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いよいよ卒業式のメインイベント、ダンスパーティーが始まる。
いや、昼間の成績優秀者への表彰やスピーチやら修了証の授与等がもちろんメインなのだけど、やはり年頃の紳士淑女の関心は、ドレスの出来映えと着こなしと、誰と誰がパートナーなのか、そして卒業を迎えた第三王子がどちらとファーストダンスを踊るのか、にある。
決まりではないが暗黙のルールとして、卒業式のダンスパーティ、プロムのファーストダンスは婚約者または婚約予定の人物と踊ることと決められている。公にお披露目できるお相手がいない者は、2曲目以降に踊る習わしだ。
その暗黙のルールに則るのであれば、第三王子フェルハザードのファーストダンスの相手は、私、婚約者であるカリナーデル侯爵令嬢しかいない。それに、エスコートの断りは入れられたけれど、殿下の瞳の色のツァボライトを散りばめた、殿下と対で仕立てた複雑で美しい織地のこのドレスを着るなとはおっしゃらなかった。だから、大丈夫ー、さすがに1曲目は私をお誘いくださるはず。
卒業までのこの一年、忙しいからとお会いする機会も減り、お手紙をいただく事もなく、不穏な噂も耳を塞いで聞こえない振りをしてきたけれど、今日のエスコートすら断られてしまったけれど。
そんな私のドレス一枚のプライドを、殿下はプロムの開幕を告げるために現れただけで粉々に打ち砕いた。
殿下の装いは私の期待していたものではなかった。私のドレスと同じ織地が光の反射で浮かび上がり、金茶の刺繍にアメジストをちりばめていた私と対の礼装ではなく、黒地にシルバーの刺繍、差し色に鮮やかなライトブルー。
それはもう一人の噂の人物、アニス男爵令嬢の色彩であった。
私カリナーデルは赤い髪にアメジストの瞳という、かなり濃い目、良く言えば情熱的な、悪く言えば有毒植物的な色目をしている。そして開国から脈々と続く侯爵家の優良な遺伝子のおかげで、体格も良い。出るところはバインっと出ている、肉感的でお色気担当で、赤いバラのカルメンだ。
対してアニス男爵令嬢は柔らかなウェーブの淡いプラチナブロンドに、パライバトルマリンの瞳。隣国の隣国からの留学生なので、我が国にはいないカラーリングの儚げな令嬢で、白百合の妖精らしい。
儚げって何ですかソレ?もしかして殿下への想いの事デスカ?でしたら儚げを通り越して本当に儚くなりましたわ。
いくらお気楽第三王子といえど、公はしっかりこなすだろうと期待していたのに、さすがやっぱりフェルハザード様、期待を裏切る事を裏切らない。やらかし具合が大きくて、私の思考回路も儚くなりつつあるころ、楽団が静かに演奏を始めた。
一番位の高い者が開会を告げ、ファーストダンスのパートナーを呼び寄せ、踊り始めてからやっと他も踊れるのだが、殿下はキョロキョロしている。つられて皆もキョロキョロしている。
察するに、あぁ、お目当てのアニス令嬢が見つからないのね。出席なさるか確認なさらなかったのかしら?相変わらずツメが甘いこと。と冷ややかに観察していると、まだキョロキョロしている殿下と目が合った。
殿下の目が僅かに見張られ、
「何でカリナがここに!」からの、少し細目になり
「またアニスに何か言ったのか?」とぐいっと睨んでから、
ふんっと顔を逸らす、ここ半年のお馴染みなの行動の後に、
今日は卒業スペシャルとして、殿下は
「カリナーデル!君との婚約は破棄する!」と宣った。
曰く、何度泣かされても君を庇い敬うアニスをいじめ抜く私の性根の悪さに愛想が尽きたのと、アニスが今ここに居ないのはマナーがどうとか煩い私が参加しているからで、お陰で殿下が踊れないからプロムが始められない、踊れないからもう帰る、勝手にしろ、と本当に帰りやがられましたよ。
いや、私も卒業生だから参加するの当たり前なんですけど、とか、この空気、この場所どうするの、とか、楽団まだ演奏してる、さすがプロ、とか、プロムは生徒会主催だから生徒会長ーって殿下だし帰りやがったよ!とかヒヨッコ紳士淑女が学生の顔に戻って右往左往し始めたとき、生徒会副会長が声を上げた。
「カリナーデル侯爵令嬢、私と踊っていただけますか?」
ここは腐っても侯爵令嬢、解消されたけど王族の婚約者。身分の高い者として踊ってプロムを始めなければ、と手を引かれステップを踏み出した時、私は罠に落ちたのだった。




