20.再び旅立つ
「よいしょっと。これで最後だな」
「こっちも終わったぞ」
「ありがとう」
洗脳にかかっていた村の人たちを全員家まで送り届けた。
アスタロトの力で眠っている彼らは朝まで起きないという。
最後に父さんと母さんを家に運び終わったところで、アスタロトも戻ってきた。
彼女に頼んでいたのは、倒した奴らを拘束しておくことだ。
「主もつくづく甘いやつじゃのう。殺してしまえば楽じゃったろうに」
「それじゃ意味ないんだよ」
「む? なんじゃ? 奴らに何かするのか?」
「してもらうんだよ。今回はあいつらを利用する」
そのために生かした。
俺だって今はお人好しじゃない。
自分を殺そうとした人間まで守ろうとは思わない。
殺さなかったのは奴らに利用価値を見出したからだ。
「このまま奴らを殺しても、また新しい刺客を送られるだけだ。だったらこのまま泳がしておいたほうがいい」
「なるほどのう。で、ワシの魔法か」
「さすが理解が早いな。頼めるか?」
「無論じゃ。旦那様の頼みじゃからのう」
アスタロトの魔法で奴らを洗脳する。
洗脳というより記憶と認識の改ざんだ。
奴らには最初から俺たちの部下だったという記憶を植え付ける。
その上でこちらに都合のいいように他の記憶も改ざんして、欺くべきは王国だという認識にすり替える。
「ついでに悪さしないように性格も変えられないか?」
「できるぞ」
「できるのか……凄いな」
「ワシじゃからのう」
ということだったので、彼女たちが悪事を働くことは二度とないだろう。
少なくとも、俺たちが生きている限りは。
「王国へは俺たちが国外に逃げたと伝えさせよう。それで諦めてくれればいいんだが……」
「どうじゃろうな。思った以上にしつこいぞ」
「ああ、たぶん諦めない。俺たちを殺すためにどんな手段を使うかも」
賊を使ってきたのがいい例だ。
彼らはきっと手段を選ばない。
襲撃が失敗したとあれば、もっと非道な方法をとるかもしれない。
だからこそ……。
「アスタロト、もう一つ頼めるか?」
「なんじゃ?」
「……父さんと母さん、この村の人たちから、俺の記憶を消してほしい」
俺はこれ以上、迷惑をかけられない。
アスタロトはわずかに眉を動かす。
「やはりそうか……主は最初からそのためにここへ来たんじゃな」
「ああ」
そうだ。
俺が村に帰って来たのは里帰りのためじゃない。
挨拶をするためだ。
最後の……お別れの挨拶を。
そしてこの場所から、俺という人間の痕跡を全て消す。
「そうしないと今回みたいに危険が及ぶ。俺たちの見てない場所で何かあれば……次は助けられない。だから関わるべきじゃない。そうだろ?」
「……ワシはよい。じゃが、主はそれでよいのか?」
「俺は、二人が明日も明後日も、穏やかに生きてくれればそれでいい」
それだけでいい。
たとえ二度と、会えなくなっても。
「エレン」
「――! 父さん……母さんも」
いつの間にか二人は俺の後ろに立っていた。
気配を感じなかった。
チラッとアスタロトと視線が合う。
なるほど、彼女の仕業か。
俺は諦めて小さく呼吸を整える。
「二人とも、大切な話があるんだ」
二人に真実を話した。
これまでのこと、これからのこと。
俺が何を考えているのか。
包み隠さず、脚色もなく。
最後だから本心をそのまま伝えた。
「黙っていてごめん。でも……これが最善なんだ」
「ああ、そうなんだろうな。お前は俺たちよりもずっと賢い」
「私たちのためなんでしょう?」
「……うん」
俺は二人を守りたい。
その思いは本物だ。
だけど、そのために俺は二人の思いを犠牲にする。
俺の記憶を消すということは、二人が俺にかけてくれた時間を奪うということだ。
「親不孝者だ……俺は……」
「そんなことないさ。お前は自慢の息子だよ」
「父さん……」
畑仕事で硬くなった掌で、俺の頭を撫でてくれる。
「私たちも同じよ? 貴方が幸せであればそれでいいの。たとえ離れていても、忘れてしまっても……」
「母さん……」
母さんの優しい笑顔が、俺の心を温めてくれる。
「俺たちはお前の選択を応援するぞ! だがこれだけ忘れるな! たとえ記憶がなくなっても、俺たちがお前の親だという事実は消えない」
「私たちの心はいつまでも、貴方の愛しているわ」
「……ああ、俺も忘れないよ」
涙を流したのはいつぶりだろうか?
もしかすると、生まれて初めてだったかもしれない。
俺は両親の胸に飛び込んで、周りも気にせず泣いた。
本心は離れたくなんてない。
それでも、決意は変わらない。
「アスタロトさん」
「エレン君のこと、よろしくね?」
「もちろんじゃよ。ワシは妻じゃからのう」
◇◇◇
朝。
二人は目を覚ます。
「う、うーん……なんだか疲れたなぁ」
「そうね。あら? 洗い物がこんなにたくさん」
「昨日はパーティーだったからな。んーでもなんのパーティーだっけ?」
「誰かが結婚したんじゃなかったかしら。いいわね~ 私たちにも子供がいれば、そういうこともあったのかしら」
彼女は洗い物をはじめ、夫はテーブルの片づけを始める。
その時、夫は見つけた。
「ん? 母さん、こんなところに」
「なに? あら……」
二人が見つけたのは、タキシードとウエディングドレスだった。
「誰のかしら? 私たちのじゃ……ないわね」
「ああ、大きさが違う。でもどうしてここに? 間違えて持ってきたのか? だったら返さないと」
「ええ、でもこれ……」
「ああ」
夫はタキシードを、妻はウエディングドレスを手に取る。
「これは俺たちの……だな」
「ええ。とても大切なもの……そんな気がするわ」
◇◇◇
村を出てすぐ、森を抜けると丘がある。
朝日が見える絶好の場所に、俺たちは二人で立っていた。
「本当によかったのじゃな?」
「しつこいぞ。いいんだよ、これで」
父さんと母さんは大丈夫だ。
俺も、最後にいっぱいの愛情をもらった。
離れていても、忘れていても、俺たちは家族だと教えてくれたから。
それに……。
「お前も一緒なら、寂しさなんて感じない」
「――なんじゃ急に。恥ずかしいことを言うのう」
「いつものお返しだよ」
「かっかっかっ! 主も言うようになったわい」
俺は一人じゃない。
この先もずっと。
それを知っているから、心は強くあれる。
「これからどうするのじゃ?」
「そうだな。国を出て、仲間たちの様子でも見てこようかな」
「おお、よいのう。両親の次は友人にも挨拶か」
「またそれか? あいつらが知ったらどんな反応をするのか、楽しみではあるか」
やりたいことは決まってる。
この世界を堪能しよう。
肩書きを捨てて、何ものでもなくなった身で。
「じゃあ行こうか」
「うむ」
俺たちは歩き出す。
新しい場所へ向かって。
「行ってきます」
俺は再び旅立った。
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『メイド雇ったら大嫌いなクラスメイトが来たのでVTuberデビューさせる』
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