マリとマリン 2in1 縁日
多くの人が交差点でごった返していた。ワイワイと賑やかになっている。
「ゲンキチさん。若い子が多いですねえ。大人を探す方が大変ですよ」
翔が、周りを見渡して、率直な感想を漏らしている。高校生、中学生。親に連れられている子供に周りを囲まれている。
通りの左右には幾つもの屋台が並び、若い子たちが各々の興味があるものを覗き買っていた。
「今日は、ここに祀られている大日如来を祝う縁日なんですよ」
ゲンキチが翔には今日のイベントを説明している。
「ああ、それならですね、通りに屋台が並ぶんですよ。子供達は、それが目標なんですね」
ゲンキチと呼ばれた青年が説明をしてくれる。話しかけた翔よりも背が高い。でも表情は柔和で人当たりの良い感じがする。
「なるほど、少し前はよく行ってましたよ。焼きそばとかお好み焼きを買ったりして、懐かしいなあ」
「俺はたこ焼きを買いましたよ。ここのは大ぶりなんですよ。頬張ると皮かがもちもち、ホクホクってなるんですよ。美味しかったなぁ」
ゲンキチは、昔を思い出すように遠く先に視線を向けていく。
「ゲンキチさん、地元ですもんね。是非、食べましょう。聞いてて食べたくなりました」
そんな話を2人でしていると、
「翔〜」
人垣の向こうから女性の声が聞こえた。
「翔ぅ、どこなりー?」
翔を探しているようだ。
「あいつ、こんな人だかりで大声を張りあげて、恥ずかしいったらありゃしない」
「まあ、まあ。それだけ頼りにされているんですよ。可愛い彼女じゃないですか」
そんなことを言われて、翔は考えてしまう。
確かに茉琳の仕草は可愛い。全幅の信頼を寄せて甘えてくれる。でも、自分は彼女を信頼しているかと思うと、ちょっと違うんじゃないかと。
茉琳は意識障害を持っている。突然、前触れもなしに意識を失ってしまう。すぐ意識を戻すけど、いつ何時、永久に起きないなんてことにもなりかねない。ただ、可哀想、哀れみで面倒見てやっているだけじゃないのか。
翔自身も女性不審のトラウマで過呼吸になってしまう。でも茉琳が相手だと症状が出づらいのだ。それで都合がいいということで遊んでいるだけじゃないのかと。
「いたいた。やっとこ、見つけたなり。どこで油売ってたなしか」
少し、怒気の混じった茉琳の声を聞いて翔は、振り返って声を失った。
天上から美の神様と、天使が降りてきたと錯覚するぐらい神々しい2人が立っていたのだ。
ひとりは黒字に菊の花が描かれて臙脂色の帯を締めた浴衣を着て、普段、手入れよく櫛削り流れるような黒髪を結い上げて白い髪飾りをつけた女神。
もうひとりは白地に向日葵が描かれて黄櫨染の帯を締めた浴衣を着て、普段、手入れもせずに流れるにまかせたままブリーチして黄色髪に染めたものの、染めが取れて地髪が出てしまうプリンの成長した髪を結い上げ、赤い髪飾りをさした子がいた。ただ丁寧に結い上げられたブロンドと見まごう髪と浴衣に描かれたひまわりが、あまりにも調和して翔には天使に見えてしまったのだろう。
「翔? 翔⁈ どうしたなしか?」
ポカンと口を開けて無言のまま固まっている翔を訝しく思い、茉琳は声をかけた。
「えっ! 何? ウチに惚れ直したなしか? そんなに似合っているなり?」
「似合ってる。うん、似合っているよ。素敵だ」
間髪を入れずに出た翔の返事に、次は茉琳が固まってしまう。みるみるウチに頬が赤く染まっていってしまった。
「もう、いきなり言われても困るなしー」
茉琳は赤く染まった頬を手で隠しつつ体をモジモジさせている。
そんな2人のそばでは、
「綺麗ですよ」
「褒めたって何もでねぇーよ。えっ、このすっとこどっこい」
「すっとこどっこい…」
あきホンとゲンキチさんの間でそんな会話が交わされていた。その実、ソッポを向いた、あきホンの耳も真っ赤に込め上がっている。
◇
「では、茉琳さん。行きましょうか」
「ヒャ、ヒャイン」
あきホンに誘われて、茉琳が舌を噛みつつ復帰する。
チラッチラッと側にいる翔を見ながら歩き始めた、あきホンについて通りを歩き始めた。
「凄いなり、人がたくさんえ。それも若い子ばっかりなし」
茉琳は左右に頭を回らして興味深く通りを見ている。
「あっ、焼きそば。お好み焼きもあるなり」
彼女は胸の前で手を握り拳を震わせて、今にも屋台へ突撃していくかに見られた。
「茉琳、まだダメだからね。買うのはお参りしてからだからね」
「えっー」
翔は、そんな茉琳に飽きれつつ、一言注意する。茉琳は屋台を指差し彼と屋台を交互に見やり、
「そんなあ、あんないい香りしてるなし、ウチの胃が早く入れてって鳴ってるなり」
途端に
ぐぅうううう
茉琳のお腹が鳴る。
「ふふっ茉琳さんらしいですね」
あきホンも手で笑う口元を隠し呆れている。
茉琳は唸る腹を手で隠し、しゃがみ込んで翔達を仰いだ。
「ウチ、そんなに腹ペコじゃないなりぃ」
頬を真っ赤にして彼女は涙ながらに訴えた。
「そんなに響かせて、大食いだって言っているようなものだよ」
「酷いなりぃ」
茉琳以外がニコニコとしていると、
クゥ
またしても、お腹のなる音がする。
「ウチじゃないなり」
自分以外に揶揄われるより先に茉琳は口に出す。
「じゃ誰が?」
すると、手を挙げたのは、
「「あきホン」」
恥ずかしそうに目元を染めて片手を挙げたのは、彼女だったりする。
「私くしとしたことが、お恥ずかしい」
彼女は真っ赤になった顔を手で隠し、両耳まで染まってしまう。それを見た男性2人、
「そんな可愛い音を聴かせてくれるなんて。俺、気にしません。なっ! ゲンキチさん」
「はっ、はい! その仕草も凄く艶やかです」
あきホンは尚更、恐縮して縮こまってしまった。
その傍では、
「ウチと反応が違うなし、もう知らないなり」
癇癪を爆発させ、頬を膨らます茉琳がいたりする。
「ごめん、ごめん。その頬をを膨らましてちょっと怒った顔も可愛いよ」
すかさず、翔はにっこりと褒めてるようで微妙な言葉を茉琳にかけた。傍にいる2人もウンウンと相槌を打っていたりする。
「そう、そうなしか? ウチ可愛い」
そんな言葉にも彼女の顔は綻び、満面の笑顔になっていった。
◇
「茉琳さんが上機嫌になったしー、各々方、行きますなりぃ」
いつも真面目一本の、あきホンが茉琳の真似をした。
「あぁー、ウチの真似してるなしぃ。なら私くしも………、ダメなり後が浮かばないなり、しばらく使わなかったから、錆びついて言葉が浮かばないなしえ。悔しいなり、ウチもお嬢様なりよ」
と、茉琳は、手に持っていた巾着の紐に噛み付いて、それを引き絞ってくやしがった。
「翔、信じとーよ。ウチ、こんな成りじゃけんど、お嬢様やけんねぇ」
ついには、言い訳がましく意味不明の語尾を連発している。混乱する茉琳を宥めつつ、翔は茉琳に告げた。
「わかった。茉琳はお嬢様だよ。俺だけはわかっているからね。とにかく途中には買食いしない。お嬢様だと言うのでしたらし尚更ですよね。先ずは何よりも、お参りですよ」
「えっー! でもぉ、でもぉ」
茉琳は不満の声をあげる。
翔は、いい考えが浮かんだとでも言うように、人差し指を立てて、
「いいかい、先ずは、お参りに行く。帰りに色々と買って食べようよ。茉琳が何を食べようが俺は文句は言わない」
にっこりと茉琳に提案する。とミルミルと茉琳の困惑した顔が笑顔に変わっていき、
「えっー! 良いの? 良いの?」
「いいともさ、どれを買うか見ていこうよ」
「やったぁー」
茉琳は、子供みたいに両手を振り上げてバンザイをして喜んでいる。
しかし、翔は、茉琳を誘った言葉を後悔することになる。
『ねえ、翔。ポンチキンって何なり?』
『ねえ、翔くん。綿菓子あるよ。私はピンクが食べたいよ』
『ねぇ、翔。電球ソーダって何? 光ってきれなしー」
『ねえ、翔。射的やってるなり、射的やった時あるの。上手なしか?」
『ねぇ、翔くん。焼きそばとオムレツな焼きそばってどう違うのなかなぁ?』
『ねぇ、翔。チーズハットグって何なしぃ?』
『ねえ、翔くん。たこ焼きと大だこって親戚なのかなぁ。味も違うのか?』
『ねぇ、翔。トルコアイスって美味しいアイスなり?』
『ねえ、翔。輪投げをやっるなしー。ウチはあれが欲しいなりな』
『ねえ、翔。イタリアンスパボーって何なしな? このツンツンしたのなりよ』
ぃあ
『ねえ、翔くん。大阪焼きと広島風お好み焼きと、どう違うんだ。どっちが美味しい?』
『ねえ、翔。スティックワッフルなり。ベルギーワッフルとどう違うなり?』
『ねえ、翔くん。金魚掬いあるよ。小さくて可愛いや。上手く取れるかなあ』
茉琳は、通りの左右に並ぶ屋台の悉くを見て回って翔に聞いた。隣の屋台を見たと思ったら、反対側の屋台に移り、陳列されているものを食い入るように見て行く。そして、その度に聞いてくる。
「茉琳、もう、いい加減にしようよ。前に進まないじゃないか」
茉琳の雨霰の質問攻撃に翔は悲鳴をあげた。終いには、持っている巾着をふりふり振り回して動き回るものだから、
【きゃっ】
【なんだぁ】
【痛い!】
【何すんの】
【何、考えとるんじゃあ】
近くの歩く人達にぶちかますものだから、
「すいません」
「ごめん」
「すいませんなり」
「ごめんなり」
「すいませんなしよ」
「ごめんなしな」
周りに被害を齎し、謝る羽目になってしまっている。止めるまもなく、厄介ごとを引き起こして、翔もあきホンもゲンキチも呆気に取られていた。
挙句の果てに、
ドン
「きゃあ」
「なぁにぶつかってきよるんじゃあ。きぃーつけえ」
他の人に自分の肩を引っ掛けてしまい。体格差から飛ばされてしまう。運良く蹈鞴を踏んで持ち堪えて転ぶことはなかった。
「茉琳、大丈夫か? やたらめったら動くから、そうなるんだよ周りに迷惑にならないように歩かなくっちゃダメだよ」
ポカンと開いた口が閉まらない状態から復帰した、翔が茉琳に苦言を呈す。
「はぁーい、ごめ………」
翔に謝ろうとしたのか、振り返る茉琳の動きがとまる。
「まずい、こんなところで!」
表情の消えた顔。瞼を見開いているけど、どこも見ていない瞳。
そんな茉琳を見て、翔は慌てた。彼女は持病と言うべき意識障害を起こして気を失ったのだと気づいたのだ。翔と出会う前に一酸化炭素中毒になった後遺症だったりする。
だから、フラッとする茉琳へ、すぐさま翔は走り寄って彼女を抱き抱えた。なんとか間に合って、地面に倒れずに、せっかくの浴衣を汚さなくて済んだと翔は、ほっと息をつく。そして自分のトラウマの障害が出なかったことに安堵していた。翔は女性恐怖症で異性との接触で過呼吸を引き起こしてしまうんだ。
それでも茉琳を抱き抱えた時には症状が出なかった。彼女の浴衣越しでもわかる彼女の柔らかいものが翔の胸で押し付けらて、ひしゃげている。その乳房のふくよかさと、そこから溢れる甘い香りで茉琳に性的な魅力を感じてしまったはずなのに。翔は、そんなことはおくびにも出さず、
「全く、目が離せないや。まあ、倒れて浴衣に土がつかなくてよかったよ」
「翔さん。茉琳さん、ご無事でありますか?」
「翔くん、大丈夫?」
遅れてあきホンのゲンキチカップルも駆け寄ってきた。
「なんとか、大丈夫。倒れなかったので、浴衣も無事です」
近づいてくる2人に翔は告げた。
「翔さん、そこは茉琳が'ご無事で'と言うところではありませんの」
あきホンは、彼の物言いに呆れてしまう。
「いや、でも。あのダッシュは早かったね。なかなかの反応でしたよ」
ゲンキチは翔を手放しに褒めている。
「そんな行動を躊躇なく取れると言うのは………やはり、愛ですね。茉琳さんへの愛がそうさせるのですわ」
あきホンは翔を囃し立てていく。
「いえ、違いますって、慣れですよ。慣れ」
翔は謙遜とも取れる言葉を返していく。そんな会話をしているうちに、
「かはっ」
固まっていた茉琳が息を吐いた。
「ウチ」
気を失ったの茉琳の意識も戻ったようで、
「ウチ、また意識が無くなってしまって。翔ごめんなし。なんか迷惑かけてないなり?」
茉琳は自分が何かやらかしたかと疑心行脚になっている。
「そう、心配するなって。なんとか茉琳を支えることできたから、転んでないよ」
「翔ぅ」
翔は、大したことでないよとでも言うように、優しく茉琳に伝えた。
そこへ、
「茉琳さん、お加減はいかがでありますか? 大変なようなら私の実家に戻って休まれますか?」
そこへ、あきホンも声をかけてきた。茉琳は、頭をフルフルと振ると、
「大丈夫なり。意識が戻ったは直ぐ動けるの。心配してもらってありがとなしー」
「茉琳さんがそう言われるのでしたら、別に良いのですけど」
「うん、ありがとうなり、あきホン。さあ、みんなで早くお参りに行こう」
と言って、ひとりスタスタと歩いていく。そして振り返ると、
「早く、仏様を拝んで、色んなもの食べるなしよ」
と喋ってきた。祭事より食欲がひとり先行している。
ありがとうございました。