たぶん事件です。

 僕のアパートの隣人の部屋からですね、争う声が聞こえてですね、逃げ出した女性が階段から落ちて動かないみたいで、傍に赤ん坊がいるようで…… 隣人はバイクで……」


 そこまで青年が言ったとき、そう遠くない距離でトラックの激しいクラクションが響き、バーンと衝突音がして、一瞬してから道路のかなたから火の手が上がるのが見えた。

 


 月は満月に近く、冴え冴えと青白く光り、愛するわが子に乳を与える母を優しく照らしていた。





最後まで読んでくださった方、ありがとうございます。

救いのない話ですが、これは私が数日連続してみた悪夢をそのまま文章にまとめたものです。

毎日連続して同じ人物が出てきて話が進んでゆく。滅多にない経験でした。

詳しくは、作者近況をお読みください。

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― 新着の感想 ―
そうですね希望では……一般的には、ないのでしょうが煌々と輝く灯の印象のほうが強いお話でした。一般的=多くの≒通常の≒ありふれた、そこそこ幸福な人にとっては。いえ自分も不幸ではないという意味ではパンピー…
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