マリとマリン2in1 茉琳の腹の虫
昼時になった。翔は通用門から外へ出ようとすると、いきなり背中を叩かれた。
「翔、昼ごはんは何を食べるなり?」
「つっ、加減をしてくれよな、茉琳。結構痛いぞ」
「へへぇ、ごめんなっし」
聞き覚えのある声に振り返れると見知った女性がいる。茉琳だ。
髪はブリーチにして黄色に染めたロングヘアー、手入れが悪いのか毛が荒れて、ソバージュ風になってしまっている。染めが抜けて地髪が出るプリンの面積も広くなってきている。
上着にギンガムチェックのカーディガンとオフホワイトのパンツスタイルなのだが、片方の肩が見えているせいか、全体的に緩い印象を醸し出している。
残念なことに、顔の造りも整っているはずなんだが、どこかピントがずれているように見えてしまう。
「ウチもお腹空いてるなし、どっか連れてってなり。食べにいくなっし」
茉琳は翔に詰め寄った。
「俺は、企画モノの丼が出たから、それを食べる予定だよ」
「私も食べてみたいえ。連れてってくれなし」
翔の話を聞いて茉琳は、期待に目を輝かせる。
「お前、お嬢様なんだろ。丼なんて食べるのか?」
「そんな鯱鉾だった料理ばっか食べてないし。ハンバーガーだって好きなりよぉ」
すると茉琳は口元に指先をつけて、甘えるように上目遣いで翔を見る。
「私とじゃ嫌なりかぁ え?」
グウゥ
言うや否や、茉琳のお腹が鳴る音が聞こえた。彼女は真っ赤になって下を向いてしまう。
「ごっ、ごめんなっしょ。お願いなり、一緒に連れて行ってくらしゃれ」
「ハハッ、良いよ。連れてってあげるよ」
ググぅ
「ハハハッ、腹の虫が返事してる。流石は茉琳様。お腹は正直だね」
「ウチ、恥ずかしいなり、どっか穴があったら入りたいなしよ」
とうとう、茉琳は耳まで赤く染まってしまう。
ググぅ、グググ、グー
「ヒヒっ、ひー! ダメだ。腹の皮が捩れる。茉琳、これこそ腹芸。お見事! ヒヒっ」
「もう、嫌なり、なんとかしてなしよー」
翔の笑いが止まらず、茉琳は嘆きながら、大学構内を出て彼の話にあった丼屋を目指して歩いて行った。
その丼屋は、大学を出てすぐの所にあり、2人は中に入り、早速に券売機で食券を購入してテーブルに着く。待つこと数分、
「136番のカードをお持ちの方、出来上がりました」
「137番のカードをお持ちの方、出来上がりました」
2人の頼んだ丼が出来上がったらしく、合成音声で呼び出しが掛かる。
「俺が取りに行くよ」
「やっさしいなし、おねがいえ」
翔が立ち上がり、カウンターへ取りに行って茉琳の前に置いた。
茉琳は、珍しいものを見るように目の前の丼を見つめる。
「なんの丼?」
「ビビン風丼」
「ビビンバじゃないなし? ナムルは? ゼンマイは無いなり?」
「だからビビン風丼なんだよ」
「なーんか、騙されたような」
「騙されたと思って食べてみな、スプーンあるだろ。それで丼の中のもの混ぜる」
「そのまんま食べるのじゃなくて混ぜるの?」
「そっ、まぜまぜ」
「ぐちゃぐちゃ」
「変な擬音を口に出していうのはやめてほしいな」
「ぐちゃぐちゃ」
「茉琳さん」
「ごめんねっし」
「まあ、兎に角、見てて」
翔は丼の乗せられたトレーにあったスプーンを取ると、中の具に差し入れて捏ねてご飯と共に混ぜていく。
「ビビンバがある韓国の料理は、混ぜて食べるのが基本なんだって」
「そうなり?」
「だから、牛丼チェーンが向こうに進出した時に食べ方を教えるのに苦労したって話を聞いたことあるよ」
「そうなりね」
翔の蘊蓄を聞きながら、茉琳も自分の前に気あるの丼を見よう見まねで混ぜていく。
「そろそろ、良い具合だから食べてごらん」
翔に言われて、茉琳は丼から一口分をよそうと、おっかなびっくりに口に運んでいく。それに釣られて目が寄っていってしまう。
見た目に面白くも可愛い顔をしていると、翔の顔もほぐれてしまい笑っている。
「何、見てるなし」
「今の顔は良かったよ。笑える」
「ひどいだっし」
「ごめん、ごめん。とにかく食べよ」
味付けされた豚肉にキムチ、きんぴら、ほうれん草にネギを温泉卵にからませて、混ぜて混ぜて食べる。キムチの辛さが絶妙にスプーンを進めていく。翔は味に舌鼓を打ちながら、満足した顔をしていた。
「この程よい辛さは病みつきになりそうなしね」
「ヒー、私、辛いのだめえ」
翔は、食べるのに夢中になっていて、茉琳の喋りがぶれていることに気づけずにいた。
茉琳はというと辛いのは苦手なのか、目をバッテンにしている。それでいてパクパクと食べてモグモグと口を動かしている。
自分の分を食べ切って、ほうじ茶で口の中の辛さを洗い流して一服していると、茉琳の口元に白いものが付いてしまっていることに翔は気づいてしまう。
「茉琳、口元にご飯粒」
いきなり言われて唇にスプーンを咥え、キョトンとする茉琳の顔が可愛いと、思わず翔は思ってしまった。
そんな時、いきなり茉琳の顔から表情が消えた。そして咥えていたスプーンをポトリと落としてしまう。
まだ、かき混ぜていた具材がスプーンの先に残っていて、茉琳の豊満な胸で膨らむニットのミニキャミの上に飛び散ってしまった。
茉琳の持病が出てしまった。一酸化炭素中毒による意識障害で気を失ってしまうもの.
翔は慌てて店員におしぼりを頼んだ。
そして、それで茉琳の胸元を拭こうとしてハタと正気に戻った。あたふたして時間が経ち、茉琳が意識を戻した。
「翔。私、また、やらかしたなし?」
泣きそうな顔に変わり、茉琳はつらそうに呟く。
「気にしない、気にしない。すぐ拭き取れば綺麗になるからね。これで拭ってね」
だか、翔は笑顔で茉琳におしぼりを手渡そうとする。すると茉琳は、おしぼりを持つ翔の手を掴むとそのまま自分の胸元に押しつけた。
「ウチも気にしないえ。お願い! 翔ぅ、拭いてなり」
そう言う茉琳は耳まで赤く染まっている。
翔も顔が紅潮した。周りを見渡してオロオロしてしまう。
「こんな、我侭でポンコツなウチを気遣ってくれるのは翔だけなし。ありがとうなり」
茉琳は、そう言うと翔の手に頬ずりをし始めた。
「茉琳、辞めろよ。周りの人に見られたりしたら、ヤバいって」
「ウチは、気にしないえ。もう少し、このままで居させてね。お願い」
そうして、茉琳は翔の手を頬につけて、目を瞑り、うっとりとした顔で居続けた。
午後の講義の始まる直前まで。
翔はオドオドしながらも茉琳のするがままに任せた。しかし、感じた胸の柔らかさだけは茉琳との思い出のライブラリにしまう事にした。
ありがとうございました。