4-9
◆フィーア北の漁村
<WDクエスト「*****の呼び声」をクリアしました。>
<クエストクリアプレイヤー………ラインハルト、ハーロウ、リン。>
<MVPを算出………プレイヤー「ハーロウ」がMVPになりました。>
<MVP報酬としてアイテム「支配者の王杖」を取得。>
………
<アイテム「ルルイエ異本(写本)」を取得。>
<アイテム「不完全な無名祭祀書(写本)」を取得。>
<アイテム「クタート・アクアディンゲン」を取得。>
<アイテム「秘匿された知識の紙片」を取得。>
<アイテム「大いなるものの血」を取得。>
<アイテム「深きものの祝福」を取得。>
<アイテム「神像の欠片」>
………
<称号「英雄」を取得。>
<称号「深淵を覗くもの」を取得。>
………
<初めてのWDクエストのクリアを確認。>
<TipsにWDクエストが追加されます。>
私の視界には数多くのシステムメッセージが流れました。
それは一様に私たちの成した偉業を知らせるものでした。
しかし、私はそれを素直に喜ぶことができません。
力ない足取りで私は子供たちが囚われていた檻に近づきます。
その中にはすでに冷たくなってしまった子供たちが横たわっていました。
沸々と怒りが込みだしてきます。
しかし、この場にその怒りをぶつける相手はいません。
招来したクトゥルフを退散させた直後、周りにいた魚人や魚面の人々は散り散りにどこかへ走り去っていってしまいました。
私は目の前の檻を瓦礫の山から引き釣り出します。
そして有り余る力をもってそれを持ち上げマリサさんが待つ場所まで行くことにしました。
私の気落ちした雰囲気を感じ取ったのかマリサさんの目には大粒の涙が浮かんでいました。
私はゆっくりと檻を地面に下ろします。
直後、ラインハルトさんが剣を走らせ檻を切り刻みました。
開かれた檻の中にマリサさんは恐る恐る入っていきます。
そして1人の男の子のもとにたどり着くとその両手を使って彼の体を揺さぶります。
反応はありません。
弟の名を叫びながら揺さぶる手は次第に強くなっていきます。
それでも反応は無かったのです。
次第にマリサさんの声は嗚咽へと変わっていきます。
瞳から涙を留処なく流しながら彼女は弟の体を抱きしめます。
私たちはその様子を見ながらやるせない気持ちを味わっていました。
私たちにもっと力があれば違う結末を迎えることができたのでしょうか?
もしくは私たちだけで解決せずにもっと人に頼るべきだったのでしょうか?
繰り返される疑問に答えてくれる人はいません。
私たちは悲痛に苛まれながらただただ時間だけが過ぎ去っていきました。
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「もう、大丈夫です。」
マリサさんがそう言って立ち上がりました。
目元を真っ赤にはらしてそう口にする彼女を私は素直に強い人だと感心するのでした。
「魚人たちがいつ戻ってくるか分かりません。ここを早く離れましょう。」
「子供たちはどうするんだ?」
「魚人たちが使っていた馬車が使えないか見てきます。」
ハーロウさんはそう言うと瓦礫の山となった教会跡地に向かった。
程なくして1頭の馬に曳かれた馬車をもってやってきた。
「幌は壊れてしまっていますが荷台自体は無事です。これを使って子供たちの遺体を運びましょう。」
ハーロウさんはそう言うと子供たちの遺体へと近寄り腐敗防止の魔法を施しました。
それを確認した私たちは子供たちの体を丁寧に布でくるんで馬車の荷台へと運び込みます。
全員を運び込むと私たちはフィーアに向けて出発するのでした。
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フィーアにたどり着いた私たちはまず初めに外門を守る衛兵に話をしに行きました。
衛兵の方ははじめ話をまともに聞いてはくれませんでしたが子供たちの遺体を確認すると態度を豹変させて急ぎ上の方に取り次いでくれました。
今、私たちの目の前にはフィーアの町の衛士長と冒険者ギルドのギルドマスターです。
私たちは冒険者ギルドで事の顛末の説明を求められていました。
「まず私たちがこの事件にかかわったのは彼女、マリサさんの依頼からでした。」
ハーロウさんが私たちを代表して皆に説明しています。
「マリサさんからの依頼は彼女の弟さんを探してほしいというものでした。彼女の話からフィーアの旧港で弟さんの足取りが消えていることが分かりましたので、その旧港で聞き込みを行いました。そこに住まう老人から近頃あの港で魚面をした者たちを見かけることがあったという証言を得たのです。」
その説明を皆は静かに聞きます。
「その証言を得た私たちは弟さんの失踪と魚面の者たちが関連しているのではないかと疑いを持ちました。そこで彼らの漁村を調査することにしたのです。」
誰の表情も真剣なものです。
皆が一様に思っているのです。
この事件は決して小さなものではないと………。
「漁村にたどり着いた私たちは大きな建物の中で囚われた子供たちを発見しました。その中には彼女の弟さんもいました。私たちが子供たちを救おうとしましたが漁村の住人によってそれは阻まれてしまいます。それでも何とか救い出そうと必死に抵抗している間に彼らはある儀式を始めてしまいました。」
ハーロウさんの説明は佳境を迎えます。
私はその時のことを思い出しいたたまれない気持ちとなります。
あの時儀式を止められれば………。
「その儀式は子供たちを生贄にして強大な生物を召喚するというものでした。私たちの抵抗虚しく儀式は成功してしまいます。その場に巨大な触手のような生物が召喚されてしまったのです。」
ハーロウさんは腕を大きく広げてその生物が本当に強大であったことを強調します。
それが伝わったのか話を聞いていた衛士長とギルドマスターの顔に不安な色が浮かびます。
「その儀式が召喚魔法であることはすぐに判断できました。そのため、私たちは触媒を壊してその生物を送還することにしました。詳細は省きますがこの試みは成功します。召喚された生物を送還した私たちは子供たちの遺体を運びこうしてフィーアに戻ってきました。」
先ほどと一転して、ハーロウさんの話を聞いて衛士長とギルドマスターはほっとしています。
どうやらその巨大生物と戦わなくて済んだことを安堵しているようです。
そしてここまでの話を聞いて衛士長が口を開きました。
「話してくれてありがとう。そして、強大な危機を取り払ってくれてありがとう。いくつか質問したいことがあるのだが良いか?」
「はい。」
「あの村には魚面の者たちがいたと思うが全員がそれに加担していたのか?」
「私はそう考えています。私たちが漁村の調査を行っているときに村全体で私たちの妨害をしてきました。それにことが終わった後に全員が行方をくらませています。このことから全員が同じ意志のもとで行動していたのだと考えられます。」
「なるほど。全員行方をくらませているということはあの村は今もぬけの殻と言うことか?」
「少なくとも私たちが村を後にしたときはそうでした。その後彼らがあの村に戻っているかどうかは調べていません。」
「分かった。それはこちらで調べよう。最後に彼らが呼び出した生物が何か心当たりはあるか?」
衛士長のその質問にハーロウさんは少し考え込むようにします。
そして意を決したような表情をして口を開きました。
「彼らの呪文から察するにクトゥルフと呼ばれているものだと思います。」
―ガタッ
ハーロウさんがその言葉を口にした瞬間大きな音を立ててギルドマスターが立ち上がりました。
そして青い顔をしながら口を開きます。
「クトゥルフだ、と?」
「ギルドマスター、クトゥルフとは何だ?」
衛士長の方は心当たりがないのかギルドマスターにそう聞きました。
「古い文献や異教徒の経典、異端の魔術書などにその名が出てくる存在です。詳しいことは分かっていませんが神代に神によって生み出された存在の中でもとりわけ力のある存在だとか。その力は神にさえ届きうるかと……。」
「な!?」
ギルドマスターのその説明を聞いて衛士長も事の重大さを理解したみたいです。
私たちも驚きました。
いえ、半ば予想はしていました。
それでも他人の口からこうして事実を聞かされるとやはり驚くのです。
まさか本当に神に近い存在だったとは………。
「それほどの者を相手にしたのか!?」
「いえ、恐らくはその一部だけでしょう。本来のクトゥルフの姿と彼らの話には相違があります。」
「一部だけ………。いや、それでも凄いことなのだろう?」
「当たり前です!相手は神に匹敵する存在ですよ!」
ギルドマスターは興奮した様相でそう口にしました。
「何にしろ君たちには助けられたようだ。改めて礼を言わせてくれ。ありがとう。」
「私からも礼を言わせてください。ありがとう。」
衛士長とギルドマスターはそう言うと頭を下げました。
私たちはそれを見て少し誇らしい思いをするのでした。
「今後の調査については我々の方で引き継ごう。」
「そうですか。ありがとうございます。」
衛士長の言葉にハーロウさんはお礼を口にしました。
その後、私たちは報酬を受け取りその場を後にしました。
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「あの………弟のことありがとうございました。」
マリサさんは私たちにお礼を言いながら頭を下げました。
「そんな、お礼を言われるようなことはしていません。私たちは結局弟さんを助けられなかったのですから。」
「いえ、それでも弟の行方を見つけてくれました。あのまま皆さまに頼っていなければ行方が分からないまま弟を失っていたのですから。少なくともあの子を見つけることができ、そして遺体をこうしてフィーアに連れて帰ることができたのは皆さんのおかげです。本当にありがとうございました。」
マリサさんはそう言いながら朗らかな笑みを見せます。
その笑みが殊更胸に刺さります。
しかし、彼女の強さと優しさを無駄にはしたくありません。
私は彼女の言葉を素直に受け取りそして口を開きます。
「こちらこそありがとうございます。あなたの強さに勇気をもらいました。」
そう言いながら私は彼女の頭を撫でてあげました。
その後、私たちはマリサさんを家まで送り届けました。
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マリサさんを送り届けた後私たち3人はフィーアの町を歩いていました。
誰も会話をしようとはしません。
会話をしようという空気では無かったからです。
こうも会話が無いと自然と今回のことを考えてしまいます。
今回の事件では彼女の弟を助けることができませんでした。
それは私に力が無かったからです。
彼女の強さに甘えてこれでいいとは思っていません。
今後同じようなことが無いように強くならなくてはいけません。
いえ、1人だけに強さではいけないのかもしれません。
今回の事件だって私1人でではここまでたどり着くこともできなかったでしょう。
なら、個人としての強さと集団としての強さが必要になります。
個人としての強さは分かりますが、集団としての強さはどうすればいいのでしょう?
ラインハルトさんやハーロウさんといつも一緒にいるわけではありません。
何より集団を表すものはパーティくらいしかないのではないでしょうか?
いえ、もう1つありました。
クラン………複数のプレイヤーが同じ目的のもと集まったグループでしたっけ?
あれならばもしかしたら私が目指す集団としての強さになるのかもしれません。
丁度良く「クラン設立許可証」を持っています。
これを使ってクランを作れば………。
「ラインハルトさん、ハーロウさん。ご相談があるのですが良いでしょうか?」
私は歩みを止めて2人に話しかけました。
「なんだい?」
「はい、大丈夫ですよ。」
2人は快くそう口にしました。
「今回のことで私は自分の至らなさを痛感いたしました。」
「それは僕たちも同じさ。もっと強ければ違う結果が得られたんじゃないかってね。」
「はい。個人としての強さもそうですが集団としての強さもです。あの場に私たち以外がいれば違ったのではないか?もっと効果的な手を考えられたのではないか?そう考えました。」
「ほう、それで相談したいことと言うのは何ですか?」
ハーロウさんはその声色から私が何を言いたいのか察してくれたようだ。
しかし、しっかりと私の口からそれを言うように促してくれます。
月明かりが照らすフィーアの路地にて私は意を決してそれを口にしました。
「はい。私はその集団としての強さを手にするためにクランを作ろうと思います。御2人もクランに参加していただけないでしょうか?」
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