第69話 レティシアの覚悟
俺の眼前には、脚の長い亀に蛇が巻きついた獣、まさに五獣(五神)の「玄武」そのものが出現した。しかし、その大きさは尋常ではない。ナツメの数百倍はあるだろう。
「い、インビジブルザラーム!」
俺は咄嗟に不可視魔法をかけた。聖獣の存在がレオンパルド剣王国、ひいては世界各国にバレるわけにはいかない。
「おい、ちょ、これ、どういうことだよ!」
『「玄武」が、ユリウスの魔力を一気に吸収し過ぎたっぽいわ。結果、保有できる魔力量の限界を超えてしまって、暴走してる状態や。』
・・・つまり、魔力量のキャパオーバーってことか。
「ナツメのときには、こんなことにならなっただろ?」
『ワイは、すぐに自我を取り戻したからな。ただ、「玄武」は自我を取り戻すよりも先に、魔力量が限界に達したんや。枯渇寸前やったから、急激にユリウスの魔力を吸い上げたんやろ。』
「なるほど。じゃあ、ある意味、これは仕方ないのか・・・。」
『そうやな、起こるべくして起こった暴走や・・・。』
「ちなみに・・・これって俺が暴走を止める手段はある?」
『・・・・・・ない。』
・・・はい、詰んだ~!!
俺と聖獣たちには「魂の繋がり」がある。もし、俺が眼前の「玄武」に攻撃すれば、お互いの魂が削られてしまうのだ。逆に、「玄武」が俺に対して何か攻撃を仕掛けた場合も同様である。よって、さっきナツメは逃げた方がいいと言ったのだ。
「ナツメは今、全魔法が使えるだろ?ナツメでどうにかできないのか?」
『聖獣同士は、昔よく喧嘩してたから、勇者様のスキルによって、お互いの攻撃はダメージが無効になったんや・・・。』
「おい。」
・・・聖獣同士、仲良くしろよ。
「完全に詰んでるな・・・。」
『せやな・・・。』
レオンパルド剣王国の街が見えない何かによって、蹂躙されるのだ。世界レベルの大ニュースだろう。俺とナツメは、この先の惨状を想像し、遠い目をした。
「うぅ・・・。ゆ、ユリウスさんとナツメは、何をしているんですか・・・?」
そこに、ふらふらと左右に歩きながら、顔色の悪いレティシアがやってきた。その瞬間、俺とナツメはパッと目を合わせ、心の底から叫んだ。
「『あっ!!』」
「へ?」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺とナツメだけでなく、レティシアも見えるように、不可視魔法をかけなおすと、レティシアは思いっきり腰を抜かした。
「え、ちょっと、ゆ、ユリウスさん・・・。あ、あれは何ですか・・・?」
「あれが、聖獣の『玄武』。ただ、俺の魔力を吸い過ぎて、暴走してるけどな!ハハッ!!」
「笑っている場合じゃないですよ!!」
レティシアに大声でつっこまれたが、俺は気にしない。だって、もう笑うしかないのだから。
「でも、ユリウスさんの力なら、暴走を止められるんじゃないですか?」
「いや、それが聖獣と俺には魂の繋がりがあって、攻撃すると、お互いの魂に傷がつくんだよ。これが案外痛くてな。それに、魂に傷がつきすぎると、死ぬことに加えて、生まれ変わることが二度とできなくなるらしくて・・・。」
「えっ、そんな・・・。」
『聖獣同士の攻撃は無効化されてしまうから、ワイもどうしようもないねん。』
「な、ナツメもですか・・・。」
眼前の化け物を俺やナツメが倒せないことに、レティシアは大きなショックを受けているようだ。
・・・まぁ、別に倒せなくはないんだけど・・・。ナツメの話では、「玄武」が聖獣の中でも一番防御力が高くて、想定以上に骨が折れそうだからなぁ~。魂の傷が限界を迎えそうなんだよな・・・。
「・・・というわけで、ナツメと相談した結果、あの『玄武』の暴走を止めれるのは、レティシアしかいないんだよ。」
「えっ!?私ですか!?」
自分の名前が挙がるとは思っていなかったのだろう、レティシアは目玉が飛び出そうなぐらい驚いていた。
「いやいやいやいやいや、ユリウスさん、何を言ってるんですか!?私には、絶対無理ですよ!!」
「大丈夫、フィオナと一緒に何度もクエストに行って、魔獣とか魔物とかを倒してるんだろ?」
「いや、レベルが違いますよ!!」
レティシアは、「コイツ馬鹿なのか?」という目で俺を見てくる。
「俺の特製ブレスレットがあるから魔力量は問題ないし、『魔術』も習得してる。『ジャイアント・マンティス』も倒したこともある。大丈夫だ、レティシアならできる。」
「うぅ・・・そう言われましても・・・。」
レティシアの実力であれば、「玄武」の暴走は止められると本気でそう思う。ただ、あの巨大な化け物を目にして、レティシアは少し怖気づいてしまっているのだろう。足が竦んでしまっているのだろう。これまで「モノ」として虐げられてきた過去が、まだ彼女を強く縛りつけているのかもしれない。
「レティシアは、自分の力が信じられないか?」
「・・・そうですね。これがEランクやDランクのクエストであれば、できると思えるんですが・・・。果たして、あんな巨大な聖獣相手に、私の魔法や魔術が通用するのか、不安です・・・。」
俺は、そう言いながら俯くレティシアの手を取り、彼女の目を真剣に見つめた。
「・・・分かった。俺は、最終的にはレティシアが自分自身の力を信じてくれれば、それでいいと思う。ただ、今それが難しいと感じるなら、俺を信じてほしい。」
「ユリウスさんを?」
「『レティシアならできる』と信じる俺を、信じてくれ、レティシア。」
レティシアが自分を信じて行動できるようになってくれるのが一番良い。だが、これまで周囲から蔑まれてきた過去がそれを大きく阻んでいる。今は、特製ブレスレットによって膨大な魔力量があり、「魔術」も使える。それでも、いきなり自分自身を100%信じることは難しいのだろう。であれば、まずはレティシアには俺を信じてほしい。
「レティシアは間違いなく強い、それは俺が保証する。」
俺が紡ぐ言葉を聞きながら、レティシアはじっと俯いたままだった。しかし、ゆっくりと顔を上げ、美少女によく似合う、とても可憐な笑顔を浮かべた。
・・・いや、それは反則だろ!めちゃくちゃ可愛くて、ドキドキするわ!
「・・・ユリウスさんはズルいですね。私がユリウスさんを信じないはずがないじゃないですか。正直、『玄武』の暴走を食い止めることができるのか、今でも分かりません。ただ、私ならできると断言するユリウスさんを信じます。」
レティシアは魅力的な笑みから、真剣な表情へと変わり、俺を真っすぐ見つめた。
「頑張ってみます。」
「ありがとう、レティシア。あとは頼んだ!」
「はい!」
レティシアは先程とは違い、少し自信に満ちた声色になった。
「それで、『玄武』の暴走を抑えるには、どうすればいいんだ?」
『恐らくやけど、『玄武』の魔力を吸い取るか、逆に放出させれば、巨大化が収まるはずや。』
「でも、俺が【神奪】を使ったら、魔力体である『玄武』を消滅させてしまうからな・・・。そういえば、レティシアは何属性の魔法が使えるんだ?」
「私は、土属性と闇属性が使えます。」
「なるほど。」
土属性と闇属性の魔法か、魔装・魔眼などの「魔術」かで、「玄武」の暴走を止める手段を模索するしかない。
・・・う~ん、何かいい方法はないか・・・。
「玄武」は、聖獣の中でも一番防御力が高い。その防御力を突破しながら、魔力の吸収もしくは放出を促すとなると、非常にきび・・・。
「あっ!!」
『なんやユリウス、いい方法でも思いついたんか?』
「ナツメ、聖獣は何らかの攻撃を受けた際、当然防御するだろ?」
『当たり前や、喜んで攻撃を受け続ける変態なんておらんやろ。』
「じゃあ、その防御をするとき、聖獣はどうする?」
『どうするも何も、普通に・・・・・・、あっ、なるほど!!ユリウス、頭ええやんか!』
「???」
レティシアの頭上にはクエスチョンマークがいくつも浮かんでいるが、俺とナツメはお互いに顔を見合わせ、「玄武」の暴走状態を抑える手段を思いついた。
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