5.さよなら、勇者
魔王は死んだ。
勇者の聖剣によって。
戦いは勇者の勝利で終わり、俺は仲間たちと共に王都へと帰還した。
偉業を成し遂げた俺たちを人々は称賛する。
国王も満面の笑みで俺たちを出迎えてくれた。
だけど、俺には聞こえていた。
彼女の魂が宿っているおかげで、他人の中にある邪悪な感情が鮮明に。
「勇者に残られては、我々の地位を脅かしかねない」
「同感だ。魔王討伐が達成された今、最大の脅威は勇者になりましょう」
「王よ、ご決断を」
「うむ。では予定通り進めるとしよう。勇者暗殺の計画を」
勇者暗殺計画。
その名を聞いた時、俺は驚かなかった。
共にある魔王の魂が、そうなる未来を教えてくれたから。
むしろ俺は、この展開を望んですらいた。
俺たちが真の意味で、勇者と魔王という立場から解放されるためには、勇者は死ななければならない。
平和のためにも。
だから俺たちは一芝居うった。
仲間たちがそれぞれの地に帰ったタイミングで襲撃があると予測し、魔法で偽りの肉体を作り操った。
そして暗殺者に殺させた後、密かに王都を出た。
◇◇◇
「思ったよりもあっさり進んだな」
「当然じゃ。このワシが考えた作戦じゃ。失敗するはずがなかろう」
「すごい自信だな。まぁ、実際その通りなんだけど」
「かっかっかっ!」
甲高い笑い声が丘の上から草原へと吹き抜ける。
魔王としての肉体を失った彼女は現在、精霊に近い存在となっている。
いわば力に魂が宿っている状態だ。
彼女の場合は、魂に力が宿っている状態なのだが、その辺りは複雑だから考えるだけ時間の無駄だ。
ともかく、魔王としての彼女は一度死亡した。
本来死ねば再び復活のために巡る魂を、俺の肉体と結びつけることで維持している。
「肉体がないというのも考えものじゃな。こうして実体を作るだけで魔力を消費する。効率の悪い身体じゃ」
「俺からすれば、好きに出たり消えたりできるのは便利に見えるけどな。まだ力は戻っていないのか?」
「そうじゃの。かつての一割にも足りん。完全な回復には早くても半年はかかりそうじゃ」
「半年……か」
普通なら長い、と感じるのだろう。
だけど今の俺たちには、半年なんて数字は意味をなさない。
俺たちは不死身となった。
互いの魂が共にある限り、永遠を生き続ける。
時間の経過なんてあってないようなものだ。
「一応聞くが、後悔はないか?」
「それは……」
答えを詰まらせたその時、轟音と共に突風が吹き荒れる。
自然現象ではなく、何かが頭上を通り抜けた。
巨大な影は草原を羽ばたき、王都へと向かっている。
「ドラゴン!? どうしてこんな場所に」
俺たちが目にしたのは漆黒のドラゴンだった。
圧倒的な魔力を宿す魔物の中で頂点に君臨する存在。
その中でもあれは別格に強い。
「あれはブリトラか」
「お前の部下か?」
「ワシが抑えておった暴れん坊じゃ。ワシがいるうちは大人しくしよったが、いなくなった途端調子に乗り始めたんじゃろう」
「だったらお前が一言やめろっていえば」
彼女は首を横に振る。
「無駄じゃ。今のワシではあれは止められんし、ワシの声は聞こえん」
「くそっ!」
あんなものが王都を襲ったらひとたまりもない。
王国にいる騎士たちだけじゃ対応は不可能だ。
仲間たちがいればよかったんだが、あいにく今は各地へ散っている。
今、この場であれと戦えるのは……。
俺だけだ。
人々を守らなければならない。
その思いで動こうとする身体を理性が引き留める。
自身はもう勇者ではない。
勇者エレンは死んだ。
ここで助けに出れば、生きていることを伝えることになる。
そうなれば新たな混乱を生むだろう。
ようやく手にした平穏を、俺のせいで乱していいのか?
「うだうだと考えすぎじゃ、馬鹿者」
魔王だった彼女が言う。
今、俺たちの魂は一つの肉体に宿っている。
故にわかるのだ。
俺が何を考えているのか。
彼女が何を考えているのか。
「主はもう勇者ではない。ただのエレンじゃ。何に縛られる必要もない。じゃから、好きにすればいいんじゃ。思いのままに……細かいことは気にするな」
「……そうだな」
まさか、魔王に背中を押される日が来るなんて。
だが悪くない気分だ。
おかげで悩みは吹き飛んだよ。
「来い。エクスカリバー」
その手に握るは国の宝、人類の希望。
陛下より貸し与えられた聖剣エクスカリバー。
この剣は勇者が持つべきもの。
ならば、今の俺には不釣り合いな代物だ。
国の宝は、国へと返却しよう。
そのついでに、最後に勇者らしいことをしようじゃないか。
「なぁ、アスタロト」
「なんじゃ?」
「どうやら俺は、困っている人がいるのに無視できるほど、器用な人間じゃないらしい」
「かっかっかっ、知っておるわ。じゃからお主は、勇者だったのじゃろうて」
聖剣の力を解放し、その投擲によってドラゴンを貫く。
一閃。
流星のごとき一撃によって、王都は守られた。
聖剣は今頃、陛下の部屋に突き刺さっているだろう。
「お返しします、陛下」
今まで俺を支えてくれてありがとう。
最大の感謝を込めて、俺は王都にお辞儀をした。
「くくくっ、今頃大混乱じゃろうな~ 死んだと思っておった勇者に助けられたのじゃから」
「そうかもな。でも、関係ないよ」
勇者エレンは本当に死んだ。
今、この瞬間を持って。
「国のことは国がやればいい」
「そうじゃな。ではゆくか? 目的もない旅路へ」
「ああ」
俺たちは王都に背を向ける。
歩き出そうとする前に、俺は彼女に言う。
「後悔はないかって聞いたよな?」
「聞いたぞ」
「あるに決まってる。この選択が正しかったのか、今でもわからない。だからこれから、正しかったと思てるように生きるんだ」
「――そうか」
こうして俺たちは歩き出す。
役目を捨て、ただの人間として。