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ガールズバンド 影を踏む  作者: 栗北あるひ(夜)
【第1章】イントロ
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1.出会い[挿絵]

挿絵(By みてみん)


 (つが)市立名和(めいわ)中学校。都心から電車で約1時間半、とある新興住宅地に(そび)え立つこの学校は、翌年には創立50周年を迎える、歴史ある公立中学である。

 10年ほど前に新校舎へ建て替えが行われ、まだほんの少しだけ新しさも残るこの校舎に、今年度も230名ほどの1年生が入学した。

 1学年全6クラス、入学式も恙無(つつがな)く執り行われ、はじめてのHRを前に、生徒たちは各教室内ではしゃぎまわっていた。


 そんな中、1年6組、この教室の中で、ある女子生徒が誰とも話をすることなく1人で机に突っ伏していた。他でもない私、『水崎みちる』だ。私は、成長を見越して少し大きめのサイズに作られた新品の制服を着るクラスメイトたちをよそに、1人だけ私服だった。



 それまでの、私のたった12年の半生は正直さんざんなものだった。父が仕事を独立したのを皮切りに、うまくいかない事業を家庭内でぶつけられ、酒浸りに借金まみれ。母は必死に父を支えようとしていたが、私は怖くて部屋の隅に縮こまるばかりだった。

 やがて両親は離婚し母と1Kのボロアパートに逃げ込んでも、連帯保証のせいで借金取りにつきまとわれ、債務整理に追われる毎日。当然母も過労で体を壊しがちだった。


 そうこうしているうちに私は小学校を卒業してしまい、入学準備も間に合わないまま中学生になってしまったのだ。もちろん学校に私服登校の許可は得ていたが、バツが悪いことには変わりがない。

 元々の引っ込み思案な性格も相まって、私は誰とも話すことができずにいた。公立中学校なので、生徒は周辺の小学校から進学した者がほとんどだ。だが前述の事情もあり、私は同じ小学校内にすら仲の良い友達などいなかった。

 つまり同郷だろうと初対面だろうと大して変わりがないほど、私に話のできる相手はいなかったのだ。


 そんなとき、孤独に耐えかねて空気になろうとしていた私に、似つかわしくない活発なひと言が向けられた。


「ねえねえ! なんで制服着てないの? ロックだねえ」


 私の左隣の席に座り、体を乗り出して私に話しかけたのは、クラスメイトの『矢継音緒(やつぐねお)』ちゃんだった。華奢で小柄な女子生徒、色素の薄い肌にサラサラなボブヘアー、そしてぱっちりとした両目、アイドルのような眩しいご尊顔が、私の顔を不思議そうに覗き込んでいた。待望していたクラスメイトとの会話だったのだが、突然のことに私は碌な返答ができなかった。


「あ、いや、そういうんじゃなくて、ちょっと事情があって」

「ふーん。ずっと私服で通うの?」

「ううん。たぶん今月中には制服もできると……」

「そうなんだー」

「……」

「ねえ音緒、これ見てよ! まじウケるんだけど!」

「うわ、なにこれー! あはは……」


 私の会話能力の無さが悪いのだが、他の女子生徒の介入によってすぐに私と音緒ちゃんの初会話は終わってしまった。

 やっとクラスメイトとお話しできたという嬉しさと、それがすぐに終わってしまった寂しさで、私はもっと気の利いたことを言えば良かった、と後悔していた。

 その相手はまだ目の前にいるのだが、楽しげに他のクラスメイトたちと談笑する彼女たちに割り込んで話しかけるような勇気は、当然私にはない。途方に暮れていると、やにわに音緒ちゃんが向き直って私に言った。


「あ、わたし矢継音緒(やつぐねお)! 三葉小だよ」

「わ、私は水崎みちる。ぜんまい小。よろしく」

「うん! よろしくー」


 そんな挨拶だけして、彼女はすぐにまた他のクラスメイトたちとの談笑を再開してしまったのだが、何故だか私はとても満足していた。小さな達成感を覚えていた。

 すると、そこにまた別の声が切り込まれる。


「ちょっと、そこあなたの席じゃないでしょ。もうHRも始まるんだから自分の席に戻りなさいよ」


 私の前の席に座り、ショートボブにカチューシャをつけた、真面目そうな女子生徒が振り返ってそう言っていた。どうも音緒ちゃんたちに対して叱責しているようだった。

 音緒ちゃんの後ろには気弱そうな男子生徒が立っていて、彼がその席の主らしい。席を乗っ取られて困っていたのを見兼ねて口火を切ったようだ。

 彼と面識があるわけでもなさそうで、単に持ち前の正義感から出た行動だった。その正義感の持ち主こそ、『御門泉海(みかどいずみ)』ちゃんだった。


「はーい。ごめんなさーい」


 音緒ちゃんが素直に自分の席に戻ると、こんどは私に対して物申してきた。


「あなた何で私服なの? 入学式のときから気になってたけど」

「えっと……」

「事情があって制服が間に合わなかったんだってー」

「ふーん」


 うまく言葉を返せない私を気遣ってか、音緒ちゃんが代わりに答えてくれたが、泉海ちゃんは何か釈然としない様子だった。正直、彼女の第一印象は少し怖かった。



 そんなこんなで入学1日目も終わり、本格的に中学校生活が始動した。

 初日のこともあって、私は音緒ちゃんだけには何とか話しかけられるようになっていた。

 しかしすぐにわかったことだが、彼女は誰とでもすぐに仲良くなれる性格らしく、入学して1週間も経つ頃にはクラス外にまで友達の輪を広げていた。つまり悲観的な見方をすれば、私にとって彼女は唯一とも言える友達だが、彼女にとって私は有象無象の一人でしかなかったのである。


 そんな音緒ちゃんにも、中々打ち崩せない同級生がいた。それが泉海ちゃんだ。

 入学式当日のやりとり以来、ことあるごとに2人は対立していた。正確に言えば、音緒ちゃんのあまりに自由奔放な振る舞いを見て泉海ちゃんが喝を入れる、という光景が日常茶飯事になっていた。

 音緒ちゃんの方はさして気に留めていなかったらしく、相変わらず泉海ちゃんに対しても軽口を叩き続けた。

 泉海ちゃんにとって不運だったのは、音緒ちゃんが別に不真面目な性格ではなかったということだ。なにしろ読書や音楽鑑賞を趣味にするほどなので、授業にも真面目に取り組む。単に好奇心が強いだけで、授業中に先生を怒らせるようなこともしない。

 音緒ちゃんは意外とハメを外す部分としっかりやる部分の線引きはできていたのだが、常日頃から真面目に生きている泉海ちゃんにとっては、そのあまりに極端な振る舞いが目に付くらしい。


 一方の私はというと、音緒ちゃんがどんな相手とでもコミュニケーションを繋いでくれるおかげで、少しずつ他のクラスメイトとも話せるようになっていた。就職活動でよく自称されるという「潤滑油」とは、こういう人物のことをいうのだろう。

 私たちのクラスでは、ある程度仲良しグループの住み分けはあるものの、これといって派閥同士の溝もなく、音緒ちゃんがグループのリーダー的存在になることもなかった。

 音緒ちゃんは自身をネタにしておどけるようなこともあるので、誰から妬まれるようなこともなく、男女分け隔てなく人気者だった。

 彼女だけではない、他のクラスメイトたちも、皆良い子ばかりだ。入学式当日、友達なんてできっこないと悲観していた私の不安は、いつの間にかどこかへ消えてしまっていた。



 GWが明けた頃、ある日の昼休みに、音緒ちゃんが私へ話しかけてきた。泉海ちゃんも自分の席で読書をしていた。


「ねえ、みちるって音楽とか聴く?」

「どうしたの急に?」

「実はこないだ良いことがあってさー。"Just Bird"っているじゃん。チョコのCMソングとかになってるやつ」


 なんでも、地元出身の人気音楽グループのメンバー本人にたまたま運良く出くわしたんだとか。相当売れっ子のアーティストらしいが、生憎私の生活にはテレビを楽しむ余裕もなかったので、それがどれほどすごいことなのか、いまいちピンと来なかった。

 しかし、傍で話を聞いていた泉海ちゃんは明らかに動揺していた。「Just Bird」という言葉が出てから聞き耳を立てているようだが、どうやら2人ともこのグループのファンらしい。泉海ちゃんは音緒ちゃんの話に興味をそそられることが癪に障るらしく、敢えて会話に入ってこようとはしなかった。


「メンバーの稲生(いなお)さんって人の実家が居酒屋なんだけど、たまたま見つけちゃってさ。店の中入ってみたらね、なんと偶然にも本人たちが帰ってきてたの! すっごいでしょ!」

「サインとかもらってきたの?」

「もちろん! でもそれだけじゃないよ。なんとね、ここだけの話、こんどのライブのチケット譲ってもらえたの! 彩京(さいきょう)ニューアリーナだぜ!!」

「嘘!? 私それ取れなかったのに!」

「……」

「……」

「あっ」


 とうとう泉海ちゃんは反応してしまった。それも大声で。なんでもJust Birdとは男性4人組のロックバンドで、いま若者を中心に絶大な人気を誇っているらしい。

 その人気たるや、数万人を動員する規模のライブチケットですら即完するほど。本人たちの意向で公式ファンクラブなども作られていないため、そのチケットを取るのは至難の業なのだという。


「私も一般で取ろうとしたときはダメだったんだけどさ。あの居酒屋、ファンの間では聖地になってるらしくて、全国どころか海外からもファンが訪れるんだって」


 泉海ちゃんは口にはしないものの「そんなの知ってるし」という顔をしている。


「でね、たまたま私が来る直前に常連のファンが来たらしいんだけど、チケット取れたのに家の事情で行けなくなっちゃったから他の人に譲ってくれって申し出があったみたいでさ。このタイミングの良さ! 運命的なものを感じるよね!」

「そ、そうなんだ。すごいね、よかったね」

「でしょ! しかもね、それだけじゃなくてね……」


 音緒ちゃんはマシンガンの如く話し続けた。その常連は家族ぐるみでファンだったらしく、譲ってもらったチケットも3枚あるらしい。いろいろ友達を誘ってはみたものの、案外周りにはライブに行くほど興味のある子はいなかったようだ。また彼女のお母さんも彼らのファンらしいが、仕事と被ってしまったとか。


「どう? みちる一緒に行かない? 今度の土曜日」

「えっ。わたし?」

「あ、チケット代は気にしなくていいよ!」

「うーん、私そういうライブとか行ったことないし。第一、そのJust Birdって私知らないから、もっと好きな人と行った方が……」

「ええー。あーあ、どっかに生粋の"ジャスバ"ファンはいないかなー?」


 音緒ちゃんはどう見ても泉海ちゃんを意識した上でそんなことを言っている。隣から泉海ちゃんの歯ぎしりが聞こえてきたような気がした。


「あんまりいじわるしない方がいいよ。御門さんと行っといでよ」


 とはいえ、この2人が一緒にライブ鑑賞なんて、なんだかすごく気まずい空気になったりして……と言った後に思った。


「どうする? 泉海?」

「……行きたい……です」

「よーし! じゃあ決まりね。2人とも、12時に駅前集合だよ!」

「えっ? 私も?」

「あ、そっか。みちるはJust Bird知らないんだっけ。じゃあ予習会しよう! 2人とも今日放課後空いてる?」

「ええ……強引だなあもう」

「私はちゃんとシングルもアルバムもコンプリートしてるし!」


 思えば私たちの出会いにおいて、偶然なんていうものはごくごく一部に過ぎなかった。音緒ちゃんの強引ともいえる周囲の巻き込み方、何よりその行動力や彼女自身の求心力こそが、呉越同舟、私たちを同じ船に乗せ、やがて大海原へ一緒に漕ぎ出すまでに、あらゆるきっかけを自らの手で掴む力となるのだった。

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