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ガールズバンド 影を踏む  作者: 栗北あるひ(夜)
【第1章】イントロ
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6.はじめてのアンサンブル

 6月に入り、ようやく話はメンバーのパート分けまで進展した。隼斗(はやと)さんにもアドバイスをもらい、みんなで相談した結果、音緒(ねお)ちゃんがBa&Vo、泉海(いずみ)ちゃんがGt、栞乃愛(しのめ)ちゃんがDr、そして私がKey (兼マスコット?) になった。音緒ちゃんは当初希望していたGt&Voから一歩妥協する形になっていたが、「いつか絶対ギタボもやるんだ」と私たちによくわからない宣言をしていた。


 隼斗さん曰く、ギタボもベーボも曲によるのでどちらの方が難しいとはいえないが、歌いながらの演奏と考えると、全くの楽器初心者が始めるならベースの方がハードルは低いらしい。

 確かに今の音緒ちゃんでは、ギターは1つの基本コードを押さえるのでさえ精一杯だ。それを歌いながら進行に沿って次々に違うコードを弾かなければならないことを考えると、まともにできるようになるまでの道のりは気が遠くなる。

 一方でベースは、楽器自体はギターよりも大きく弦も太いのだが、基本的に単音でしか鳴らさない。しかも簡単な曲ならルート音 (※1)を8分音符で刻むだけのようなものも存在する。なるほどこれならまだ活路を見出せるかもしれない。さすがは現役バンドマン、説得力が違う。

 というかそれ以前に音緒ちゃんがギターをやってしまったら、リズム隊が栞乃愛ちゃん1人しかいなくなってしまう。不名誉なことに私にはリズム楽器は無理だというお墨付きをもらっているので、実質音緒ちゃんに選択の余地はないのであった。


 そして次なる問題は選曲だ。キーボードありの4人組バンドで、女性のベースヴォーカルというのは非常に珍しい編成といえる。果たしてこのバンド編成で演奏できるような楽曲はあるのだろうか。

 なにしろメンバーの半分が全くの音楽未経験者だ。いきなりオリジナル曲などはとてもではないが難しい。かといって、私や栞乃愛ちゃんはもってのほか、音緒ちゃんや泉海ちゃんでも(つい)ぞ相応しいアーティストや楽曲を見つけることはできなかった。


 結局、編成に合わせて誰も好きじゃない曲を選ぶくらいなら、多少擦り合わせが必要でも簡単でみんなが好きな曲にしようということになり、案の定選ばれたのはJust Birdだった。確かに彼らの楽曲は比較的初級者でも演奏できる難易度ではあるが、多少どころか大幅な擦り合わせが必要になるであろうことは、私にも想像がつく。彼らはGt&Vo、Gt、Ba、Drの4ピースバンド。キーボードもなければギターは2本必要だし、何よりヴォーカルは男性だ。音楽経験者たちの反対意見は絶えなかったが、それに勝る代替案も出ず、このまま決行することとなった。


 課題曲はJust Birdのメジャーデビュー曲「グラファイト」。バンドスコアは泉海ちゃんが既に持っていたが、そのまま練習に取り掛かるわけにもいかない。

 まずは試しにみんなでカラオケに行き、原曲キーで歌ってみたところ、1コーラスも終わらないうちに音緒ちゃんはマイク越しで「低いっ!」と叫んだ。当たり前である。とりあえず自然に歌えるところまでキーを上げてみたところ、Key=Cあたりに落ち着いた。それでも原曲キーからは実に+6。もはや別の曲だ。

 ギターにはカポタストという便利な移調アイテムがあるが、さすがにここまで上げると違う弾き方を探した方が良い。結局ドラム以外はアレンジを1から作り直さなければならなかったのである。我ながら本末転倒というか、オリジナル曲を作るのが難しいから既存曲のコピーを選んだのに、むしろ既存曲を1からアレンジし直すという、オリジナル曲を作るよりも難しいことをやろうとしているのだった。


 しかし経験者2人は実に頼もしい。栞乃愛ちゃんのドラムはアレンジの必要もなかったので、すぐに原曲通りに叩けるようになってしまった。泉海ちゃんも、とりあえずベーシックなバッキングは移調したコード進行で弾けるようになったという。さらに2人は、楽譜も1から書き直し、私と音緒ちゃんの分までアレンジを一緒に考えてくれた。

 音緒ちゃんのベースパートは歌いながらでも弾けるよう、なるべく単純なルート弾きを中心に、そして私のキーボードは、オルガン系の音色による全体的な音の厚さ稼ぎと、泉海ちゃんだけでは補いきれない部分のギターの代理を、白玉 (※2)中心の初心者でも弾けるような難易度で。



 6月の2週目に入る時点で、軽音部では未だ合奏することなく、部室に集まっては譜面とにらめっこしながら話し合い、たまに楽器を触りながら「やっぱりここはこうした方がいい」「いやこれだと初心者には難しい」などと試行錯誤していた。

それと平行して、出来上がった部分は順次練習するようにした。


 とはいえまだ誰も完成品を聴いたことのない未知の楽曲だ。私たち楽器初心者にとって、正解の音を聴けない状態で練習するというのは、まさに暗中模索。しばらくは栞乃愛先生と泉海先生が付きっきりで、出来るようになったところから少しずつ他の楽器と合わせて演奏してみる、というような練習が続いた。軽音部の部活動というよりは、2人の同い年の先生による音楽レッスンといった方が適切だ。

 そして4小節、1セクション、1コーラスと、段々演奏できる部分が増えていき、4人全員で合わせることも出来るようになっていった。

 平日は毎日よる7時まで、土曜日も部室に集まり、楽器を持ち帰れる音緒ちゃんや泉海ちゃんは家に帰った後もみっちり練習する。そんな日々が2週間以上続き、あっという間に6月も終わろうとしていた。



 梅雨のじめじめした気候にもそろそろ嫌気が差してこようかという頃、私たちは遂に、1曲通して演奏してみることになった。


「くーっ。ここまで長い道のりだったなあ」

「やばい。めっちゃどきどきする」

「はぁ。エレキギター苦手なんだけどなぁ」

「何を今更」

「みんな、最初は上手くやろうと思わないで、とにかく曲を最後まで通すことを第1目標にしよう。ミスしたりズレたりしても、とりあえずドラムについてきてね」

「はい!」

「準備はいい? 4カウントで始めるよ。1・2・3・4……」


 これまでにない緊張感の中、初めての通し練習は行われた。曲中、私は弾くのに精一杯で、周りの音も自分の音もまともに聴くことができなかった。曲が終わる頃には、頭の中が真っ白になっていて、どこをどう弾いたのかすら全く思い出せないほどだった。

 そのときの演奏は録音や映像には残っていないのだが、それは(さぞ)かしひどい出来だったことだろう。音量バランスもめちゃくちゃ、1番なのに2番のフレーズを弾いてしまったり、手元ばかり見ていてアイコンタクトも取れなかったり、マイクに全然声が入っていなかったり。

 でもそんなこと以上に、曲が終わった後、私たち4人を支配していた感情はというと、あのライブを見に行ったときのような興奮、そして達成感と幸福感だった。たとえ小さくても酸っぱくても、それは初めて私たちの努力が形として実になった瞬間だったからだ。


「やった……できた……」

「で、できたのかな、これ?」

「曲、最後まで通ったね」

「やったー! 曲になったぞー!」

「間奏から大サビに移るところ、ちょっと間違えちゃった」

「じゃあ、もう一回やろう! そしたらもっと上手にできるよ!」

「そうね! 次こそは」

「よーし、どんどんいくぞー!」


 私たちは何度も演奏した。回を重ねる毎に当初あった緊張感は解れていき、演奏中の視界も広がっていくような気がした。

 ここにきて、1ヶ月近くもみんなで譜面と格闘していたことが功を奏したのか、みんなちゃんと周りがどんな演奏をしているのかまで把握できていたのである。そして曲が終わると誰からともなくみんなで反省点をおさらいするまでになっていた。そんなところまで含めて、私たちは演奏するのが楽しくて仕方なくなっていたのだ。


 それからは毎日のように全員で曲の通し練習をした。通しだけでなく、ときには上手くいかなかったセクションだけを重点的に練習したりもした。

 軽音部の部室から音が聴こえるようになると、やがてお客さんが訪れるようになった。クラス内外の友達から音楽教諭の内海先生、ときには顧問の鈴木先生まで、私たちの演奏の様子を見にやってくるようになったのである。その度に私たちは人に見られているという新たな緊張感の中で演奏をしなければならなかったのだが、それもまた良い練習になっていた。



 やがて7月に入り、そろそろ期末テストが近づいてきた。軽音部の練習は、個々の技術不足があるため完璧とはいえないものの、全員で合わせるという部分に関しては、かなり完成度が上がってきているような気がしていた。


「どう? 先生、かなり良くなったと思わない?」

「いいんじゃないの? 俺音楽とかあんまり聴かないからよくわかんないけど」

「本当に気の毒な顧問だなあ」

「それはいいけど、お前らちゃんと勉強もしてるんだろうな? 余所の部活はそろそろテスト期間で休みに入るんだぞ?」

「大丈夫大丈夫! なんたってこの軽音部、テストの平均点なら他のどの部活より高いもん!」

「それはほとんど栞乃愛のおかげでしょ」


 しかし実際、私以外の3人は勉強もかなりできた。5月の終わり頃にあった中間テストでは、栞乃愛ちゃんは当然のように学年1位だったし、音緒ちゃんと泉海ちゃんもクラスの上位一桁には余裕で入っていた。一方の私は真面目にやっても精々中の中、何だか裏切られた気分だ。


 ということでインテリ軽音部は熱血運動部にも負けじと、テスト期間中も活動継続だった。とはいえ私は勉強にも余裕がない。部室でも休憩中に一人で勉強していると、みんなが一緒に手伝ってくれた。音楽でも勉強でも、ここでは私は生徒であり、栞乃愛ちゃんたちは先生なのだ。


 鈴木先生の心配をよそに、私たちは何とか期末テストも乗り切った。私たちというか、他の3人は元から屁でもなかったのだが、私はみんなの指導のおかげで「中の中」から「中の中の上」くらいまで成績が上がった。音緒ちゃんと泉海ちゃんは平均して80点以上と相変わらずの秀才ぶりで、栞乃愛ちゃんに至ってはほとんど満点。間違えた問題は数える程度しかなく、それもほとんどケアレスミスであった。その間にも演奏のクオリティはどんどん上がっていくので、私はみんながちょっと怖くなっていた。



 来る夏休みに生徒たちが胸を踊らせている頃、私たちは1つの問題にぶつかっていた。それは練習のマンネリ化である。いくら0からのスタートであったとはいえ、1曲だけを毎日毎日、2ヶ月近くも練習しているのだから、そろそろ飽きてきてもおかしくはない。

 部活申請の際に作った書類には活動目標の欄もあったのだが、おざなりで中身のないようなことしか書いていなかった。曲を上手に演奏できるようになって、その後どうするのか、実のところ何も決まっていない。


 そんなある日、いつものように私たちが部室を訪れると、既に音緒ちゃんが来ていて、黒板に見慣れないポスターを貼っていた。


「なにそれ?」

「みんなそろそろ次の目標がなくて退屈してきた頃だろうと思って」

「あ、これ駅の掲示板とかに貼ってあるやつだ」

「そう! (つが)市活性化音楽フェスティバル! 8月31日に文化センターのホールでやるんだってさ!」

「こういうのって合唱とか吹奏楽のイベントなんじゃないの?」

「そんなことないよ! 調べたらバンドはもちろん、カラオケや弾き語りにダンスもOKみたい。音楽の異種格闘技戦だね」


 音緒ちゃん曰く、エントリーは誰でもできるので、やるからには最優秀賞を目指そうとのことだった。そんな無茶な。また例年市長さんなどが来てくれるそうなのだが、今年は特別審査員として「鳥居正人」さんなる人物が来るらしい。地元出身のサウンドクリエイターでアニメの曲なども手がけているそうだが、音緒ちゃん以外知らなかった。


「とにかく、サウンドクリエイター、つまり音楽のプロの人が見にきてくれるんだよ! これは俄然やる気出るでしょ」

「そんな人に私たちの演奏なんか見せていいのかな」

「だから! 見せても良いくらいのレベルにできるまで練習しよう、ってことよ!」


 しかし今以上を目指すとなると、もう個々人の実力を底上げしないとどうにもならない気もする。何しろ場数頼りで基礎練習などやってこなかったのだ。一朝一夕でどうにかできるものでもないだろう。

 そんな雰囲気の中、音緒ちゃんは「もっとバンドを楽しくするための秘策がある」と言い放った。


「2曲目、そろそろやろうよ!」

「それはいいけど、また曲探すのに苦労しそうね」

「探す必要なんてないよ、ほら!」

「なにこの楽譜?」

「まさか……」

「そう! 実はこっそり作ってたんだ、オリジナル曲!」


 音緒ちゃんが誇らしげに見せてきたノートは、まるで怪文書だった。本人は「楽譜」と称していたが、ルール無用の暗号文書だ。どうやらこれを読み解くのが、我々軽音部の次なる試練らしい。

(※1)ルート音…伴奏の中で一番低い音のことだと思ってください。

(※2)白玉…全音符のこと。4つ数えるまで伸ばす長い音符です。

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■Gandharvaのオリジナル曲
作中の音楽をSoundCloudで公開しています。こちらも聴いてみてください!
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