6-7
◆ゼクス
貴族。
所謂、特権階級と呼ばれる立場にある彼らはその権力の義務として重責を担う立場にいます。
このリースリングの世界は王様を筆頭に貴族が政を取り仕切っています。
それはこのゼクスの町も同じです。
こちらに歩み寄ってくる男性もそんな貴族の1人なのでしょうか?
私が首を傾げながらそんなことを考えていると貴族は私のすぐ目の前まで来て立ち止まりました。
「初めまして。私はこのゼクスの町を中心とした領地を管理している者です。名をオーベと言います。」
その貴族と呼ばれた方は丁寧にそう口を開きました。
彼の所作は優雅なもので品の良さがにじみ出てくるようでした。
「領地を管理しているというと領主ですか?」
「はい。そう捕えていただいて構いません。」
私の唐突な質問に嫌な顔をせずに答えてくれました。
その様子からいい人なのだと私は思いました。
しかし、何故その貴族がこんな場所に来たのでしょう?
私はその疑問を聞こうと口を開きましたがそれに先んじてオーベさんが言葉を発しました。
「さて、私がこの場に来た理由を説明いたします。」
それは期せずして私の疑問への回答でした。
私は静かに彼の言葉を待ちました。
「皆様がここで騒ぎを起こしたことは聞いております。プレイヤー同士で衝突した結果町中で戦闘行為を行ったと。それに間違いはありませんね?」
「………はい。」
衝突したという言い方には若干の語弊があります。
あれは一方的に絡まれたのです。
私たちに落ち度はありません。
しかし、私のそんな気持ちはさておきオーベさんの話は続きます。
「この戦闘行為を受けて町の住民たちは皆様に退去するように命じた。これも間違いありませんね?」
「は、はい。」
オーベさんはそう言いながら傍らにいた老人に問いかけました。
老人は慌てた様子を見せながらか細い声で肯定を示しました。
「本来、住民の方に他の住民に退去を命じる権限はありません。これはご存じですか?」
「し、しかしそれは!!」
「ご存じですか?」
「は、はい。」
オーベさんは威圧的に老人にそう言いました。
老人は何か言いたげな声を上げましたがオーベさんの迫力に押されて最終的には肯定の言葉を口にします。
「ご存じならばいいのです。本来、退去命令は領主判断のもと衛兵が通告いたします。それを無視して退去を命じるのであればそれは法に反します。間違ってもそのようなことをしないようにしてください。」
オーベさんは老人に諭す様に言いながらその実周囲の住民に聞こえるようにそう言いました。
老人は頭を下げます。
周囲の住民もそれを聞いて目を反らしていました。
皆後ろめたい思いがあったのでしょう。
それに同情したりはしません。
私がそんなことを考えているとオーベさんは再び私に向き直り口を開きました。
「さて、住民の皆様が口にしていた退去命令はこれにて白紙となります。そのうえで私は皆様にお伝えします。速やかにゼクスから出て行ってください。」
………は?
この人は何を言っているのでしょう?
私はその言葉が理解できませんでした。
何故私たちが退去しなくてはならないのでしょう?
それは今しがた白紙になったのではないですか?
私の疑問に答えるようにオーベさんは言葉を続けます。
「この通告は住民の独断ではありません。領主としての命令です。」
そう冷たく言うオーベさんの表情は真剣そのものでした。
決して冗談なのではないのでしょう。
だからこそ私はその理由を問うために口を開きます。
「何故、私たちが退去しなくてはならないのですか?」
「住民の方々が言っての通りです。皆様はあまりにも無法が過ぎます。」
「………言っている意味が解りません。」
「本来、町の中での戦闘行為は厳禁です。それを行ったのです。それもこれが初めてというわけでもないですよね?皆様は他の町でも同じように戦闘行為を行いました。」
オーベさんの言う通り私たちは他の町でもこのように絡まれた末に撃退するということを行いました。
記憶に新しい所ではフィーアの町です。
しかし、それも絡まれたうえでの仕方のない戦闘です。
私たちから吹っ掛けたことはありません。
「先ほどの戦闘も以前の戦闘も私たちに悪い所はありません。相手のプレイヤーが私たちに敵意を向けてきたからそれを撃退しただけです。」
「それでも戦闘行為に変わりはありません。」
「では、私たちに無抵抗に死ねというのですか?」
それは先ほど老人に問いかけた言葉と同じものでした。
それに対してオーベさんは首を横に振ります。
「いいえ、そうは言いません。しかし、手を出すのは駄目です。もしも乱暴な方がいるのならばそれを制すのは衛兵の仕事です。皆様が行っていいことではありません。」
「今までだって衛兵に助けられたことはありません。今回だって実際に衝突するまで時間はありましたが衛兵が来る気配はありませんでした。」
「それは大変申し訳ありません。衛兵の怠慢です。しかし、だからと言って無法を許すわけにはいきません。」
「頭が固いですね。」
「よく言われます。」
オーベさんはそう言うと右手を上げました。
その瞬間衛兵が私たちを取り囲みその武器を構えます。
最悪武力をもってこの町から退去させようとしてきます。
私はそれを見ながら考えます。
彼の言っていることは正しいのだろうか?
いいえ、私たちは間違ったことはしていません。
ならば間違えているのは法の方です。
それを考えずに武力をもってことに当たろうとする彼の行いも間違いです。
ならば素直に聞く必要は無いでしょう。
しかし、私1人でそれを決めてもいいものなのでしょうか?
私の後ろにはクランのメンバーがいます。
彼らはどう考えているのでしょう?
私は振り返り口を開きました。
「アキ、ラインハルトさん、ハーロウさん、ユリアさん、ユキナさん。聞かせてください。」
私のその言葉に皆は静かに耳を傾けてくれます。
私はゆっくりとそれを口にしました。
「領主の言葉に従いゼクスの町を出るべきなのですか?それとも、それは間違っていると断じて衛兵しいてはこの町の住民すべてと戦うべきなのですか?」
私のその言葉に皆困惑の色を示します。
それもそうでしょう。
こんな結論をすぐに出せというのが難しいことなのです。
それでも既に相手は武器を構えています。
残された時間はそう多くはありません。
「リンちゃんはどうしたいんだい?」
ラインハルトさんがそう口にしました。
私の考えは決まっています。
「私は戦うべきだと思っています。」
「戦ってどうするんだい?」
「私たちがこの町にいることを認めさせます。」
「もしも認めなければ?」
「………。」
私は言葉に言いよどみます。
ラインハルトさんのその言葉に対する答えを出しあぐねていたのです。
私はこの世界を楽しみたいのです。
そのためにはここでゼクスを退去させられるわけにはいきません。
しかし、それを認めさせるものを私は持っていませんでした。
そんな風に私が言葉に迷っているとハーロウさんが口を開きます。
「リンさん。ゼクスに来るまでに私と話したことは覚えているでしょうか?」
「ハーロウさん?」
「住民と敵対することになるかもしれないという可能性について話しましたよね?」
「はい。」
「リンさんはあの時なんと言いましたか?」
私はハーロウさんとの会話を思い出してその言葉を口にしました。
「私は住民と戦います。」
私のその言葉を聞いて再びラインハルトさんが問いかけてきます。
「それは殺すことになってもかな?」
私はしばし考えこみます。
戦えば相手を傷つけます。
当然、その結果殺すこともあるでしょう。
そこまでしても私は戦うべきなのでしょうか?
私は静かに言葉を口にします。
「はい。住民を………NPCを殺しても私は戦うべきだと思います。」
暴力的かもしれません。
しかし、ここで彼らの言い分に従って町を退去してしまえばクランの目的を達成することができなくなります。
私はこの世界を楽しみつくしたいのです。
そのために障害となるならば、それはフィールドにいる魔物と大差ありません。
殺すことにさえ躊躇いを覚えることは無いでしょう。
「なるほど。」
ラインハルトさんは頷きながらそう言いました。
私は再び皆の顔色を伺います。
皆さん私の言葉を聞いて難しい表情をしています。
住民を殺す。
それは早々に決められることではないのでしょう。
ならば私だけでも………。
「決めた!!私はリンについていくよ!!」
アキが元気よくそう言いました。
彼女の表情は笑みを浮かべていました。
彼女のそんな元気良い言葉につられてか皆の表情にも笑みが浮かびます。
「妾も一緒に戦うのじゃ。町と戦える機会などそうあるものでもないからのう。」
「ユキナさんは仕方が無いですね。私も一緒に戦います。」
ユキナさんとユリアさんもアキと同じように私と共に戦ってくれると言ってくれます。
ユキナさんは少し目的が違うようですが………。
「今回の件は魔物プレイヤーを排斥しようとするプレイヤーの行動に端を発しています。退去命令に従うということは魔物排斥プレイヤーに負けたことになります。そんなことは揺す背ません。私も戦いますよ。」
ハーロウさんもそう言ってくれました。
私は期待を込めた目をラインハルトさんに向けます。
「ハーロウの言う通りなのかもね。何よりこれで魔物排斥プレイヤーがいい顔するのは見たくない。僕も戦おう。」
皆の意見はまとまりました。
私たちはゼクスの町と戦います。
私は再びオーベさんに向き直り口を開きました。
「聞いての通りです。私たちは退去命令には従えません。」
「本当に良いのですか?」
「私たちに落ち度は一切ない。それなのに退去をしなくてはならないのであればそれは法律が間違っています。それを認めて直ちに退去命令を撤回してください。」
「撤回はできません。法律に間違いはありません。今回の件は明らかに皆様の行動に問題があります。それを認めてすぐにゼクスの町を退去してください。」
「平行線ですね。」
「はい。」
オーベさんは呆れたような表情をします。
私もそれは同じです。
きっと同じことを考えているのでしょう。
私は意を決してそれを口にしました。
「では、武力をもってそれを示します。オーベさんが私たちの逗留を認めるまで私たちは止まるつもりはありません。」
「それはこちらのセリフです。皆様も早々に退去の意思を固めてください。」
オーベさんはそう言うと右手を上げます。
その瞬間周りを取り囲んでいた衛兵たちが私たちの方へと一歩踏み出しました。
「それでは私はこれで失礼します。衛兵の皆様よろしくお願いします。」
オーベさんはそう言いながらその場を後にしました。
私はそれを眺めながら目の前の衛兵達に目を向けます。
皆よく鍛えられており手加減などできそうにありません。
私は再び命を取る覚悟を決めて衛兵たちに相対します。
よろしければブックマーク登録と評価をお願いいたします<(_ _)>




