ところで、アレいらなくない? -王妃と側妃が国王陛下を捨てるお話-
わたくしはオルド王太子殿下なんて大嫌い。
政略でなければ、こんな男と結婚したくない……
「シュリーヌ・アウグスタ公爵令嬢。そなたを王太子妃に決定する」
王立学園での卒業パーティでそう国王陛下から宣言された。
やったわ。やり遂げたわ。何もかも自分の方が優秀だと認められた。
オルド王太子殿下の隣にはレティシア・ブラウト公爵令嬢。
レティシアより自分の方が王太子妃に相応しいと王家に認められたのだ。
悔し気な顔でこちらを見るオルド王太子殿下。
その傍で目を潤ませながらこちらを見つめるレティシア。
誰からも愛されて友達も多いレティシア。
とても綺麗な金の髪、青い瞳のレティシアはペルド王国の美の妖精とまで言われる程の人気ぶりだった。
それに比べてわたくしは……冷たい美貌。銀の髪に紺碧の瞳。
月の女神とまで言われて悪い気はしないけれども。
何かとレティシアと比べられた。
わたくしとレティシアは、5年前からオルド王太子殿下の婚約者で。
優秀な方が王太子妃。もう一人の方は側妃と先行きが決められていて。
顔合わせをした時に、オルド王太子は言い放ったのだ。
「私にはレティシアさえいればいい。お前なんていらない。そう父上母上に言ったのに。国内の二大派閥から未来の国母をと……お前の父アウグスタ公爵も、ブラウト公爵も譲らなくてな。仕方なくお前とも婚約をする。そんな冷たい目で睨みつけるな。それに比べてなんてレティシアの愛らしい事か」
共に12歳の初めての顔合わせの時に言われたのだ。
由緒あるアウグスタ公爵家の娘と生まれたからには、覚悟をしていた。
だけど、オルド王太子のそのいい方には頭に来たが、言い返すことは許されない。
「国王陛下とアウグスタ公爵家が取り決めた婚約でございます。不本意でしょうけれどもよろしくお願い致します」
「ふんっ」
オルド王太子は金髪で凄く整った顔をした美男子だったけれども、その時からシュリーヌはオルド王太子の事が大嫌いになった。
オルド王太子はレティシアの事ばかり大事にしているようで。
王立学園に3年前に入学した。
貴族なら誰もが行かなければならない学園だ。
そこで、初めて噂のレティシア・ブラウド公爵令嬢に会った。
彼女は沢山の貴族の令息や令嬢に囲まれていて、花が咲いたように微笑んでいた。
自分にはない華やかさ。
なんて綺麗でなんて可愛らしくてなんて、なんて……なんて……
彼女こそペルド王国の未来の王妃にふさわしいのではないか。
現王妃殿下もとても美しい方で。社交界の華と言われる程の方である。
今まで義務のように月一度、オルド王太子とお茶の席で顔を合わせていたのだけれども、
当たり障りのない世間話を少しするだけで。苦痛で苦痛で。
そしてその中で、オルド王太子はレティシアの自慢ばかりするから、余計に辛くて。
「この間、レティシアに母上の自慢の薔薇園を見せてやったのだ。レティシアはとても喜んでくれて。私のプレゼントしたエメラルドの首飾りも似合っていてな」
プレゼントなら貰っている。
その茶の席でそのプレゼントされたルビーの首飾りをしてきたのだけれども、
彼は一言も褒めてくれなかった。
そもそも、彼が選んでプレゼントしてくれたのかも怪しくて。
レティシアを自慢する話か、盛り上がらない世間話。
苦しい辛い……自分は王家になんて、この王太子と結婚したくない。
側妃にだってなりたくない。
こんな男っ……わたくしがアウグスタ公爵家の娘でなければ、絶対に結婚しないのに。
アウグスタ公爵家の娘として、同じ派閥の令嬢達は自分を敬ってくれる。
王立学園でも取り巻いて、機嫌を取ろうとしてくれる。
それなりに、令嬢達を取りまとめ、上手く立ち回って来たけれども。
それでも、心の中は寂しくて。
嫌でも、オルド王太子殿下とレティシアの姿が、二人で仲良く歩く姿が目に入って。
心の底から悲しくなる。
それでも、自分の方が王太子妃に選ばれなくては、派閥の主として父の顔をつぶしてしまうだろう。
ひたすら勉強を頑張った。
ひたすら同じ派閥の令嬢達との交流にも力を入れた。
そんな時に、廊下でレティシア・ブラウド公爵令嬢に会ったのだ。
「わたくし、王太子殿下を尊敬しております。だから、貴方には負けませんっ」
同じ派閥の令嬢達を引き連れて、そう宣言された。
大きな瞳をウルウルさせて、周りの令嬢達が心配そうにレティシアを見つめている。
令嬢達が口々に叫ぶ。
「アウグスタ公爵令嬢様。そんなに睨まなくても」
「本当に恐ろしいっ。さぁレティシア様。参りましょう」
睨んでなんていないわ。
わたくしの冷たい容姿がそうみられるだけであって、決して睨んでいる訳ではないのよ。
ことのほか、レティシアを目の敵にしているようだと、学園内で噂された。
それは負けないように頑張ってはいるけれども、虐めたりしている訳ではないのよ。
そして、王立学園の卒業パーティーで自分が正式に王太子妃に選ばれたことが発表された。
結婚は嫌だけれども、それでも、王太子妃に選ばれて安堵した。
しかし、それがさらなる地獄の始まりだった。
卒業パーティから半年後。結婚式が盛大に行われた。
国民からも人気があったレティシアではなく、自分が王太子妃に選ばれたのだ。
影ではレティシア様の方がいいという声もあったかもしれないが、皆が表向きは祝福してくれた。
しかし、結婚式が終わった夜、オルド王太子に宣言されたのだ。
「お前とは白い結婚だ。私はレティシアと子作りをする。お前は王太子妃として飾られていればいい」
いかに愛されていないとはいえ、王太子妃に白い結婚を宣言するなんてあり得ない。そう思った。
だから、反論した。
「王太子として一人でも子は必要でしょう。わたくしとて困ります。わたくしは我が公爵家の為、我が派閥の為にも国母になる必要があります。どうか、わたくしと褥を共にして下さいませ。それが王太子たる貴方様の義務ではないでしょうか?」
「煩い。お前の派閥なんてどうなろうと関係ない。私はブラウド公爵からも娘をよろしくと頼まれている。そうだな。どうしてもというなら床に両手をつき、頭を下げろ。そうしたらお前と褥を共にしてやろう」
悔しい……悲しい……どうしてそこまでしなければならないの……
公爵家の為にシュリーヌは床に両手をつき頭を下げて、
「どうかわたくしと褥を共にして下さいませ。お願い致します」
「いいだろう」
その後は辛いだけの行為だった。優しさも何もない。
シュリーヌは辛くて悲しくてただただ涙を流した。
それでも、自分は子を授からなくてはならない。
レティシアが幸せそうに王宮の庭をオルド王太子と歩いている姿を見るにつけ焦った。
子を授かってそれも男の子。男の子を産んで国母になるのだ。
もし、レティシアも男の子を産んだらより優秀な子が王太子になる。
負けられない。
頭を下げても子を産まなければ。
そんな中、国王陛下が急な病で亡くなった。
オルド王太子はオルド国王となり、シュリーヌは王妃になった。
王妃として、社交に力を入れ、派閥の家々を盛り立てていかなければならない。
レティシアも側妃として、同じく社交に力を入れて、派閥の家を盛り立てていた。
自分は頭を床に擦り付けて、オルド国王と褥を共にしているのに、レティシアはなんて幸せそうなのだろう。
オルド国王に愛されて、プレゼントされた美しいアクセサリーを着けて。
自分にはプレゼント一つ無く、ただただ、王妃としての仕事をこなしていく日々。
むなしい。苦しい……辛い。
そんな中、レティシアが懐妊したという知らせが届いた。
王国中が祝いに沸いた。
自分は妊娠の兆しがないのに。
いっそ、死んでしまいたい。
シュリーヌは一人落ち込んだ。
これ見よがしに、廊下をレティシアが白い花束を手に侍女と共に歩いて来る。
「王妃様。わたくし、立派な王子を産んで見せますわ。この王国の為に。祝って下さいませ」
「おめでとう。レティシア。良い子を産んで下さいな」
「有難うございます」
どれだけわたくしが悔しい思いをしていると言うの?どれだけわたくしが……
レティシアを殺したい。わたくしは辛いの、苦しいの……
レティシアの首を絞めようと両手を伸ばした。
レティシアは目を見開いてから、にっこり微笑んで花束を差し出して来た。
「王妃様。この白い花を差し上げます。お庭で摘んできたの。綺麗でしょう」
「有難う。レティシア」
花束を受け取った。
ふわっと春の風が舞った。そんなような気がした。
王国の妖精のようだと人々はレティシアの事を言う。
憎い女……でも……わたくしと貴方は同じなのかもしれないわね。
わたくしは国王陛下に愛されないけれども、わたくし達は子を授かる為に足掻いていた。
貴方は先に授かったけれども、でも……
レティシア。貴方は本当に国王陛下を愛しているの?
わたくしはオルド王太子殿下なんて大嫌い。
政略でなければ、こんな男と結婚したくない……
レティシア・ブラウド公爵令嬢は、12歳の時に、初めてオルド王太子殿下に会った時に、驚いた。
ぶしつけに両手を握られたのだ。
「なんて可愛らしい令嬢なんだ。私がオルドだ。君の婚約者だ。よろしくね」
「よろしくお願い致しますわ」
これは政略。
対抗派閥の令嬢と未来の王妃をめぐって争わなければならない。
片方が王太子妃。片方が側妃になるのだ。
だが、王太子妃になれなくても、王子を産んで国母になればよいとの事。
負けてはならない。
そう両親に言い含められて結ばれた婚約。
レティシアは嫌だった。
でも、嫌な事を顔に出してはならない。
にこにこしてオルド王太子の機嫌を取ることにした。
オルド王太子は自分に夢中なようである。
事ある毎にプレゼントをよこして、べたべたと手を握り、身体を抱き寄せて。
「早く結婚したい。可愛いレティシア。私はお前に夢中だ」
「嬉しいですわ。王太子殿下」
もう一人の婚約者。シュリーヌ・アウグスタ公爵令嬢の悪口を毎回言うのだ。
「あんな冷たい女とも結婚しなければならないだなんて。あんな女、結婚したって白い結婚だ。愛しているのはお前だけだ。レティシア。ああ、レティシア。愛しているっ」
危うく押し倒されそうになった。
ここは王宮の客室である。
レティシアはやんわりと押しのけて。
「結婚するまで我慢して下さいませ。わたくし、紳士な王太子殿下をお慕いしております」
鳥肌が立った。
「そ、そうだな。それにしてもシュリーヌの奴。いつもにこりともしないで。本当に可愛げのない奴でな。それに比べてお前はなんて美しくて可愛らしくて愛しいっ」
「光栄ですわ」
ものすごく疲れる。
それでも、王太子妃にまずはならねば。
側妃でもいいけれども、派閥の貴族達の主として王太子妃、後に王妃になった方がよいと両親に言われている。
だから王立学園に入って、勉学に力を入れた。
社交は、力を入れなくても人が自然とレティシアの周りには集まった。
花の咲いたようだ。
王国の妖精だ。
と言われて。
オルド王太子が精力的に王国民にもレティシアの事を宣伝しているらしくて。
そんな中、シュリーヌ・アウグスタ公爵令嬢と廊下で顔を合わせることがあった。
「わたくし、王太子殿下を尊敬しております。だから、貴方には負けませんっ」
思わず宣言してしまった。
王太子殿下なんて尊敬してはいないけれども。
シュリーヌは取り巻きの令嬢達とにこりともしないで行ってしまった。
そして、負けてしまったのだ。
学業の成績がどうしてもシュリーヌに勝てなかった。
彼女が王太子妃として認められてしまったのだ。
負けてしまった自分は側妃だ。
でも、仕方がない。
王子を産んで巻き返すしかない。
結婚したら、それはもう、オルド王太子に溺愛された。
「やっと手に入れられたレティシア。離さない。離さないぞ」
夜に時には昼にも、行為を求められた。
時々、シュリーヌとも行為をしているようだ。
オルド王太子殿下は鼻で笑って、
「あいつも必死なんだろうよ。国母になりたいのだろうな。哀れなもんだ。ふふふっ。毎回頭を下げてくるから仕方なく相手しているがな」
酷い男……
どうしてもオルド王太子の事が好きになれない。
それでも、派閥の為に、公爵家の為に、愛される努力をしなければならない。
「わたくし、大好きですわ。オルド様の事」
「嬉しい。お前との間に、早く授かればいいな。王子が」
嫌だったけれども、王子を産むためにオルド王太子に擦り寄って、そんな自分に時には嫌気がさす。それでも、頑張らなくてはと、レティシアはオルド王太子の気を引くために上手く甘えた。
そして、月のものが来なくなり、医者に診てもらい懐妊したことが解った。
「やっと……子が授かった。これで国母になれるかもしれない」
男子さえ授かれば、オルド王太子なんていらない。
そう、レティシアは思った。
男子さえ産んで育て上げれば……男子さえ男子さえ……
そんな中、シュリーヌ王妃と廊下で再び会った。
「王妃様。わたくし、立派な王子を産んで見せますわ。この王国の為に。祝って下さいませ」
誇らしい気持ちがあったのかもしれない。自分の方が子を先に授かったのだ。
「おめでとう。レティシア。良い子を産んで下さいな」
「有難うございます」
王妃は思い詰めたように両手を伸ばしてきた。
「王妃様。この白い花を差し上げます。お庭で摘んできたの。綺麗でしょう」
持っていた白い花束を差し出したけれども。
わたくし、殺されようとした?
そんなにも思い詰めていらした気持ち、とてもよく解るわ。
王妃様もわたくしも望まぬ結婚で、子を授かる為に苦しんで……
わたくしはオルド国王陛下に愛されているけれども、どうしてもお慕いできなかった。
王妃様は子を授かる為に頭を下げて、褥と共にしたと聞いたわ。
いかに嫌いな国王陛下といえども、王妃様、貴方様は寂しくはなかったのですか?
そんなことがあったが表面上は何事も無く時は過ぎて……
月満ちて、レティシアは玉のような男の子を産んで、それから半年後、子を授かったシュリーヌも男の子を産んだ。
どちらも王子である。
シュリーヌはレティシアを呼んでお茶をしていた。
「貴方とこうして面と向かってお茶をするのは初めてね」
「そうですわね」
「ところで、アレいらなくない?貴方が愛していると言うのなら残さなくてはならないけれども」
「わたくし、あれから気が乗らないと褥を共にしていませんの。それをご存じでおっしゃっているのでしょうか?王妃様」
にこやかにレティシアが微笑んだ。
シュリーヌはお茶を飲み干すと、
「どちらの王子が優秀か、これからが勝負ね」
「ええ。そうですわね」
和やかに春の午後は過ぎていった。
オルド国王陛下は急な病を経て、退位し、離宮へ移された。
シュリーヌ王妃と、レティシア側妃が、実家の公爵家の力を借りて、実権を握った。
互いの王子が大きくなるまでである。
より優秀な方が未来の国王になる。
それまでは……
離宮に移されたオルド元国王は、ベッドの上で。
「何故、このような目に???王妃は?頭を下げたら許してやるぞ。愛しいレティシアはどうした?」
亡くなるまでつぶやき続けていたという。