第79話 革命の決断
「すまん、ユリウス。もう1度言ってくれ。」
俺はすぐにディランが泊っている比較的大きい部屋に入り、フィオナやノアから聞いた話を簡潔に伝えた。そして、俺たちの要望をストレートに伝えた。だが、ディランは理解が追いついていないようだ。
「これで何回目ですか!?だから・・・、レオンパルド剣王国の現剣王と俺たちが追っている『黒南風』に繋がりがあるようなので、俺たちで現剣王と『黒南風』をぶちのめしたいんですが、良いですか?」
婉曲な表現をしたところで、見破られるのは分かっている。だから、俺は包み隠さずに要件を伝えた。むしろ、直接的に言った方が「そんなのダメに決まっているだろ!」となり、俺は現剣王に喧嘩を売らなくて済むわけだ。何という完璧な作戦。
「『黒南風』はともかく、剣王国の国王を倒すとか・・・。絶対に国際問題を起こすなって言ってたのに、むしろそれをやろうとするなんて馬鹿なのか?」
「で、ですよね~!」
・・・よしよしよし、この反応だと間違いなく却下される!ヒャハハ!俺の完全勝利だぜ!
「しかし、俺は是非ともやってもらいたいと思う。」
「はい、すみません、現剣王には喧嘩なんて売りま・・・・・・え、え、今、何とおっしゃいましたか?」
「ユリウス、現剣王をぶっ倒せ。」
「あれ、おかしいな、耳の調子がすこぶる悪いぞ。すみません、もう1度お願いします。」
「現剣王をぶっ殺せ!」
「いや、より過激な表現になってますよ!!」
これは冗談なのか、それとも真剣なのか・・・。ディランはこのような状況でジョークを言う人間ではないはずだ。となれば、「現剣王を倒せ」という発言は本気ということになる。
・・・えっ、マジで意味が分からないんですが・・・。
キングヴァネスのギルドヘッドであるディランが、どうしてレオンパルド剣王国の内政干渉を推奨するのか・・・。どう考えても、国際問題に発展するだろう。ディランの真意が全く読めない。
「冗談ではないんですよね・・・?」
「もちろん。俺は、本気でユリウスに、レオンパルド剣王国の現剣王であるケイレブ・レオンパルドを倒してほしいと思っている。まぁ、厳密には、ケイレブの失脚を狙ってほしいんだがな。」
「どうしてですか?現剣王が失脚したところで、プロメシア連邦国のギルドヘッドであるディランさんには、何のメリットもありませんよね?」
「それが色々と大変なことになってるんだよ・・・。」
「?」
今後の行動にも大きく関わってくるため、俺はディランの部屋で、じっくりと話を聞くことにした。ディランが話してくれた内容を簡潔にまとめるとこうだ。
まず、先代剣王から現剣王に王位が継承されて以降、プロメシア連邦国との友好関係が非常に悪化したそうだ。国家同士の付き合いなので、表面上は友好関係を維持しているように見えるが、裏では険悪なムードが続いているとのこと。その大きな要因は、「モノ」に対する待遇についての見解の相違だという。プロメシア連邦国のドロテオ国王やオズヴァルド財務卿などは、「モノ」に対する差別意識解消に向けた政策を進めているが、現剣王はそれと真逆の「モノ」の隔離政策を採用している。当然、両者には埋めがたい溝が生じ、友好条約が結ばれて以降、最低最悪の関係らしい。
そこで、プロメシア連邦国では、宰相マリアーノの提案により、国家間ではなく、民間同士から関係修復を目指す方向にシフトした。最初は、今もなお変わらず友好関係が続いている、両国首都のギルドヘッドが選ばれ、今回のディランの訪問はそれに関するものというわけだ。当然、これらの件にはギルド本局の許可がいるため、エゼルの一件の際に、ナターシャがプロメシア連邦国の宮殿『エルダグラード』に足を運んでいたのは、そういうことらしい。もちろん、フィオナの無断剥ぎ取り事件のこともあるが・・・。
ただ、今回の会合で、西京県のギルドヘッドであるキョウスケ・タチバナから不穏な話を聞いたそうだ。それが、先程フィオナやノアも言っていた、現剣王と「黒南風」の繋がりである。キョウスケがギルドヘッドの権限を使い、ありとあらゆる手段で情報収集した結果、現剣王に反発する勢力を「黒南風」が全て始末するかわりに、現剣王が「モノ」の隔離政策を実施するという契約が交わされたらしい。もっと言えば、現剣王がレオンパルド剣王国の表の支配を、「黒南風」がレオンパルド剣王国の裏の支配を行い、「モノ」の存在しない国家をつくりあげることを最終目標にしているようだ。国家が「モノ」を隔離しておけば、「黒南風」はいちいち誰が「モノ」かを調べることなく、スムーズに殺戮できるという話なのだろう。非常に不愉快で、反吐が出そうだ。
先代剣王の次男や長女は素晴らしい人格者であり、どちらかが次期国王に就任すれば、プロメシア連邦国との友好関係も修復に向かうと言われている。しかし、その2人は現剣王により、剣舞城の地下牢に幽閉されているそうだ。そのため、キョウスケとディランとしては、ギルドヘッドとして現剣王に進言し、プロメシア連邦国との関係をより良い方向にもっていくよりも、現剣王が失脚して、先代剣王の次男(現剣王の弟)か長女(現剣王の妹)が次期国王になる方がずっと現実的だと考えているらしい。また、ドロテオ国王もオズヴァルド財務卿も宰相マリアーノも、口には出さないが、同じことを考えていると思われる。ただ、当代随一の剣技を有する現剣王を失脚させることなど不可能に近く、ギルドヘッドとしても内政干渉できないので、とても困っているという。
「ユリウスが現剣王を倒してくれるというなら、キョウスケもドロテオ国王陛下も、喜んで賛成すると思うぞ。」
「もし、俺が現剣王をボコボコにした場合、俺の扱いはどうなりますか?」
「剣王国の『モノ』たちや俺らからしたら英雄だが、剣王国の国民ではないから、テロリスト扱いだな。ほぼ確実に、国際的に指名手配されるだろう。」
「アカンやん!」
・・・いやいやいや、俺の自己犠牲に頼りすぎだろ!!
「・・・・・・国家間の事情は抜きにして、ユリウス個人は現剣王に対して思うことはないのか?」
「そりゃ、ノアをあそこまで追い詰めた奴ですからね。心の底から、クソ野郎だとは思いますし、できることなら思いっきりぶん殴ってやりたいですよ。・・・ですが、テロリストにされるのは絶対に嫌です。そもそも、現剣王に勝てるかどうか分かりませんし・・・。」
ナターシャとの契約で、俺は1年以内にSSランクに昇格しなければ、死刑となる。そして、SSランクに上がるためには、全ギルドマスターの承認が条件である。ナターシャの推薦があるとはいえ、国際的に指名手配されている奴を、他のギルドマスターが認めるとは到底思えない。もちろん、ノアを何とか助けたい気持ちは十分ある。しかし、俺個人としては、現剣王と結びついている「黒南風」を潰すことで精一杯だ。
・・・バックにいる「黒南風」さえ叩き潰せば、剣王国も良い方向に変わっていくかもしれないし。
「・・・ユリウスの言い分は分かった。つまり、現剣王を倒すのがユリウスだとバレなければいいってことだろ?」
「・・・はい?」
「ユリウス、変装だ!」
・・・このおっさん、何言ってんの?
「えっ、俺が誰かに変装するんですか?」
「誰かというか、架空の人物を演じるんだよ。現剣王は、剣技だけでなく、魔法にも長けているらしい。だから、不可視魔法で侵入しても、見抜かれる可能性が高い。だから、仮面で顔を隠しつつ、謎のヒーロー『〇〇』みたいな感じで、現剣王を成敗するのはどうだ?」
「謎のヒーローって・・・。」
「ユリウス、頼む。レオンパルド剣王国を救うためにも!」
「えっ、ちょっと、ディランさん!?」
初めて、ディランが俺に頭を下げた。プロメシア連邦国の首都キングヴァネスのギルドヘッドということは、実質的にプロメシア連邦国内全てのギルドのトップということである。その人物が俺に深々と頭を下げ、お願いしているのだ。非常に断りづらい・・・。ディランには、色々な面でお世話にもなっているし、ノアのこともある。俺にできることは尽力したいと思うが・・・。
・・・もし、変装がバレたら、死刑だからなぁ。それだけは何としてでも避けたいし。
「う~ん・・・・・・・。」
俺は腕を組み、苦悶の表情を浮かべながら、どのような選択をするべきか、迷っていた。
「・・・・・・もし、この件がうまくいけば、ユリウスが抱えている残りの借金、白金貨50枚を全てチャラにしてもらうよう、宰相マリアーノにかけあう。」
「!?」
「プロメシア連邦国としても、レオンパルド剣王国との友好関係回復を望んでいる。それを達成するきっかけを、政府の役人ではない、たった1人の民間人がつくるんだ。常識的に考えて、白金貨50枚以上の価値があるだろう。宰相マリアーノも、首を横には振らないと思うぞ。」
「・・・・・・・・・。」
さすが、キングヴァネスのギルドヘッド。俺との交渉の切り札を最後まで隠していたのか。まず、現剣王に対する印象を尋ね、俺の口から「できることなら思いっきりぶん殴ってやりたい」という言葉を引き出した。つまり、ディランは、俺が本音としては「現剣王を倒すこともやぶさかではない」ということを明らかにしたのだ。そして、「顔を隠せば、身バレするリスクが減る」というメリットを提示しつつ、俺にいくつかの貸しがあるギルドヘッドとして深々と頭を下げた。最後には、俺の頭の片隅にいつもある「借金」をチャラにするという最大の利益を示した。
・・・正直、完敗だ。
「・・・分かりました。現剣王の失脚、俺が何としてでも成功させてみます!!」
「その言葉、待ってたぜ。」
ディランは勝ち誇ったかのような笑みを浮かべ、俺と熱い握手を交わした。
「俺は現剣王に集中したいので、『黒南風』はフィオナとレティシアに任せるつもりです。それで、いいですか?」
「『黒南風』の討伐には、俺も参加するぞ。」
「えっ!?」
ディランは、やる気十分という感じで、握った拳を反対の手で包み込み、ポキポキと鳴らし始めた。
「前々から『黒南風』の行動は、目に余るものがあると思っていたんだ。まだ話をつけてはいないが、キョウスケも間違いなく参戦するだろうな。」
「いやいやいや、キョウスケさんならともかく、他国のギルドヘッドがいいんですか!?」
「『黒南風』は、国際的な犯罪組織として指名手配されている連中だぞ?テロ組織を捕まえるのに、他国もクソもないだろ。ただ今回に関しては、ギルドヘッドというよりかは、俺個人として、剣王国に潜む『黒南風』の壊滅に手を貸すつもりだ。」
「な、なるほど・・・。」
確かに、国際的な犯罪組織となれば、そいつらを壊滅させるのに、色々な地位・肩書はあまり関係ない。ただ、「ギルドマスター」だけは例外である。ギルドマスターは、圧倒的な権限と実力を有するため、世界の調和を図るという理由で、ギルドに無関係な国家内外の諸問題には一切介入できないのだ。
ディランは今回、ギルドヘッド云々というよりも、一個人として「黒南風」の討伐に力を貸してくれる。これほど、心強い助っ人は中々いないだろう。さらに、西京県のギルドヘッドであるキョウスケ・タチバナまでも参戦するとなれば百人、いや、一万力だろう。
その後、俺はフィオナとレティシアをディランの部屋に呼び、4人で今後の打ち合わせをすることになった。ディランはもともと、明日以降もキョウスケと会合があるため、数日泊まる予定だったが、俺たちはリツ救出がメインだったので、明日帰るつもりだった。しかし、今回の件が勃発したことで、女将のご厚意とディランの口添えにより、ディランと同じ数だけ泊まれることとなった。
ただ、気がかりなのが、残りの聖獣についてだ。本来、明日には残った3体のうち、どれか1体がいる場所に向かう予定だったが、明後日には現剣王と「黒南風」と戦闘になるため、明日はその準備をする必要がある。ただ、ナツメとリツに聞くと、残りの聖獣の魔力量はどれもあと5日でゼロになるそうだ。ギリギリになってしまって非常に申し訳ないが、俺は早めに現剣王と「黒南風」との一戦を制して、聖獣の救出に向かうことに決めた。
こうして、俺たちはレオンパルド剣王国を蝕んでいる闇を祓うために、色々と準備を始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
革命前夜のレオンパルド剣王国の主要都市相模県の某所にて・・・
廃墟となった高層の建物に、漆黒の仮面に身を包んだ者たちが数十人集結していた。明らかに、他の人間とは格の違う、圧倒的な強者の雰囲気を醸し出している。そして、彼ら全員が跪き、絶対的な忠誠を誓っている相手こそ、緋色の2本の剣が描かれた漆黒の仮面をつけた男である。
「おい、こんな人数で本当に大丈夫なのか?」
「俺の『ニュメロ』の中でも、この剣王国にいるのは、精鋭中の精鋭だ。全く問題ない。」
緋色の双剣が描かれた漆黒の仮面をつけた、絶対的オーラを放つ男 ―ニコラス― は、質問をした隣の貴族に余裕の笑みを浮かべた。貴族の男は、ボディビルダーのような、ガッチリとした体つきで、豪華な衣装の上からでも鍛え抜かれた筋肉が透けて見える。
「まさか、ミナージュ家の現当主が直々にここまで来るとは予想外だったよ。娘の暗殺に失敗したんだって?」
「あのクソ親父が裏切ったからな。本当に忌々しい。」
「俺の部下たちも、返り討ちに遭ったようだしな。」
「まったくだ。『黒南風』というのは、もう少し骨があると思っていたのだがな。」
筋骨隆々の貴族の男 ―マシュー・ミナージュ― は、苦虫を噛み潰したような顔で、ニコラスを睨んだ。マシューからすれば、父親であるロバート・ミナージュの背信行為と、「黒南風」の敗北は想定外過ぎたのだろう。
「老い耄れているとはいえ、元Sランク冒険者で『トリ』だろ?むしろ、あの少数メンバーで、重症を負わせられた方が凄いと思うけどな。」
「確かに、それはそうだが・・・。」
「まぁ、裏切りを見抜けなかったミナージュ家に当然落ち度はある・・・。が、依頼対象となっていた娘の暗殺に失敗した、俺の部下たちにも一応、責任がある。」
「だから、わざわざ『ニュメロ』のボスである『カルティア』が表に出てきたんだろ?」
会長命令以外で、「カルティア」が直接行動を起こすことはない。しかし、今回は「カルティア」の1人である、ニコラスが直々に指揮を執って、マシューの娘 ―レティシア・ミナージュ― の暗殺に動くようだ。
「まぁな。これで確実に殺害してやるから、安心しろ。そういえば、息子はどうしてるんだ?」
「裏切った親父の捜索に出ている。手負いのジジイだ、愚息でも大丈夫だろう。」
「違いない。・・・では、これよりレティシアの暗殺作戦を開始する!」
「「「「「「「「「「ハッ!!!!!」」」」」」」」」」
ニコラスの合図で、選りすぐりの「ニュメロ」たちが一気に散らばっていった。それを見たニコラスは大満足そうな笑顔を浮かべ、マシューの肩をポンッと叩いた。
「あとは、良い知らせが入るのをゆっくりと地下のアジトで待っていればいいさ。俺は、俺のやるべきことをしてくるよ。」
ニコラスは少し苛立っていた。それは部下たちがミナージュの暗殺に失敗したからではない。むしろ、あの老い耄れ相手に善戦したのだ、誇らしい気持ちさえある。では、何が癇に障ったのか。
・・・クソ、会長のお気に入りだからって、調子に乗りやがって!!
それは、粛清部統括で、会長の右腕と評されるローズヴェルトの言動である。ニコラスは、ユリウスを抹殺しようと企んでいたが、よく分からない理由でローズヴェルトに阻まれたのだ。ローズヴェルトのスキルは未だ謎に包まれているが、ニコラス自身、油断さえしていなければ、ローズヴェルトに勝てると考えている。
・・・諜報部の情報が正しければ、レティシアの近くには必ずユリウスがいる。ユリウスもローズヴェルトも、サクッと殺処分して、この俺が会長の右腕になってやる。そもそも、部下が失敗したとはいえ、女1人の暗殺に、わざわざ「カルティア」の俺が直々に指揮を執るわけないだろ。
ニコラスは、優秀な「ニュメロ」たちにレティシアの暗殺を任せ、自身はターゲットであるユリウスの殺害に集中する計画を立てていた。そして、その計画がまさに今夜実行されたのだ。
・・・今に見ていろ、ローズヴェルト!ユリウスは、この俺が殺すからな!
ニコラスは不敵な笑みを浮かべながら、闇夜の中に溶けていった。
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