7-15
◆ゼクス近くの草原
戦場を見回す私の目の前で動きがありました。
敵の後方に待機していた1万の予備兵力が動き出したのです。
彼らはゆっくりと進軍を始め戦線に近づいていきました。
「おや、敵軍が動き出しましたね。」
私の横で同様に前線を眺めていたユリアさんがそう呟きました。
「はい、敵後方の群が動き出しましたね。」
「あの軍隊は文字通りの予備部隊なのでしょうか?」
ユリアさんは首を傾げながらそう口にします。
「それはどういう意味でしょう?」
「いえ、あの軍隊の装備が敵の他の部隊と違うように見えたので何か特別な部隊なのではないかと思っただけです。」
ユリアさんの言葉を聞いて私は再び敵部隊に目を向けます。
確かに敵の前線部隊と今動き出した後方部隊は装備の意匠に違いがあるように見えます。
「彼は通常の部隊ではないのですか?」
「分かりません。」
拮抗している前線に敵増援があるというだけで心配に思う気持ちはあります。
それに加えて敵がこのタイミングで投入してきた特別な部隊ということが更なる不安を掻き立てるのです。
そんな不安感を抱えながら敵の動きを観察していました。
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「まずいですね。」
「はい、明らかにアルカディア軍が劣勢です。」
敵が増援を出してからほどなくして私たちの軍は窮地に陥っていました。
ハーロウさんが強化したアンデッドが次々と敵増援部隊にやられて行ってしまっているのです。
私は不安な気持ちを抑えてユリアさんに問いかけます。
「あの部隊は何なのでしょうか?」
「遠目ですが聖属性の魔法を使っているところが見えました。おそらくは神官戦士と呼ばれる人たちでしょう。」
「神官戦士ですか?」
「はい。彼らが使う聖属性の魔法はアンデッドや悪魔の弱点です。私たちの軍は弱点を突かれて壊滅的な打撃を受けている状況なのです。」
「それってまずいですよね!?」
ユリアさんの話を聞いて私は慌てふためきます。
しかし、今私にできることなど何もありません。
私は総指揮をとっているハーロウさんに相談しようと彼の姿を探しました。
彼は本陣の端でラインハルトさんと話し合っていました。
「ハーロウさん、お話し中にすみません。少しいいでしょうか?」
「はい?ああ、リンさんでしたか。どうかしましたか?」
「敵の増援部隊のことで相談がありまして来ました。」
「その事でしたか。丁度ラインハルトとも話し合っていたところです。」
ハーロウさんはそう言いながら本陣を見回します。
本陣には私たちフィール・シュパースのメンバーだけがいます。
皆、今の危機的状況をどうするのかと不安な気持ちをもってハーロウさんを見つめていました。
それを理解したハーロウさんは皆に届く声で話始めました。
「皆さんにも今後の作戦をご説明します。」
ハーロウさんのその言葉を聞いて皆はハーロウさんを中心に集まってきました。
それを確認したハーロウさんは再び口を開きます。
「現状の共有からさせていただきます。現在私たちアルカディア軍は敵の増援部隊に押されて劣勢を強いられています。敵はアンデッド並びに悪魔の弱点である聖魔法を使っているためです。これに対して私たちに対抗する術はありません。」
ハーロウさんははっきりと「ない」と言いました。
それを聞いて私は不安な気持ちがより一層大きくなるのを感じます。
このままでは負けてしまうかもしれません。
そんな最悪な結末を想像してしまうほどには不安感が大きくなりました。
「プレイヤー部隊を出すのは駄目なの?」
アキがハーロウさんに疑問を投げかけます。
それを聞いてハーロウさんは首を振ります。
「一時的に敵を押しとどめることはできるかもしれません。しかし、数が少ないためすぐに敵に呑まれて押し潰されるでしょう。」
ハーロウさんのその言葉を聞いてアキは口を噤みます。
そして暗い表情を見せ顔を伏せてしまいました。
これで終わってしまうのでしょうか?
そんな疑問が頭によぎった瞬間、ハーロウさんが再び口を開きました。
「現状は対抗する術はありません。なので今は耐え忍ぶしかないのです。しかし、これで終わりと言うわけではありません。」
ハーロウさんのその言葉を受けて私は顔を上げました。
彼の表情には悲観的な色は一切見えませんでした。
ハーロウさんは心の底からまだ終わりじゃないと思っているのだと信じられました。
「もう間もなくこちらの切り札が使える状況になります。それを使用すれば敵軍に大打撃を与えることができます。おそらくは前線は完全に崩壊するでしょう。その時こそが反撃のチャンスです。」
ハーロウさんは自信満々にそう言いました。
それを聞いて私をはじめ皆の顔にも希望の色が灯ります。
「私とユリアさんはその切り札の使用のために本人から動くことができません。そこでプレイヤー部隊の指揮はラインハルトにお願いします。」
「うん、わかったよ。」
「プレイヤー部隊は崩壊した前線の中央に突撃をしてください。後続の部隊が敵本陣に強襲を仕掛けられるように道を作る役目です。」
「うん。」
ラインハルトさんが理解したことを確認したハーロウさんは次にアキとユキナさんに向き直り口を開きました。
「次に敵本陣に強襲をかける役ですが申し訳ありませんこちらはアキさんとユキナさんにお願いします。」
「うん。」
「わかったのじゃ。」
アキとユキナさんはハーロウさんの作戦を快諾します。
きっと前線に出れずにフラストレーションがたまっていたのでしょう。
2人の表情は満面の笑みでした。
「敵本陣にどれだけの兵が残っているかは不明です。そんな中に2人だけで突入というのは危険ですがどうか敵の総大将の討伐をお願いします。」
「適当に敵の真ん中突っ切って偉そうな人を倒してくればいいんでしょ?余裕、余裕。」
アキは簡単なことのようにそう言います。
それが少し不安です。
私の不安はよそにおいてハーロウさんは再び口を開きました。
「作戦は以上です。」
「え!?」
ハーロウさんのその言葉に私は驚きの声を上げてしまいました。
それを聞いて皆の視線が私に向きます。
しかし、そんなのは気になりませんでした。
私は自分のなかに浮かんだ疑問をハーロウさんに投げかけます。
「私は何をしたらいいでしょうか?」
「リンさんは総大将です。本陣でどっしりと構えていてください。」
考えれば当然です。
私は総大将なのでやられたら負けなのです。
そんな私が戦場に出るようなことはあってはいけないのでしょう。
しかし、それでも私は私だけが安全な場所で何もしないでいる状況に耐えられません。
だからこそハーロウさんに強気で言葉をかけます。
「私だけが本陣で何もしないわけにはいきません。私も敵本陣の強襲部隊に加わります。」
「そうですか………。何があるか分からない強襲部隊は危険なのですが………。」
「良いんじゃないかな?リンちゃんがやられることなんて考えられないし。」
渋るハーロウさんにラインハルトさんがそう言いました。
それに続いてアキも口を開きます。
「リンの耐久性を考えると敵軍にリンを倒せる存在がいるとは思えないよ。」
ハーロウさんはしばし考えこみます。
ラインハルトさんやアキの言葉を聞いて悩んでいるようです。
そして意を決したのか私に向き直り口を開きました。
「分かりました。リンさん、敵本陣の強襲をお願いします。」
「はい。」
私は明るく返事を返しました。
それを聞いてハーロウさんは頭をかいています。
少し申し訳ないと気持ちがありますがそれでもこれは譲ることはできません。
私はその時が来るのを本陣で心待ちにしました。
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作戦会議から時間は少し過ぎた頃、私たちがいる本陣は喧騒に包まれていました。
「ハーロウ、敵部隊が中央を食い破ってこちらの本陣まで来そうだよ!」
ラインハルトさんが焦ったような声色でそう言いました。
「まだ大丈夫です。前線と本陣は距離があります。あの進軍速度なら今しばらくの時間的猶予があります。」
それに対してハーロウさんは落ち着いた声色で答えました。
「しかし、何も動かなければ本陣に敵を招き入れることになるよ!」
「大丈夫です。もう間もなく切り札が使えます。そうなれば………。」
丁度その瞬間本陣にイヴァノエさんが入ってきました。
「ハーロウ、準備できたよ。」
「イヴァノエさん、ありがとうございます。ラインハルト、プレイヤー部隊の突撃準備を整えておいてください。ユリアさん行きましょう。」
ハーロウさんはそう言うと本陣後方へユリアさんと共に消えていきました。
それを見て皆は困惑します。
しかし、すぐに気が付きました。
きっと切り札が使用できる状況になったのだと………。
それに気づいてからの行動は迅速でした。
ラインハルトさんは本陣から少し離れて布陣しているプレイヤー部隊のもとに向かいました。
残された私とアキ、ユキナさんは敵軍の動きを見ながら切り札が使用されるタイミングを今か今かと待っていました。
もう敵軍は私たちの目前まで迫っています。
猶予はありません。
焦る気持ちと切り札に対する期待がごちゃ混ぜになりながら胸中を埋め尽くします。
私がふと後方にいるハーロウさんたちの方角を見た瞬間………。
空に広がる巨大な幾何学模様が浮かびだしました。
それは所謂魔法陣と呼ばれるものなのでしょう。
私も今までの冒険で数々の魔法陣を見てきました。
そのどれよりも巨大な魔法陣が空に浮かび上がっていたのです。
それは怪しい光と放ちながらゆっくりと回転しています。
光りは次第に大きくなり、強い圧を感じます。
息を呑みその魔法陣の働きを見守ります。
より一層の強い光を放ち辺りを包み込んだ次の瞬間、前線の上空に巨大な黒い炎の球体が生まれました。
それは遠目に見れば黒い太陽のようでした。
その太陽はゆっくりと地面に近づいていきます。
そして地面に着いた瞬間………。
―ドゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
強大な爆発を引き起こし前線を吹き飛ばしたのです。
私はただただその光景に圧倒されるだけでした。
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