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◆アイン 某所
犯罪者ギルドで最初のお仕事として言い渡されたのはある家に忍び込み中から何かを盗んで来いと言うものでした。
私は重い足取りでその家を訪れていました。
そこは所謂、豪邸と呼ばれる建物です。
天高く昇る太陽に照らされながら私はその豪邸を観察していました。
敷地面積は周りの家々よりも広く家を取り囲む塀は高いです。
格子状の門の向こうに見える豪邸は嫌らしい金装飾をふんだんに凝らしていて住む人の感性を疑うものでした。
しかし、そんな家ではありましたがお金を持っていることは見ただけでわかります。
だからこそ犯罪ギルドの仕事に選ばれたのでしょうか?
そんなことを考えながら私はどのように忍び込むか考えていました。
門の前には門番が2人立っていて正面から行くのは現実的ではありませんね。
裏口も同様に人がいます。
となると塀を超えるしかありません………
私はそう考え家の周りを取り囲む塀によじ登りました。
そして中の様子を確認します。
庭には門番と同じような格好をした人が巡回していました。
しかし、その巡回も完ぺきでは無く所々に死角ができています。
これはいけそうです………。
思ったら即行動。
私は門を飛び降りてすぐさま屋敷まで走りました。
巡回の警備兵に見つかった様子は………ありません。
よし!!
私は心の中でガッツポーズを取りながら屋敷の中に入る手立てを考えていました。
警備兵に見つからないように家の様子を伺います。
すると2階の1室に窓が開いている部屋を発見しました。
私は窓枠を利用してその窓までよじ登ります。
恐る恐る中の様子を伺うも人はいませんでした。
不用心ですね。
これまたチャンスだと思った私はその窓から屋敷の中に侵入しました。
屋敷の中は外とは様相が異なっていました。
メイドらしき人たちが忙しそうに動いているだけでそれ以外の人を見ないのです。
まあ、真昼間だから仕事で外に出ているだけだと思いますが………。
屋敷の中を隠れて探索していると気になる部屋を見つけました。
そこはアンティーク調の本棚と書き物机が置かれた部屋でした。
所謂、書斎です。
外面だけ見たらただの書斎なのだか何か引っかかります。
私は本棚を良く調べました。
すると、本棚の下に隙間ができていることに気が付きました。
どうやらこの本棚は絡繰り仕掛けで稼働するようです。
………その仕掛けが分かりません。
しかし、問題はありません。
スライムの体であればこの程度の隙間があれば中に潜り込むことなんて簡単なのです。
私は本棚の隙間から奥へと進みました。
そこは隠し部屋となっていました。
広々とした1室には金銀財宝の他にも有用なアイテムや何に使うか分からない書類までありました。
見るからにお宝の山です。
私はそれを片っ端からインベントリに格納していきました。
部屋に保存されたすべての金銭、物を収納できたことを確認した私は来たとき同様にその屋敷を後にするのででした。
--
金ぴか豪邸を後にした私はその足で犯罪者ギルドに戻ってきました。
私は入口を潜り中へと入ります。
中は先ほどと変わらずエッダさんしかいませんでした。
来訪を心待ちにしていたのか私の姿を見てにこにこと笑っています。
私は先ほどと同じようにカウンターに飛び乗り話始めました。
「行ってきました。」
「そう。で、成果はどうだった?」
「はい。結構色々ありました。お金や宝石の類が多いですね。」
「え?宝石なんて無かったでしょ?」
私の言葉を聞いてエッダさんは首を傾げながらそう言いました。
どうも私とエッダさんで認識に齟齬があるようです。
しかし、確かに宝石はあります。
私はインベントリを開いてそこにダイアモンドやルビーと言った宝石が格納されているのを確認しました。
「いや、ありましたよ。ほら。」
私はインベントリからダイアモンドを1つ取り出しました。
それをエッダさんは受け取って観察します。
「確かに。しかも、これほどのダイアモンド………。」
エッダさんは驚き絶句しています。
私は何故そんな顔をするのか分かりませんでした。
それだけの宝があるとわかっているからあの豪邸に盗みに行けと言ったのでは無いのでしょうか?
ダイアモンドの観察に満足したのかエッダさんは私に向き直り口を開きます。
「リンちゃんいったいどこに行ってたの?」
「どこって、エッダさんに言われた豪邸ですよ。」
「豪邸?私が行ったところはそんな場所じゃないよ。だって、盗賊の練習用にギルドで用意した家なんだから。」
「え?」
エッダさんのその言葉に驚きました。
でも、考えてみれば当然です。
普通は最初にいきなり犯罪をしろなんて言いません。
そうすると私が入った豪邸は確かに違うのかもしれません。
練習用の家としては過剰なほどに装飾過多なのですから。
私がそんなことを考えているとエッダさんが再び口を開きました。
「リンちゃんが盗みに入った家の特徴を教えてもらってもいい?」
「はい。えっと………。」
そうして私はエッダさんにその豪邸の場所や特徴を教えました。
その説明を聞いたエッダさんは次第に口角が上がっていき終いには笑い出してしまいます。
「はははは。おかしい。ははは。」
「えっと、何がそんなに可笑しいのでしょうか?」
「いや、リンちゃん。あなたアインの西と東をまるっきり間違えているわよ。」
エッダさんはそう言ってアインの地図を再び見せてくれました。
「ここが私が指示した家。で、こっちがリンちゃんが忍び込んだ家ね。ほら町の中央広場を挟んで真反対にあるでしょ?ちょうど地図を180°回転させたみたいな間違え方したのね。」
エッダさんは指摘した通り、エッダさんが指示した家は町の北東にそして私が忍び込んだ家は町の南西に位置していました。
確かに中央広場を挟んで真反対でした。
昔から地図を読むのが苦手であったがゲームの世界でもこんな間違いを犯すとは思いませんでした。
私は顔が赤くなるほどに恥ずかしい気持ちを味わっていました。
スライムだから顔は無いんですが………。
「ははは。笑ったわ。久しぶりに大笑いしたわ。」
エッダさんは笑いつかれたのか肩で息をしながらそう言いました。
それはあれだけ大笑いすれば疲れることでしょう。
「あの?」
そんなエッダさんに私はおずおずと声をかけます。
「なに、リンちゃん?」
「盗んだものは返したほうがいいでしょうか?」
「別にそんなことをする必要はないわよ。リンちゃんは盗賊なんだから。それに、その豪邸の主はアドネと言う悪徳商人なのよ。あいつのため込んだ金なら盗んだ方が世のためよ。」
エッダさんは微笑みながらそう口にしました。
悪徳商人。
ゲームなのにそんなNPCまでいるのかと驚きます。
しかし、それなら罪悪感を抱かずに済みます。
私は素直に盗んだものを着服することを心に決めるのでした。
「あ、初仕事の方は失敗でしょうか?」
私が起こした犯罪行為に安心したら唐突にそんな不安が襲ってきました。
しかし、私のその言葉をエッダさんはキョトンとした表情で受け止めます。
「なんで?これ以上ないくらい素晴らしい仕事だったじゃない。文句なしの合格よ。」
続くエッダさんのその言葉で私は胸を撫でおろすのでした。
良かったです。
これでもう一度忍び込んでッてことになるとアキを長時間待たせることになってしまいます。
それをしなくていいとわかり私は安堵するのでした。
「はいこれ、リンちゃんのギルド章ね。リンちゃんが仕事に行っている間に作成しておいたから。」
「あ、はい。ギルド章?」
言われるままエッダさんから渡された金属プレートを受け取ります。
そして聞きなれないその単語に首を傾げるのでした。
そんな私を見ながらエッダさんはそれの説明を口にします。
「そう、ギルド章。リンちゃんがこのギルドの一員であることを示す物ね。ギルドのサービスを受ける際に必要だから無くさないようにね。」
「はい。もう1つ聞いてもいいですか?」
「うん。何かな?」
「ギルドのサービスって何ですか?」
私のその疑問にも嫌な顔をせずにエッダさんは答えてくれました。
「サービスと言うのは大きく分けて3つね。仕事の斡旋、換金、お金または物の預け入れ。1つずつ説明するわね。まずは仕事の斡旋。これは単純にギルドに依頼が来た際にその依頼に合ったギルドメンバーに仕事を斡旋することを言うの。それ以外にもギルドメンバーの方からこういう依頼は無いかと言った情報提供を求められたときに渡したりもするわ。」
エッダさんの話を聞いて私は頭の中でそのことを想像します。
犯罪の依頼が来た場合にそれを斡旋されることもあると………。
「あの、依頼と言うのは自由に受けられるものではないのですか?」
「うん、そうだね。冒険者ギルドではそうしているみたいだけど犯罪者ギルドでは依頼が来たらギルドで適性を見て直接本人に仕事の話を持っていくね。」
まあ、当然かもしれません。
犯罪者ギルドに来る依頼は当然犯罪です。
冒険者ギルドに来る依頼と違って失敗しました、では次の冒険者とはいかないのでしょう。
だからこそ適性を見てそれを行えると判断したものに斡旋するのだと思います。
私がそんなことを考えているとエッダさんが再び口を開きました。
「話し続けるわね。次のサービスは換金。これは犯罪の中で手に入れたものをお金に換えることね。リンちゃんで言えば盗んできたものをここでお金に換えられるわ。外で売りに出すと足がつく恐れがあるから盗んできたものはできるだけ犯罪者ギルドで売るようにしてね。」
これも納得です。
確かに豪華な装飾品なんかは1点ものが多いでしょう。
そう言ったものを売ると私が盗んだのだとバレる恐れがあります。
そうしないためにはギルドで売るのが安全なのも理解できます。
「アドネの豪邸から盗んできたものもここで換金する?」
「はい。後でお願いできますか。」
「ええ、大丈夫よ。じゃあ、話を続けるわね。最後はお金や物の預け入れね。これは冒険者ギルドでもやっているサービスよ。その名の通りお金とアイテムをギルドに預けることができるわ。そして、預けたお金、アイテムは他の町のギルドでも受け取ることができるわよ。」
エッダさんのその言葉に疑問を覚えます。
いや、ゲームなのだから当然なのかもしれません。
それでも流通と言う概念があるこのゲームでお金はともかくアイテムまで他の町でも受け取ることができるというのは可笑しいと思うのでした。
しかし、私のそんな疑問はよそにおいてエッダさんの説明は続きます。
「お金は特に上限なしに預け入れできるけど、アイテムについては預けられる数に制限があるから気を付けてね。何か質問はあるかしら?」
せっかくだからさっきの疑問を聞いてみましょう。
「あの、アイテムを他の町でも受け取れるというのはどういう仕組み何ですか?」
「あー、ごめんなさいね。よくはわかっていないの。これらのサービスは古代の魔道具を使って行われていて現代では失われてしまった技術なのよ。」
「そうですか。ありがとうございます。」
「他にはない?」
エッダさんの質問に私は頷くことで肯定を示します。
「じゃあ、アドネの豪邸から盗んできたものを換金してしまいましょうか?」
「はい。ついでに所持金とアイテムを預けたいのですが大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。じゃあまずは………。」
その後、私は換金と所持金、アイテムの整理をして犯罪者ギルドを後にするのでした。
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