7-14
◆ゼクス近くの草原
戦争は始まりました。
私たちは弓と魔法が飛び交う前線から遠く離れた本陣からその戦争を眺めていました。
アルカディア軍のスケルトン兵が敵の歩兵を切り殺したかと思えば敵の弓兵がゾンビの脳天を射抜きました。
未だ戦況は拮抗しているように見えます。
しかし、ハーロウさんはそんな風には見えていないのか彼の表情は曇っていました。
「ハーロウさん、何か気がかりがありますか?」
「リンさん。はい、敵のプレイヤー軍の働きが思った以上に良いようです。そのせいかどこの戦線でもこちらが劣勢に見えますね。」
「そうなのですか?私には拮抗しているように見えますが………。」
「戦線の押し引きでは拮抗しています。しかし、数の上ではこちらの兵の方がやられる数が多いですね。」
私はそう言われてもう一度前線を見回しました。
確かにプレイヤーと思わしき人たちが効率的にアンデッドを倒している姿が目立ちます。
「問題なのは敵のプレイヤーなのですね。」
「はい、やはりここまで来ているだけあってプレイヤーのレベルが高いですね。」
「そうなのですね。」
「今回プレイヤーはアハトの冒険者ギルドを通じて依頼を受けています。当然、この戦争に参加しているのはアハトにたどり着いたプレイヤーだけです。」
現状、攻略の最前線はアハトです。
そのアハトにたどり着いているプレイヤーと言うことは攻略前線にいるプレイヤーと言うことです。
それが弱いわけありません。
「特にアハトとノイン間の平原ではアンデッドが多く出るらしいです。そこを主戦場としているプレイヤーからすれば我々の軍隊は戦い易いのでしょう。」
ハーロウさんは諦めを含む声色でそう言いました。
しかし、戦場を見つめるその眼差しに悲観的な色は浮かんでいません。
「と言っても前線で戦っているプレイヤーでも高位のアンデッドとは戦いなれていないようです。リッチをはじめとした上位アンデッドはプレイヤーともいい勝負をしています。」
そう言うハーロウさんの表情は誇らしげでした。
しかし、その表情も一瞬ですぐに暗い表情に戻ります。
「しかし、数の多い下位のアンデッドが次々と倒されているのも事実です。早めに何か手を打た無ければ、戦線が崩れるのも時間の問題でしょう。」
ハーロウさんのその言葉を受けて私は心配になります。
ここで前線が崩れれば本陣まで守りはありません。
そうなってしまえば負けも濃厚となります。
「どのように対処しますか?」
「どうしましょうか………。」
ハーロウさんはそう呟いて考え込みます。
私も一緒になって考えました。
「こちらも後方待機しているプレイヤーを前線に出しますか?」
「いえ、プレイヤー部隊は数が少ないためここで出しても効果は薄いでしょう。」
確かに私たちアルカディア軍のプレイヤーの数は少ないです。
その数は1000人程です。
とても、両軍合わせて18万の軍勢が集まる前線すべてをカバーすることはできないです。
「プレイヤー部隊は数が少ないため運用できる盤面も限られてしまいます。」
「やっぱりそうなのですね。」
「はい、できることと言ったら強襲部隊として敵の急所に当てるくらいですね。」
「急所とはどこなのでしょう?」
「現状はまだ見えていませんが戦争が続けば何か見えてくるかもしてません。」
現状は戦争が始まったばかりです。
そんな状況では敵の急所など見つけられないでしょう。
ハーロウさんの回答も仕方が無いのかもしれません。
しかし、きっと戦争が長引けばどこかで敵も弱みを見せると信じています。
その時こそプレイヤー部隊の出番があります。
私はそう思いながらも今の問題に思考を戻すのでした。
今問題なのは敵プレイヤーが善戦しているためにこちらのアンデッド軍が劣勢を強いられているということです。
未だ下位のアンデッドばかりが倒されていますが楽観視はできません。
私たちの軍の多くはその下位のアンデッドなのですから。
だからこそこれを打開する手立てを考えなくてはいけません。
しかし、いい手立ては思いつきません。
「どうしましょうか?」
「焼石に水ですが私の魔法でアンデッドを強化します。少し失礼しますね。」
ハーロウさんはそう言うと杖を取り出して魔法を使いました。
その瞬間、全軍のアンデッドに怪しい光が灯りました。
目に見えて耐久力が上がり、敵の攻撃で沈みにくくなりました。
攻撃に関してもより激しくなり敵はその差についていけずに多くが死んでいきます。
私はそれを見て胸を撫でおろします。
これで、一安心です。
この様子を見てラインハルトさんが話しかけてきました。
「ハーロウが魔法を使ったのかい?」
「はい、どうも敵プレイヤーがこちらのアンデッド兵を多く倒していたようなのでハーロウさんがアンデッド強化の魔法を使いました。」
「そうなんだね。こっちでも前線の雰囲気が良くないのは分かっていたがそう対策したのか………。」
そう言うラインハルトさんの声色は何か思惑があるのかどこか引っかかる言い方でした。
「何か気がかりなことがあるのですか?」
「ん?いや、どうせなら僕たちが前線に切り込みたいなと思っていただけさ。ここでこうして戦争の行く末を眺めているだけというのは性に合わなくてね。」
ラインハルトさんの言い分もわかります。
と言うのも今にも前線に飛び出さんとしている人が彼以外にもいるからです。
周りを見回すとアキはしきりに武器に手をやり、ユキナさんは落ち着き無くうろちょろと動き回っています。
彼女たちも前線に攻め込みたいのでしょう。
しかし、今出るわけにもいきません。
未だ戦争は始まったばかりです。
ここで主力の体力を奪うようなことはあってはいけません。
ラインハルトさんをはじめ彼らにはもうしばらく我慢してもらうことなるでしょう。
私は再び前線に目を向けました。
そこには強化されたアンデッドが次々と敵兵を屠っていく様子が繰り広げられていました。
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「今戻りました。」
「おかえりなさい。」
本陣から離れていたユリアさんがこちらに合流してきました。
彼女は今まで本陣のさらに後方でイヴァノエさんたちと何かを企てていたようです。
詳しい話は聞いてはいませんがこの戦争で私たちアルカディア軍の切り札となる物を準備していたようです。
「お疲れ様です。作業の方は順調ですか?」
私はその切り札のことはよくは知りませんが彼女のことを労いながら進捗を聞きました。
「はい。こちらの準備に問題はありません。今はイヴァノエさんが最終確認を行っているところです。もう小一時間もすれば使えるようになると思います。」
「そうなのですね。それはどのような物なのですか?」
「おや、リンさんは話を聞いていないのですか?」
「はい、切り札としか聞いていないですね。」
「ふふふ、それなら今は秘密にしておきますね。きっと驚きますよ。」
「秘密ですか。では、それが使われる時を楽しみにしておきますね。」
怪しげな笑みを浮かべるユリアさんを見て私は素直にそれを楽しみに待つことにしました。
気にならないと言ったら嘘になります。
しかし、彼女と押し問答してまで聞き出そうとは思いませんでした。
今はそこまで緊迫した状況というわけでもありません。
ならばそれが使われる時を待つのも一興です。
「ハーロウさんはどちらに?」
ユリアさんが本陣を見回しながらそう聞いてきました。
「ハーロウさんは本陣の外で前線の様子を確認しながら魔法を使っています。」
「そうなのですね。魔法とはアンデッドの強化魔法ですか?」
「はい、そうですよ。」
「そうなのですね………。」
私の回答を聞いたユリアさんは暗い表情を見せました。
私はそんな彼女の反応に少し不安を覚えます。
「なにか問題がありましたか?」
「いえ、強化魔法は対象が多くなればなるほど消費するMPが多くなります。ハーロウさんは特殊な杖を持っているため多少はましになりますがそれでも9万もの軍勢を強化するのは大変です。」
ユリアさんは神妙な面持ちでそう口にしました。
その表情を見てますます不安な気持ちになります。
そんな私に向けてユリアさんは続けて言葉を口にします。
「当然この強化魔法は長くは続かないでしょう。そのため、当初の作戦でも強化魔法の使用は検討はされども採用はされませんでした。それを今使っているということは相当に切羽詰まっているのだと思ったのです。」
「そうだったのですね。」
現状を理解した私はそう口にするのがやっとでした。
私はこの状況をどう打開するかで頭を悩まします。
しかし、いい手立てなど思い浮かびません。
刻一刻とやってくるタイムアップを待つばかりとなってしまいました。
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