第78話 フィオナの大説教
「甘えてんじゃないわよ!!!!!」
ノアは平手打ちを食らった衝撃で呆然としながら、激昂しているフィオナの方を向いた。俺でさえ、ここまで怒りをあらわにしたフィオナの見るのは初めてだ。レティシアも目をパチクリさせて、フィオナの顔を覗いている。
「親のために死んだ方がマシ?剣王を道連にした方が皆救われる?ふざけないで!!!あなたは、自分の命の価値を何だと思っているの!!!???」
興奮したフィオナは、ノアの胸倉を思いっきり掴んだ。
「この世界にはね、明日生きたくても生きられない、そんな人が山ほどいるの!!差別に苦しんで、人間の尊厳を踏み躙られて・・・、それでも前を向いて生きようとする人がいるの!!別に、あなたの人生が大したことがないなんて言わない。でもね!自分の命を擲ってまですることじゃないでしょ!!あなたは、英雄気取りかもしれないけど、私から言わせれば、苦しみから、辛さから、痛みから、ただ逃げているだけ!自分に酔うのも大概にしなさい!!!」
そのとき、ノアの頬を一滴の涙が伝った。
「隙をついたぐらいで、剣王を殺せるはずがないでしょ!!あなたは結局、ここまで来て、無駄死にするだけなのよ!!!分かる???」
「お、おい、もうその辺で・・・」
「ユリウスは黙ってて!!!」
「はい・・・。」
フィオナが徐々にヒートアップしているので、一旦止めようと思ったが、流れ弾に当たってしまった。
「あなたは、自分の命を道具としか考えてないの?もし仮に、あなたが剣王を殺して一緒に死ねば、国中の『モノ』たち全員が喜ぶと思うの?」
「・・・・・・・」
「そりゃ、ほとんどの民衆は歓喜の声をあげるでしょうね。でも、『全員』じゃないでしょ?」
ノアの心の中に溜まっていたものが、ついに放出され始めたのだろう。ノアはその場にへたりこみ、号泣しだした。
「あなたを心の底から愛してくれている、これまでもこれからもめいっぱいの愛情を注いでくれる、たとえ貧乏になることが分かっていても、あなたを手放すことなく、地方へ引っ越すことを選んだ両親に、あなたはあの世で顔向けできるの?」
フィオナは泣きじゃくるノアを抱き寄せ、最後の言葉を届けた。
「あなたには素敵な家族がいるんだから、その人たちを不幸にする道を選んじゃダメでしょ。・・・ここまで本当に大変だったね。よく頑張ったわ。その溢れるものが止まったら、今のあなたの心に浮かんできた本音を教えて。」
俺とレティシアは、互いに顔を見合わせ、安堵の表情を浮かべた。フィオナは家族を亡くしているからこそ、あそこまでノアに全力でぶつかることができたのだ。もし仮に、俺がフィオナの言葉を遮って宥めていたら、ノアは自分の過ちに気づくことはできなかっただろう。フィオナがいてくれて、本当に良かった。
しばらくして、夕食の準備ができたため、1階の食事スペースに降りてくるよう、宿のスタッフから連絡があった。しかし、ノアの涙が止まらないことや、大説教してしまったことによるフィオナの自己嫌悪モードもあり、この部屋で食事ができないか相談した。俺たちは、ディランが紹介した人物ということもあり、女将が特別に部屋で食事を取ることを許可してくれた。結果、俺とレティシアが、フィオナとノアの分の食事も、今にいるこの部屋まで持っていった。
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ノアが泣き止んだこともあり、俺たちは夕食を摂ることにした。しかし、一つだけ腑に落ちないことがある。それは・・・
「えっ、何で俺にくっついているの?」
「べ、別に、泣いたので、少し寒くなっただけです。た、他意はないですから・・・。」
「な、なるほど・・・?」
てっきり俺は、ノアはフィオナを尊敬し、ベタベタにくっつくのではないかと思っていたが、予想の斜め上を行かれた。まさか、今もなお左腕をガチガチにホールドされるとは・・・。
「はぁ、まぁ仕方ないか・・・。」
「そうですね、今日だけは大目に見ましょうか。」
・・・えっ、2人とも何の話ですか?
意外なことに、ノアは左利きだったので、今の状態であれば、俺は右手をノアは左手を使える。そのため、案外、食事には困らない。何というか、ノアもノアで、分かってやっているのだろうか。
「それで、ノアはどうしたいの?」
「・・・・・・私は、両親を助けたいです!」
フィオナの問いに対して、ナイフで脅迫した時よりも、まっすぐと力強く発せられた言葉に俺たちは深く頷いた。きっと、ノアの本心というか、信念はずっとそれだったのだ。ただ、13歳には過酷な状況な続き、色々な感情が混ざり合った結果、極端な思考へと繋がってしまったのだろう。
「でも、フィオナ姉ちゃんが言ったように、私には現剣王をどうにかできる力なんてないし・・・。」
俺もあまり分かってないが、レオンパルド剣王国の国王は、別名「剣王」と呼ばれ、子々孫々と受け継がれるようだ。次期国王は血筋が優先されるが、その中でも剣技に最も秀でた者が後継者に指名されるらしい。先代剣王には、2人の息子と1人の娘がおり、長男が非常に剣の才能に溢れていたので、国王に就任したそうだ。
・・・まぁ、「モノ」の隔離政策をする時点で、たかが知れるけど。
ちなみに、ノアが「兄ちゃん」「姉ちゃん」呼びをしたかったのは、本当だったらしく、俺たちは全然ウェルカムなので、呼び方はそのままになっている。
「そういえば、ノアたちは、国外に逃亡することは考えなかったのか?」
「現剣王になってから、出国審査の際に、ステータスカードを提示して『モノ』だと判明すると、出国できなくなったんです・・・。それに、国境付近には常に特別警邏隊が巡回しているので、密出国しようとしてもすぐにバレてしまうんです・・・。」
現剣王は是が非でも、「モノ」を国内に隔離しておきたいのだろう。しかし、なぜそこまで執着するのか、不思議である。
「ノアは、すごく運が良いわね。」
「本当にそうですよ。」
「?」
フィオナとレティシアは、ニヤニヤしながら、俺の方に目線を向けてきた。それにつられ、ノアも俺を凝視し始めた。
「えっ、何、どういうこと?めちゃくちゃ怖いんですけど・・・。」
「ユリウスなら、剣王ぐらいワンパンでしょ?」
「指先一つでダウンかもしれませんね。」
「うん、何言ってんの?」
フィオナとレティシアは、俺を買い被りすぎだ。剣道の授業なら中学校時代にやったが、真剣など握ったことすらもない。当代随一と呼ばれる剣技の使い手に、俺が余裕で勝てるわけがない。まぁ、負ける気もしないけど・・・。
「そもそも、俺が何でこの国の王様と戦わないといけないんだよ。そりゃ、ノアやノアの両親を助けてあげたい気持ちはあるけど・・・。俺が剣王と戦う理由がないだろ。」
「理由ならあるわよ。」
「また、デタラメなこと言っ・・・」
「『黒南風』。」
「「「!?」」」
俺は予想外の返答に、一瞬固まってしまった。「現剣王」と「黒南風」が裏で繋がっているというのか。もしそうだとすれば、確かに俺が、いや俺たちが戦う理由にはなるが・・・。それでも国王とやり合うのは、絶対的にまずい気がする・・・。
・・・ん?レティシアが驚くのは分かるが、なぜノアまで?
「現剣王の背後に、『黒南風』がいるってことなのか?」
「確かに、『モノ』の隔離政策も、『黒南風』の入れ知恵と言えなくもないですね・・・。」
「えっ!?皆さん、『黒南風』を知っているんですか!?」
ノアは、俺たち全員が「黒南風」について語っている様子を見て、ひどく驚いている。そこまで驚嘆することだろうか。
「『黒南風』がどうかしたの?」
「皆さんが知らないと思って、先程は言わなかったんですが、岩海県にいたときに、両親や近所の人たちがよく言っていたんです。レオンパルド剣王国は、『黒南風』に乗っ取られるかもしれないって・・・。」
「「「えっ!?」」」
非常にややこしくなってきたため、俺たちはフィオナとノアの話をそれぞれ整理することにした。フィオナは、今日訪れていた「白南風」の最高幹部のネルヴァという人物から、「現剣王」と「黒南風」には怪しい繋がるがあると聞いたそうだ。ただ、フィオナ本人はなぜかネルヴァをめちゃくちゃ毛嫌いしており、情報の信憑性はあるが、もう二度とネルヴァには近寄らないと言っている。どうして、そこまで忌避するのか聞いてみても、フィオナは「ユリウスだけには、絶対に言えない。もし言ったら、捕まる。ユリウスが。」の一点張りで、全然教えてくれない。
・・・いや、何で聞いた方が捕まるんだよ!
ノアは、隔離政策が始まってしばらく経ったあと、両親や近所のおばさんたちが「『黒南風』という組織がレオンパルド剣王国を乗っ取ろうとしている。」「もし、『黒南風』に乗っ取られたら、『モノ』である私たちはすぐに消されてしまう。」などと、会話しているのを耳にしたそうだ。
フィオナの感情論はともかく、両者の話を合わせると、十中八九、「現剣王」と「黒南風」が結びついていると言えよう。
「というわけで、私たちでこの隔離政策を終わらせましょう!」
「つまり、私とフィオナが剣王国に巣食う『黒南風』の一掃し、ユリウスさんが『現剣王』をぶちのめすんですね!」
「さすが、レティシア、完璧!」
「ありがとうございます!」
・・・いやいやいやいや、何2人で盛り上がってんの?俺まだ、やるともやらないとも言ってないんですけど・・・。それに、ノアなんて会話についていけずに、バ〇ボンみたいな顔になってますやん。
「おいおい、俺はやるなんて一言も言ってないし、今回はザハールとかエゼルのときとは違って、剣王国の内政にめちゃくちゃ介入することになるんだぞ?下手すりゃ俺たち、テロリスト扱いされて、国際的に指名手配されるかもしれないんだからな。」
「そうかもしれないけど・・・。」
「どうにかできないですかね・・・?」
フィオナとレティシアが上目遣いで、俺をじっと見つめてくる。そんなめちゃくちゃ可愛くて、ずっと見ていたくなる表情を向けられたところで、俺のダイヤモンドより強固な意志は砕けませんよ!
「分かった、分かったよ!国際問題を起こさないよう釘を刺されていたから、とりあえず、ディランさんに聞いてみる。もし、ディランさんからNGが出たら、『黒南風』とは戦うけど、『現剣王』とは戦わないからな!」
・・・うん、俺の意志は豆腐より柔らかいですね!!
「えっ・・・、ユリウス兄ちゃんって一体何者なんですか・・・?」
ノアの心の声が漏れた呟きは、誰にも届かなかった・・・。
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