13.洗礼
「さっそく仕事を受けたいんですけど」
「でしたらあちらのクエストボードに張り出されておりますので、お好きなクエストをお選びいただき、こちらのカウンターにお持ちください」
ギルドでは依頼のことをクエストと呼んでいる。
巨大なボードにはいくつもの依頼書が張り出されていた。
大きな街の分、持ち込まれる依頼も多いのだろう。
「あの中から探すのは骨が折れそうだな」
「うむ。受付の娘よ。クエスト、というのはあそこにあるもので全部か?」
「いえ、あそこには期日が近いものを張り出しておりますので、他にもございますよ」
「そうか。ならば一番金が貰えるクエストを教えてもらえるか。それでいいじゃろ? 主よ」
アスタロトが俺に確認を求めてくる。
俺は軽く頷いて肯定した。
クエストの内容は正直あまり関係ない。
畢竟、お金がたくさんもらえればいい。
俺たちはお金がないんだ。
すると受付嬢は困った顔をする。
「一番報奨金が高いクエストはあるのですが……今のお二人では受注できないんです」
「む、なぜじゃ?」
「報奨金が高いクエストは、その分だけ難易度も高く危険な内容です。実力が確かでない方の受注はお断りしております」
「なんじゃ。ワシらの力を疑っておるのか?」
「申し訳ありません。お二人はさきほど冒険者になったばかりですので……」
言っていることは正しい。
だからアスタロトも強気に反論はできていない。
俺たちは新人の冒険者だ。
実力を証明するものを何も持っていない。
「どうすれば受けられるようになるんですか?」
「クエストにはそれぞれ難易度ごとにランクが決められています。最も高難易度がSランク、最低難易度はFランクです。受注可能ならランクを上げるには、一つしたのランクのクエストを三つ以上達成することが条件となります」
つまり、俺たちが今受けらえるのは最低のFランクだけ。
一番お金が貰えるランクを受けるには、最短でも十八個のクエストを終わらせる必要がある。
受付嬢から詳しい説明を受けた俺たちは、クエストボード前に移動する。
あれ以上聞いても得られるものはなかっただろう。
「まずFランクを三つ受けて……か」
「面倒じゃのう」
「そうだな。それに……」
チラッと見つけたFランクの依頼。
内容は庭の手入れ。
報奨金は普通の人が一食に出す金額程度。
アスタロトなら二秒で胃袋に消滅する量しか食べられない。
三つ受けても三食分……それも一人。
「最悪俺だけ食べられば平気か」
「おい、主には人の心というものがないのか。ワシから楽しみを奪う気か」
「元魔王に人の心とか言われたくないな……」
「くっ、やはり働くなど効率が悪い。いっそワシの力で記憶を改ざんして早々に高ランクを受けられるように……」
アスタロトが意味深に右手に魔力を貯め始めた。
慌てて彼女の手を掴んで止める。
「やめろやめろやめろ! そんなことしていいわけないだろ」
「ならどうするのじゃ? 非効率を承知で地道にクエストを受けるか?」
「それしかないだろ」
「むぅ……」
諦めてクエストを探そうという話でまとまりかけたとき、背後に誰かが近づく気配がした。
同じようにクエストを探しに来ただけかと思ったけど、明らかに意識が俺たちに向いている。
アスタロトもそれに気づき、同時に振り向く。
「兄ちゃんたち困ってるみてぇだな」
立っていたのは恰幅のいい男たちだった。
いかにも冒険者らしい格好で、歳は俺よりも一回り上に見える。
「割のいいクエストが受けたいんだろ? だったら俺たちが助けてやるよ」
「え? 助けるって」
どういう意味だろう?
「高ランクのやつとパーティー組んでりゃ受けられるんだよ。俺らはCまでいけるから、俺らと一緒ならCランクのクエストが受けられるぜ」
「ほう、よいではないか」
「そうだな。ぜひお願いします」
「おう、いいぜ。ただし、クエストに行くのはそこの兄ちゃん一人だ。その間、隣の嬢ちゃんを俺たちに貸してくれよ」
男たちの視線が一斉にアスタトロに向けられる。
俺は一瞬で理解した。
彼らが声をかけてきた理由を。
おそらくアスタロト本人も気づいただろう。
俺は念のため確認するように尋ねる。
「どうしてですか?」
「わかるだろぉ? そっちに都合のいい条件出してやってんだ。俺たちにも旨味がほしいだろ?」
「それにお嬢ちゃんみたいな女の子が危ないクエストに行っちゃ駄目だぜ? 俺たちと楽しいことして遊ぼうなぁ」
魂胆が見え透いていっそ清々しいとさえ思えるな。
下心しかない視線を向けられ、アスタトロも大きくため息をこぼす。
「人間も魔族も変わらんな。こういうどうしようもない奴らがおるのは」
「……そうだな」
勇者としては認めたくないが、俺はもう看板を捨てた。
人間にも仕方のない連中はいる。
本当に守られるべきは、こういう者たちではなかったと、今なら言える。
「お断りじゃよ。気色の悪い。お主らのような汚い手で、ワシに触れられると思うな。のう、ワシの旦那様よ」
「ふっ、そうだな」
今だけは、夫婦の設定にして悪くないと思うよ。
「おいおい嬢ちゃん、大人にその口の利き方はよくねーなぁ。しかも旦那だぁ? 馬鹿じゃねーのか? そんな嘘を信じるかよ」
「信じずともよいぞ。主らと協力する気がないのは変わらん。元よりワシより弱い男など、かけらほどの興味もないわい」
アスタロトが煽る。
必要以上に挑発したせいで、男の額に血管が浮き出る。
「そうか? だったら力でわからせてやろうか」
男の手が伸びる。
アスタロトは動じない。
ニヤリと不敵に笑みを浮かべ、僅かに指を動かす。
それよりも早く、俺の手が動く。
「……なんだてめぇ」
「ダメだよ。女の子に乱暴したら」






