6-1
◆フュンフ
魔物の軍勢からフュンフの町を守り数日が立ちました。
あの戦いが残した疵痕は大きいです。
フュンフの南側は壊滅状態。
冒険者や衛兵だけでなく住民にも死傷者が出ました。
それでも今もこうしてフュンフの町があるのは素直に喜ばしいことなのでしょう。
しかし、それでもフュンフに住まう皆の顔に笑顔はありません。
多くの者を失ったからこそ皆一様に暗く沈んでいました。
それに感化されてかプレイヤーの顔もすぐれません。
当然です。
町全体が暗い雰囲気に包まれているのです。
その中で明るく振舞うことなど普通の人にはできないでしょう。
だからこそフュンフの町を去るプレイヤーが後を絶ちません。
皆、ゼクスやアハトに向かいそれができない者はフィーアへと戻っているのです。
私たちクランもこの町を離れようと話をしたことはあります。
元々準備が整ったらゼクスに行くつもりだったのです。
その意見が出てくるのは間違えていないでしょう。
それでも今もこうしてフュンフに残っているのは私たちにもまだ何かできることがあるのではないかという思いからです。
事実、冒険者ギルドでは日夜町の復興のための依頼が張り出されていました。
私自身は冒険者ではないためそれらを受けることはできませんがアキ達を手伝う形でそれらの依頼をこなしてきました。
しかしそれも限界なのかもしれません。
「はー、何でおまえさん方が無事なのにあいつは死んだんだろうな………。」
NPCの商店で店主がそう呟くのを耳にしました。
これは今に始まったことではありません。
フュンフ防衛戦後プレイヤーに対するNPCの態度が見るからに悪くなったのです。
彼らはそう口にすることでどうにか気持ちを保っているのかもしれません。
誰かを悪者にしないと大切な人を失った気持ちに押しつぶされてしまうのでしょう。
それは理解できるからこそ今まで我慢できていました。
しかし、その我慢も限界に来ています。
クラン内部でもすぐにフュンフを離れようという声が日に日に強くなっています。
皆思いは同じなのでしょう。
だからこそ私は決心します。
一度クランで集まって相談しましょう。
ゼクスに行くのか、フュンフ復興まで留まるのかを………。
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私がクラン全体に連絡を入れると皆はすぐに集まってくれました。
運が良かったです。
皆さんログインしていて、しかもフュンフの町にいたのですから。
「リン。相談ってなに?」
皆が集まるとアキがそう口にしました。
私は皆の方に向き直り口を開きます。
「皆さんに相談したいのはゼクスへ行くかどうかについてです。」
私の言葉を聞いて皆さん思い思いの表情を浮かべます。
私はそれを見ながら言葉を続けました。
「昨今のフュンフの雰囲気は良くありません。町全体が落ち込んでいて住民は行き場のない憤りをプレイヤーに向けています。私は正直ここにいても楽しくありません。」
楽しくない。
ゲームをプレイしているのにそれはおかしな話です。
遊びなのだから楽しくなくてはいけないはずです。
「私たちのクラン、フィール・シュパースの目的は楽しむことです。今のままでは楽しむことなどできないでしょう。だからこそ私はフュンフを離れ、ゼクスに行きたいと考えています。」
私はこの世界を楽しみたいです。
しかし、このままフュンフに留まっていてもそれはできないでしょう。
その思いは皆も同じであると信じたいです。
私は意を決して皆に問いかけます。
「皆さんの意見を聞かせてはもらえないでしょうか?」
私の質問を受けて皆は思案顔を浮かべます。
最初に口を開いたのは意外にもミケルさんでした。
「僕はリンさんの意見に賛成です。正直、フュンフの空気の悪さは気になっていました。」
彼のその言葉に生産組は賛同を示しました。
生産組は特にNPCとのやり取りが多いからか如実に空気の悪さに気分を害していたことなのでしょう。
「リンさんにお聞きしたいのですがいいですか?」
「はい。」
次に口を開いたのはハーロウさんでした。
彼はすごく難しいことを考えこんでいるような顔で私にそう言いました。
「リンさんが楽しくないと感じているのはフュンフの住民の対応についてだと思っています。あっていますか?」
「はい。」
「別のプレイヤーからの情報になりますが住民の対応についてはフュンフもゼクスもそう大差はありません。フュンフでの出来事は既に他の町にも広まっておりそれによりプレイヤーに対する住民の好感度は下がっています。」
「え!?」
ハーロウさんの話を聞いて私は驚きました。
そしてしばし考えこみます。
自分の中で結論を出して口を開きました。
「プレイヤーに対して冷たく対応されるのが変わらずとも町全体が暗く沈んでいるということは無いのではありませんか?」
「確かにそうですね。」
「ならば私は移動するべきだと思います。」
「なるほど。リンさんの意見は理解できました。私としても移動するのに異論はありません。」
ハーロウさんはそう言って口を噤みました。
私は意見を表明していない他の皆さんに視線を向けます。
「僕も移動に賛成で。最近復興系のクエストも減ってきているし、もうプレイヤーが手を出す必要もないと思うんだよね。」
ラインハルトさんも賛成を表明します。
ラインハルトさんと同様に復興系クエストを多く受けていたアキも同意見でした。
「妾も右に同じじゃ。正直、討伐系のクエストが無くて今のフュンフはつまらぬ。」
ユキナさんとユリアさんも同じようにゼクス行きを賛成してくれました。
これで全員の意見が出そろいました。
「決まりですね。では、私たちはゼクスに向かいましょう。」
私がそう言うと皆は笑みを浮かべました。
余程この町にいるのが億劫だったのでしょう。
私は皆の様子を見ながら胸を撫でおろしていました。
皆私と同じ気持ちでいてくれてよかったです。
「早速、ゼクス行きの日程を決めましょう。」
「そうだね。さすがに今すぐにというわけにはいかない。ハーロウどうしたらいいかな?」
ラインハルトさんに声をかけられてハーロウさんは少し考え込みます。
そしてすぐに結論を出して口を開きます。
「そう、難しく考えなくていいと思います。今日明日は準備に使用しましょう。そして明後日の朝、このフュンフを出るでどうでしょう?」
ハーロウさんのその提案に皆は元気よく賛成を示します。
私としても異論はありませんでした。
私たちは2日後にフュンフを立つことを決意してその場は解散しました。
今から2日後が楽しみです。
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2日間の準備期間を経て私たちはフュンフの外門前に集まりました。
目的は当然ゼクスに向けて旅立つためです。
「皆さん集まりましたね。」
クランメンバー14人全員が集まったのを確認してハーロウさんが口を開きました。
「これからゼクスに向けて旅に出ます。その前にフュンフ=ゼクス間に出るボスモンスターについて説明をしておきます。」
彼はそう言いながら周りを見回しました。
皆の視線がハーロウさんに向けられています。
それを確認してハーロウさんは再び口を開きました。
「フィールドボスの名前はハイ・グレート・アルゲンタヴィス。超大型の肉食鳥モンスターです。全長は凡そ10m。翼を広げた際の大きさは20m弱あります。」
10mの大型の鳥モンスター。
それは確かに大きいです。
今まで戦ってきた鳥型の魔物は大きいものでも翼を広げて4mほどです。
そのおよそ5倍の大きさを誇るのですね。
この世界では大きい魔物は基本的に強くなります。
当然このボスモンスターも弱くは無いのでしょう。
私がそんなことを考えているとハーロウさんは説明を続けました。
「鳥型のモンスターのため当然空を飛んでいます。基本的な攻撃方法は滑空からの詰めによる攻撃です。」
爪による攻撃と簡単に言いますが10mの鳥型モンスターの爪と言うことは当然体の大きさに比例して大きくなるのでしょう。
そんなものはナイフや剣と変わりありません。
それで切り裂かれれば重傷は必死でしょう。
「基本的な倒し方は単純で魔法で撃ち落として近接でHPを削ります。私たちの場合は私とユリアさんが敵の動きを牽制します。その隙に近接攻撃組が攻撃を行ってください。」
ハーロウさんとユリアさんが牽制して近接攻撃組がダメージを与えるのですね。
つまりはいつもの戦いと同じというわけです。
分かりやすくていいですね。
「また、ラインハルトとリンさんは飛んでいるアルゲンタヴィスに攻撃が届くと思います。もしもチャンスと思ったら私たちの牽制攻撃を待たずに攻撃してしまって構いません。」
確かにラインハルトさんの場合は斬撃を飛ばすスキル【破衝剣】、私の場合は体を触手状に伸ばして攻撃することができます。
それを使えということなのでしょう。
私はハーロウさんの言葉に納得を示します。
「以上でボスモンスターに関する説明は終わりますが何か質問はありますか?」
ハーロウさんはそう聞きますが誰からも質問はありませんでした。
皆さん今の説明で把握したようです。
私自身おおよその戦い方は分かりました。
問題ないでしょう。
皆から質問が無いことを確認したハーロウさんは1度頷いて私の方を向きました。
私はその視線を見て口を開きます。
「それでは皆さんゼクスに向けて旅に出ましょう。出発です!」
私のその掛け声とともに皆は歩きはじめました。
未だ見ぬゼクスの町を思い気持ちを高揚させながら私たちは旅に出たのです。
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