16.懐かしき故郷
俺たちは人気のない山奥の道を歩く。
左右は森に囲まれ、少し離れた場所には小高い山が見える。
王都やその周辺では見られない景色だが、俺にとっては珍しくもない。
「のうエレンよ。こんな場所に何があるんじゃ?」
隣を歩くアスタロトが尋ねてきた。
彼女は周囲を見渡しながら続けて言う。
「主要な街から随分と離れた。道中人間にも会わなんだし、ここに何かあるのか? 主を見ておるとテキトーに歩いているようにも見えんのじゃが」
「ああ、まだ行先を伝えてなかったっけ?」
伝えたつもりでいたんだが。
思い返すと教えていない。
気持ちが逸って、つい浮足立っていたのだろう。
俺は一言彼女に謝罪してから行先を告げる。
「悪いな。この先に俺の生まれ故郷があるんだよ」
「ほう! 主の生まれた地か」
「ああ。ちょうど目の前に山が見えるだろ?」
俺は正面を指さす。
道をずっと真っすぐ進むと山の麓にたどり着く。
俺が生まれ育った場所はそこにある。
人口は数十人で老人が多く決して栄えているとはいえない小さな村だ。
「そうかそうか。主の聖地じゃったか。このような何もない場所で生まれたのじゃな」
「一言余計だ。何もないのは……事実だけど」
実際何もない場所だ。
自然豊かな場所というだけで、街に比べれば不便なことが多い。
ただ、王都へ出るまでは不便だなんて少しも感じたことはなかった。
王都や他の街を知らなければ、あれはあれで快適な生活だったよ。
「里帰りというやつじゃな。会いたい人間でもおるのか?」
「まぁな。俺の両親だよ。ちゃんと……挨拶はしておいたほうがいいだろ?」
「……そうじゃな」
アスタロトは小さな声で応え頷いた。
絶妙な沈黙が続く。
「主の生みの親か! なればワシも挨拶はせんといかんのう。主の妻じゃと」
「ぶっ、お前……」
「なんじゃおかしいか? 人間の間では、意中の間柄を親に紹介するのが習わしなのじゃろう?」
「意中って……そういうフリをしているだけで別に俺たちは」
「他に言いようがなかろう? 説明のしようがないのじゃからな。細かいことを気にするでないわ」
確かにその通りなのだが……。
俺としては複雑な気持ちだ。
細かいというか……こんな少女を妻だというだけでも恥ずかしさがあるのに。
それを両親に伝えるのはちょっと……。
「はぁ、やっぱり行くのやめようかな」
「今さらじゃろ? ほれ、もう見えてきたぞ」
俺より先にアスタトロが気付いた。
眼前の道が終わり、古びた木の柵で覆われた簡素な安全地帯。
その中にポツリポツリと間隔を空けて立つ一軒家。
村の入り口すぐに畑があって、家畜の飼育している小屋もある。
懐かしい。
何もかも、あの頃のままだ。
そして――
「エレン?」
何よりも懐かしい声が聞こえる。
畑にいた一人の男性が俺に気付き、その隣で働く女性も俺と目を合わせる。
「あら? エレン君じゃない」
「父さん、母さん」
二人の顔を見た途端、ぐっと込み上げるものがあった。
瞳に涙が溜まっていく。
再会できた喜びと、それ以外の感情が混ざり合って。
二人は畑仕事を放り出して、俺の下へ駆け寄ってくる。
「帰って来たのかエレン!」
「お帰りなさい。エレン君」
二人の存在を近くに感じる。
俺は格好悪いところは見せたくないから、流れ落ちそうになった涙をぬぐい、笑顔で返す。
「ただいま。二人とも」
こうして俺たちは三年ぶりの再会を果たした。
◇◇◇
「よく帰って来たなエレン。三年ぶりか?」
「うん」
「大きくなったわね~」
「そうだね。あの頃より随分と背が伸びたかな」
俺たちは家の中に案内され、テーブルを挟んで向かい合って座る。
ちょっと薄めのお茶の味も懐かしい。
古い木造二階建ての我が家は、勇者になるため王都へ旅立った三年前となんら変わらない。
こうやって椅子に座っているだけで、あの頃の光景が蘇ってくる。
「戻ってきたってことは、勇者の仕事は片付いたのか?」
「うん、つい最近ね。こっちには伝わってないんだ」
「まぁな。王都からも遠い小さな村だ。噂が届くのも随分かかる」
「そうだよね」
俺は笑いながら答えた。
だったら俺が死んだという噂も届いていないか。
いや、届いていたらこんなにも穏やかな再会を果たすことはできなかっただろう。
今の短い会話だけで確信した。
父さんと母さんは、王都で何が起こったのか何も知らない。
少しホッとする。
「勇者のお仕事は大変だったでしょう? 友達はできたの?」
「遊びに行ったわけじゃないよ? まぁでも、頼りになる仲間はできた。大変な旅だったけど、みんなが一緒だったから楽しかったよ」
「そうかそうか。俺はお前がこうして無事に帰ってきてくれただけで嬉しいぞ」
「ええ、今夜は母さん、久しぶりに頑張ってお料理しちゃおうかしら」
陽気な二人を見てわかると思うけど、父さんと母さんは少し抜けている。
普通の人より明るくて前向きな性格だ。
俺が勇者に選ばれた時も……。
さすが俺の息子だな!
あらあら大出世だわ。
王都に行くならちゃんとしたお洋服を用意しないと。
なんて、俺の出世を素直に喜んでいた。
勇者の役割が人々のために戦うことだと認識していなかったのだろう。
俺もあえて深くは言わなかった。
二人に心配をかけたくなかったから。
だから俺は心の中で、必ずここへ生きて帰ってくると誓いを立てたんだ。
「ところでエレン、さっきから気になっているんだが……」
「お隣の女の子はどちら様なの? 迷子かしら?」
二人の視線がアスタトロに向く。
当然だが話の席には彼女もいる。
今も俺の隣で静かに座っている。
感動の再会を邪魔しないように、一言も発することなく。
「あ、えっと、彼女は――」
「ようやくワシの話す番じゃな。待ちくたびれたわい」
そう言ってニヤリと笑みを浮かべた。
もはや考えるまでもない。
彼女が次に口にする言葉は――
「初めましてじゃな! ワシはアスタロト、この男の妻じゃ」
宣言通り、彼女は自分をそう紹介した。
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