表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

1. 前程万里③




「…………」

 南瓜をショッピングカートに入れに来た翠里は、両親、いや、比較的話をわかってくれる父に説明を求めた。

 じっっと見つめて目を離さない。

 父は、翠里が幼い頃、陸と父とどちらと結婚するか迷ったくらいには優しくて、娘の贔屓目なしでも格好良い。

 色んな友達に、眼鏡をしててもしていなくても格好良い、と言われるくらいには。

 保育園の友達が、「翠里ちゃんのパパと結婚する」と言っていたくらいには。

「ごめんって」

「…………」

「だって翠里、碧海くんたちがいるって言ったら絶対来なかったでしょ」

 当たり前だ。そうでなくても来たくなかった。

「一回会ってほしかったんだ」

「…………」

 翠里はぎゅっと父の手を両手で握った。

「うわあ、汗だくだね」

 カサカサだから潤してあげる、という気持ちを込めて、父の手で汗を拭いてやる。

 初対面の男子とずっと一緒にいて、しかも話しかけられ続けて、実は翠里のキャパは限界に近かったりする。

 文句も言いたくなるし、ちょっと休憩もほしい。

「わかった。おまんじゅう買ってあげるから」

 こくり、と頷いた。

「……三個」

「三個? ……わかった、いいよ」

 とすれば、早速行くしかない。

「今行くの? 一人で?」

 翠里はこっくり頷いた。

 暫しの逃避行が翠里には必要だ。

 それに、このホームセンターはペット達のご飯を買いに来たり、お彼岸用の花を買いに来たり、と色々な用事で昔から知っているから、何の売り場でもどこに何があるかは何となくわかる。

 実際、母に「これ戻してきて」と魚売り場から反対の野菜売り場まで、一人でリターンするなどということは何回も経験がある。

 よって、翠里は迷子になることもないし、家族が移動していても合流できる自信がある。

「じゃあ、気をつけて行っておいで。変な人がいたら大事なところを思いっきり蹴って逃げるんだよ」

「……」

 こくっと頷いて、翠里は誰にもバレないようにそっとその場を離れた。祐暉にも声を掛けるか迷ったが、リスクが大きいのでやめた。

 これで、心の安寧が得られる。まんじゅう効果もあって倍増だ。

「あれ、翠里ちゃんは?」

「ほんとだ、いないね」

 翠里がいないことにいち早く気が付いたのは、碧海だった。

「迷子?」

「いや、翠里ちゃんが迷子になることはないと思う」

「じゃあトイレかな」

 そうは言っても、碧海は、万が一のために、一応保護者に報告することにした。

「あの、アー……さひさん、翠里ちゃんがいないです」

 碧海は、父の陽貴が会うと決めてから今日まで「アーサー」を連呼していたため、つい、耳慣れたあだ名で呼んでしまいそうになった。

「ああ、碧海くん。大丈夫だよ、そのうち戻ってくるから」

 どうやら保護者が把握しているようだと碧海は安心した。

 改めて見ると、旭と翠里は性別が違えど、本当にそっくりな顔をしている。弟の祐暉も翠里と瓜二つ、つまり旭とも同じ顔をしている。

 性格の違いから、翠里は仏頂面、旭は優しげ、祐暉は天真爛漫さが滲み出ているが、香夜の要素はどこへ行ったのかというくらい、勾坂姉弟は父似だった。

 顔だけでなく、すらりと伸びた手足と背までも一緒だ。DNAの強さを感じる。

「碧海くん、翠里がごめんね。大分人見知りだから、すごく愛想悪いでしょ。澄瑞くんもごめんね」

「いや、大丈夫です」

 そんな申し訳なさそうに言われると、大丈夫としか返せない。

「俺が翠里ちゃんと初めて会った時も、あんな感じだったなぁ。全然近寄って来なくて、逆に近づこうとすると逃げちゃって」

 澄瑞は、昔を懐かしむように言った。

「でも、今では普通に喋ってくれるから、碧海もそのうち仲良くなれるよ」

「あんな感じだけど、翠里と友達になってくれるといいな。よろしくね、碧海くん」

「はい」

 きっとすごく仕事ができる人なんだろうな、と碧海はぼんやり思った。陽貴と違って落ち着きがあって、良い大人という感じがした。

 そして、格好良い。

「俺も、翠里ちゃんと友達になりたいです」

 野菜の良し悪しがわかる小学四年生って中々いないと思う。と碧海は結構翠里に興味を持ち始めていた。

「あ、あと俺のことは、アーサーでも何でも好きに呼んでくれて大丈夫だよ」

 うまく流されたと思っていたが、碧海がうっかり「アーサー」と言いそうになっていたのはバレていたようだ。

 優しくて格好良い顔に茶目っ気を混ぜて、旭は笑っている。

「あはは、ありがとうございます」

 碧海は、この父親がとても好きになった。


 一方。

 翠里は、先程とは打って変わったわくわく顔で、菓子パン売り場の片隅を眺めていた。

 (何にしよう……三個……)

 棚には、黒糖まんじゅう、こしあん大福、みたらし団子など様々な和菓子が陳列されている。

 (選べない……)

 今の翠里は、贅沢な悩みで幸せを感じている。

 (やっぱりこの時期は柏餅か)

 一つ決まった。

 (それなら、ちまきも)

 もう一つ決まった。

 (あと一個……)

 草餅、黒ごま団子、月餅、酒まんじゅう、桜餅、どら焼き、蓬まんじゅう……

 (選べない……)

 幸せそうでなによりである。


 魚売り場にて、祐暉は周りのどこにも姉がいないことに気づいた。

「姉ちゃんが! いない!!」

「えっ、翠里ちゃんが?」

 佳楓は兄二人組と話していて、祐暉は両親以外の大人とお喋りしていて、春は奈月に引っ付いていた。

「母さーん!!」

 祐暉は一散に談笑している両親の元へ駆けた。

「母さん、姉ちゃんがいないよ!!」

「ああ祐暉、大丈夫だよ」

 旭は穏やかに息子を落ち着かせた。

「翠里は出掛けたよ」

「いないと思ったらやっぱり。まーた黙ってどこか行っちゃったの」

「まあまあ、ちゃんと俺には言って行ったよ」

 翠里は香夜と買い物をする時は基本、かご持ちやカート引きをするが、父がいて何の出番もないと、時々ふらっとどこかへ行って、ふらっと帰ってくるのだ。

「姉ちゃん、僕のこと置いてったの……!!」

 祐暉は、ガーンと音が鳴りそうなほどショックを受けた。

 翠里の流浪の旅に祐暉も付いて行きたがるため、翠里は普段、祐暉にも声を掛けてから行く。今回はやむなく一人旅だが。

「僕、姉ちゃんの所に行ってくる! 父さん、姉ちゃんどこに行ったの!!」

 姉がすることは何でもしたいし、姉が行く所にはどこでも行きたい祐暉は、今にも走り出しそうな勢いで父を問い詰める。

「まあ祐暉、落ち着いて」

「どこ!!」

 旭は言うか迷うが、祐暉が引きそうにない。

「……翠里は和菓子を見に行ったよ」

 優柔不断な翠里は三個も選べなくて、まだ同じ場所に留まっているだろう、と思い白状した。

 おそらく、祐暉が今から向かってもすれ違うことはないはずだ。

「春も行きたーい」

 近くで話を聞いていた春は、何だか面白そうな雰囲気を感じ取った。

「いいよ!」

「春ちゃん、迷子になっちゃうよ」

 すぐさま快諾する祐暉とは対照に、奈月は心配顔をする。

「えーっ、行きたーい!」

「大丈夫! 僕、道わかるから! それに、姉ちゃんがいれば、母さんたちの所に戻って来れるから!」

 祐暉は胸を張った。

「それならいいけど……」

「じゃあ、行ってきまーす!」

「いってくるねっ」

 奈月はまだ不安そうだが、子ども二人は構わず出発した。

「ごめんね、なっちゃん。でも、ああ見えて翠里も祐暉も迷子になったことがないし、翠里がいれば二人とも絶対戻ってくるの」

「そうなの。しっかりしてるね」

 うちの子たちにはやらせたことないわ……と奈月は感心した。

「うちの坊やたちは、そもそも出掛けたがらないからなー」

「ほんと。今から出不精で、大人になったらどうなっちゃうんだか」

 夕哉と星子は、息子たちの将来を案じた。

「碧海と春も大体は家にいたがるよな」

「そうね。でも、出掛けると碧海は特に、一人でどこか行きそうになるわね」

「その度に待てさせるよな」

 鏡原兄妹は二人とも、興味のある方へ引き寄せられる性質がある。

「そうなんだ。翠里はあんななのに、すぐいなくなるんだよ。でも、一回も迷子になったことがなくて、ちゃんと戻ってくるの」

「祐暉が大きくなってからは、二人で探検しに行くようになっちゃったよね」

「ね。祐暉も行くようになってからは、行き先を知らせるようになったからまだいいけど」

「一人の時は何も言わずにだったから、最初は本当に肝を冷やしたよ」

 翠里は無口だが、行動的だったりするのだ。

「翠里独自の探知機があるのかも」

 父はそう結論づけた。




勾坂(こうさか) 翠里(みどり)…9歳

勾坂(こうさか) 祐暉(ゆき)…6歳

鏡原(かがみはら) 碧海(うみ)…10歳

鏡原(かがみはら) (とき)…8歳

剣持(けんもち) 澄瑞(すず)…11歳

剣持(けんもち) 佳楓(かえで)…8歳

勾坂(こうさか) (あさひ)…37歳

勾坂(こうさか) 香夜(かや)…37歳

鏡原(かがみはら) 陽貴(はるき)…37歳

鏡原(かがみはら) 奈月(なつき)…37歳

剣持(けんもち) 夕哉(ゆうや)…37歳

剣持(けんもち) 星子(せいこ)…38歳

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ