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ガールズバンド 影を踏む  作者: 栗北あるひ(夜)
【第1章】イントロ
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5.手作りスタジオ

 5月もそろそろ終わり、名和(めいわ)中学の新1年生たちも学校生活に慣れてこようかという頃、この時期にして、新たな部活動が発足しようとしていた。学校史上初となる、軽音楽部である。とはいえ部員は新1年生4人だけという、まだ土台も整っていない部だ。実質的に活動を開始するまでには、まだまだ時間がかかりそうだった。


 部活動として最低限必要と思われる4人の部員を探すのにすら苦心していたのだが、なんとその4人目は学内のスーパーエリート、周防栞乃愛(すおうしのめ)ちゃん。

 数多の部活から勧誘されていたであろう彼女を口説き落とすことに成功した私たちではあったが、どうやら案の定バンドに対するモチベーション自体は、以前より別段上がったわけでもなく、音楽が好きなわけでもないようだ。


 そもそものコミュニケーション能力が低すぎる私にとって、栞乃愛ちゃんと仲良くなるのは中々どうしてハードルが高かった。最初はかなりギクシャクしていたが、勇気を出して話しかけるうちに、少しずつ打ち解けることができた。

 栞乃愛ちゃん自身は、周りが勝手に引いてしまっているだけで、話しかければ気さくに応じてくれる子だったのだ。そうして色々な話を聞かせてくれた。


 たとえば噂になっていた、県内トップのエリート学校・西邦(せいほう)中を受験したが落ちたという話は本当だったらしい。しかしその真相は、問題が解けなかったわけではないにも拘らず、栞乃愛ちゃんが試験の途中でペンを置いてしまったのだという。

 根を詰めて厳しい英才教育に耐えてきた結果、よりによって試験中にふと我に帰ってしまったのだそうだ。

 そのことはお母さんも未だに知らず、ただ落第したという事実だけが残っているのだが、本人も自覚していないところで、ささやかな反抗、そして自立への第一歩は、既に布石が打たれていたのであった。

 

 つまりこの軽音部への加入はいわば、栞乃愛ちゃんの自分自身への挑戦であり、問いかけでもあるのだろう。自分が本当にやりたいことは何なのかを知るための。彼女が初めて自分の意志で踏み出した、最初の一歩でもあるのだ。


 しかし軽音楽部としての第一歩は、想像とはだいぶ違っていた。


「はあ、仕方ないとはいえ、これじゃボランティア活動みたい」

「まあまあ、こういうのも楽しいじゃん。泉海(いずみ)ちゃんだって掃除とか嫌いじゃないでしょ?」

「まあね」

「こらそこ! 口じゃなくて手を動かしたまえ! 掃除に集中しなさい! 部長命令だぞ!」

「あんたに言われたくないわよ、音緒(ねお)!」


 軽音部の部室として与えられたのは、長年廃材置き場くらいにしか使われていなかった空き教室だった。ここを軽音部の(ねぐら)にするためには、まずこの誰も掃除していなかった汚い教室を、4人で綺麗にするところから始めなければならない。

 しかし私自身、みんなで1つの目的に向かって協力するこのような取り組みは、とても楽しく感じていた。

 結局教室を使える状態にするまでには丸2日を費やしてしまったのだが、その間に部員たちはより仲良くなれたように思う。音緒ちゃんが提案した、メンバーをそれぞれ下の名前で呼び合うという方針は、かなり効果があったように感じた。


 しかしそれでも課題は山積みだ。普通、吹奏楽にしても軽音楽にしても、部室はある程度防音されているものだが、ここはただの空き教室。爆音ダダ漏れで学校の迷惑になったら、それこそすぐに廃部されてしまうだろう。

 すると音緒ちゃんは自信満々に「心配ご無用」と、ある道具を引き摺ってきた。


「どうしたの、そんな大量のダンボール」

「ふふ、連日町中のスーパーを駆け回ってかき集めたの! これを壁や窓に貼れば、簡易的ながら防音室の完成よ!」

「そんなので本当に防音できるの?」

「しょうがないでしょ。音楽室みたいな設備なんて作れないんだから」

「でも、壁中に貼るならこれでも足りないね。防音したいなら、ある程度分厚くする必要もあるだろうし」

「それじゃあ、みんなで協力してもっと集めなきゃ」

「はあ。軽音部にはまだ程遠いわね」

「なに、千里の道も一歩からよ」

「それはいいけど、捕らぬ狸の皮算用になってないでしょうね?」

「どゆこと?」

「防音防音言ってるけど、肝心の音響機材はアテがあるのかってことよ。楽器だって私のギターくらいしかないのに」

「それも大丈夫! 隼斗(はやと)さんに相談したら、使ってないアンプとかキーボードもくれるって! 安物らしいけど、そこは我慢よ」

「わ、私の知らないところでいつの間に……」


 そしてドラムやベースは、例によって小学生の頃あらゆる楽器を習っていたという栞乃愛ちゃんが提供してくれることになった。習うだけならまだしも、家での練習用にお父さんが楽器一式自宅に買い揃えてしまったのだそうな。

 習いごと自体は中学進学とともに引っ越して辞めてしまったそうなので、現在は棚の肥やしだとか。


 かくして着々と準備は進められていった。次の日にはみんなでダンボールを持ち寄り、ガムテープなども買ってきて壁や窓に貼り付けていった。それでもまだダンボールが足りなかったので、次の日もまたみんなでダンボールを集めに町を歩いた。



 そして土曜日、いよいよ機材の運び込みだ。隼斗さんが自分の高校の軽音部にまで掛け合って用意してくれたアンプやギター・キーボードに、栞乃愛ちゃんのドラムセットとベース。

 運搬には顧問の鈴木先生が休日返上で車を出してくれた。御門(みかど)家と周防(すおう)家を周って再び学校へ。


 泉海ちゃんの家では隼斗さんのバンドメンバー、ベースの弓削(ゆげ)さんとドラムの大木さんも待っており、例のお下がり機材を持って来ていてくれた。2人とも年は隼斗さんの2つ上らしく、弓削さんは金髪マッシュに黒縁メガネ、水玉ワイシャツに蝶ネクタイをつけたオシャレ男子で、一方大木さんは後ろにまとめたクセ毛の長髪に伸ばした顎髭、服装はタンクトップにカーゴパンツと、弓削さんとは対照的にワイルドな男の人だった。


 続いて初めて行った栞乃愛ちゃんの家は、私でなくともびっくりするくらいの立派な豪邸だった。玄関口では愛犬のゴールデンレトリバー・サイモンくん(♂8歳)がお出迎えしてくれた。名付け親はお父さんで、サイモン&ガーファンクルが好きだったのでこの名前になったらしい。

 家の中は撮影用のセットかと思うほど綺麗で、迷子になりそうなくらいたくさん部屋があった。お父さんはとても優しい人で、ドラムセットの解体や荷作りも手伝ってくれたのだが、お母さんはちょっと怖かった。最終的に許可してくれたとはいえ、栞乃愛ちゃんの軽音部入部を強く反対していたのだから、当然私たちのこともあまり良く思ってはいないのだろう。


 さて、これだけたくさん機材を積むと、さすがに鈴木先生の5人乗りステーションワゴンもパンパンだ。全員は乗れないので、みんなの荷物だけ学校まで乗せてもらえることになった。

 学校に着くと今度は部室までの徒歩運搬だ。職員玄関からの登校は何だか優雅な気分だったのだが、ここからは男手も足りなくなってさあ大変。


 幸い部室は1階なので、学校の台車などを借りて運んでいった。鈴木先生は汗だくになりながら生徒にこき使われていた。やっとの思いで部室に機材を運び終わると、先生は「やってられん。俺はもう帰るぞ」と出て行ってしまった。しかし私たちがああでもないこうでもないと機材の配置を考えていると、先生がジュースとお菓子を沢山買って戻って来た。鈴木先生はいつもだるそうにしているが、根はとても良い人なのだった。


「やっと様になってきたねえ。もぐもぐ」

「まさかとは思うけど、これで完成だと思ってない?」

「ん、どういうこと? ごくごく」


 素人の私はいまいちわかっていなかったが、どうやらまだバンドはできないらしい。ミキサーにパワーアンプにスピーカーなど、ヴォーカルやキーボードの音を出すのに必要な機材はまだ一切ない。「あのキーボードだって音が出なかったらただの粗大ゴミよ」と泉海ちゃんは珍しく吐き捨てていた。ついでに言えば、マイクもマイクスタンドもない。


「そのあたりの機材にはアテはないの?」

「……もぐもぐ……」

「ないのね……」


 結局その日は良いアイデアも出ず、それ以上作業が進むことはなかった。


 翌日の日曜日、楽器の練習がてら泉海ちゃんの家に集まり、ネットで件の機材を調べてみた。まともにバンドの演奏に使えるものだと、やはりどんなに安いものを選んでも中学生の経済力でどうにかできる値段には収まらない。

 当然できて間もないこんな部に部費などまだない。音緒ちゃんはせめて自分で買えそうなものは買おうと、かくなる上は自分のお年玉貯金を解放するつもりになっていたが、いずれにしても焼け石に水だ。私たちはここまできてとうとう手詰まりになってしまったのだ。


 しかし途方に暮れて迎えた月曜日、意外な人物によって突破口は割とあっさり見つかる。


「あの、水崎さんちょっといいかな」

「はい?」


 昼休みの教室で、私はクラスメイトの丸田くんに話しかけられていた。丸田くんは名前に恥じぬ丸メガネをかけたおかっぱ頭の男子生徒だ。入学式の日に、音緒ちゃんに席を占領されて困っていた彼。小柄で背も私とあまり変わらず、性格も大人しいので、ほとんど喋ったことはなかった。


「軽音部で音響機材が足りてないみたいな噂を聞いたんだけど」

「あ、うん。楽器は何とか揃ったんだけど、マイクとかスピーカーがまだなくて」

「それなら放送部のやつを使いなよ!」


 なんでも、放送部では老朽化に伴って音響機材一式買い換えることになり、古いのは処分予定だそうだ。楽器演奏用ではないので音質は良くないだろうとのことだったが、そんなことはお構いなしだ。

 早速その日の放課後に部室まで貰いに行くことになった。捨てる神あれば拾う神あり。この場合自分たちを神などと言うのはあまりにも烏滸(おこ)がましいが、とにもかくにもクラスの放送部員、丸田くんという思わぬ救世主によって軽音部の活動は無事再び動き出したのである。


 別れ際、丸田くんは私に「そういえば制服届いたんだね。似合ってるよ」なんて言ってくれた。後々音緒ちゃんから聞かされることになるのだが、どうやら丸田くんは私に好意を持ってくれていたらしい。奥手なので(つい)ぞ想いを告げられることはなかったが、そんなことを知らずに貰うものだけ貰ってしまって、なんだか小悪魔的というか悪い気持ちになってしまった。


 そしてその日の放課後、みんなで放送室にお邪魔すると、そこには大量の音響機材がまとめられていた。確かにどれも結構古そうで、スピーカーなどは本来バンド演奏で使うようなものでもなかったが、この際贅沢は言うまい。

 放送部の部長さんらしき先輩が「使えそうなのがあったら持って行っていいよ」と言ってくれたので、がめつい音緒ちゃんは「じゃあ全部!」とすかさず返した。しかし放送室は3階、軽音部の部室は1階、目先の欲に囚われた音緒ちゃんはすぐに運搬の大変さに後悔する。

 しかし最も気の毒だったのは、運搬を手伝うためにわざわざ呼び出された顧問の鈴木先生だ。今のところ顧問とは名ばかりでただのお手伝いさんである。先生本人も「お前ら顧問という言葉の意味を調べてこい」と不満を口にしていたが、結局一番多くの機材を運んでくれたのも先生だった。やはり良い人だ。


 放送部からもらった機材の中に、残念ながらミキサーやパワーアンプはなかった。しかしマイクとキャノンケーブルはなんと合計10セット。楽器演奏用ではないものの、空気清浄機のような見た目のスピーカーが4つと、こちらは大収穫。シールドやマイクスタンドはなかったので、みんなで少しずつお金を出して買い揃え、ようやくこれで演奏環境は整った。


 6月に入り、手作りの軽音部室、手作りの練習スタジオが完成した。このダンボールハウスの中で、私たちの青春はようやく始まろうとしていたのだ。

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