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ガールズバンド 影を踏む  作者: 栗北あるひ(夜)
【第2章】感光
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2.腫れ物同士

 懸命な私の学校案内も虚しく、私は晦日(みそか)ちゃんに突き放されてショックを受けていた。

 しかし放課後、そんな事情もつゆ知らず、今日も音緒(ねお)ちゃんは晦日ちゃんを部室へ連行していた。この際ドラムでもいいと思ったのか、なりふり構わず勧誘しているようだ。私は後から部室へ入ったのだが、聞くに聞けずでひたすら気まずかった。


 その日も昨日と同じく、3時頃を過ぎると晦日ちゃんはそそくさと帰っていった。やはりあれは家族の送迎で、この時間に迎えに来ることが決まっているのだろう。

 ほとんどそう確信したのだが、それでも何か引っかかるものがあり、適当な理由をつけて部活を早退し、今日も晦日ちゃんの後をつけてみた。何で2学期早々、こんなストーカー染みたことをやっているんだか、自分でも馬鹿らしい。

 昨日の反省を活かし、見つからないよう物陰に隠れながらも、より近くで見てみようと接近した。これではあの男の人よりも私の方がよっぽど不審者だ。そんなことを思っていると、案の定昨日と同じような場所で同じような車と男の人がいた。しかしその顔を見た瞬間、私は背筋が凍ってしまった。

 その男性の顔には、確かに見覚えがあったのだ。それもよりにもよって、私が小学生の頃、家まで借金の取立てに来た大人たちの中に。昨日は遠目だったからよく見えていなかったが、間違いない。引っかかっていたものはこれだったようだ。私が混乱している内に、晦日ちゃんは車に乗り、また走り去ってしまった。

 


 次の日になっても、私の頭の中は混沌としていた。何が何だかわからない、否、わかりたくない。大体の想像はもうついているが、こんなこと誰にも話せない。

 隣の席にいるのに、私は急に晦日ちゃんと話すことができなくなってしまった。幸いというか、性懲りもなく音緒ちゃんが空き時間を見つけては晦日ちゃんに絡みに来ていたので、私との気まずさは幾らかカモフラージュされている。

 あの男性は、十中八九晦日ちゃんの身内の人だろう。つまり晦日ちゃんの家は、そういう仕事をしている家庭なのだろう。でも誰にも言えない。私も自分の家がかつて借金取りに押しかけられていたなんてできれば話したくないし、その借金取りが晦日ちゃんの家の人だなんて尚更言えない。

 頭の整理がつかないまま、気づけば放課後になっていた。ふと誰かに話しかけられていることに気づいて顔を上げると、音緒ちゃんが心配そうな表情で見ていた。


「みちる大丈夫? 晦日と何かあった?」

「え? 凩さんどうかしたの?」

「いや、さっき部室に誘ったら、『私がいると水崎さんが来づらくなっちゃうから、もう呼ばないで』って。……喧嘩しちゃった?」


 その言葉を聞いた瞬間、私は無意識に教室を飛び出していた。音緒ちゃんが何か声をかけてきていたような気がしたが、いまは耳に入らなかった。

 当然晦日ちゃんを責め立てる気なんてない。でもこのままでは溝ができてしまう。転校してきてまだ数日、友情なんて芽生えるほど打ち解けてはいない。その瞬間は何も考えていなかったが、きっとそのときの私を動かしていたのは正義感でもなく友情でもなく「何とか繋ぎ留めなきゃ、友達が減っちゃう」という、実にエゴの塊な気持ちだったように思う。

 追いついて何を話すかも考えていなかったが、校舎を出て昨日と同じ場所へ全力でダッシュした。そして晦日ちゃんを見つけると、思い切り彼女の手をギュッと握って引き止めてしまった。当然晦日ちゃんは何事かと振り返るが、そこには汗だくで息を切らして何も言わずに手を握り締める私の姿。なんだこりゃ。

 私もそんな気はないのだが、女の子の手をこんなに握り締めたことはなかったので、我に返るととても恥ずかしくなってしまった。晦日ちゃんも何も言わずそのきりっとした目でじっと私の方を見つめているので、何だか言葉を発するのがとてもやりづらい空気だ。が、勇気を出してゼェハァしながらも言ってみる。


「あの、ごめん、急に……」

「……」


 晦日ちゃんは尚も無言でこちらを見つめている。


「色々、事情はあると、思うんだけどさ……」

「……」

「このままじゃ、気まずい感じになっちゃうかもって、思って……」

「……」

「私は、仲良くなりたいなって、思ってるから……ぜぇ、はぁ……」


 息切れと言葉に詰まっているのとで、まともに喋れなかったが、ようやく晦日ちゃんが口を開いてくれた。


「うちがどんな家か、知ってるんでしょ?」

「えっ?」

「この前、うちの人が車追いかけてきてる水崎さん見てて、色々聞いた」

「ああ……」

「だから私とはあんまり関わらない方が」

「いやでも、それはさ、私たちとは関係ないじゃない?」

「えっ?」

「ほら、うちのお父さんも、"そういうところ"からお金借りちゃうような人だったわけだし……ええと、その…」


 何か言わないと、と思って咄嗟にフォローのつもりで言ったのだが、よくよく考えてみれば他人様の家に「そういうところ」とかデリカシーの欠片もないことを口にしていた。


「何それ、私たち2人とも極悪人の子ってこと?」

「ええと……」


 数秒の間をおいて、思わず2人して「ぷっ」と吹き出してしまった。


「あは……じゃあそれで、おあいこってことにしない?」

「ふふ、そうだね」


 そのとき初めて、晦日ちゃんが笑ったのを見た。発言だけ見れば完全に墓穴を掘っていたのだが、それをきっかけとして、腫れ物のようなそれぞれの家庭事情は何の気まずさもなくなっていたのだ。


「また軽音部の部室、来てくれないかな?」

「……いいの?」

「当たり前じゃない! あ、音緒ちゃんにはしつこく絡まないように言っておくから」

「それは助かる」


 決して計画通りではなかったが、無事私と晦日ちゃんは打ち解けることができた。

 こればかりは音緒ちゃんにも、それから泉海ちゃんや栞乃愛ちゃんにも未だに勝ち誇っている部分だ。晦日ちゃんの心の扉を最初に開けたのは、他でもない、この私だったのだ、と。

 改めてちゃんと話を聞いてみると、晦日ちゃんのご両親はまっとうな社会人だった。ただ父方の祖父に当たる人が所謂反社会的な世界に関わりのある方だったらしく、送迎に来ていた男性は過保護な祖父が遣わせた子分らしい。

 前の学校でもそういった家庭事情からクラスでの人間関係がうまくいかなくなってしまい、ご両親が気を利かせてこっちへ転校させたのだそうだ。だから晦日ちゃんは迎えにも来て欲しくないらしい。それはそうだろう。

 その日以降、晦日ちゃんは足繁く軽音部の部室へ来てくれるようになった。迎えの時間を無視して、夕方までみんなと一緒に楽器を練習したりもした。

 でもやっぱりベースにはあまり興味ないようで、ドラムが一番性にあっているようだ。音緒ちゃんはそこだけは不満そうにしていた。


栞乃愛(しのめ)!」

「な、なに?」

「部長命令で、今日からあなたを我が部の名誉ベーシストに任命します」

「はいはい……」


 音緒ちゃんは半ば無理やり栞乃愛ちゃんにベースを押し付け、自分はギタボに転向した。というかベース自体、元は栞乃愛ちゃんのものなので、返却したと言った方が正しい。栞乃愛ちゃんがそれを軽々と受け入れてくれる器用さと寛容さを持っている子で良かった。

 一方、晦日ちゃんは性格的に大勢に囲まれて話すのがどうしても苦手らしく、クラスでは相変わらずぶっきらぼうだった。だが5人しかいない軽音部内では落ち着けるようで、段々みんなとも話せるようになっていった。

 また彼女は何でも器用にこなすというタイプではないものの、単純な作業を飽きずにひたすらやり続けることが得意で、私や音緒ちゃんがすぐに飽きてしまうような地味な基礎練習も毎日のように続けていた。

 ドラムセットは部室にしかないが、栞乃愛ちゃんのレクチャーにより、雑誌などを使って家でもできるスティックコントロールの練習を覚えると、家でもずうっと練習しているのだろうということがすぐにわかるくらい、みるみるうちに上達していた。

 なまじ友達を作るのが苦手で他に趣味も無いのが功を奏してか、メンバーの誰よりも練習時間は長く、上達スピードは早かったのだ。



 やがて学校中が来る体育祭に湧き立つ頃、晦日ちゃんは基本的な8ビートと16ビートのリズムをある程度のテンポで、かなり安定して叩けるようになっていた。若干のパワー不足はあったが、細かい音数を稼ぐのが得意なようで、私なんかが全くできなかったスネアロールなどは、とても綺麗に鳴らせていた。


「ねえ、ちょっと合わせてみたい」

「お! いよいよかー」

「栞乃愛は? ベースいけそう?」

「いつでもOK」


 気付けば私たちは、5人でこれまでに演奏してきた2曲を合わせられるようになっていた。こんなぬるっとしたメンバー加入で良いのかとも思ったが、変に畏まって入部するより親近感があって良い。

 編成が変わったことにより、Gandharvaは一層重厚なアンサンブルを得ることになった。

 これまでと聴き比べて、そして一緒に合わせていてつくづく感じるが、栞乃愛ちゃんの安定感といったら、これまでの演奏は一体何だったのかというくらいだった。

 初心者でしかも歌いながらという枷はもちろんあったが、今思えば音緒ちゃんのベースは音の粒も揃っていなければ、しっかり音符で指定された長さまで伸びずに途中で消えてしまうルート音……と、お世辞にも上手い演奏ではなかった。

 さらに驚きなのは晦日ちゃんのドラムだ。全くぶれることがなく、とても始めて1ヶ月足らずとは思えない。正確なリズムで上物を支えてくれるクールな2人のリズム隊は、とても心強かった。そして音緒ちゃんも、ベースの傍ら家で練習していたギターと、そしてベースの太い弦で鍛えられた指の筋力によって、簡単なコード弾きをするには充分なくらい上達していたのだ。


 Gandharvaのバンド活動の中で編成が変わったのは、これが最初で最後だ。Gt&Vo.音緒ちゃん、Gt.泉海(いずみ)ちゃん、Ba.栞乃愛ちゃん、Dr.晦日ちゃん、そしてKey.私。自分で言うのも何だが、本当に奇跡的な出会いだったと思う。この5人編成で、私たちは新たな第一歩を踏み出そうとしていた。

 尤も、その第一歩をどこに踏み出すのか、そのときの私たちは何も考えていなかったのだが。

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■Gandharvaのオリジナル曲
作中の音楽をSoundCloudで公開しています。こちらも聴いてみてください!
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