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◆アイン 中央広場
日が変わって次の日。
夕食を済ませた私はリースリング・オンラインにログインしていました。
場所は相も変わらずアインの中央広場。
今日からはアキの助けなく1人でやっていくのだと意気込みます。
そんな私の目に見知ったプレイヤーの姿が目につきました。
法衣を纏った幽霊。
ユキさんです。
私は彼女に近づいて声をかけました。
「こんにちは。」
「あ、こんにちはリンさん。」
ユキさんは笑顔でそれに答えます。
それにつられて私も笑顔になります。
「今日は1人なんですか?」
ユキさんが周りを見渡して私にそう聞いてきました。
「はい。アキは普段ドライの周辺を狩場にしているらしくて今日はそっちに行きました。昨日は私が初めてだからフォローのためにこっちに来てもらっていたのです。」
「そうだったんですね。」
「ユキさんはここで何しているのですか?」
彼女は広場の端でただ立ち尽くしているだけでした。
パーティ募集をするわけでもなく、今から狩りに行くための準備をしているわけでもなくただ立ち尽くしているだけでした。
それを見て私は彼女が昨日のように困っているのではないかと心配になりました。
「私は友達を待っていたんです。」
しかし、そんなことはありませんでした。
その事に私は一先ず胸を撫でおろします。
「友達と言うと昨日言っていた魔物系を一緒にやるって言っていた人ですか?」
「そうです。今日、ゲームが届いたそうでこれから一緒にやろうと言って待ち合わせをしていたんです。」
「そうなんですね。それはよかったですね。」
「はい。」
彼女は元気よくそう答えます。
よほどその友達とゲームをするのを楽しみにしていたのでしょう。
私もつられて嬉しくなってしまいます。
そんな会話をしていると第3者に声をかけられました。
「ユキちゃん?」
「え?」
そちらに目をやると宙に浮いた火の玉がありました。
これは何だろうと訝し気に見ているとユキさんがその火の玉に向かって話しかけました。
「えっと、燈火ちゃん?」
「そーだよー。こっちではカガリね。」
「うん、わかったよカガリちゃん。私はユキだよ。」
「そのまんま何だね。」
2人の会話からどうやら彼女?がユキさんの待っていた友達のようです。
私がそんなことを考えているとカガリさんが口を開きました。
「そっちのスライムさんはどなた?」
「あ、この人はリンさんと言って、昨日助けてもらった人です。」
「これはこれは、うちのユキがお世話になりました。鬼火のカガリです。」
火の玉がこちらを向いてそう口にしました。
私もそちらに向き直り改めて自己紹介をします。
「こちらこそ。先ほどユキさんにも紹介してもらったけど、スライムのリンです。魔物系プレイヤー同士と言うことでこれからも仲良くしてもらえると嬉しいです。」
「それはこちらからもお願い。そうだフレンド登録しよ。ユキも。」
カガリさんのその言葉を受けて私たちはフレンド登録し合いました。
「リンはこれからどうするの?」
「フィールドに行ってレベル上げをしようと思っていました。」
「じゃあ、もしよかったら私たちと一緒に行かない?」
カガリさんがそう提案してきました。
確かに2人となら一緒に行ってもいいと思えます。
何より1人で黙々と作業をするのはつまらないと思っていたところなのでなおさらです。
「いいですよ。」
「ありがとう。」
「でも、カガリちゃんチュートリアルまだでしょ?」
私とカガリさんの会話を聞いてユキさんがそう言ってきました。
そう言えば今日始めたばかりって言っていましたね。
「そうだった。」
「いいですよ。私たちはここで待っていますからチュートリアルに行ってきてください。」
「そう?ありがとう。じゃあ、すぐ行って、ちゃっちゃと終わらせてきちゃうね。」
カガリはそう言うとふわふわと浮いてチュートリアルを受けに行ってしまいました。
その場には私とユキさんが取り残されました。
「ふふふ。今日もよろしくお願いしますね。」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。」
そうしてユキさんと2人、カガリさんが戻ってくるのを待つのでした。
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「そう言えば。」
カガリさんを待っている間ユキさんと2人で会話をしているとふと気になることが………。
この機会に私はそれを聞いてみることにしました。
「はい。」
「ユキさんってレイスですよね。レイスってアンデッドだと思うのだけれど回復魔法って効果あるのですか?」
他のRPGゲームとかを見ているとアンデッドは回復でダメージを負うイメージがありました。
だからこそ大丈夫なのかなと心配になったのです。
「はい。このゲームではアンデッドでも回復魔法やポーションで回復ができます。昨日自分で試したので間違いないです。」
それを聞いて思い出します。
確かに昨日何度か自分に回復魔法を使っていました。
それでダメージを受けている様子はありませんでしたね。
「そうなんですね。」
「はい。でもフィールドにです野良のアンデッドも同じかはわかりません。」
「そうなんですか?何か違いがあるんですか?」
「フレーバーかもしれないんですけどプレイヤーは神の加護を受けていると言われています。だから、信仰系魔法である回復魔法が効果があるという考え方もできます。」
神の加護。
確かにそんな文言を公式のホームページで見た気がします。
なんでも神の加護があるからこそ死ぬことは無く、HPが0になっても町で復活できるのだとか。
神様か………。
「この世界には神様がいるんですね。」
「はい。しっかりと独自の神話まで用意されていますから今後イベントやクエストで関わり合いになるかもしれませんね。」
「え?神話まで作られているのですか?」
「はい。」
ユキさんのその返答には驚かされました。
名前だけかと思ったら神話などの背景までしっかりと用意されていると言うではないですか。
確かにそれなら今後のイベントなどのストーリーで関わり合いになることもあるでしょう。
味方ならいいが敵として出てきて場合を思うとゾッとします。
「もしよければ教えて欲しいのですが、その神話ってどんな感じなのでしょう?」
「えっとですね、始まりは遥か昔。この世界に何も存在しなかった頃に創造神と呼ばれる存在がいたそうです。その創造神は幾柱の神々を生み出しました。神々は自分自身の権能を使ってこの世界と幾多の知性ある存在を生み出しました。それら知性ある存在は神々とともに文明を築き発展させていきました。」
知性ある存在。
人間のような存在と言うことでしょうか?
それとも人間に限らず知能を持つ存在全てと言うことなのでしょうか?
私はそんな疑問を頭に浮かべていたがそれに関係なくユキさんの話は進んでいきます。
「ある時、神々に生み出された知性ある存在の中から神々と同等以上の力を持つものが生まれるようになりました。それらの存在は新しき神として神の末席に加えられることとなりました。新しき神々を加えこの世界の神々はともに世界を発展させていきました。この時代は新しき神々、旧き神々の双方の神々にとって最も栄華を極めた時代となりました。」
ユキさんはそこで1度言葉を区切ります。
私が話についてきていることを確認すると再び口を開きました。
「しかし、新しき神々に与えられた権能は決して良いものばかりではありませんでした。旧き神々にとって新しき神々は自身の奉仕種族でしかなかったのです。そのことに憤った新しき神々は反旗を翻します。この時、神々にとって互いの存続をかけた最初で最後の戦争がはじまりました。」
新しき神々が起こした戦争。
その行いは理解できます。
私だって虐げられればそうするでしょう。
私はユキさんの話を聞いていつの間にか新しき神々に感情移入していました。
しかし、そんなことは知らないユキさんはなおも言葉を続けます。
「戦争は苛烈を極めました。何柱もの神々が倒れ、両陣営は疲弊していきます。しかし、戦争は止まりません。神々にとって負けるとは相手の奴隷となってしまうことを意味していたからです。だからこそ、両陣営は滅ぼしつくされるまで止まることは無かったのです。」
ユキさんは悲しいことを語るように顔を伏せて言いました。
確かに、争いが続くというのは悲しいことなのかもしれません。
私はそんな彼女を見ながら次の言葉を待ちました。
「遂に戦争は終わりを迎えます。新しき神々が旧き神々を滅ぼしつくしたのです。これで世界には安定が訪れ、これからは新しき神々主導のもと繁栄がくる………そう、思われていました。しかし、そうはならなかったのです。」
新しき神々の勝利で戦争が終わったと聞いて安心した私にユキさんはそう言いました。
まさかここでまだ何か問題があるのでしょうか?
第3陣営でも現れたのかしら?
そんなことを考えながら彼女の話に耳を傾けます。
「壮絶な戦争で新しき神々も無事では済まなかったのです。多くの神を失い、生き残った神々も自身の権能を大きく損なうことになってしまいました。新たに至高神の座についた新しき神々の総帥もすでに新たな神を生み出すような力を持ってはいませんでした。」
戦争は勝った方にも大きな傷を残す。
それは人の世の戦争に限った話ではないのでしょう。
それを乗り越えて新しき神々は世界を導くだろうと私は信じていました。
しかし、話は私の思いも知らぬ方向に向かっていきます。
「至高神は考えました。今まで通りに世界を繁栄させた場合、自分たちと同じように知性ある存在から新たな神が生まれるのではないか?その存在が自分たちに反旗を翻した場合それを御することはできないのではないか?そう考えた至高神は世界の管理の手段を一新します。」
うん、過去の行いを教訓にして物事を新しくするのは良いことだと思います。
反乱されることが前提なのは少し卑屈すぎる気がしますが、それでもそれを起こさないためにするのは良いことです。
「新しき神々は知性ある存在たちから神に至る可能性のある知識の多くを奪い、それを持ってこの世界の外側へと渡りました。そして、世界の外側からこの世界を管理することにしたのです。」
………予想外でした。
反乱が起きないように世界を良くするのではなく、反乱が起こせないように奪うなんて。
しかも、自分たちはこの世界の外へと行ってしまいました。
私がそんなことを考えているとユキさんがこの話を締めくくります。
「こうして今では数を減らした神々は外なる神と呼ばれこの世界の外側から見守るだけの存在となりました。そして、神々の思惑通り知性ある存在から新たな神は生まれていません。未だ多くの神の座は空席のままとなっています。ご清聴ありがとうございます。」
「こちらこそ説明してくれてありがとうございます。なんか思った以上に壮絶な話でした。」
「そうですね。私もこの話を最初目にしたときはそう思いました。」
知性ある存在が神へと至る。
それに、空席の神の座………。
「この話を聞くと確かにストーリーに神が絡んできそうというのもありますが、プレイヤーが神になることもできるのではないかと考えてしまいますね。」
「そうかもしれませんね。」
「まあ、大分先の話だとは思いますが。」
「はい。」
そんなことを話しながら私とユキさんはカガリさんを待つのでした。
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