9.ドキドキ服選び
行き交う人々の姿。
「懐かしい」
王都よりは小さいけど、背の高い建物が並ぶ住宅街。
「あの頃と変わってない」
中心部には広間があって、露店などがいくつも出店している。
賑わいは王都とそん色ない。
「本当に懐かしいなぁ」
(テンション高いな、主は)
「いや自分でも驚いてるよ。こんな気分になれるんだな」
ただ懐かしいという気持ちだけじゃない。
俺はここに帰って来たのだと、改めて実感できたから。
(興奮するのはよいが、まずやるべきことがあるじゃろう?)
「ああ、そうだったな。お前の服を用意しないと」
(そうじゃ。ワシも早く外に出たいのじゃよ。そういうわけで店に行くがよい)
「店か。正直いうと、そういう服屋とかって入ったことないんだよな」
勇者時代に縁があったのは、武器や防具を売ってくれるお店ばかりだった。
あとは飲食店くらいか。
それも最初だけで、魔族の領域に近づくにつれ利用できなくなった。
生まれも田舎で服は自分で作っていたし。
「どこに入ればいいんだ?」
商店街に俺はいる。
人も多いし店も多い。
どこがいいのかなんて、ハッキリいって見当がつかない。
(仕方ないやつじゃのう。ほれ、適当に歩け。ワシが見つける)
「わかるのか?」
(雰囲気じゃよ。そうじゃな、あの店に入れ、正面の店じゃ)
「わかっ――」
俺は踏み出そうとした宙で止める。
彼女が指定した店を見つめながら、不思議な姿勢を維持する。
「何あれ?」
「大道芸かしら」
などという声が聞こえたが、気にしない。
それよりも……。
「おい、本当にあれに入るのか?」
(うむ。あそこがよさそうじゃ)
「……本気で言ってるのか?」
(しつこいのう。何が不満なのじゃ! ワシが着る服じゃぞ!)
そういうことじゃなくて……。
店に並んでいるのは俺でもわかる女性ものばかり。
それもフリフリで派手なタイプ。
どうみても、男が一人で入るような店ではない。
「あ、あれに入るのか……」
(情けないのう。仮にも元勇者がこの程度で尻込みしてどうするのじゃ)
「それとこれとは別だろ」
(困った奴じゃな。あまり文句を言うと、ワシが今から裸でこう叫ぶぞ? この男がワシの服を脱がして乱暴しようと――)
「わかった今すぐいく!」
駆け足で店に向かう。
やっぱりこいつは魔王だ。
勘弁してくれ……。
魔王が勇者に脅されて女性向けの店に入る……そっちの情けないだろ。
「いらっしゃいませー」
「……入ってしまった」
目が眩しい。
なんだこのキラキラした服の列は。
服だけじゃなくて下着もある。
「目のやり場に困る……」
(主は初心じゃな。ほれ、つったておらんで早く中を回るんじゃ)
「わ、わかってる」
「お客様、何をお探しでしょうか?」
「――!?」
唐突に後ろから話しかけられ驚いた俺は、瞬時に距離をって身構える。
「お客様?」
「あ、すみません。びっくりしてしまって」
いけない普段の癖で。
すぐにでも戦える準備を心掛けていたあの頃と違って、今は平和なんだ。
俺の行動に驚いた店員を誤魔化すような笑顔を作る。
「あはははっ……」
「えっと、何かお探しでしょうか」
「あ、はい。その、女の子の服がほしくて」
「彼女さんへのプレゼントですか?」
「いや、そういうんじゃないんですが……」
魔王に脅されて服を買いにきました……なんて、どの口で言えばいいんだ。
店員はキョトンとした顔を見せている。
咄嗟に否定してしまったけど、今の質問に上手く乗ればよかった。
恋人へのプレゼントだと答えたほうがこの場合は自然だったのに。
(かっか、初心じゃな)
「うるさいぞ」
俺は小声は店員には聞こえていない。
「あー、妹の服です」
「なるほど、妹さんへのプレゼントですね」
これでご誤魔化しはきいただろう。
店員さんも納得して、それでしたらと案内される。
大まかな年齢とサイズは歩きながら伝えた。
「こちらにあるものでしたら、サイズ的にもピッタリかと思います」
「ありがとうございます」
「……」
「……」
見ただけじゃわからないな。
本人の意見も聞きたいが、隣に店員がいると聞きづらい。
一人で見たいから向こうに行ってくれとは言えないし。
もういっそ俺が適当に選んで買うか?
(もうよいぞ)
「え?」
「お客様どうかされましたか?」
「いえなんでも」
俺は誤魔化して店員に背を向ける。
そのまま小声で彼女に問う。
「もういいってどういうことだよ」
(店を出てもよいと言っておるのじゃよ)
「は? まだ買ってないぞ」
(よいから出ろ。出ればわかるのじゃ)
理由はわからないが、出ろというならお言葉に甘えよう。
あまり長くこの店にいたくない。
普通に恥ずかしい。
「すみません。買うのはまた今度にします」
「そうですか。次はぜひ妹さんとご一緒にいらしてくださいね」
「はい。そうします」
たぶん二度と来ることはないけど……。
俺は逃げるように店を出た。
その後は彼女の指示で、人目のない路地へと入る。
「ここでいいのか?」
「うむ」
アスタロトは姿を見せる。
「どういう――あれ、その服」
「どうじゃ? 似合っておるじゃろう?」
黒いレースのワンピース。
実体化した彼女は服を着ていた。
それは俺は見ていた場所にあった服と同じ見た目をしている。
「どういうことだよ」
「なんじゃ? 主は本気で気付いておらんかったのか?」
「何に?」
「主は鈍いな。今のワシは肉体がないのじゃ。この身体も魔法で構成しておる。身体が作れるなら、服も作れるじゃろ?」
「……あ」
どうして気付かなかったんだ。
自分でも呆れるほどあっさりとした真実に、思わず口がぽかーんと開く。
「じゃ、じゃあなんで店に入らせたんだ?」
「デザインを知りたかったからじゃ。ワシは人間の服に詳しくはないからのう」
「だったら店に入らなくても……街の人を観察すればよかったじゃないか」
「そうじゃよ」
彼女はあっさりと同意する。
どうして、と再び聞く前に、俺は彼女の真意を悟った。
「お前……俺をからかってたのか」
「かっかっかっ、実に愉快じゃったぞ!」
「こいつ……」
いつか絶対に仕返ししてやる。
俺は心に強く誓った。
勇者じゃなくなったし、仕返しの一つくらい考えても構わないだろ?
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