凡人の雑記②
物心つく前、俺は「魔法」が好きだった。
まだ幼稚園にも入っていたかどうかくらいの頃の話だ。俺にはひと回り以上も年上の従兄弟が居て、彼の家によく遊びに行っていた。しかし目的は従兄弟に遊んでもらうことではなく、彼の部屋にある据え置き型のゲーム機で遊ぶことだった。
今はもちろんだが、当時としても既に従兄弟がさんざん遊びつくした後の一時代遅れたゲーム機だった。そのためダンボールの中にいつもしまわれており、俺はわざわざ従兄弟の家まで行っておきながら一人でそのゲーム機を借りて遊ぶのだ。もちろん無制限に好きなだけできたわけではなく、1日に30分だけ許された、幼い俺にとってとても貴重な遊びだった。
しかし、幼稚園にすら行っているかどうかの年齢で、当時の俺では当然文字の読み書きも碌にできない。従兄弟は色々なゲームのカートリッジを持っていたが、幼児が遊ぶには難しいRPGなども多かった。それでも俺は、何のゲームなのかもよくわからないまま、適当なカートリッジを差し込んで貴重な30分を楽しんでいた。
今でも結局あれは何のタイトルをやっていたのか、思い出すことはできない。とりあえず主人公が町から出ると、シンボルエンカウントの敵がうようよ歩いているフィールドへと場面が変わる。それに触れないように歩くのだが、結局ぶつかってエンカウントしてしまう。
問題はここからだ。俺は文字が読めない。ターン制のコマンドバトルなのだが、どの言葉を選ぶと何が起こるのか、全くわからないのだ。「たたかう」とか「どうぐ」とか「にげる」とか、たぶんそういったことが書いてあったと思うのだが、俺にとっては適当にどれか1つを選ぶくじ引きみたいなものだった。しかも「たたかう」みたいなものを選ぶと、こんどは「わざ」とか「じゅもん」みたいなものがずらりと並んで出てくる。
適当に何か選んでみると、敵の1匹に雷みたいなものが落ちたりする。俺にとっては「あたり」だ。また何かを選ぶと、こんどは何も起こらない。バフとかデバフ的な何かの技だったのかもしれない。これは「はずれ」だ。だが一番の「大当たり」は「にげる」みたいなものを選べたときだった。何故なら大抵そんなくじ引きをやっているうちに敵にやられてゲームオーバーになってしまうからだ。
そんな遊び方をしているせいで、幼い俺が操る主人公たちが町の外へ出ても、一度たりとも隣のマップへすら辿り着けた試しはなかった。そもそも何を目的としたゲームなのかもよくわかっていなかった。だがそれでも俺は夢中で楽しんでいた。何が起こるのかわからない世界、読めない"呪文"を選んで敵を倒せたとき、そこにはゲームの中の話ではない、確かな「魔法」があったのだ。
今となっては当然文字も読めるし、ある程度RPGなどのゲームの進め方も知っている。あんな風に一画面の中だけで何度やってもすぐゲームオーバーになってしまう、なんてことはないだろう。何日かやれば全クリもできるはずだ。
だがそこには「魔法」はない。ただシステム的に作業をしているだけなのだ。把握したルールや効率の良い攻略法を考えたり見たりしても、そこにあの頃の俺が感じていた「未知なる世界への胸躍る冒険」はどこにも存在しない。大人になってゲームなどに夢中になれなくなってしまった理由は、俺の場合それだった。
「無知の知」なんて言葉があるが、「無知の無知」であったあの頃の方が、よっぽど色鮮やかに世界を認識できていたような気がする。
さて、急にテレビゲームの話なんかしてしまったが、これは他のあらゆることにも当てはまるのではないかと思う。音楽もそうだ。
はじめて音楽に興味を持った頃、中学生になるかどうかくらいの年齢だったと思う。もちろんその頃には文字の読み書きも会話もできたし、まだまだ世間知らずのクソガキではあったろうが、世の中の理屈なんかも少しはわかっていたはずだ。だがこと音楽に関しては、あのわけもわからずゲームを遊んでいた2~3才くらいの頃と同じ感性をまだ持っていた。それは「無知」であるが故のことだ。
全てが色鮮やかに聴こえた。楽曲や演奏の巧拙なんて何もわからないが、どんな曲を聴いても、耳から伝わってくるものによって、色々な情景や感情が広がっていくような気がしていた。
そうして俺は愚かにも音楽に興味を持ち、楽器なんか始めて、音楽理論なんかもかじるようになってしまった。その瞬間から、音楽における俺の「魔法」は少しずつ解けていってしまったのだ。耳から入ってくる音は、「情景」や「感情」ではなく、「どんな楽器の音か」「どんなコードが鳴っているのか」といった、機械的な「情報」にしか聴こえなくなってしまっていた。自分を元気づけてくれたり、悲しみや辛さに寄り添ってくれたり、知らないどこかの景色を見せてくれたりしたはずの曲が、突然「稚拙な俗物」に変わってしまう感覚は、どうしようもなく虚しかった。
そうこうするうちに、俺はどんどんと複雑で、情報量が多くて、磨き上げられたテクニックが詰め込まれたマニアックな音楽ばかりに傾倒するようになっていった。
世界は広い。探せば探すほど、天才としか思えないような優秀な演奏家や作曲家は山ほど見つかった。だがその極致まで耳が追いついたところで、残ったのは「だから何だ?」という思いだけだった。そこには俺が求めた「魔法」は見つからなかったのだ。否、見つかったと思ったら、掴んだ瞬間に霧のように消えてしまうことばかりだった。
あまり詳しくないことを語るのも良くないのだろうが、料理人や美食家なんかも同じなのかもしれない。ワンコインの牛丼やカップ麺に舌鼓を打てるくらいの方が、きっと幸せなのだろう。
世界で最も美味しい料理を作れたり味わったり、その理屈や仕組みを完全に知ることができてしまったら、何を食べても砂を食むようにしか感じられなくなってしまうのではないかとすら思う。
もし知識や技術、経験を持ったうえで、無知だったあの頃のような感動を、その先にある無数の情報への期待を、また感じることができたなら、それはどんなに幸せだろう。音楽の仕組み。音楽業界の中身。知れば知るほど自由度は上がっていったが、同時に知らなければもっと楽しんでいられたのに、と残念に思うことも多々ある。
たぶん、彼女たちが多くの人々に応援されてきた背景には、そんな「無知を全力で楽しむ心」を懐かしく、そして羨ましく思う大人たちの存在が多くいたのだろう。初めてバンドアンサンブルで曲を通せたときの喜び、高揚感。初めてのライブで沢山の人たちに見られながら、必死で練習してきた曲を披露するときのあの緊張感と、観客たちが一体になってくれたときの幸福感。それは経験を重ねれば重ねるほど、きっと薄れていってしまうものだ。
たとえ演奏が稚拙だろうと楽曲が幼稚だろうと、その未知への挑戦を続ける姿に、人々は忘れていた「魔法」を思い出すのだ。
彼女たちの活動の黎明期を調べていくうちに、俺はそんなことを思い出していた。若さが眩しいとはこういうことか。だがその光は、人々を照らすとともに、俺のコンプレックス丸出しの醜い心に、確かに暗い影を落としていた。




