個人企画に参加してみた ①と②それと③ +バンダナコミック01作品
RMVB 〜 リムバト戦記 〜
────エースになるための条件に、撃墜スコアというものがある。【撃墜王】の称号を得た、当時の俺のスコアは65535機。一日百機撃墜させても二年近くかかる計算だ。もちろんそんなに簡単にはいかない。
何より称号持ちになるには条件がある。つまり俺、菊池 郷は、エース中のエースという事だ。
あぁ‥‥言っておくがこれは現実の軍隊ではないぞ。あくまでバーチャルゲームの中での話だ。言われなくてもわかる有名なゲームだ。知っていて当然か。
リアルマシンバーチャルバトル‥‥略してRMVBは、体感型のバーチャルマシンゲームであり、ダンジョンフィールドと呼ばれる舞台で個人でのバトルロイヤルや編成を組んでチームバトルを行うのだ。
モービルバトラー‥‥通称MBTと呼ばれる、人の姿を模した機械兵器に乗り込み戦う。ゲーム筐体は各地のゲームセンターなどにあり、よりリアルな体感を味わえるゲームになっていた。
売りは戦刃と呼ばれる武装での切込みの侍っぽさと、放たれた光弾をタイミングよくパンチで殴り落とせる事だろう。
ゲーム世界での想定が、飛来するドローンやインセクターやエイリアンなどとの戦闘兵器というものだ。ゲームをやっているプレイヤーはそんな設定殆ど気にしちゃいないものだがな。
RMVBは『侍マシン』 と、日本在住の海外の方からも好評だ。MBTにする必要があったのは、入力操作を行って人体を動かすよりも、機械の方がしっくりくるからだと言われている。
MBT乗りの事は普通に搭乗者と呼ぶ。やり込んだものは自分達の事を、MBT乗りとかバトラーと呼ぶものが多い。それだけ入り込む魅力がこのゲームにあった証だろう。
MBTにはタイプがある。大まかに言えば、対MBT対戦と基地制圧に強い近距離制圧型、移動操作が簡単で視界の広い中距離支援型、射程距離が長い遠距離狙撃型、そして無差別万能型の四タイプとなる。
ゲームの性質上、近距離制圧型や遠距離狙撃型が好まれる。中距離支援型は初心者には操作しやすいが、役割の重要性のわりに火力が乏しいのだ。
俺の最終的な愛機は三つのタイプを極めた事で搭乗出来る、無差別万能型だ。エースMBT搭乗者にだけ許された専用カスタム機と称号、それが欲しくてプライベートタイムの全ての時間と金をRMVBに費やして来た。
学生時代の熱い青春を、MBTの狭いゲーム筐体内で過ごした日々に後悔はない。俺の恋人は【撃墜王】の名を冠した愛機で良かった。
学生時代、共に戦場を駆け回った友人達はとっくにRMVBの戦場から足を洗い、MBTを埃に埋もれさせていた。
たまに懐かしくなるのか、休みの日に遊びに顔を出す。彼らは彼らで戦場を変えただけで、戦いを辞めたわけではないのはわかっている。
戦友が変わらず元気でやっている‥‥それだけで充分なのさ。
俺はいわゆる最古参のMBT使いになる。右も左もわからん坊やから始まり、百戦練磨のエース達と同じ戦場に放り込まれ、時代を駆け抜け続けて今に至る。いつの間にかランカーに名を連ね、エースの一角を担うようになったものだ。
だからこそ、この戦場ではいろんな戦士を見て来た。やり合って来た。中でも印象に残るやつらを紹介したいと思う。
────ヤツの名は菊池 梨。バトラーネームはキク・リンと名乗る。ケルト神話の半神半人の英雄クー・フリンのように【英雄】を称号に持つ。俺のバトラーネームはパスワードだ。何でそんなネームにしたのかは‥‥聞かないでもらいたい。
ヤツ‥‥キク・リンと知り合ったのはRMVB最初期の頃だった。同じ菊池の名前であるため、強く印象に残っている。戦いの場は港町。ランダムに集められた五名がチームを組み、敵チームの撃墜及び敵の基地制圧を目指す。決着方法は実に簡単だ。
「援護はまだか! パスワード、何やってんの!!」
耳に装着したチャットボイスに怒号が飛び交う。まるで俺の落ち度のように騒ぐが、駆け出しの近距離制圧型の機動力と、やり込んだ中距離支援型の機動力じゃ、移動に差が出るに決まってる。
俺よりやり込んだ割に、この上官バトラーは戦場を知らない。中距離支援型なら敵基地の制圧よりも索敵を優先し情報を流せよと思う。
このRMVBというゲームは、いわゆるロボット対戦ゲームの中でも癖が強い。ランダムで配置されるバトラーの階級も技量もバラバラだ。
視野の広いレーダーを持つ中距離支援型が指揮を取るのは正しいが、上官である事を理由にガナルだけのヤツが多い。援護がほしいのならば、開戦時に指示を出せって話なわけだ。
ヤツは戦死確定だろう。何故わかるかって? 敵チームにも似たような間抜けを発見して、俺が狩っているからだ。よほどのヘボでなければ、近づけた時点で近距離制圧型の勝ちだ。
玄人好みのこのMBTのレーダーは、有視界と変わらない。だが、接近戦での戦闘力と対基地への攻撃力の高さが魅力だ。
遠くからの狙撃に注意を払い、極力レーダーを躱すために歩くのがコツだ。ゲー内では熱量反応でレーダーが察知する設定らしい。実際ならそんなレーダーには、大量の熱反応でバレバレなのだがな。
そうして俺は得意になって敵を狩り、基地を襲撃した。臆病な遠距離狙撃型は以外はこの段階で大抵やられている。今日最初の戦いは俺のチームの勝ちかと思われたが‥‥ヘボ上官を始め、僚機が次々と撃破されていく。
チャットボイスを使わないシャイなやつも多い。うるさいガナラーがいるので致し方あるまい。しかし、学校終わりのバイト前、いわゆるおやつの時間に、そんな強者を見たことがなかった。
結果は基地制圧と撃破スコアは同等。俺が臆病な遠距離狙撃型を半壊した分でギリギリ勝ちだ。同じ臆病を抱えていたが、こちらはより重度な超臆病だった差だな。
対戦リザルトに残る近距離制圧型。そのバトラー名が「キク・リン」だった。
RMVBには、リザルトモニターを専用サイトで配信している。戦闘終了後の視聴ナンバーで24時間まで無料、有料会員ならば72時間無料で配信されている。有料会員ならば、戦闘データのアーカイブも可能だった。
ちなみに俺は有料会員だ。ゲームをしないのに会費を払うのは痛いが、会員になればRMVB登録者の戦闘をモニター出来るのだ。視点カメラこそ使えないが、ゲームをしていない時間にライバルの動向や癖や技量をチェック出来るのが大きい。
バイトの休憩時間に、俺はキク・リンとの戦いを視聴し振り返る。ヤツの動きは、俺の想定より上回っていた。ハッキリ言えば彼我の戦力差に違いがあったにも関わらず、ヤツは個人の武力で互角近くまで持ち込んでいたからだ。
ガナリチャットの文字表記を見れば、ろくな味方ではなかったのが丸わかりだ。腕は立つのはわかった以上、開戦時の情報にさらに注意が必要になった。味方にいれば頼もしいが、敵となると厄介だ。
毎日のようにRMVBの戦場へと足を運ぶ俺は、キク・リンと二度目の対戦を迎える。
直接戦刃を交え──負けた。読み合いでは勝ったのだが、地形の使い方や細やかな技量はややキク・リンに分があるとわかり、俺はヤツの癖を徹底的に学ぶ。
三度目は研究の甲斐もあり、僅差で俺の勝ちだった。やはり近距離制圧型同士の対戦は直にやり合うに限る。
四度、五度と対戦を重ねる俺とキク・リン。おそらく向こうもこちらに気づいているのか、俺の入力の癖をついてくる。勝敗は五分。
十度目になる頃、初めて同じチームになった。なんでだろう、テンションがあがった。キク・リンも同じだったようだ。味方同士なのにいつものように、戦刃をかち合わせ、戦いの合図としたものだ。
キク・リンはシャイなヤツでチャットボイスは使わない。だが戦局を見る眼は高く、初めて組んだにも関わらず、俺達は圧勝した。
RMVB専用サイトで、俺はキク・リンの戦友登録を行った。登録を行えばサイト内で情報交換、要するにお喋りが出来る。それに同間帯にRMVBへと出撃すれば、味方に配属されやすくなる。
『登録申請は拒否されました』
ヤツとの共闘で再び圧勝をもぎ取った俺は、専用サイトのメッセージを開いて絶句する。何度も死闘を繰り広げ、共に背中を預け戦った思いに、ヤツも‥‥キク・リンも共感していたのではなかったのか。
拒絶された事よりも、RMVBの世界にハマり、同じ戦場を共にした熱いバトルまで否定されたようで、悔しかった。
格闘家がライバルを認めて、仲良くなるような感覚を感じていたのは俺だけだったのか。コミュニケーションを取るのが苦手なのは知っている。俺だって別に得意ではない。
リアルな戦友達がMBTから降りたのも、俺が言葉足らずでうまく魅力を伝えられないせいもあった。
拒絶はされたが、戦場にはキク・リンの名を見かける。否定されたのに、どの面下げて顔を合わせればいいのかわからなくなった。キク・リンの答えは単純だった。
『ウダウダ考えてないで、やり合おうぜ!』
戦刃を右に左に持ち替える仕草は挑発だ。そうか、そうだよな。俺はキク・リンの事を勝手に仲間だと決めつけていた。
いや、RMVBを愛する仲間には違いない。だが‥‥俺たちはMBT乗りとしての矜持がある。馴れ合って戦いの場を制した所で化け物揃いのエース達、上級者には敵わない。
這い上がるのなら、ライバルを糧にしてでも腕を磨けと言うことだ。RMVBにおいて、自分よりもこのゲームにのめり込んだヤツに初めて出会ったのかもしれない。
俺とした事が、一番忘れちゃいけない熱い気持ちを忘れていた。この時キク・リンに拒絶されていなければ、俺はエースどころかリアルの戦友達のように、MBT
を埃に埋もれさせていただろう。
夏休み前に、専用サイトにメッセージが届いていた。差出人はキク・リンからだ。内容はMBTを預かって欲しい‥‥そう書かれていた。
それはRMVB内において、MBTから降りる事を意味する。何も語らないキク・リンが、俺にMBTを託す意味を考えた。わかるわけはなかった。
RMVBには出動店舗が出るのでキク・リンのような固定の店舗で出撃していると、身バレする。
俺は特定されたくないので日によって店は変えていた。探そうと思えば近隣を当たられてバレバレだったのだが学生の浅知恵だ。
キク・リンはその点潔い良い。いちいちかっこいいヤツだ。だが‥‥そんなキク・リンがMBTを降りるなんて俺は納得いかなかった。
理由があるとすればプライベートの時間が取れなくなったか、資金的な問題だろう。遊ぶには結構な額がかかる。俺もバイト代の大半がRMVB代で飛ぶ。それだけやり込み要素が強いから仕方ない。
友人達のように、キク・リンも資金調達が厳しくなったのかな、そう思った。
俺はキク・リンの利用する店を訪れた。戦友登録を拒絶された後、店舗動向はチェックしていなかったが、俺の生活圏より少し遠くの店だったのは知っていた。
ずっと変わらず、あのキク・リンがこの店を拠点に戦っていたのだな‥‥そう思うと不思議だ。知らない店なのに、知人‥‥刃を交えた戦友がいるのだから。
ゲーム筐体を覗き込めば、誰がキク・リンかわかる。しかし、今日はいないようだ。世間話をしたこともない相手にいきなり会うのも考えてみれば危ない話だ。
勝手に分かり合えたつもりで拒絶されたのに、俺はどうかしている。だが、キク・リンに会ってみたい気持ちはある。MBT
を預かるのは勘弁してもらいたいのもあった。
「パスワードか?」
頭上から声をかけられた。俺は耳を疑った。背後の圧から、背の高い男の声だとわかった。
「キク・リン‥‥なのか」
二メートル近くあるんじゃないか。背も高いが、体格もいい。
「来てくれたんだな。いつぞやはすまなかった」
大きな手を差し出しながら、キク・リンはにこやかに笑った。俺はぎこちなく握手を交わす。器のデカいヤツだと思っていたが、リアルな背丈のデカさは想定外だ。
そしてMBTを降りる理由も簡単だ。ゲーム筐体はリアルさが売りでもあり、狭いのだ。キク・リンはこの狭い空間で頑張って来たのだが、まだ成長が止まらないという。
「次のバージョンで、筐体内部のモデルチェンジをするだろう。それまで|MBTカードを預かってほしいんだ」
「辞めるわけではないのなら、俺よりリアルに親しいやつに預かってもらえよ」
同じ学年だとわかったので、俺も態度がデカくなる。RMVB喧嘩になったら負けるのわかっての虚勢だ。
「パスワード‥‥お前だから預かってほしいんだ」
たかがゲーム用のICカードだが、キク・リンの階級ならばわりと高値で売れる。財産を見ず知らずに近い他人へ預けるなんて真似は俺には出来ない。
キク・リンの母親はアメリカ人で両親はあちらに仕事を持っている。両親の仕事の都合で、キク・リンも日本からアメリカに留学する事になったそうだ。
俺にMBTを預けるのは、魂を預けるようなもの。俺がRMVBを続けるのなら、キク・リンのカードを処分しても構わないという。
「戦友申請‥‥嬉しかったんだ。でも、アメリカへ行く事が決まっていたからさ」
「なんだよ、それ」
全然硬派じゃなかった。でも同じ気持ちだったのが嬉しい。
「RMVBのサイトは有料を解除しても使える。再開したい時は取りに来てくれ」
ゲームの履歴を見れば、居場所はわかる。戦友登録をすれば簡単なやり取りくらい出来る。
俺とキク・リンは改めて戦友登録を行った。まったく、MBTを降りてから戦友になるなんて俺達くらいだ。
「なあ、ひとつ聞きたいんだが。なんで菊池梨なんだ?」
キク・リンの名前の由来は名前からだ。ハラスメントだと言われそうだが梨って、女の子っぽいよな。
「母さんが日本の梨が好きなんだ。産まれた時に梨みたいに可愛いからつけたって‥‥」
キク・リンがこんなに大きく育つなんて、産まれたときは想像していなかったようだ。
RMVBにおいて、戦場で知り合えた初めての戦友キク・リンとの邂逅はこうして終えた。
RMVBのバージョンが新しくなった頃に、キク・リンは再び日本へ戻って来た。連絡を受けた俺は、預かっていたカードをキク・リンへと返した。
「キク・リンが留学していた一年の間に、俺の腕はかなり上がったぜ。背中を預けるからついてこいよ」
「一年の間に腕と身長は伸びたようだが、頭は沸いただけだったようだな」
俺とキク・リンは拳を突き合わせる。せっかくの機会だ、新筐体で一緒にMBTの試運転をする。
相棒登録やチーム申請をすれば味方として組まれるようになった。俺とキク・リンは背中を預け合いながら、戦場を駆け巡った。
俺が【撃墜王】の座につけたのも、キク・リンのサポートあっての事だ。キク・リンの【英雄】も、彼の人徳を考えるとこれ以上相応しいバトラーはいないと思う。
だが、キク・リンよ‥‥どれだけ腕が上がってもチャットボイス無言は変わらないのだな。
だからだろう、キク・リンの戦友登録者はいまも俺ただ一人だけ。RMVBがサービス終了となった後も────俺達の友情は続いている。
お読みいただきありがとうございます。この作品はなろうラジオ大賞5の投稿作品「俺がパスワードだ〜戦場を駆ける撃墜王、エースパイロットの武勇伝〜」を、バンダナコミック01投稿用に、新たに作り直したものです。
また菊池祭り参加作品のため、二人の菊池が出てきますが、極端な菊池いじりや菊池的な戦いはありません。