1-5
◆アイン 中央広場
『今、広場に着いたけどどこにいるの?』
今しがたアキから来たメッセージを確認して私は急ぎ返信します。
『広場の端にいるよ。』
そのメッセージにはすぐに返事がきました。
『見当たらない。種族何にした?』
それはそうです。
まさか私がスライムになっているなんて思いつかないでしょう。
だからこそ私と背格好が似ている人物を探してこのメッセージを書いているのだとおもいます。
私はそのことを想像してくすりと笑いながら返信を書きました。
『スライムだよ。』
そのメッセージを出した直後に真横から声が聞こえました。
「見つけた。」
声に驚き視線を向けると、そこには小柄の女の子がいました。
目や髪の色は違うが確かに明菜です。
特に顔のパーツまでは弄っていないようでした。
そんな明菜………もとい、アキは呆れたような目をして口を開きました。
「何でスライムなのよ!」
「何でって、可愛いでしょ?」
「涼音わかってるの!?魔物系プレイヤーって今迫害されているのよ!」
「え?」
アキのその言葉に私は理解が追いつきません。
迫害ですか?
なんででしょう?
「意味もなくPKする人たちだっているんだから。」
「何でそんなことに?」
「よくは知らないんだけど、最初は魔物系プレイヤーを気持ち悪いって言う人がいたんだよ。それに便乗して排斥しようって声を上げた人がいて燃え上がった感じね。」
アキの言葉を聞いて私は胸の内に何かが燻りだした気がしました。
これは怒りなのでしょうか?
それとも憤り?
それを明確に言葉にすることはできませんでした。
「すぐにキャラクター作り直そうよ。」
アキがそう提案してくれます。
しかし、私にその気はありませんでした。
魔物系を排斥するプレイヤーがいる中でそんなことをするのは逃げた気がするからです。
「このままやるよ。」
「本当に?」
「うん。大丈夫。」
アキが心配そうな表情をしますが私はそう言って固辞します。
私の頑固さを知ってかアキは渋々と言った表情をしながらそれを認めました。
「はぁ。それで名前は何にしたの?私は伝えたと思うけどアキね。」
「リン。」
「リンね。わかったよ。フレンド送るね。」
「うん。」
ほどなくしてアキからフレンド申請が届きました。
私はそれを承諾すると再びアキに視線を戻します。
アキもフレンドに追加されたことを確認して顔を上げていました。
「そう言えば。」
不意にアキがそう口を開きました。
「さっきここで決闘騒ぎがあったみたいだけどリンは見た?」
「え?」
決闘。
それって私がしたあれですよね………。
正直に答えたほうがいいのでしょうか?
「決闘なんて珍しいのに、さらに珍しいことに全損ルールで行われたみたいだよ。」
そう話すアキの表情はどこか楽しそうにそれでいてその決闘を見れなかったことを悔しそうにしていました。
「私も見たかったなー。………どうしたのリン?」
私が黙っているとそれを不思議に思ったアキが声をかけてきました。
内心ではどうしましょうという思いで一杯でした。
しかし、意を決してそれを話すことにします。
「えっとね………私なの。」
「え?」
「その決闘していたの私なの。」
「はい?」
アキの表情が固まりました。
あ、これは処理が追い付いていないときの顔です。
きっと私が言った言葉が理解できていないのでしょう。
駄目押しに私はもう一度口を開きます。
「だからその決闘していた片方は私なんだよ。」
その言葉を受けてアキが再起動しました。
驚いたような表情をして私に掴みかかりそうな勢いで話しかけてきます。
「え、リンが決闘したの?じゃあ、今デスペナ中なの?嘘?」
「アキ、落ち着いて。大丈夫。勝ったからデスペナ中じゃないよ。」
私のその言葉を聞いてアキは1度深呼吸して落ち着きを取り戻します。
そして再び疑問を口にします。
「勝ったってどういうこと?相手も初心者だったの?」
「いや、そこそこお金も装備も持っていたから初心者ではないんじゃないかな。」
「そんなのに勝つなんて。リンはVR適正高いと思っていたけどそこまでだとは………。じゃあ、色々手に入ったんだ。それに経験値も入っているだろうからレベルも上がっているよね?」
「アイテムとお金は結構手に入ったよ。でも、経験値?決闘でも経験値って入るの?」
アキのその言葉に私は疑問を浮かべていました。
もしも決闘で経験値が入るなら街中で決闘しているだけで成長できてしまうのではないでしょうか?
そんなのをゲームシステムが許しているとは思えませんでした。
しかし、アキの回答は私の予想とは異なるものでした。
「うん。決闘でも全損ルールの時は経験値はいるよ。基本的に外でPKするのと同じ仕様だったはず。」
目から鱗が出る思いでした。
そうだったんですね。
私は急ぎ自分のステータスを確認します。
====================
名前 :リン / 累計レベル5
種族:スライム レベル3
職業:盗賊 レベル2
ステータス割振:
STR:9
ATK:18
VIT:62
DEF:38
INT:8
RES:28
DEX:21(7+9+5)
AGI:26(10+11+5)
ボーナスポイント余り:25ポイント
====================
そのステータスを見て驚きました。
まさか先ほどの決闘だけでレベルが5も上がっているとは思わなかったからです。。
私はそのことを素直に口にしていました。
「凄い。レベルが5も上がった。」
「1度にそれだけ上がるということは相当レベル差があったはずよ。本当に良く勝てたわね。」
アキがまたも呆れたような口調でそう言いました。
私は彼女のそんな言葉を聞き流しながらボーナスポイントを何に割り振るか迷っていました。
しかし、答えは出ません。
こういう時は素直に熟練者に聞いてしまうのがいいですね。
「ねえ、ボーナスポイントって何に振ればいいと思う?」
「んー、人によって違うからなぁ。長所を伸ばす人もいれば、短所を埋める人もいる。それに明確にビルドが決まっていない人はため込んだりもしているね。」
「そうなんだ。」
キャラクタークリエイト時のボーナスポイントは短所を潰すことに使いました。
次は長所を伸ばしてVITを上げるか、はたまた短所を潰すためにSTRやINTを上げるか………。
私はアキを無視して「うーん、うーん。」と悩み続けていました。
さっきの戦いから私の戦い方は相手の攻撃をギリギリで避けて急所へ一撃を入れる形です。
そうなると必要なのは回避するための敏捷性と攻撃力………。
………よし決めました。
私はウィンドウを操作してボーナスポイントを割り振ります。
====================
名前 :リン / 累計レベル5
種族:スライム レベル3
職業:盗賊 レベル2
ステータス割振:
STR:9
ATK:33(18+15)
VIT:62
DEF:38
INT:8
RES:28
DEX:21(7+9+5)
AGI:36(10+11+15)
ボーナスポイント余り:0ポイント
====================
攻撃力を上げるためにATKを大きく上げ、回避のためにAGIを上げました。
その結果を満足げに眺めます。
そんな私の雰囲気を感じ取ったのかアキが声をかけてきました。
「ボーナスポイント割り振ったの?」
「うん。正直上手くいくか分からないけどね。」
「まあ、最初はそんなもんだと思うよ。」
そう言って笑みを浮かべるアキ。
彼女も最初はこんなふうに悩みながら割り振ったのでしょうか?
そんな心の中の疑問に答えてくれる人はどこにもいませんでした。
「これからどうするの?」
ボーナスポイントの割り振りも完了して私は不意にそう口にしていました。
「一緒に何かしようにもリンはまだチュートリアル終わらせてないよね?」
「チュートリアル?何もしてないけど………。」
アキの話すそれが分からず聞き返します。
私のその反応は予想通りだったのかアキは落ち着いた様子で口を開きました。
「そう。職業ごとに最初にチュートリアルクエストが設けられているんだ。そう言えばリンは職業何にしたの?」
「盗賊だよ。」
私は何でもないことのようにそう口にしました。
するとまたもアキは呆れたような目で私を見ます。
そんなにおかしいでしょうか?
確かにナイさんの助言を無視して盗賊にしましたけど………。
「寄りにもよって犯罪職………。」
「やっぱりおかしいかな?」
「おかしいというか………大変みたいだよ。」
「やっぱりそうなんだ。」
アキのその言葉を聞いて私は納得しました。
まあ、それも当然でしょう。
犯罪職なんですから。
そんな職業についているものはたとえ前科があろうとなかろうと碌な奴じゃないと思うのは当たり前です。
つまるところ犯罪職であるということはNPCからの評価がマイナスからスタートするということなのでしょう。
そんなことを思っているとアキが再び口を開きました。
「まあ、とりあえず納得したわ。じゃあ、ここで待っているから犯罪者ギルドに行ってチュートリアルこなしてきなよ。」
「犯罪者ギルド………なんか、近寄りたくないわね。」
「仕方ないじゃない。盗賊なんてやっているリンが悪いのよ。はい、犯罪者ギルドの場所は………。」
そう言ってアキは犯罪者ギルドの場所を説明してくれました。
犯罪者ギルドと呼ばれるだけあってかなり複雑な順路を行かないと辿り着けないようです。
「リン、分かった?」
「うん。たぶん………。」
「チュートリアルは1時間ほどで終わるから私はこの辺で待ってるね。じゃ、行ってらっしゃい。」
アキにそう言われて私は送り出されました。
私は1人とぼとぼと犯罪者ギルドに向かうのででした。
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犯罪者ギルドはその名の通りいかにも怪しげな雰囲気を醸し出す路地裏に存在していました。
一見するとただの壁のように見える扉を潜って私はその建物の中へと入ります。
中は薄暗い雰囲気漂う洋室でした。
部屋の奥。
受付カウンターの向こう側に1人、妙齢の女性がいます。
ギルドの職員でしょうか?
私はその人に話しかけるために近寄り、カウンターの上に飛び乗りました。
何やら本を読みふけっていて、ここまで近寄っても気付かれません。
私はおずおずと声をかけます。
「あのぉ。」
「ん?わっ、吃驚した。どうしたんだいスライムちゃん。」
女性はカウンターに飛び乗って話始めた私に一瞬驚くもすぐに気を取り直して微笑みを浮かべるとそう口にしました。
「あのここでチュートリアルを受けられると聞いて………。」
「ふむふむ、そう言うということは君は新人ちゃんだね?」
話が早くて助かります。
チュートリアルなんて言ってNPCに通じるのか不安だったがこの感じだと先人たちが上手いことやってくれたのでしょうか?
私はそんなことを考えつつも女性の質問に素直に答えます。
「はい、そうです。」
「じゃあ、まずは名前を聞こうかしら。私はエッダ。好きに呼んでね。」
「はいエッダさん。私はリンと言います。」
「リンちゃんね。」
エッダさんはそう言うと徐にカウンターの奥から羊皮紙を取り出してそれに何やら記入し始めました。
「リンちゃんの職業を聞いてもいいかしら?」
「はい。盗賊です。」
「なるほど、盗賊ね。ハイ、資料の作成終わり。これでリンちゃんは正式に私たちのギルドの一員となりました。」
エッダさんはそう言うと拍手して私を歓迎してくれます。
突然のことでついていけない私はそれを聞いて放心しながら「ありがとうございます。」と答えるのでした。
そんな私を置いてきぼりにしながらエッダさんは話を続けます。
「さて、盗賊の初仕事なんだけど。………この家から何かを盗んできて頂戴。」
エッダさんはそう言うと1枚の地図を取り出してその一角を指さしました。
それはこのアインの町の地図でした。
「え?ものを盗んでくるんですか?」
「そう。盗賊なら当然でしょ?」
エッダさんのその言葉に驚きを隠せませんでした。
まさか最初から犯罪を指示されるとは思ってもいなかったからです。
「あの?技能訓練とかせずにいきなり実践ですか?それも1人で?」
「そうそう。ここはそう言う場所だから。」
何とかならないかと頭を悩ますもエッダさんの表情は明らかにそれを認めませんと言って居ました。
これもチュートリアルなんだと諦めて私は「分かりました。」と了承を示します。
もう一度地図で場所を確認して私は犯罪者ギルドを後にしました。
そんな私の背中にエッダさんは「頑張ってねー。」とエールを送るのでした。
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