マリとマリン 2in1 夢見
よろしくお願いします
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
それは、こんなシーンから始まった。
二時限めの講義も終わり、ランチを食べにカフェテリアに向かう。
奥から3番目の窓際テーブルが、いつもの指定席。そこには、友人の翔が待っていてくれるはずだった。彼は、いつも先にテーブルについて場所を確保していてくれる。
遠くから,彼が既に座っているのを見つけると、人にぶつからないように慎重に歩を進めて行く。
「堪忍えぇ、堪忍えぇ、通りますぇ、堪忍えぇ」
実は、私は頭に障害があって歩くのも覚束ない。酷い時は前触れも無く、意識が無くなってしまう。
少し前に、この体と持ち主である茉琳が元彼の自殺に巻き込まれてしまって、一酸化炭素中毒になってしまった後遺症。
やっとのことで、彼のいるテーブルに近づいて声を掛けようとしたんだけど、
「翔くん。お待たせえっ。待ったあ」
先に甘ったるい声で誰かが翔に声を掛ける。
天使の輪を持つ艶やかな黒髪ショートヘア。シンプルはホワイトのブラウスに紺色のスカート。そのスカートからスラッとしたラインを持つ足が伸びている。清楚、可憐な女子がそこにいた。
「待ってないよ。今,来たところだよ」
ベタなテンプレで彼は答えたの。
「良かったぁ。随分、待たせたと思ちゃったぁ」
と言って、その誰かは笑顔で彼の側まで近づいて隣の椅子に座る。
「大丈夫だって。来たばっかりだから。じゃあさ、今日は何を食べようか?」
「うーんとねえ,私…………」
2人は,和気藹々と語り始めた。
ちょっと待って。翔、その娘って誰なの。私の知らないはずの女の子。その娘の役目は私じゃないの。いつも、私とランチを食べてくれるはずなのに。
私は思わず、
「翔、何してるなし! ウチを置いて,なんで、そんな女と話してるなりか」
彼を問い詰めてしまった。その声に驚き信じられないと言うような顔で彼は私を覗いてくる。
「そんな女って酷いなあ。俺の彼女だよ」
「違うなし。翔には彼女なんていなかったなり。女の人を怖がっていたなしよ。女性恐怖症じゃなかったえ」
「うーん。君、誰かと勘違いしてない? 俺が女性恐怖症だって? 違うよ。そんなのに罹っていない。言いがかりだって大概にしてほしいな。逆に俺は君のことを知らないよ」
私は、彼の話に愕然とする。
私を知らないって、そんなあ。いつも話をしているじゃない。馬鹿話をして笑い合って。私が気を失った時だって、あなたは優しく手を差し伸べてくれたじゃない。
「それに君って、俺の好みとは程遠いよ。スレンダーな娘が好きなんだ。自分のことをよく見てみてよ。全然違うよ」
「えっ」
私は、思わず、自分の手を見てしまった。
ぷっくりと肉がついて膨らんでいる指が見えた。手のひらもプニプニと厚い。腕だって袖がパンパンではち切れそうになっている。
視線を下に向けると、いつもより胸の膨らみが大きい。だらしなく膨らんで見える。僅かにある胸の稜線からボッコリとしたお腹が見えた。
私ってこんなに,ぽっちゃりしてたっけ。
「兎に角、ポンボコたぬきみたいな君のことなんか知らないよ。本当に気分悪い。他のテーブルに行こう。茉莉」
「そうだね。翔くん」
えっ、茉莉って私のことじゃないの。
呆然として歩き去る2人を見送ってしまう。そして徐に窓ガラスに映る自分を見てしまった。そこには、全身に贅肉を纏い。でっぷりと腹を膨らませた私が写っていた………
「ぎゃあああああああ」
自分の出した叫び声で目が覚めた。
掛かっていたブランケットをを跳ね飛ばし、常夜灯の微かな明かりの中、リモコンを探し出して天井の照明を灯す。
「ウチの、ウチの、ウチの体………」
最初に見つめたのはリモコンを持つ指先。ぷくぷくしていたらと恐怖しつつ、恐る恐る見てみると、
「なんやねん。いつもと同じやん」
ピンク色のジェルを塗った指先をもつ、白魚のような指。
贅肉がついているなんてことは全くなかった。まだ、信じることがなくて腕を摩り肩を摩り、お腹を握り、胸も揉んでみた。ブランケットも開けさせ、覗いても足はスラットしている。
「はあーっ、夢やったんかぁ」
手で顔を被い、肺から息を目一杯吐き出した。
「何度も同じ夢やん。こんなこと続いたら堪らんよ」
最近になって同じ夢を見続けている。
私がでっぷりと太ってしまい気持ち悪がられ、翔には私以外の女が纏わりついて彼女づらしている。
あの娘、茉莉って呼ばれてた。私だというの?
確かに癌に罹る前は、そんなに髪を伸ばしていなかったし、痩せぎすではあった。
あれは、私なのかな。上手いことー癌に罹らなかったのか、治ったのか。
「あんなの、何度も見せられたら、きついわ」
記憶を探り、夢見た数を数えてみると9回も見せられていた。
「なあ、茉莉。あんさん。ウチになんか恨みでもあるんかぁ。何度も何度も、あんな夢ばっか見さらして」
「そんなことするわけないでしょ。茉琳。元々、あなたがフライドチキンばっか食べるから大変なことになったのよ」
「あんさんだって、美味い言って食べてへんかったか」
「そうだけど、そうなんだけど、さあ」
天井のシーリングライトで明るくなった部屋に2人の会話が続く。
でも、この部屋の中にはベットの上に座り込んでろ顔を蒼白にしている女が1人。
実は同じ口を使って2人が話をしているの。この体の本当の持ち主は茉琳。そして私は茉莉。
とある病院で私は入院していた。私は、そこで命を落とした。
でも、そこに茉琳がいたのね。彼氏の自殺に巻き込まれ一酸化炭素中毒の瀕死の状態で。
そこで茉琳は,変なこと言うのよ。この体は要らないから代わりに使ってって。馬鹿なこと言うんじゃないって言ってやったよ。他人の体なんか動かせるかって。あんたがいなきゃどうするの。
そんなこんなで茉琳の体に居候させてもらってるの。モタモタしていたんで私の体は燃やされて無くなっちゃた。仕方なく1つの体に2人で生きています。
「朝やき、そろそろ起きなあかんて、翔の奴、迎えにきよるで」
ベッドのヘッドボードにあるスマホを取り上げて、画面を見ると7時までもう少しになっている。ベッドを滑るように降りて窓際まで行き、遮光カーテンをシャッと開ける。
「痛っ」
突然差し込んだ光に瞳孔が急激に縮む。その時の痛みで寝ぼけている頭を覚醒させた。
ビンポーン
良いタイミングでインターホンがなる。
『おはよう。茉琳。もう、起きてよ。ウォーキングに行こう』
翔のノホホンとした声が,私の鼓膜を震わせる。思わず、口元が綻ぶのが分かる。起きがけて、体は覚醒しきっていない。覚束ない足取りでベッドに戻って、受話器を手に取って、
「おはようなし。翔。起きしに来てくれたえ。ありがとうなりぃ」
『おっ、珍しい! 茉琳が、起きてるよ。なんか大変なことが起きるんじゃないの』
「言うに事欠いて、酷いこというなっし。ウチだってやればできるなりよ」
『おっ、言うねえ。じゃあ、早く着替えて降りて来なよ。朝ごはんも買ってきたからさあ』
「行くいく。今日はなんなりか」
『こっちに来て御覧じろ。見てのお楽しみだよ』
「行くぅ」
翔が誘ってくれる声がインターホンを通して私に届く。嬉しいってこと以外考えられないよ。
翔は茉琳にとっては一つ下の後輩でしかない。でも、私にとっては中学生からの同級生。お互い、イジメという辛い学生生活を2人で支え合って送っていた。
しかし、私は彼を置いて死んでしまった。でも、彼が茉琳と同じ大学に入学するっていう万分の確率で彼の声を聞くことができたんだ。神様のお情けかもしれないけど感謝したよ。
「ほな、茉莉、行かな」
「そだね」
私たちは2人でごちて、着替えを始めた。
ヨガブラとポケットショーツのアンダーウェアを変え、シェイブアップレギンス、トップスとフーディズスゥエットシャツを着込んで、私たちは自分の部屋を出てエレベーターを降りていく。
「翔! ありがとうえ。朝ごはんなんなしな」
エレベーターを降りて、エントランスで翔の顔を見たとたん、辛い夢を見たことも、どこ吹く風。私の体の中は幸せに満たされた。
⭐︎⭐︎
昼休みになり、茉琳は翔を連れ立って大学の敷地から外に出た。
彼女の気分が良いらしく、翔をランチを誘ったのだ。その帰りに2人は,宝くじを売るチャンスセンターに寄っている。
以前、オンラインくじがビギナーズラックで,見事に当選。それ以降、結構、茉琳は何度とはなしに、くじに投資をしている。
「スクラッチ、おくれなし」
「どれにいたします」
「これ」
「はい。でアプリは、お持ちで? 電子決済ですか? 現金にしますか? ポイントを使われます?」
「モチのロンで、実弾一括なし」
「実弾?」
「いえ、現金で」
「承りました」
間口の小さい受け取り口でスクラッチのクジを貰い、茉琳は、早速、財布から小銭を出して削り始めた。
「茉琳も、好きだねえ。オンラインくじ」
「この結果が出るまでのワクワクが良いなしな。病みつきになってしまうなり」
「なんか、大変なことを教えたのかもしれない」
茉琳に、スクラッチやナンバーズ、ロトなんかのオンラインくじを教えたのは翔だったりする。
「どれくらい、注ぎ込んだの?」
コインで銀色の部分を削りながら茉琳の目が泳ぐ。
「チョッチ、ほんのチョッチなり。偶に買ってるだけなり。ネットでも買えるから、校内から出なくても買えるなしね」
翔には本当のことをいえないほど結構、茉琳はつぎ込んでいたりする。
「まあ、茉琳の問題だからいいけどさあ」
「そうなり、そうなし、そうなしな。気にすることなんてないなしね』
元気そうに話す茉琳ではあるのだが、いつもとは違うと感じ、翔は心配そうに茉琳と顔を覗き込む。
「ところで眠そうな顔をしてるけど大丈夫?」
「分かるなしか?」
「そりゃあ、分かるよ。瞼が落ち掛けてトロンとしてるし、元気に話しているけど無理してるのかな。空元気かなって」
「………誰にも言わない?」
ハッとして茉琳は目を見開き、そして目を瞑り、じっと考えてから、
「なんか、へんな夢を見たなの」
「変って,どんな夢?」
「他の人には絶対言わないでよ。私の沽券に関る話なんだから」
茉琳の視線はは翔の目を貫く、
「わかったよ。他の誰にも喋らないから。俺の胸の内に収めておくよ」
翔の背中に冷たいものが走る。
「お願いよ。真剣に悩んで寝付けなかったんだからね」
「口にチャックします」
翔は手で唇を塞ぐ仕草を茉琳に見せた。
「実は…………」
「実は?」
「………太ったの。夢の中で、私、ぷくぷくになって太ったのよ」
「正夢じゃないか』
「話の腰を折、ら、な、い!」
「はい,すみません」
翔は茉琳に一喝されて縮こまってしまう。余りの剣幕に茉琳の中の茉莉が喋っているのを失念してしまっている。
「兎に角、指も、腕も、足も,お腹や顔なんでぽっちゃりになっちゃって酷かったんだから」
でも、夢の中では、翔に別の彼女ができていたと茉莉は言えなかった。
「それで、起きちゃって、それから,また寝付くのだけれど、何度も,何度も、同じ夢を見て飛び起きるのね。9回よ、9回。寝ぼけるに決まっているわ」
「それは,確かに酷いな。でも、茉琳は、そんなに太って見えないよ。ウォーキングや食事を気をつけた効果が出てるのに」
「そうよね。翔くんのおかげよ」
「うーん。なんで、そんな夢の出方するのかな。ダイエットのストレスが原因? それとも………。ネットで調べてみよう」
そう言って,スマホを取り出してネット検索をし始める。
「ちょっと待っててよ。茉琳……」
「はいなりぃ、ウチは続けていくなり」
スマホの操作に集中する翔とは話が途切れてしまい、茉琳はスクラッチを削るのを再開した。彼女の指先からはコリコリと銀色スクラッチが削れる音がする。そのうちに、
「あっ、マークが2つ並んだなり、次はこの辺りなしか」
茉琳は喜声を上げて再び、しゃにむに削っていく。
「後,ちょっとで見えるなり」
そして、
「でっ、出たなり、み、みみ、三つ同じ絵がならんだし」
削り終えたチケットをガン見し、ワナワナと体が震え出した茉琳は、
「翔! 翔。当たったなり。同じマークが三つ出たなしよ」
振り向き,翔のスマホをがっちりと握り、歓喜の声を上げて彼を揺さぶっていく。
「翔,見るなし。スクラッチが当選したなしよ」
と、茉琳は満面の笑顔で、銀色スクラッチがなくなり同じマークが現れたチケットを翔に見せびらかした。
「やっ,止めて! 茉琳、そんなに揺すったらスマホ落としちゃうから、止めようね」
「あっ,ごめんなっし。でも、これ見てなし。当たったなりよ」
翔の叫びに茉琳は彼を揺さぶるのを止めた。しかし、顔のニヤケが止まらないでいる。
「本当だね。当たってるよ」
翔は茉琳が見せつけるチケットを覗き込み、思わず呟いてしまう。そして、徐に自分のスマホの画面を覗き、
「やっぱりだ。いいことあったじゃない。正夢だったんだよ。茉琳の見た夢って」
「どうして、そうなるなし? ウチがポンボコお腹になるって言うなり。翔」
「違う、違うよ。夢の中で太るっていうのは幸せになる前兆。特に金運アップの,御利益があるんだ。検索結果に出てるよ」
「そうなしな。ウチ,正夢かと思ったなし、悪い夢じゃ無かったなりね」
茉琳の一瞬沈んだ表情をした顔が一気に綻ぶ。
「そういうこと。気に病む事じゃ無いんだ。これから,もっともっと良いことあるって」
「ハァ、まっこと良かったなり」
茉琳は、肩から荷が降りたとばかりに、安堵して吐息を吐いた。
「………翔くんに捨てられるのかもって、焦っちゃった。夢みたいに………」
そして,彼に聞こえないくらいの小さい声で呟く。
「んっ、茉琳。何か言った?」
「ん、何も言ってないなし。と、こ、ろ、で。ねぇ、翔、この後って,どうなってるなりか?」
「この後って、講義のこと? なら、夕方までびっしりだよ」
「その後は,どうなり?」
茉琳は、小首を傾げて翔の顔を仰ぎ見た。
「どうって、帰ってご飯を食べるよ」
「じゃぁあ、うちが夜ご飯も奢るなし。くじが当たって軍資金も入ったなりから」
「そんなの良いよ。茉琳のお金じゃ無いの」
茉琳は口元に人差し指をを当て、
「ウチ、ご飯を食べた後、行きたい所あるなし。連れてって欲しいなり。ダメっ?」
翔の目を見て頼み事をしてきた。
「ダメってことはないよ。茉琳を1人で外に行かせるのって危ないし。奢ってくれるってことは食費も浮くしね」
「決まりなり。やったなり。翔! 講義終わったら,東門に来るなりよ」
茉琳は破顔し笑顔を爆発させる。
「ところで、茉琳の行きたい所ってどこなんだよ」
「また、会う時の楽しみなしな」
「教えてくれたっていいじゃない」
「くじと同じなしよ。分かるまでワクワクが良いなりよ。そうでしょ、翔」
「俺はハラハラする方が大きいよ。如何わしい所いくんじゃ無いよね」
「違うなりよ。何、考えているなし。翔のエッチィ」
茉琳の頬が赤く染まる。
「エッチって、酷いなあ。本当にどこ行くの」
「内緒。楽しい所なのは確かなり」
「ほれ見ろ。やっぱり,そうじゃないか?」
「ウフフ」
「ウフフって、もう」
茉琳は思わせぶりに微笑み、翔をを連れて、大学に戻って行った。
⭐︎
途中、翔には全く聞こえないほど声で、茉琳は呟く、
《これで今までくじで負けた分、取り戻せたなり。諦めずに続けていくもんなしね》
実は、茉琳は,自分の小遣いを3ヶ月分食い尽くし、カツカツの生活を送っていたりした。
ありがとうございました