表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/20

3.魔王の囁き

「のう勇者よ、いつまでこんな戦いを続ければよいのじゃろうなぁ」

「お前がそれをいうのか? 魔王」

「ワシだから言えるのじゃ。否、ワシらにしか言えんことじゃ」

「どういう意味だ」


 魔王城の最深部。

 玉座の間にて俺と魔王は力をぶつけ合う。

 聖剣と魔法の光が交錯し、距離をとる。


「勇者よ、お主はなんのためにここへやってきた?」

「そんなの決まってる。お前を倒すためだ」

「なぜじゃ?」

「なぜ? それこそ言うまでもないだろう! お前たち魔族から人々を守るためだ!」


 俺は声を荒げた。

 人生でこれ以上ないくらいの大声を出した。

 自分でも、ここまで感情が高ぶったのか不思議だった。

 怒りはある。

 魔族のせいで命を落とした大勢の人々の無念を、俺たちは背負っている。

 だから負けるわけにはいかない。

 人々のために、世界のために。

 たとえこの命を燃やしつくそうとも、魔王を――


「本当にそうか?」


 魔王は問う。


「勇者に選ばれてしまったから、役割を果たしているだけではないのか?」

「何を……」


 俺の心に、その覚悟に問いかける。


「主の善行を否定するわけではない。じゃが、主は気づいておるじゃろう?」

「何に……?」

「惚けるな。いや、気づいていることにさえ気づいておらぬのか? 無意識に気づかぬふりをしておるのかもしれんのう」

「だから何に! 何を知っているんだ!」


 二度目の激昂はさらに大きかった。

 嫌な気分だ。

 自分の心に触れられて、隠していた物を無理やり日の下に出されるような。

 おかげで苛立ちを隠せない。

 だけど、その苛立ちの理由が自分でわからない。

 俺はどうして怒っている?

 この怒りは勇者としての怒りなのか?

  

「主は気づいておるじゃろう? この戦いに、意味などないことを」

「――!」


 魔王の言葉がぐさりと胸に刺さる。

 これまで受けたどんな傷より痛く、どんな攻撃よりも鋭い。

 実際には傷はないのに、胸がズキっと痛む。


「その反応は図星じゃな」

「何を……意味なら、あるだろ?」


 本当にそうか?


「ほう、どういう意味があるのかのう」

「それは……お前を倒せば、みんなが安心する。平和になるんだ」


 みんなって誰だ?

 安心って、どうしてそう思える?


 不思議な感覚だ。

 いいや、気持ちが悪い。

 自分の言葉なのにそうじゃないみたいな。

 まるで、誰かに言わされているような不快感が全身を流れる。


「ならばこう問おう。その平和はいつまで続く?」

「……」


 ああ、もう言わなくてもいい。

 気づいている。

 気づいてしまった。

 魔王の言葉に、気づかされた。


「わかっているさ。そんなこと……」


 俺は聖剣をおろす。

 それに合わせるようにして、魔王も肩の力を抜いた。


「この戦いで勝利したところで、平和が訪れるのは限られた時間だけだ」

「そうじゃ。それは歴史が証明しておる。人間と魔族の争いは、これで何度目じゃ? ワシは何度殺されたか覚えておらんよ。もう、数えることすら馬鹿馬鹿しい」


 そういう魔王の表情は、どこか切なげで。

 とてもじゃないけど、人々を脅かす諸悪の根源には見えなかった。

 ここでついに、俺の戦意は完全に消滅した。


 魔王の……彼女のいう通りだ。

 人と魔族の争いは、俺が生まれるずっと昔から続いている。

 平和だった時期もあった。

 だが、それは長く続かない。

 新たな魔王と勇者が生まれ、再び戦いが始まって、多くの者たちが傷つき、何かを失っていった。

 歴史は何度も繰り返す。

 何度も、何度も、何度も。

 終わりなんてないと、俺たちに突きつけるように。

 

 ならば、この戦いに意味なんてない。


 そうだ。

 そうだとも。

 俺はそう思っていたんだ。

 心の奥底で。


「だが、それでどうなる? 俺の役目は変わらない。俺は勇者だ」

「じゃから役目を全うすると? 大層立派じゃが、その先に待っておるのは地獄じゃ。ワシを倒した勇者の末路は決まっておる。お主は殺されるぞ」


 魔王は悲痛な未来を突きつける。

 力を持つ者は畏れられる。

 たとえそれが、世界を救った英雄であっても。

 必要なくなった勇者は影で処分されてしまう。

 彼女はこれまで、そういう未来を見てきたという。


「驚かないのじゃな」

「驚いてはいるよ。だけど、それでもいいんだ。俺が死ぬことで、世界が平和になるなら……それもまた勇者の役割だから」

「つくづく……」


 と、途中で魔王は言葉を止めた。

 言われなくてもわかっている。

 偽善者だと言いたいのだろう。

 そう、俺は偽善者だよ。


「ただ、それで平和にならないのなら、意味はないと思っているよ」


 だって俺は、そんなことで死ぬの馬鹿馬鹿しいと思っているんだから。

 勇者らしくないことを、思い浮かべたのだから。

 魔王は笑う。


「かっかっかっ、やはりお主は違うのう。これまで相対した勇者は、どれも正義感の塊で、他人を疑うことすらせぬ正直者じゃった。じゃが主は、真実に気づいた上で役割を全うしておる。ワシからすれば、主こそ真の勇者じゃ」

「ははっ、魔王に褒められるなんてな」

「ワシとて伊達に長く魔王をやっとらん。世界の矛盾にも気づいたのはずっと前じゃ……こうして言葉を交わせたのは、主が初めてじゃよ」

「そうか……だったら、俺はやっぱり勇者としては失格だ」


 こんな風に魔王と親し気に話している。

 今も仲間たちが戦っているのに、俺はもう戦う気が起きない。

 

「ワシもじゃよ。ワシはなぁ……当の昔に戦いに飽いた。もう終わりにしたいんじゃ。もう終わりにしたいんじゃよ。じゃから、のう、真の勇者よ」


 魔王は手を差し出す。

 その手に敵意はなく、まるで助けを求める子供のように弱々しく。


「ワシと一緒に、逃げてはくれんか?」


 俺の手を求めていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作投稿しました!
メイド雇ったら大嫌いなクラスメイトが来たのでVTuberデビューさせる~
https://ncode.syosetu.com/n4928ht/

最後まで読んでいただきありがとうございます!
もしよければ、

上記の☆☆☆☆☆評価欄に

★★★★★で、応援していただけるとすごく嬉しいです!


ブクマもありがとうございます!

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

7/25発売です!
7pm86qqs2f5ubja2g3z3lfl515it_3v1_133_1jk_1j0pl.jpg

8/30発売です!
458if3gek4wehi5i7xtgd06a5kgb_5gq_160_1nq_cq3f.jpg

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ