7.目的を探す旅
俺の日常に平穏はなかった。
旅の中、いつ敵に襲われるかわからない。
人々が安心して日々を過ごせるように、俺たちは常に剣を構えている必要があった。
どんな障害も打ち破れるように。
あらゆる脅威から、か弱き者を守れるように。
それを辛いと思ったことはない。
勇者なのだから、人のために戦うことは当然だった。
そして旅の終わりにたどり着いた。
その時、ふと思ってしまったんだ。
これは俺は、なんのために生きて行けばいいのか……と。
勇者でなくなった俺に、生きる意味はあるのか。
答えは出ないまま歩き続けている。
「エレン! おい勇者!」
「――! な、なんだ?」
「なんだじゃないわい。ワシが話しかけておるのにずーっと無視しおって! 勇者らしく魔王に嫌がらせをしておるのかと思ったぞ!」
「ああ、すまない。ちょっとぼーっとしてただけだ」
王都を出発した俺たちは南へ向かって歩いていた。
特に目的地を決めているわけじゃない。
目的があるとすれば、騒ぎになっているであろう王都からいち早く離れたかっただけ。
別に、場所なんてどこでもよかった。
「まったく、平和ボケしよって。勇者でなくなった途端に腑抜けか?」
「そんなつもりは……ないけど」
世界は平和になった。
そして俺は、もう勇者じゃない。
陛下から頂いた聖剣も返却した。
そう、勇者じゃないんだ。
「これからどうすればよいか、悩んでおるのか?」
「よくわかったな」
「当たり前じゃ。ワシと主は魂が同居しておる。主の魂の揺らぎを、ワシは隣で感じ取れるんじゃ」
「隠し事が一切できないって、なんだか不便だな」
それはお互い様じゃ、と元魔王アスタロトはため息混じりに呟いた。
俺たちは一人の肉体に二つの魂が共存している。
だから彼女には俺の考えが筒抜けで、彼女の考えも俺は感じ取れる。
もちろん、思考を完全に共有しているわけじゃないから、一言一句伝わるわけじゃない。
喜怒哀楽、見ている方向、望んでいる結末。
大まかな考えがわかる程度だ。
要するに、隠し事があることはわかっても、隠し事の内容まではわからないということ。
「なぁ、どうすればいいと思う?」
「そんなもの、ワシに聞かれてもわからんわい」
「即答するなよ。もう少し考えてくれ」
「考えるまでもない。ワシは魔王としての生き方しか知らんし、主は勇者として生き方が抜けておらん。互いに、普通の日々というものから縁遠かったからのう」
語りながら彼女は、俺の少し前を歩く。
小さな身体で俺より速く足を動かす姿に、魔王の面影はない。
俺が勇者でなくなったように、彼女も魔王ではない。
幾年を共にした魔王の称号を捨てた。
俺たちは互いに、肩書きを失っている。
「ワシは一つの生き方しかしてこんかった。畢竟、それしかわからんかったからじゃ。ワシは魔王であることが一番楽じゃったよ」
「楽……か。俺もそうなのかもしれないな」
勇者という肩書に寄りかかっていた。
思い返せば、俺の人生は誰かに与えられてばかりだ。
目的を与えられ、力を与えられ。
だったら、迷ってしまうのは当たり前だ。
誰かに与えられ続けた俺の人生は、俺自身のために生きたことが一度もない。
「わからないんだ。俺は……何をしたらいいのか」
「その考え方がそもそも間違いじゃよ」
「間違い?」
「主はどこまで勇者じゃな。毒されておるとも言えるが」
彼女の言葉に首を傾げる。
言っている意味が俺にはわからなかった。
そんな俺に呆れながら、彼女は言う。
「何をしたらいいのか、ではなく、主が何をしたいかを考えればよい」
「俺が……何をしたいか」
「そうじゃ。何をすべきかなどと固く考えるから行き詰る。主はもう勇者ではないのじゃ。使命のないその身で、好きに生きればよい。無論ワシもそうする」
「……アスタロトはあるのか? やりたいこと」
彼女は微笑む。
「あるぞ?」
「……教えてもらえないか?」
「嫌じゃよ」
即答されてしまった。
彼女の意見を聞いて参考にしたかったのに。
「今教えると、主はそれに合わせるじゃろう? なら自分もそうすると、違うか?」
「ああ、そうしそうだ」
実際、それが楽だと思っていた。
見透かされていたようだ。
「よくわかってるな」
「元魔王じゃからな。魂が隣にある今なら、お主の考えなど手に取るようにわかるぞ?」
「だったら俺の代わりに、俺がやりたいことを教えてほしいね」
「それは無理じゃよ。そういうものは、主自身が気付かなければ意味がない」
まったくその通りで、返す言葉もなかった。
大切なのは俺の望みだ。
誰かに言われてやることじゃない。
それじゃ、勇者だった頃と何も変わらない。
生きる目的を他人に与えられるのは楽だけど、それを失ったらまた路頭に迷う。
繰り返すだけだ。
それはあまりに不毛だろう。
「俺がやりたいこと……か」
俺は一体何がしたいんだろうか。
自分で自分に問いかける。
だけど答えは出てこない。
俺の問いに、俺の魂はだんまりを決め込んでいる。
「焦る必要はないじゃろう。時間はたっぷりあるんじゃ。今はそうじゃな。やりたいことを見つけること目標にすればよい。何気ない日々から、気づきがあるかもしれんぞ?」
「……そうだな」
今はそれでいい。
彼女のいう通り、時間はたっぷりあるんだ。
「なんだか不思議な気分だよ。アスタロトは人間みたいなことを言うな」
「まぁそうじゃな。ワシも元は人間じゃからのう」
「そうなんだ……え? そうなの!?」
人生で一番びっくりした瞬間だった。