1.鋏男
その日初めて、お化けというものを見た。
しかし私の知っているお化けとは、大きく異なる。
二メートルはある、大きな血塗れな鋏を持った男に、私は追いかけられている。
その男は、自販機の隣に立っていたのだ。
偶然自販機の前を通りかかった私は、突然に鋏男から後をつけられ始めた。
怖い、怖い、怖い、無理ッ。
嘘でしょ、あんなので挟まれたら死んじゃうって。
カシャカシャと鋏の音を立てながら、後を追いかけられるので、なおさら恐怖が増幅する。
慌てて走ったのと、慣れない靴だったので足を捻ってしまい、ズキズキと痛む。
でも、走らなければ殺されてしまう。何で私がこんな目に。
鋏男の足には何重にも鎖が巻き付き、ゴツゴツとした音が響く、一見すると靴のようにも見える。
捻った足で段差に引っ掛かり、激しく転倒する。膝を見ると擦りむき、赤く血が滲んでいた。
しかし痛いなんていってられない。
早く逃げなきゃ。
その時、周りの様子がおかしいことに気づいた。
あれだけ響いていた足音が、聞こえなくなっている。
「助かったの?」
後ろを振り向けば、そこには大きな鋏が閉じようとしていたとこだった。
「いやーっ」
腰が抜けて、しゃがみこんだおかげで首は無事だ。
「嫌だよ、嫌ッ、そんな死に方嫌だよ」
痛みをこらえて、前へと這いずる。
涙が恐怖で、ポタポタっと落ちる。
鋏男の武骨な手が、私の首に触れる。
押さえつけられ、逃げ場を失った。
鋏の冷たい感触がした。
もう駄目だ。
諦めかけたとき、その歌い声が聞こえた。
「トランペットはハラペコラー、初競りのかごめ、囲んじゃえ」
何だこの歌は?気になった私は、首だけ声のする方へ向ける。
そこには、斧のような包丁を持った少女が立っていた。
あまりにも現実味のない出来事で、つい呆けてしまう。
「この辺りから怪・怪・怪・怪の匂いがするー」
鋏男は、私から少女へターゲットを変えた。
少女と目合った。助けを求めるべきなのだろうか?
「くっさー、オジサンお風呂入ってるー?」
少女の反応は、予想だにしないものだった。
鋏男は、想像よりも早い動きで、少女の首を切り取ろうとする。
だが少女は、踊るように鋏男の横をすり抜ける。
その瞬間、首が一つ飛んだ。
その首は、少女のではなく、鋏男のである。
少女が、鋏男の首をすれ違いざまに断ったのだ。
鋏男だったものは、黒い煤のように崩れ落ち、やがて消えた。
「お姉さん大丈夫?凄い格好してるけど」
「えっ?」
「タイトスカートずり上がって、パンツ丸出しだけど」
自分の状態を認識して、すぐに服を整える。こんな少女に言われるまで気づかないとは、恥ずかしさで顔を隠す。
「でも、あなたは何者?」
「私?私は、解体屋だよ。解体屋の花恋。以後お見知りおきを」
「解体屋?」
「うん、動物や人間、怪異だって解体しちゃう。何でも解体の解体屋さんだよ」
いま聞き間違いではなければ、人間って…突っ込まないでおこう、触らぬ神に祟りなし。だって、肉切り包丁怖いんです。
「今日はいいもの見れたし、お姉さん。気をつけて帰ってね」
また変なものに出会わないか、帰り道が怖い。
「あ、そうだ。右京っていう、白髪のお姉さん知らない?」
「右京さん?知らないです」
「そう、ならいっか。じゃあね」
ザッザッとサンダルの音を鳴らし、花愛は去っていく。
そういえば、助けてもらったんだよね?お礼を言いそびれてしまった。また会えるのだろうか?会いたくはないけど。