8.最初の街にただいまを言う
俺たちは歩く。
元勇者と元魔王が隣を。
「ここを歩いていると、勇者として旅立った頃のことを思い出すよ」
「懐かしいか?」
「ああ、懐かしい」
勇者に選ばれ、王都に呼び出され聖剣を貸し与えられた。
俺には人々を守る使命があり、そのための力があることを知った。
選ばれた責任を果たすことを決意し、王都を旅立ち魔王の城を目指す。
その果てで……。
「まさか倒すべき魔王と一緒に生きることになるとはな」
「面白いこともあるものじゃろう?」
「お前が言うのか、それ」
「かっかっかっ、ワシだから言えるんじゃよ。ワシとて同じじゃ。こうなればよいと思ってはいたものの、実現するとは思っておらんかった」
彼女には似合わない弱気な本音を聞いた。
魔王としての肩書きを捨てること。
それが彼女の望みであり、いつかそういう日が来ることを夢想していた。
彼女にとってそんな未来は、夢でしかなかったのだろう。
「念願かなって、か」
「そうじゃよ。主には感謝しておるよ」
「感謝なんて」
されるようなことはしていない。
ましてや魔王に。
人生何が起こるかわからないとはよく言ったものだな。
「この先に進むと街がある。せっかくだし寄っていくか」
「よいのう! 人間の街か!」
「なんだ? もしかして初めてじゃないよな?」
「無論幾度とあるぞ。じゃがワシの場合、人間の街を訪れる時は敵としてじゃったからのう。客として入ったことはないのじゃ」
魔王にとって人間の街は戦地であり、楽しむような場所ではなかった。
その通りだなと頷く。
聞けば彼女は人間の暮らしに興味があるらしい。
「ワシら魔族より弱っちい癖に繁栄しておるではないか! その秘密をこの目で見たいと思ってのう」
「秘密って、ただ普通に生活してるだけだぞ」
「そうか? じゃが聞くが、主とて普通の生活とは縁遠かったのではないか?」
「……その通りだな」
偉そうに普通の生活なんて言ったが、俺もそんなに知らない。
いや、勇者に選ばれる前は普通に暮らしていた。
だけど勇者になってからの日々が濃すぎて、昔のことはあまり覚えていないんだ。
「楽しみじゃのう」
「人間の街を楽しみにする魔王なんて聞いたことないな」
「ここにおるじゃろ? まぁワシはもう魔王ではないが」
ワクワクしている彼女を見ていると、なんだか俺まで楽しくなる。
「ところで主よ。そのまま行くつもりか?」
「ん?」
「バレるぞ」
「あ……」
俺はピタリと立ち止まる。
すでに街は目の前に見えている。
もしかしたら、街から出てきた人とバッタリ遭遇、なんてこともある距離だ。
俺は自分の格好を見返す。
王都から出てきてそのままの格好……。
「王都にも近い街じゃ、主の顔は皆が知っておるじゃろう?」
「確かに……どこかに布でも落ちてないかな」
「はぁ、やれやれ。主は意外と抜けておるのう」
彼女は呆れ奈が首を横に振り、自分が纏っていたローブを脱ぎ始める。
「お、おい」
「これを着ておれ。ワシの魔法で認識阻害の効果を付与しておいた」
手渡されたローブから仄かに魔法の気配を感じる。
その所為か少し温かい。
「それを着ておれば、他人に主だとはバレん。主を探しておったり、主と縁が深い者には効果が薄いがのう。顔見知り相手なら十分じゃ」
「ありがとう。助かるよ」
「礼には及ばん。ちなみに温かいのは魔法のせいではないぞ? ワシが羽織っておったからのう……私の肌の熱じゃ」
「ぅ――!」
彼女は自身の小さな胸に手を這わせ、誘惑するようなポーズでねっとりとした声を出す。
ローブを脱いだ彼女は下着一つ付けていない。
少女の身体とはいえ、目のやり場に困る。
「このような少女が着ていた布で自らを包むとは……やはり主は変態じゃな」
「お、お前……まさかそれが言いたかっただけじゃ」
「かっかっかっ! 主は本当にからかいがいのある男じゃのう! これから退屈せずに済みそうで安心じゃ」
「こいつ……」
やっぱり魔王だな。
精霊になっても俺の天敵に違いない。
「お前はどうするんだ? その恰好じゃ街には入れないぞ」
「心配には及ばん。服が手に入るまでは実体化を解いて主の中におるよ」
そう言った直後に彼女の身体は薄れていく。
今の彼女には肉体がない。
魂は俺の身体にあり、意識だけを外に出している状態だ。
魂に魔法の力を覆うことで仮の肉体を作り出している。
俺の死体を偽装した魔法と同じらしい。
(これで問題ないじゃろう)
「頭の中に声が響くっていうのは……慣れないな」
(であれば早急に服を手に入れるのじゃな)
「わかったよ。じゃあ街に行って最初にすることは、お前の服選びだな」
(よいのう! せっかくワシも魔王を辞めたのじゃ。好きな服を好きなだけ着るぞ!)
姿はなくとも声だけで彼女がはしゃいでいるのがわかる。
魔王だと思ったら人間の少女みたいだったり。
捉えどころのない奴だ。
「さて……」
俺は再び歩き出す。
目の前の街に。
王都の南に位置する大都市アステラ。
二番目の王都と呼ばれるこの地は、勇者だった俺が初めて訪れた街であり……。
仲間たちと合流した地でもある。
俺は三年ぶりにここへ戻ってきた。
俺にとって……いいや、俺たち勇者パーティーにとって始まりの地と呼べる場所へ。
「ただいま」
懐かしき光景が視界に広がる。