1.転校生[挿絵]
【前章のあらすじ】
引っ込み思案な女子中学1年生・水崎みちる。同じクラスの活発な美少女・矢継音緒によって、彼女の人生は大きく変わる。
ひょんなことからみちるは、生真面目で音緒とよく衝突していた同クラスメイト・御門泉海を含む3人で人気バンド・Just Birdのライブを見に行く。そこで彼らのライブに大きく刺激された音緒により、彼女たちは半ば無理やりバンドを結成することになった。
同級生で楽器経験者を探していた折、学年のスーパーエリートであった周防栞乃愛をこれまた強引に引き込み、軽音部を創設して活動をスタートさせる。
彼女らのバンド・Gandharvaは、初ステージとなる市の音楽フェスに出場。中学最初の夏休みは、一生忘れられない青春の思い出となるのだった。
9月、暑さはまだまだ落ち着くこともなく、それでも夏休みは明け、2学期が始まった。
毎月発刊されている町内新聞には、早くも先日の音楽フェスティバルのことが大々的に取り上げられていた。大半はイベント全般に関する記事と、最優秀賞を獲得した近隣高校のブラスバンド部についての記事だったが、特別賞を受賞した私たち「Gandharva」のことも、小さく少しだけ載せられていて、表彰の際に音緒ちゃんが喋ったコメントなんかも引用されていたりした。
ちょっとだけ有名人になれたような気もしたが、夏休み明けの教室は私たちの話題で持ち切り……なんていうこともなく、みんなそれぞれ日に焼けた肌をイジり合ったり、旅行に行ったことを自慢し合ったり、単純に久しぶりの再会をはしゃぎ合ったりしていた。
応援に来てくれていたような友達はもちろん改めて祝ってくれたし、みんなで音緒ちゃんがもらった盾を回し見したりしていた。賞状と盾は早速部室に飾ろうということになり、今更ながらいよいよ部活っぽくなってきたな、なんて思っていた。
そんな余韻も消えないうちに、鈴木先生のHRが始まった。「静かになるまで○分かかりました」なんて言う先生ではないので、ざわついたクラスにもお構いなしで、のらりくらりと話し始める。はじめはみんな碌に聞いていなかったが、ある言葉が出た途端、みんなの視線が一気に先生のもとへ集められた。
「そういや今日から、うちのクラス1人増えるから、よろしく」
「えっ!」
「まじで!?」
「どんな子?」
どうやら転校生が来るらしい。HRの後には2学期の開始を告げる全校集会があり、そこで軽く紹介があった。壇上に立つ姿は遠くてよく見えなかったが、女の子のようだ。その後、改めて教室でも挨拶と自己紹介があった。
「凩晦日です。……よろしくお願いします」
近くで見ると、私ほどではないが小柄な子だった。色素の薄いショートヘアに、前髪をヘアピンでサイドにまとめていて、とても色白なキリっとした顔立ちだ。そして着ているのは、転校前の学校のものであろう制服だった。どこから来たのかは聞いていないが、そこはかとなく見覚えのある制服だったので、たぶん近隣の学区から転校してきたのだろう。
着ている服が違うことくらいは、私が言うのも何だが何の問題もなく、私たちは快く新しいクラスメイトを迎え入れた。徐に私の横に見慣れない机が一つ増えていたので何となく察してはいたが、晦日ちゃんの席は私の隣だった。
「いろいろ教えてやってくれな、水崎」
「は、はい」
自信はなかったが、今まで人に支えてもらうことばかりだったので、今度は自分が支える番だと、柄にもなく張り切っていた。
だが休み時間になるや否や、私が入る隙間がないほど、晦日ちゃんの周りにはみんなが集まっていた。その筆頭は言うまでもなく音緒ちゃんだった。
「ねえねえ、どっから来たの?」
「その制服いいな〜。私もそっちの方が良かった」
「肌白いね〜! 何か化粧品使ってるの?」
「……」
色々と質問攻めに遭っていたようだが、晦日ちゃんはあまり人と話すのが得意ではなさそうで、返事もぶっきらぼうだった。しかしむしろ私はその方が自分に似ていて親近感が持てた。
休み時間や教室移動の際に私が先導して校内を案内していたのだが、やはりみんなついてくる。せっかく頑張って私一人で案内しようとしていたのに。いや、悪いことではないのだけれど。
しかしその内、みんな飽きてきたのかそれとも晦日ちゃんが素っ気なくてつまらなかったのか、段々といなくなってしまった。音緒ちゃんだけは最後まで付きまとい、否、晦日ちゃんと仲良くなろうとスキンシップを図り続けた。
そして結局、放課後になる頃に晦日ちゃんを囲っていたのは、私たち軽音部の面々のみだったのだ。
「前の学校では何か部活とかやってたの?」
「……とくに何も」
「へえ、じゃあちょっとうちに遊びに来なよ!」
「じゃあ」の意味が支離滅裂なような気もするが、どう転んでも音緒ちゃんは軽音部に連れて行く腹積もりだったのだろう。始業式で今日は早く学校が終わったから、部室でちょっと遊んでいこうということらしい。
晦日ちゃんは無表情で為すがまま、私たちに連行されていた。もともと目つきがちょっと鋭いので一見怒っているようにも見えたが、どうやらそんなこともないようだ。
部室に入ると、晦日ちゃんは辺りを見回して少しぎょっとしていた。私たちはもう毎日のように来ているから何とも思わないが、教室一面に張り巡らされたダンボールと、子どもが作った秘密基地みたいなヘンテコな機材群。いきなり連れてこられたら不安にもなるというものだ。
音緒ちゃんは「そういえばこれどこに飾ろうか」なんて言いながら、晦日ちゃんそっちのけで賞状と盾の置き場所を探し始めた。そのぞんざいな接客態度を見かねて、泉海ちゃんと栞乃愛ちゃんが丁寧にこの軽音部について晦日ちゃんに説明した。
幸いにもここはもともと空き教室で、使われていない机や椅子がたくさん置かれていたから、お客さんをもてなすくらいのスペースと席は用意がある。
「ごめんね、うちの部長がいきなり連れてきちゃって」
「時間あるから大丈夫」
「何か楽器とかやったことある?」
「ない」
「そ、そうだよね……」
小さな脳みそをフル回転させて会話をしようと試みたのだが、如何せん、間がもたない。そこへようやく納得のいく置き場所を見つけて設置し終えた音緒ちゃんが戻ってきた。この無責任な部長は、とくに放置したことを詫びるでもなく、いつもの調子で喋り始めた。
「普段音楽とか聴かない?」
「あんまり」
「えー、勿体無い。こんどおすすめのCD焼いてあげるから聴いてみて!」
「うん」
「そうだ、これ持ってみなよ! 私のベース! かっこいいでしょ!」
とんでもない押し売り営業だった。最初は単に仲良くなろうとしているのかと思っていたが、その内音緒ちゃんの企みが見えてきた。
彼女は以前「いつかギタボもやるんだ」と言っていたが、編成上の都合でベースヴォーカルに甘んじていた。さては、晦日ちゃんを軽音部に引き入れてベースをやらせ、自分はギターヴォーカルに転向しようとしているに違いない。
その予想は様子を見ていた泉海ちゃんと栞乃愛ちゃんも同じだったらしく、互いに目を見合わせて「やれやれ」といった気持ちを共有していた。ついでに晦日ちゃんをちょっと気の毒に感じていた。
尋問のような絡みが10分ほど続いた。音緒ちゃんは全く動じていなかったが、晦日ちゃんも中々心を開かない。というか音緒ちゃんがゴリ押し過ぎて心を閉ざしてしまっているのかもしれない。心にもなさそうなベースの魅力を一生懸命語っていたが、晦日ちゃんはそこまで興味を惹かれていなさそうだ。そろそろ本格的に嫌われるから止しなさい、と泉海ちゃんが言おうとした矢先、晦日ちゃんが口を開いた。
「あれは?」
彼女が指差したのはドラムセットだった。確かに見た目的なインパクトでいえばこの楽器群の中ではドラムが一番興味を惹かれるのも無理はない。
ドラムのことなら、と栞乃愛ちゃんが出てきてこれまた丁寧に説明していた。音緒ちゃんは少しむすっとしていた。私と泉海ちゃんは少しホッとしていた。「少なくとも楽器に興味を持ってくれたんだからいいじゃない」と音緒ちゃんを宥めてみたが、音緒ちゃんは「負けた」と謎の悔しさを滲ませていた。
栞乃愛ちゃんはドラムセットの概要と、基本的な8ビートのリズムパターンを晦日ちゃんに紹介していた。試しに椅子に座らせて叩いてみたところ、割とすんなり叩けるようになっていた。私も以前ちょっとだけ挑戦してみたことはあったが、手と足が一緒に動いてしまって全くダメだった。それに比べると、晦日ちゃんは器用なのか、筋が良かったのかもしれない。
その後結構のめり込んでいたのだが、3時頃になると晦日ちゃんは「このあと用事があるから」と先に帰ってしまった。音緒ちゃんは終始不機嫌そうにしていたが、距離的には多少縮まったような気もする。
その日は私も用事があったので、その後すぐ一足先に帰してもらった。下駄箱を降りて校門から出て少し歩いたとき、遠くに晦日ちゃんの影が見えた。私はリベンジがてら一声かけてみようと近づいてみたのだが、何やら様子がおかしい。
近くに停まっている黒い車から降りてきた男の人と話しているようだが、何だか言い合っているようにも見える。だが結局晦日ちゃんもその車に乗って走り去っていった。
私は一瞬意識が固まってしまったのだが、はっとして急に慌て始めた。もしかして誘拐なんじゃないか? 明らかに怪しい男の人だったし、事件だったらどうしよう。誰かを呼びに行こうとも考えたが、それでは車を見失ってしまう。そのときは携帯電話なんて持っていなかったので、電話で呼び出すこともできない。
仕方なく走って車を追いかけてみたが、すぐに見失ってしまった。しかし走っているうちに、そういえば誘拐にしては晦日ちゃんも普通に自分から車に乗り込んでいたことを思い出した。単純に家族の送迎だったのかもしれない。
それよりも露骨に後ろから追いかけてしまったが、もし見られていたらどうしよう、明日以降気まずいな……なんて、別の心配をし始めてしまった。
*
次の日、晦日ちゃんは普通に登校していた。私は安心して、何事もなかったかのように引き続き学校の案内をした。相変わらず話しかけても返事は素っ気ないのだが、2人で廊下を歩いていたとき、急に晦日ちゃんの方から私に話しかけてきた。嬉しい出来事かと思いきや、予想外の言葉だった。
「あのさ、あんまり私と仲良くしない方がいいよ」
「え?」
あまりに突然のことで、私がどういうことか問い質す間もなく、晦日ちゃんは1人で歩き去ってしまった。呆然としていたのだが、何か怒らせてしまったかな、とか話しかけられるのが嫌だったのかな、とか、私は次第に不安な気持ちで一杯になり、一人廊下に立ち尽くしていた。




