4-7
◆フィーア北の漁村
その漁村は寂れていました。
昼間だというのに陰鬱とした空気が当りを包み込み自然と私の気持ちも暗いものへとなっていきます。
恐らくは表に出ている人が少ないことが原因でしょう。
見える範囲では1人2人程度しか村人の姿を確認できません。
彼らは厚ぼったい瞼にぎょろりとした目を持ち、首は皮膚がたるんでいて大きな皺を作っていました。
事前に話に聞いていた通りあれが所謂魚面と言うやつなのでしょう。
その様相を見て私はますます不安な気持ちにかられます。
「あの、すみません。」
勇敢にも私たちを代表してハーロウさんが農作業をしていた男性に声をかけました。
その男性は視線を上げて私たちの姿を見ます。
「よそ者だ。」
男性のその声に反応して1人2人と人が集まってきました。
男性も女性も皆一様に魚面をしています。
「よそ者だ。よそ者だ。」
彼らはそれしか口にしません。
ハーロウさんは困惑しながらも話を続けました。
「私たちはフィーアの町からきた冒険者です。5、6日ほど前にフィーアの町にこの漁村の方が訪れていたと聞きまして、その方に話を聞きたくここまで来ました。誰かがご存じではないでしょうか?」
「よそ者だ。よそ者だ。」
「よそ者だ。よそ者はすぐに帰れ。」
「ここには何もない。よそ者は帰れ。」
その場に集まった魚面の人々は皆一様にそれしかいいません。
会話にならない様を見てハーロウさんは途方に暮れています。
いえ、彼だけではありません。
私たち皆が気味悪く思いその場に立ち尽くしていました。
「どうしましょうか?これでは話になりません。」
ハーロウさんが困ったような声色でそう私たちに問いかけてきました。
正直、私に良案などありません。
しかし、この村の異様な雰囲気から無視してフィーアに戻っていいとも思えませんでした。
「調査を強行するしかないんじゃないかな?」
ラインハルトさんも同じ気持ちだったのか彼はそう言いました。
私も同意見だと伝えるために頷きます。
「そうですね。手ぶらでは帰れませんね。少なくともこの村と弟さんに関係があるのかないのかを判断つけてからでないと戻れません。」
ハーロウさんはそう言うと再び農作業をしていた男性に向き直った。
「すみません。話ができそうにないので私たちは勝手にこの村を調査させていただきます。」
彼はそう言うと歩きはじめました。
私もハーロウさんに続いて歩きます。
「で、これからどうしますか?聞き込みは先ほどの感じだと無理に感じます。」
「そうですね。まずは馬車を探しましょう。もしも弟さんがここに来ているならばその馬車に何か痕跡が残っているかもしれません。こんな小さな村ならすぐに見つかるでしょう。」
ハーロウさんのその言葉を聞いて私たちは周りを注意深く見ました。
魚面の彼らがフィーアに行った時の馬車を見つけるため捜索を開始したのです。
その間も周りからは奇異の目を向けられます。
彼らはしきりに「帰れ。帰れ。」と呟きます。
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「あれがそうでしょうか?」
「多分そうでしょう。村の中を見て回りましたが大きな馬車はあれ1台だけです。」
私たちは漁村の中で一際大きく目立つ建物の前に来ていました。
その建物の横には幌馬車が止められています。
恐らくはあれこそが私たちが探していた馬車なのでしょう。
ここに来るまで村の中を見て回りました。
しかし、寂れた村には馬車と呼べるようなものは見当たらなかったのです。
良くて人が引く台車が精々でした。
だからこそこの馬車で間違いは無いのでしょう。
「近づいて確認してみましょう。」
ハーロウさんに促され私たちはその馬車に近寄ろうとします。
その時です………。
―ガン
ラインハルトさんの鎧が鈍い音を立てました。
そちらに目をやると足元に小石が転がっています。
「よそ者は帰れ!!」
魚面の男が腕を振り上げてこちらを睨んでいます。
いえ、彼だけではありません。
何人もの村人が私たちを取り囲んでいました。
「よそ者は帰れ!!」
彼らはそう言って石を投げつけてきます。
私たちはマリサさんを守りながらそれを回避します。
「どうしましょう?」
困り果てた表情でハーロウさんはそう呟きます。
正直、私としてもどうしていいか分かりませんでした。
ここまで忌避反応を示すとは思わなかったからです。
私たちがそんな風に対応に困っていると状況は一変します。
魚顔の者たちの視線が1点に向けられているではありませんか。
私たちもそちらに視線を向けます。
そこは先ほどの大きな建物がありました。
寂れた村の中で異様に立派であるということを除けば普通の建物です。
彼らは何故あの建物を気にしだしたのでしょう?
私がそんな疑問を頭に思い浮かべたときその建物の扉が開かれました。
中から現れたのは明らかに人ではない何かでした。
ぎょろりとした目に大きな口。
喉元には鰓を持ち、全身を鱗で覆われた2足歩行の生物。
今まで見た魚面した村人では無く間違いなく魚のそれを持った魚人でありました。
その魚人が6人現れました。
私たちがその姿に驚いていると魚人の中の1人が口を開きます。
「なぜ、よそ者がここにいる!?」
その声は不気味に聞こえました。
一見すると普通の声に思えるのにどことなく恐怖を誘うのです。
傍らにいるマリサさんの表情は真っ青になっていました。
「私たちは冒険者です。とある依頼の調査でこの村に訪れました。」
私たちを代表してハーロウさんがそう言います。
それを聞いた魚人は眉をひそめながら口を開きます。
「直ちに立ち去れ!」
「調査が終わりましたらすぐに立ち去ります。」
「調査など必要ない!すぐに立ち去れ!!」
「それはできません。現状、この村以外に調査を進める手立てが無いのです。」
「すぐに立ち去れ!!それができないのであれば!!」
代表していた魚人がそう言うと他の5人の魚人が私たちを取り囲むように周りに広がりました。
どうやら武力をもって私たちを排除しようとしているようです。
それを感じ取ったのかラインハルトさんは腰の件に手を添えます。
「もしも武力をもって私たちを排除しようとするのであれば私たちはそれに抵抗します。当然、そちらにけが人や死人が出る恐れがあります。それでも良いのですか?」
「………やれ!!」
ハーロウさんの言葉を無視して魚人がそう口にしました。
その瞬間周りの魚人たちが水かきのついた手を振り上げて私たちに襲い掛かってきました。
「リンちゃんはマリサちゃんをお願い。」
ラインハルトさんはそう言うと剣を抜いて魚人の1人に切りかかります。
私は彼に言われた通りリンさんのそばに寄り添い近づいてくる魚人を触手で締め上げていきます。
「仕方がありません。………皆さん、彼らは何かを隠しています。目の前の建物に押し入りましょう。」
ハーロウさんはそう言うと魔法を使いスケルトンを召喚しました。
そうこうしている間に目の前の建物から次々と魚人がやってきます。
この場は大混乱に陥っていました。
「ラインハルト。道を切り開いてください。」
「うん!」
ラインハルトさんが建物の入口にいる魚人を切り殺して道を作りました。
ハーロウさんは召喚したスケルトンを使って周りの魚人たちを足止めしています。
この隙に………。
「マリサさん一緒に来てください。」
「は、はい。」
私はマリサさんに声をかけて建物まで走ります。
程なくして建物の入口にたどり着きました。
「リンさん建物に入ってください。ラインハルトも。」
「はい。」
ハーロウさんに言われて私は建物内に押し入ります。
その中は異様な光景でした。
近いもので言うと教会の聖堂なのでしょうか?
精緻な装飾の施された広い空間の奥にでかい3体の像が安置されています。
しかし、その像は今までどの町の教会でも見たことがありませんでした。
教会の中にはまだまだ魚人がいました。
私は触手を伸ばして彼らを牽制します。
その隙をついてラインハルトさんが1人また1人と切り倒していきます。
「奥に続く道がある。そっちに行くよ。」
ラインハルトさんに言われ私たちは教会の奥へと入り込んでいきます。
魚人たち切り倒しながら長い廊下を進んだ先には大きな扉がありました。
その扉に手を駆けます。
「駄目だ。鍵がかかっている。」
「壊しましょう!」
私はそう言うとショゴスの巨体を生かしてその扉に体当たりをした。
その扉は意外と脆く、音を立てて壊れてしまった。
勢いつけて扉に体当たりをした私はそのまま中の部屋へと転がり込みます。
そこはこの建物の中でもひときわ大きな部屋でした。
先ほどの聖堂にあった3体の像がこちらにも置かれています。
床には大きな幾何学模様………所謂、魔法陣が描かれていました。
そして周りには鉄で作られた檻が置かれています。
中には人間の子供がぐったりと倒れていました。
1人、2人ではありません。
10数人の子供がそこに囚われていたのです。
「リック!!」
マリサさんが弟の名を叫びました。
彼女の視線は檻に囚われた子供の1人に注がれています。
彼が彼女の弟なのでしょう。
マリサさんはすぐさま駆け寄ろうとしますが、私がそれを止めます。
「よそ者だ!!」
「すぐに排除しろ!!」
「殺せ!!!!」
この部屋にも多くの魚人がいたからです。
彼らは皆怒声を上げながら私たちに敵意の目を向けます。
「やはり、こうなっていましたか。」
ハーロウさんが呟きます。
私もこの状況は想像していました。
しかし、そうであっては欲しくありませんでした。
もうこうなってしまっては一刻の猶予もありません。
「魚人を排除して囚われた子供たちを助けましょう。」
ハーロウさんの声を皮切りに私たちは戦闘に入ります。
魚人たちの猛攻は激しく、なかなか檻までたどり着けません。
そうこうしている間に魚人たちの中でとりわけ豪奢な衣服を着たものが声を上げました。
「儀式を執り行う。」
「しかし、未だ星辰は………。」
「この状況だ致し方ない………。」
そう言うと幾人かの魚人たちは魔法陣を囲うように陣取り目を瞑った。
「まずいです。彼らを止めてください。」
「魚人たちの猛攻が激しくそれどころじゃ………。」
ラインハルトさんだけではありません。
ハーロウさんも私も魚人の相手で手一杯なのです。
とても彼らの儀式を止めるようなことはできません。
「「「いあ いあ くとぅるふ ふたぐん。」」」
「ぎゃぁあああああああああ!!」
「いやぁああああああああああああ!!!」
「痛い!痛い!痛いぃいいいいいいいい!!!!」
魚人たちが儀式を始めると檻に閉じ込められた子供たちが急に騒ぎ出しました。
明らかに儀式によって苦しめられているのです。
このまま儀式が進めば待っているのは最悪の未来です。
どうにかしようにも一向に魚人の猛攻はやみません。
「「「ふんぐるい むぐるなふ くとぅるふ るるいえ うがぁなぐる ふたぐん。」」」
「やめてぇえええええええええええええ!!!」
私は力の限り叫びます。
しかし、彼らがそれで待ってなどくれません。
ここに魔法は完成してしまいます。
「「「いあ いあ くとぅるふ ふたぐん………【クトゥルフの召喚】!!」」」
その瞬間、部屋全体に衝撃が走りました。
召喚されたものによってその場にいたものは全員吹き飛ばされてしまいます。
私はとっさにマリサさんを抱えて守ります。
気が付けば建物は破壊されつくし私は空に投げ出されていました。
マリサさんに怪我させないように念入りに体で覆いながら地面に着地します。
視界の端にラインハルトさんとハーロウさんの姿が見えました。
彼らも無事のようです。
そして………。
私の目には巨大な触手が何本もうねうねと地面から生えているという光景が映りました。
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