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11.現実は厳しい

 生きる目的は決まった。

 俺は旅をする。

 勇者としての旅じゃなくて、俺がしたい旅を。

 見たいものを見るために。

 知らないことを知るために。

 平和になった世界でも、困っている人たちはいるから。

 そんな人たちの支えになれるように。


「いい顔になったのう」

「そうか?」

「うむ。今の主は希望に満ちておる」

「希望……か。そんな大層な物じゃないと思うけど」


 けど、確かに不思議と身体が軽くなった気がする。

 今まで見てこなかった自分の心に手を伸ばし、ようやくこの身体が自分のものになったような感覚だ。


「今ならなんでもできる気がするよ」

「かっかっ! よいことじゃ。腹も膨れて元気も増したか」

「それはどちらかと言うとお前だろ? あ、そうだ」


 俺は右手を彼女に差し出す。


「なんじゃこの手は」

「なにって、おつり返してくれ」

「おつり? そんなもの持っておらんぞ?」

「……え?」


 世界が、停止したかのような静寂。

 俺の頭は一瞬真っ白になった。

 

「……ちょっと待て、全額渡したよな?」

「うむ」

「食事代をそれで払ったんだよな?」

「そうじゃな。実に美味だったぞ!」


 満足げな顔でニコニコする彼女に、それはよかったなと一言伝える。

 そして再びの静寂。

 数秒のうちに脳裏で浮かぶのは、現実というなの絶望で……。


「お前食べ過ぎなんだよ!」

「な、なんじゃ! 急にでかい声をだすでないわい!」

「どういう胃袋してるんだよお前は! あれが俺たちの全財産だったんだぞ!」


 興奮しながら改めて確認したが、彼女は一銭もお金を持っていない。

 本当に全額消費してしまったらしいことに、また絶望する。


「し、しかたないじゃろ。久方ぶりの食事でつい興奮してしまったんじゃから」

「だからって食べ過ぎ……いや、お金のこと気にしてなかった俺も悪いな」


 一週間は生活できる資金だったのに、まさか一食で終わってしまうとは……。

 魔王の胃袋は底なし沼より深いのか。

 お金がないと知った途端、急にお腹がすいた気がする。

 

「どうしたものかな……」


 俺たちは街を歩きながら今後のことを改めて考えることにした。

 状況を整理しよう。

 まず、もっとも深刻な現状は……。


「お金がない」


 ということだった。

 俺が王都から持ってきた資金は全て、アスタロトの胃袋に消えていった。

 回収したくてもすでに胃の中……残念ながら手遅れだ。


「当面の資金集めをしないとな。なにか仕事探すか」

「働くのか? 金のために?」

「働かないと金は手に入らないんだよ。そっちじゃどうだったか知らないけどな」

「うむ、不便じゃのう。あちらにいた頃は放っておいても金など腐るほど入ってきたわい」


 それはお前が魔王だったからだろ、とツッコみたい気分だ。

 よく考えたら魔王ってそのまま国王みたいなものだよな。

 対して勇者は部外者の雇われ職だし……。


「第一、主よ? なぜ金を持っとらんのじゃ? 主はあの王から報奨金を受け取っておったじゃろう?」

「ああ、もらったよ。一生遊んで暮らせる金額をな」

「だったらその金を使えばよいではいか?」

「残念ながらその金はな? 王城の金庫の中に保管してあるんだよ」


 魔王討伐の功績によって、俺は国王から多額のお金を貰っている。

 ただ、金額が多すぎて自分で管理できない額だったから、そのまま王城に預けていた。

 物理的な重量もあって、普段から大金を持ち運ぶことは難しい。

 特に今回は、自らの死を偽装して王都から脱出している。

 とてもじゃないが、お金をいっぱい抱えて出られるような状況じゃなかった。


「それでも最低限は持ってきたつもりだったんだが……」

「な、なんじゃ? 食べ過ぎたことは謝ったじゃろ? そう幾度もワシを責めるな」

「……はぁ、ともかく金がない。これじゃ宿に泊まることもできないし、食事だって満足にできない」

「由々しき事態じゃのう」


 肉体を失った彼女にとって、食事は趣味のようなものだ。

 なくても困らないが、俺は違う。

 不老不死の肉体になっても、空腹感に苛まれることはわかった。

 睡眠といった他の欲も消えたわけじゃない。

 そういう人間らしい欲を解消するためにはお金が不可欠なんだ。


「手っ取り早く奪ってしまうか?」

「その魔王思考はやめてくれ。勇者ではなくなっても犯罪者になる気はない」

「お堅いやつじゃのう。主を陥れようとした国と街じゃ。多少悪さしたところで罰は当たらんじゃろ」

「そういうことじゃない。俺の矜持の問題だ」


 たとえ肩書きを失おうと、勇者として抱いた決意は忘れていない。

 俺は悪事に手を染めるつもりはない。

 悪いことをするのは、悪いことだからな。

 当たり前だけど。


「ではどうする? 旅をしながら特定の仕事をするというのは難しいじゃろう?」

「大丈夫だ。そういう奴にうってつけの職業を一つ知ってる」

「ほう、なんじゃ?」

「それは――ちょうど到着したぞ」


 俺たちは立ち止まる。

 目の前にそびえたつ巨大な木材の看板。

 そこに書かれていた言葉を、アスタロトは呟くように言う。


「冒険者ギルド……」

「そう、冒険者なら、俺たちみたいな旅人にもぴったりだよ」

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メイド雇ったら大嫌いなクラスメイトが来たのでVTuberデビューさせる~
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